第5話水の都
イピリアとの戦闘から5日が経ち、今は水の都・アクアマリンに滞在している。海に面していることもあり、新鮮な魚と珍品など様々な物が交易されている為、首都シャルルマーニュと肩を並べる大都市だ。
「いや〜、思ってたよりいい値で売れたわ〜。どう?このあと。」
「昼前ですよ。それに、まだ手続きが山ほどあるんですよ。」
「ちょっとくらいならいいじゃんか。高値で売れたのは、私の剣術のおかげなんだからね。「素晴らしい!これほどまでに綺麗に斬られた素材は、なかなか見られないですよ!」って、いや〜照れちゃうよね。」
「錆びないよう研鑽してくださいね。船の予約等もあるのですから急ぎますよ。」
「ちょ、置いてかないでよ!」
シルフィアはご機嫌で、さっき売った店主のモノマネをして見せるが、軽く流されて置いてかれてしまいルチルの背を追いかけて港へと向かった。このアクアマリンに到着したのは、先日の夜だったので宿に宿泊して移動の疲れを癒しただけで終わった。翌朝、宿で朝食をとっている時に今日の予定を打ち合わせをした。シルフィアとルチルは、魔物の素材を売る・旅船の予約・消耗品の補充・最新の周辺情報収集で、僕とダイヤは、冒険者ギルド・防具の購入・服。冒険者として生きていく為に必要品や手続きを済ませる。
「着いたで。ここが、冒険者ギルドや。」
「おぉ〜。立派だ。」
「まぁ、大都市のギルド館やからな。そうとう金をかけたんやろ。早速入ろうか〜。」
白を基調した石貼りの壁に、金銀の装飾が鏤められていて、正面玄関の右側の扉には、5色の宝石を各1個嵌め込まれ五芒星を表していた。緑色「木」・茶色「土」・青色「水」・赤色「火」・灰色「金」。左側には、冒険者ギルドのシンボルマーク。三角帽子の上に剣と盾が交差されその下には、封が切られた白紙のスクロールがあった。
「ようこそ!アクアマリン支部へ!本日は、どのようなご用件でしょうか?」
「兄ちゃん、朝から元気やな。」
「はい!本日付けで任せられたので、少しばかり緊張しております!」
「あぁ、なるほどなぁ。朝からそんな調子やと午後もたんやろ。休憩の時でもええからこれ飲んどけ。少しは落ちつくやろ。」
「いえ、そんないただけませんよ。職員がタダでいただくなんて。」
「誰もタダとは言っとらんやろ。」
「え?」
「これは試験品や。せやから飲んだ後、感想くれるか?2.3日は出入りする事になると思うねん。また会ったらそん時に聞くわ。な?」
「は、はぁ。」
少し困惑の表情を見せる男性職員の手を掴んで引き寄せて、手のひらに小さな瓶を渡した。琥珀色でドロついた液体だった。
「それでや、兄ちゃん。この子の冒険者登録をしたいんやが、どこの窓口へ行けばええんや?」
「冒険者登録でしたら、2階の1と2の窓口になります。」
「ありがとな。」
「いえ、仕事ですので。こちらこそありがとうございます。」
「頑張りぃ。」
男性職員が頭を下げて礼をすると、ダイヤは気の抜けた声を掛けてその場から離れ受付へと向かった。
「中は以外と質素だな。」
「まぁ、冒険者ギルドやからな。暴れる者や盗む者が少なからずおるから、高価なもんは置いとらんのやろ。」
「やっぱり、そういう奴らはいるのか。」
「なんや?びびっとるんか?」
「まさか。本や話しではそういう者がいるのは知ってはいたけど、実際に見たことないから実感がない。」
「荒くれ者は皆等しく、金の亡者で決まりや。そんな連中が、金にならん仕事なんぞするかいな。」
「まぁ、それもそうか。」
2人で話しをしながら移動していると目的の場所に着くと視線を集める。視線の対象は、僕の前に立っているダイヤだ。
「ねぇ、あの方って……。」
「う、うん。間違いないと思う。」
「……嘘だろ。」
「俺は何も見てない。何も見てないんだ!」
「かっこいい〜。けど、女性としての可愛さもある!」
朝ということもあり人が少ないせいで、人の視線と声が通りやすい。小声でも聞こうと思えば、聞き取れてしまう。
そういえば、ダイヤはA級冒険者だったな。やっぱり上位の冒険者は認知度が高いのか。
「おぉ!これは、これは、『妖婦の工房』ではないですか!」
「チッ!その2つ名は嫌いと言っとるやろ!普通にダイヤでええやろ。」
「何を仰いますか!素敵な名ではないですか!私は好きですよ。」
「せやったな。お前はな!ウチが気に入らんのやから、少なくともウチの前では控えるべきとちゃうんか?ん?」
「せっかく付けて頂いた名なのに……。」
「お主の名はマトモだから、そういう態度でいられるねん。」
「あ、あの〜、できればここでの喧嘩は、控えていただけると助かるのですが…。」
ヒートアップしそうな2人に対して、窓口で座っていた受付嬢が律儀に手を上げて発言した。
「今日は、僕の冒険者登録が目的でしょ。喧嘩するために来たんじゃない。」
「わかっとるわ!こんなくだらん事で、喧嘩するような馬鹿ではないわ。そう言うことや、そこどかんかい。」
「女性がその様な汚い言葉を使うものではありませんよ。」
「なら、ウチに使わせんような態度で前に立つんやな。」
目の前の男と話すのが疲れたと、態度に出して男の横を通り過ぎる。背を見せたダイヤの手首を後ろから、掴んで歩みを止めた。その瞬間この場に緊張感が増した。
「何のつもりや?」
普段の声より落とした声で、振りかえる事はせずに問う。受付嬢は、ダイヤの表情を見てしまい顔面蒼白になっていて可哀想だった。
「いえ。一つ聞き捨てられない言葉を聞いてしまいましてね。この少年を冒険者登録ですか?」
「そうや。」
「反対です。戦闘続きで倫理観を落としてきましたか?」
「……。」
「盲目の人間。しかも年端も行かない少年を、戦場に連れて行くつもりですか!私は認めませんよ!」
「黙れ。」
「「「「⁉︎」」」」
ダイヤは掴まれた手首を解く事なく、ゆっくりと振り返り男を見上げる。この一週間程一緒に行動していて、初めて恐怖という感情を抱いた。それは、僕だけではないはずだ。
「いつから貴様は、私達のパーティーの一員になった。暁は仲間だ。愚弄するならただでは済まんぞ。」
「私は彼を思って発言しているのです。」
「それが、愚弄してると言っているのだ。貴様は今、暁でなくそう判断した私達にも申してるとわかってるのか。」
「ツッ⁉︎」
「ダイヤ。この人が言ってることは間違っていない。外から見たら、補助がいる子供にしか見えないんだから。」
「………。」
感情が消えたような冷めた目が、こちらに向けられ背筋が凍るが、自分の意見を言うため顔を下げず向かい合う。
「冒険者登録されれば、あんた達の目も確かだった。この人も安心して見送ることもできる。僕が冒険者登録されれば、両者共の衝突理由は無くなるだろ。結果が出るまでは、抑えててくれないか。」
「「………。」」
ダイヤと僕が、見つめ合うこと数秒後ダイヤが口を開く。
「お前もわかってないな。私達は、お前を認めた。お前も『湖畔のセイレーン』の一員なのだ。同じ看板を背負ったなら意地と威厳を持て。同業相手なら尚のことな。」
「……。」
「さてと、受付済ませようや。変な空気にしてすまんかったな。」
ダイヤは切り替えて普段の様子に戻るが、周りはそうもいかず静かなまま動けていなかった。
「いや〜。…嬢ちゃん、戻ってこ〜い。おーい。」
「はっ⁉︎あっ。え、え、え?」
座ったまま気絶していた受付嬢が、目を覚まして状況を確認しようとあたふたしていた。
「かわええの〜。目覚めたばかりですまんが、こいつの冒険者登録をお願いしたいんやが、今日できるかい?」
「新規登録ですね。少しお待ちください。…本日ですと、13時30分からでしたら可能です。」
「じゃあ、その時間で頼むわ。」
「わかりました。そしたらこの紙に記入を、あっ。」
「大丈夫です。書けるので貰います。」
受付嬢は、用紙とペンを渡そうとした所で、僕に気がつくと出そうとした物を止めて硬直したので、持っていた物を自分から受け取り記入していく。
「え?どういうこと?」
「初対面やとそうなるやろ。わかるで〜。ウチも同じ反応やったわ。」
「恩恵持ちで、瞼が閉じてても見えるですよ。」
「嘘でしょ⁉︎恩恵って、その歳で祠へ行ったてこと⁉︎てか、そもそも神様に認められた?え、え、そうなったら、あれだよね。転生者と同じ土俵にいる?てかこの歳での恩恵持ちは、記録にないし歴代最年少だよね。ッ!ということは、歴史に残る人物に会ってる⁉︎」
「「…………。」」
受付嬢は、1人の世界に入って帰ってこない。
「なんや凄い子やな。」
「そう…だね。」
書き終わった用紙とペンを、目の前に置いたのだがずっと1人の世界から帰ってこない。
残念美人って、こういう人を言うのかな。
セミロングの黒髪を後ろに一本結びをして、左側の前髪を垂らして顔を半分隠していた。綺麗な顔立ちなのだから、隠さなくてもいいと思うのだが、その不思議さも彼女の魅力なのだろう。
「あっ。も、申し訳ございません。悪い癖が、仕事中はやらない様に気をつけているのですが、二度無い様に気をつけます。」
「全然ええよ。見ていておもろいし、どうや今度飯でも行かんか?」
「そのお誘いはありがたいのですが、仕事中での私用のお話しを頂いてもお答えができません。」
「あぁ。なるほど。なら、改めて違う状況で誘うわ。」
「お気遣いありがとうございます。暁様。」
「は、はい。」
様呼びに慣れていない為、裏声になりそうになる。
「申請は確かに頂きました。これからの流れを説明しますね。1階に降りていただいて、総合窓口に行ってください。その時に、この番号札を提出してください。奥の部屋に案内された後、身体検査をしていただきます。そこからは、時間になるまで自由時間になります。質問はありますでしょうか?」
「時間になったら、具体的に何をするんですか?」
「身体検査で問題なければ試験を受けられます。適正検査・筆記試験・試験官の試練の3つが合格でしたら、冒険者になれます。試験内容はそこまで難しくない為、不合格者は少ないので暁様なら大丈夫だと思います。」
「詳細に説明してくれてありがとうございます。」
「ご健闘をお祈りしています。」
慣れた動作でお辞儀をして受付完了となって、1階へと向かった。
「身体検査とかは、一緒に入れんからロビーで待っとるわ。」
ダイヤは、ロビーに置かれている椅子に座り僕を見送った。受付嬢に言われた通りに、総合窓口に番号札を提出すると右手に進んだ先にある奥の部屋に入るよう案内されたので、向かい部屋の中に入ると僕と同じ様な人が5・6人いて検査してくれる方はその倍はいた。手前から順番に行う。体重・身長・血液検査・視力・聴力・2人の検査人が体の隅々を指でなぞられ全ての診察終えて終了となった。
「どうやった?」
「何事もなく終わったよ。」
「なら良かったわ。次行くで。」
「どこに行くんだ?」
「まずは、服屋やな。そのダッサイ服何とかせんと見栄えが悪いわ。」
「そうか?」
自分の格好を改めて確認したが、変な所はない気がするのだが…。
「はぁ。周り見てみぃ。」
「……?」
「天は二物を与えずというが、美的センスは与えられなかったようやな。ウチから言わせてもらうとそれは部屋着や。」
「そう…なのか。軽くて動きやすいしからいいんだけどな。」
「…。」
ダイヤは、学問の教育だけでなく美学の教育も施さないといけないと心に決めた。
冒険者ギルドから出て、露店が出店している大通りへと向かう道を下に歩いて行く。家が建ち並ぶ隙間から海が見えており、下に降りて行くにつれて潮の香りが濃くなってくる。綺麗な海を眺めながら歩くこと数分。小さな店の前で足を止めて、3段ある階段を登り扉を開く。
「いらっしゃいませ〜。」
扉を開けると元気で明るい女性の声が聞こえた。
「どうしたんや?はよしぃや。」
「あ、あぁ。」
小さな店構えだったが、とても品のある店だった為、本当に自分が入店していいのか戸惑っていたが、ダイヤの言葉を聞き入店する。店内には、所々に貝殻やガラス陶器といった美しい物が置かれていた。右側にある窓からは、太陽光が反射してキラキラと光る海が見えていた。ダイヤは、店内を歩き周り置かれている品々を眺めていると、奥の方から急いでくる足音が近づいてきて、暖簾から息をきらした女性が現れる。
「す、すみません。奥で作業していまして…なんだ。ダイヤか。」
「なんだ。とは、客に対して言ってええんか?」
「貴方はそういうの気にしないでしょ?」
「せやけど、他に客がいたら大変やろ。」
「大丈夫よ。そちらは、ダイヤのお連れ様でしょ。」
丁寧に挨拶してくれたのは、森人の短髪が似合う若い女性だった。ダイヤとは知り合いなのか、砕けた口調で対応した。
「はじめまして。暁です。」
「いらっしゃいませ。『妖精の羽衣』店主のエルダーです。今日は、何をお求めですか?」
「服が欲しくてきました。」
「なるほど。具体的には、どの様な物がいいですか?」
「軽くて動きやすく頑丈な物があれば欲しいです。」
「……。」
「ウチを見るなや。はぁ。アラクネの糸を使用した長袖長ズボンに、ペトスコスの皮を使用した上着を1着ずつ頼むわ。付与魔法は、浄化やな。」
「了解。色は何にする?」
「暁、どんな色がええんや?」
「…赤かな。」
「黒を基調に赤と青の刺繍を入れてくれや。あと、いつものも忘れんように頼むで。」
「わかってるよ。今日の夕方までには用意しておきますよ。他には?」
「あらへんから、ウチらは帰るわ。頼んだで〜。」
手を軽く振って店を出たので、店主にお辞儀してからダイヤの後を追った。
「持ち合わせの金がないけどいいのか?ああいうのって高いだろ。」
「かまへん。前回のイピリアの鱗がそれなりの値段で売れるやろ。」
「壊したのはダイヤだろ。僕の手柄には」
「アホか。あれは2人の手柄や。本来なら山分けにする所やが、今回は特別に全額やるわ。」
「ありがとう。」
「感謝はいらんわ。言う暇があるんやったら、さっさと強くなって、ウチに恩返しせぇよ。」
「ふっ。努力するよ。」
「何笑っとんねん!」
尻に一発蹴りを入れられ、今一度引き締めた。
もっと強くなって、皆に恩を返して行こう。そして、必ず夢を叶えてみせる!
決意を固めていると、美味しそうな匂いが風にのって僕達の方に流れてくる。
「いらっしゃい。いらっしゃい。今日は、活きのいい魚が入ったんだよ〜。嬢ちゃん達も食べていかんか〜。」
「ずいぶんいい商売しとるの。オッチャン。」
「へぇ。天職とおもってます。ささっ。どうぞどうぞ。お2人様ご案内〜。」
「「「いらっしゃいませ‼︎」」」
想像していたより店内には、多くの客がいてとても忙しそうだった。案内された席には、七輪が置かれておりそれを挟んで向かい合って座った。
「凄い賑わってますね。」
「まぁ、そらそうやろ。あの店前にいた奴が仕掛けておるしな。あっ、そこの兄さん。この本日おすすめ盛り合わせ2つ頼むわ。」
「はい!本日おすすめ盛り合わせ2つですね。おすすめ盛り2つ入りましたー‼︎」
「……。」
「なんや気づかんかったんか?店前通った時、違和感なかったか。」
「違和感…。急に旨そうな匂いがした。」
「まぁ。そうやな。建物が建っている方から風がきて惹きつけられた。海から陸へと風が吹いていたのにあの時だけ、風が消えて違う方向から吹いた。」
「店員が何かをしたってことか。」
「あやつは、風の魔法を使用し鼻腔をくすぐる香りを増して私達に届けた。まぁ、つまりずる賢いやり方やな。」
「それっていいの?」
「ええやろ。違法ではないしな。散歩も悪くないやろ。魔法にも色んな使い方があって、勉強になるやろ。まぁ、暁は魔法が絶望的やからあれやが、工夫して昇華できるとええな。」
「……。なるほど。」
顎に手を当て自分の場合はどうするだろうと思考する。そんな自分を見て、嬉しそうにダイヤの口角が上がっていたのは知る由もなかった。そんなやりとりをしていると、注文していた盛り合わせの品が運ばれてくる。思っていたより量があったため、お腹いっぱいになった。海の近くという事もあり、海鮮物はどれも美味く森で育った自分からしたら、初めて食べる海鮮物もあり舌鼓みした。談笑もあり昼食の時間は、あっという間に終わっていった。店を出て時間を確認すると、いい時間になってきていたので、冒険者ギルドへと戻った。
「腹も膨れたんや。良い結果を待ってるで。」
「頑張ってくるよ。」
冒険者ギルドに着いて中に入ると、ロビーにある掲示板に今日行われる冒険者登録試験を受ける人の名前と受験番号が大きく掲示されていた。
僕の受験場合は5番か。いい数字だな。
指定された部屋に入室すると、すでに数人着席していた。黒板に紙が貼られていて確認すると、受験番号と席が図で記されていてわかりやすかった。
「ここか。」
指定された席に座り机の上にあった用紙を見る。
注意事項
1.試験時は私語厳禁。
2.試験会場での飲食禁止。
3.試験中は試験官に従うこと。
4.武器や魔法の使用は、試験官の許可なく使用しない。
5.上記の項目を守らなかった場合、相応の対応と制裁を受ける。
なるほど。
「なんだ、なんだぁ?ガキがなんでこんな所にいるんだ。ここは、託児所かなんかかぁ⁈」
「…。初対面で失礼な奴だな。まずは、挨拶からじゃないのか?」
後ろの席に座ろうとした、優男が僕を見て絡んできた。格好を見ると、冒険者になろうとする者ではない。シワひとつないスーツに、綺麗に磨かれた革靴。金髪に色白の肌は部屋の明かりで、輝いて見える。香水の香りも漂わせているので、場違い感が凄い。
「ホント。困るなぁ〜。この街にいながら、神童として名を馳せているボク!の、名前を知らない者がいるなんて信じられないよ。」
コイツ、無視かよ。
「この街に来たばかりで、貴方の名前を知らないんだ。教えてくれないか?」
「いいだろう。心して聞きたまえ。ボクの名は!シリウス・ペンドラゴン。あの!ペンドラゴン家の次男だ!」
「へぇ〜。僕は、暁。今後、関わる機会があったらよろしく。」
右手を差し出すと、強く叩かれ弾かれる。
「貴族であるボクと、対等で話そうとは無礼な奴だ。あぁ。お子様には、社会の作法は知らんか。すまないな。少し、大人気なかったようだ。ハッハッハ!」
高笑いしながら、横を通り過ぎて部屋の奥へ歩いて行った。
何だったんだあれ。頭のネジが、何本か外れてるだろ。
離れいく背中を黙って見送っていると、隣りの席に座っていた女性に声をかけられた。
「君って、朝ダイヤさんと一緒にいたよね?」
「そうだけど、貴方は?」
「あっ、ごめんね。私は、猫人のミツマタ。よろしくね。」
「暁です。よろしく。」
話しかけてきたのは、猫人の女性だった。手入れされた赤茶色の体毛を隠す様に、胸・腕・腰・膝の4部位には、防具を着用していて先程の男とは違くて、冒険者とすぐにわかる格好だった。
「それより、ダイヤさんと一緒にいたよね?」
「そうだけど、朝いたっけ?見覚えないんだけど…。」
「いなかったわよ。けど、朝からずっと噂になってたから、あのダイヤさんが新人を連れて来たって、しかも盲目の子供だって聞いたら、気になってたんだけど…、君がそうだって、すぐわかったんだ。」
「噂になってたんだ。まぁ、あれだけ騒げば、話しの種になるか。」
「それもあるけど、A級冒険者パーティーに新メンバーを加入させるような動きをすれば、注目しちゃうよ!」
「な、なるほど。」
圧が凄くてのけ反りながら返答する。
「どうやったら、そんな事になったの?私も、お近づきになりたいんですけど!」
「どうって、姉さんが出会いのきっかけを作ってくれた。試験を受けたらリーダーが認めてくれた。そんな感じ。」
「いいな。いいな。私も受けたいよ〜〜。」
足をバタバタとさせて駄々っ子になっていた。
「声かければいいんじゃない?」
「できるわけないでしょ!相手はA級よ!雲の上にいるような方々に、私のような未熟者が声をかけるなんて恐れ多いわよ!」
「そんなに?」
「当たり前でしょ。私が、冒険者になろうと志したのは、『湖畔のセイレーン』の冒険譚を聞いたからよ。生きる伝説!私の憧れなの!」
彼女の話しを聞いて、自分が誰と一緒に行動していたのか、そしてこれからは『湖畔のセイレーン』の一員になる事を考えると、嬉しさと怖さが混じった感情になる。シルフィア・ルチル・ダイヤの3人に肩を並べる強さを修得しなければ汚点になる。弱いままでいる気はないが、見合った強さ皆が認める存在にならなければならない責任がある事に気がつき、変な怖さみたいな感情が芽生えた気がした。そんなやりとりをしていると、部屋の戸が勢いよく開いた。室内にいた者達は、自然とそちらに向くと、一悶着した朝の男が立っていた。ざわざわと騒がしくなる。
「嘘でしょ!?」
「知ってるのか?」
「逆に何で知らないのよ!あの人は」
彼女が名前を言おうとした所で、全員の口が止まる。
「静かにしていただけるかい。」
「「「「「…………。」」」」」
「ありがとう。今日、君達の試験官をする事になったセラス・モリアーナだ。この時間では、セラス教官と呼んでくれ。早速だが、これから適正検査に入ろうと思う。今から配る用紙を1枚取ったら、裏返しにしたまま後ろに回してくれ。」
セラスは最前列の席に座る受験者に、用紙を配り全員に行き渡った所で再び話し始める。
「筆記用具は、机の中に入っている物を使用すること。私用の物を使っていた場合は、退室してもらう。試験時間は15分。終わらなかった場合は、そこで手を止めてその状態で提出すること。質問はあるかな?……ないようだね。それじゃ始め。」
用紙をひっくり返して目を通す。50問まであり文字が多くて、あまり余白がない状態だった。
最悪。
文字が所々潰れていて読みにくいし、文章も所々おかしく酷い有様だった。そんな物でも救いだったのは、簡単な質問だったという事だ。
『はい・どちらとも言えない・いいえ』
の3択を選ぶだけだった。集中してやっているとあっという間に、時間が過ぎていき適正検査が終了となった。
「はい。お疲れさん。手を止めて用紙を前に回してくれ。あ〜。名前を書くの忘れないでくれたまえ。名前がないとその時点で不合格だからね。」
順番に回収されていった用紙を受け取り、教卓の上に置くと既に積まれていた用紙を、先程と同じ様に渡していく。
「次は筆記試験だ。今度は冊子になる。これも1冊取ったら後ろに回してもらおうか。」
全員に行き渡った所で、教卓にあった同じ冊子を手に取って、皆が見える位置にあげる。
「まずは表紙をめくってもらおう。中にはこの小さな紙が入っていると思うが、入っていない物があったら取り替える。…全員あるな。この紙を抜いたら冊子を閉じて名前を記載してくれ。」
ペンを走る音が鳴り始めて止まると、再び教官は話し始めた。
「始めてやる奴もいると思うから説明するぞ。小さい紙は、マークシートと言って、問題番号の横に丸で囲まれた1〜5の数字があると思う。この数字は、冊子の問題で当てはまる答えの番号を塗り潰してくれ。間違えたら二本線を引いて、正しいのを塗り潰してくれ。筆記で答える問題も出題されているから、しっかり書くように。説明はこんな感じかな。質問はあるか?」
「はい。」
「どうぞ。」
「合格するには、何点必要なのでしょうか?」
三つ編みの少女が挙手して、弱々しく質問すると教官は優しく答えた。
「点数はつけていないが、50問中40問正解していれば合格だ。選択問題が40問で筆記問題が10問だから、筆記問題を捨てたら選択問題では間違えられない。できるなら、筆記の所は何でもいいから書いとくといいぞ。これでいいかな?」
「大丈夫です。ありがとうございます。」
「他には?…試験時間は50分。始め。」
冊子を開き順番に解いていく。出題内容は、計算・歴史・社会情勢・魔物の生態などの、様々な問題が順不同で出題されていた。比較的に簡単な問題だったが、社会情勢の所は自信のない回答をだった。筆記試験を受けることで、自分の苦手な分野が明確にわかり学んでいかねばと強く思った。
筆記試験が終わると、小休憩という名の採点時間に突入した。受験者は、この部屋での自由が許されている間に、先程行った適正検査・筆記試験を裏で合否を判定している。両方受かっていれば、次の試験へ、そうでなければ次回になるらしい。冒険者ギルドは、人手不足という事もあり数年前からこのやり方になったと、隣に座るミツタマに一通り教えてもらった。
「それにしても驚いた。貴方、何も知らないのね。冒険者試験や常識的な事も。」
「心外だな。…けど、その通りだな。本で知った気でいたけど、実際に体験すると違う事が多いみたいだ。昨日から驚く事ばかりだ。」
「なら、このお姉さんが教えてしんぜよう。」
「…。遠慮する。」
ミツタマは胸に拳を当てて胸を張った。
「何故だ⁈」
「これを口実に、ダイヤ達に近づくつもりだろ?」
「そ、そんな事考えるわけないないじゃないか。……。すまない。ないとは言いきれないが、教えてやりたいのは、親切心もちゃんとある。」
図星か。けど……。
頭を下げ謝罪し、顔を上げると真っ直ぐこちらを見て気持ちを伝えてくる。
正直な人だな。悪い感じもないし、ここは甘えておこう。
「じゃ、よろしく。」
「いいの?」
手を伸ばすと、キョトンとした顔を見せて戸惑っていた。
「いいも何も、僕は教えてもらう立場なんだ。その言葉は、僕が言うセリフだね。」
「私は、君を使って」
「構わないさ。利用する・されるは当たり前の世の中だ。」
「君って、無駄に達観的だね。一度でいいから、君の瞳を見てみたかったよ。」
「?」
「知ってる?生き物の感情とか、目に見えない物を知りたい時は、相手の瞳を見るのが一番なんだよ。その人が、今どんな感情を抱いているのか、またはその人となりがわかるからね。」
「なるほど。勉強になるよ。けど、残念だったね。見れなくて。」
「気を悪くしたらすまなかった。」
「気にしてないさ。今更、これを気にするほど繊細な心を持ち合わせていないよ。」
左手で自分の瞼を触り、穏やかに答える。そんなやりとりをしていると、扉が開きセラス教官と1人の女性が入室してきた。
「結果を伝える。この場にいる者、全員合格だ。」
教官の言葉を聞き、受験者はそれぞれの反応を見せた。静かに拳を握りしめる者、騒ぐ者、安堵から肩を下ろす者、当然だと無反応な者…。
「だが、これで終わりではない。ここからは、私の課題をこなしてもらう。レイさん例の物を。」
「はい。」
「これから君達には、今の装備で、惑いの森を1夜過ごしてもらう。」
ざわつき始めるが、教官は気にせず続ける。
「レイさんが配っているのは、『命の玉』という魔道具だ。君達はこれを携帯した状態で森に入ってもらう。」
手元にあった実物を、皆が見えるように持ち上げ教える。
「森には多くの魔物が生息している。特に夜になると、獰猛性を持つ個体が多い。そんな危険な場所に、無責任に放り投げるのは良くない。という事で、この魔道具の出番だ。これは、所有者が命を落とす様な重い傷を負った時、一度だけ肩代わりしてくれる代物だ。」
教官は、一拍の時を開けて受験者を見渡し告げる。
「私の課題は、シンプルだ。惑いの森で生き延びること。『命の玉』が割れた時点または、リタイアしたらそこで終了。翌朝の7時まで、割ることなく生き延びてた者だけが合格だ。」
「「「「………。」」」」
皆、言葉が出ず静かになる。
惑いの森か。ここに来る時、通った場所だ。あの時は、魔物の気配を感じなかったが、言うほど生息してるのか?
「あぁ。もし、合格したらそれをやろう。高価な魔道具だからな。私からの餞別だ。」
指を鳴らし格好よく決めるが、イマイチ僕には刺さらなかった。
全員に渡し終えると女性は退室すると、再び教官は口を開く。
「リタイアするなら、受け入れよう。今回の試験内容は危険だからな。慎重な者は、次回の試験を薦める。少なくとも、今回のを見送る者の到達点は、火を見るより明らかだがな。」
挑発も含ませた言い方だった。そのせいかわからないが、動揺していた者もいたはずが意外にも離席する者はいなかった。
「セラス教官。」
「…。暁くん。どうしました?リタイアしますか。」
表情は変わっていないが、どこか嬉しそうに聞こえる。
「違います。これ、かなり荷物になるんですけど、専用の鞄などは貰えないのでしょうか?」
渡された『命の玉』なる魔道具は、直径20cm程あり正直邪魔だ。魔道具は基本、外見で携帯しないと発動しない。魔道具の鞄に入れた時点で、発動の法則から外れてしまい宝の持ち腐れになる。
「ふむ。確かに、君の服装では厳しいだろうね。けど残念。最初に言った通り今の装備で、挑戦してもらう。こちら側からの提供はなしだ。」
「なるほど。なら、僕はこれを受け取らない。」
「「「「⁉︎」」」」
「何?」
「セラス教官は言いましたよね。「今の装備で挑め」と、なら僕はこれで行きますよ。死人を出さない配慮には感謝します。が、本来はこれが正しいのでしょ?」
「……。」
被っていた羽つきの帽子を傾け視線を切る。
「生意気でつけ上がった餓鬼は嫌いだ。わかった。君は、それで挑むといい。他はいるか?」
教官は僕の前に置かれた魔道具を、取り上げると視線を上げ聞く。
「いないようだな。時間も惜しい。試験開始とする。」
指を鳴らすと、床が青白く光り無数の文字が浮かび上がると、反射的に立ち上がり構える。
「私の魔法陣だ。君達をこれから惑いの森へ案内しよう。せいぜい足掻いてくれたまえ。『門』」
教官が魔法を行使すると、浮かび上がった文字が床から剥がれて上昇する。視野全体が青白い光で覆われた次の瞬間、肌に冷たい風が当たる。一帯を見渡すと、森の中に1人立っていた。
「他の人達は?…まぁ、いいか。」
寝れて周囲が見やすい場所を探す為、暗い森の中を進んだ。