第4話初陣
村を出てから数時間経が経過した。
馬に休憩をとらさせる為、小川が流れる落ち着いた雰囲気の所で、遅めの昼食を済ませてゆっくりしていた時、一人の男性が近づいてきて話しかけてきた。
「大丈夫ですかな?」
「ツヴェインさん。大丈夫です。」
「そうですか。それは良かった。初めて乗る方は、よく腰を痛めたり体調が悪くなる者もおりますからな。何もないとの事で、安心しましたよ。」
「お気遣いありがとうございます。」
「ははは。構いませんよ。これから、一緒に旅をする者ですからな。気楽に行きましょう。」
話しかけてきたのは、商業ギルドに所属している行商人で、珍しい物を取り扱っているせいか盗賊に狙われやすい為、冒険者ギルドに依頼をかけた所、運良くA級冒険者が引き受けてくれたらしい。要は今は、依頼主と雇われた冒険者になる為敬語で接している。
「いや〜。それにしても、A級冒険者を間近で見れるとは、長生きはするもんですねぇ〜。」
「やっぱり、少ないんですか?」
「そりぁそうですよ。A級認定されて登録されているのは、6パーティーしかおりませんし、現状世界最高位冒険者ですからね。」
「今は、S級と英雄は居ないんですか?」
「えぇ。10年前はS級冒険者が2パーティーおられたんですが、歳で隠居したり、冒険者活動が行えなくなり今は、全員引退していらっしゃいます。英雄は…もう、数百年現れていませんね。」
「その長く空いた空席に、私達は至ろうとしてるのよ。」
2人で話している間に、リーダーが話しかけて視線を向けると、鼻を摘んでリーダーとダイヤが近くまで来ていた。
「臭くてたまらん。2人がおらんと思ったら、避難しておったんやな。」
僕とツヴェインは、乾いたような笑い声を出してはぐらかす。
「あれが落ち着いたら出発するよ。それまでは、少し雑談でもしましょう。」
リーダーが指差した先には、調合をしているルチルがいた。劇物を取り扱っているのか、身を守るために保護具をかなり装着している。
「何を作っていらっしゃるのですか?」
「魔薬よ。」
「魔薬⁉︎そ、それは…だ、大丈夫なのですか?」
「ツヴェインさん。誤解はしないでくださいね。あれは、暁の治療に使う予定です。決して違法な濃度までは上げないですよ。」
「ちょっ⁉︎」
「ふふふ。はぁ〜。癒される。私は、このままの暁を愛でていたいのになぁ。」
マナ暴走の影響で、体の痺れと倦怠感で思い通りに動けない事を良いことに、リーダーは僕を抱き抱えて座り頭を撫でられる。
「シルフィア、やめてくれ。ダイヤ、見てないで助けてくれ。」
「ん〜。魔薬ができるまで、我慢するんやな。」
「な⁉︎」
「ふふふ。お姉さんとおねんねする?」
「誰がするか!」
「ムキになって可愛い〜。」
クソ。何を言っても逆効果になるのか……。ここは、無に…無になるんだ。感情を捨て受け入れろ。
抵抗すればするほど、事態が悪化すると悟り大人しくされるがままになる。
「羨ましいですなぁ。」
「そういう相手は、おらんのか?」
「ははは。残念ながら、ふらつき者について来る物好きな者はいませんでしたよ。」
「そうなんか?モテそうではあるけどな。」
「真面目に店を構えていれば、違った道もあったかもしれませんなぁ。」
「ダイヤは、こういう方が好きだったの?」
「アホか。まぁ、嫌いではないな。ただ普通や。」
「それはそれで、心にきますね。」
「だけど、まだ50代でしょ?若いじゃない。」
「ははは。人間の50過ぎは、詰んでいます。」
「そうやったな。せやけど、安心するとええで。
ツヴェインさんより、長生きな森人が婚期を逃し続けた者を知っている。それを考えれば、まだまだチャンスはあるで。」
「やっぱり。ダイヤって、ツヴェインさんのこと狙ってる?」
「ウチがそんな感情になるかいな。」
「いやいやいや、そういう風に話すのかなり珍しいよ。絶対、意識してるでしょ〜!」
「誰が」
シルフィアに強く言い返そうとした所で、ボン!っと、軽く爆発音が鳴って会話が途切れた。振り向いた先には、鍋からモクモクと煙りが上がりルチルの姿を隠していた。
「できたみたいやな。」
「魔薬の調合は、初めて見ましたけど、いつもあの様に爆発音がなるのですか?」
「さぁ、どうなんやろ?魔薬作りは久しぶりって言っておったし、分量でも間違えたんとちゃうか?」
「間違いというよりは、悪い癖が出たかもね。」
シルフィアは、苦笑いしながら僕の頭に顎を置き抱き寄せて囁いた。
「覚悟した方がいいよ。」
「⁉︎」
「暁、できましたよ。」
「ツッ⁉︎」
いつの間にか目の前にいたルチルが、差し出してきた物に驚愕する。木製のコップに怪しい紫色の飲み物が見える。気泡が弾くと刺激臭がひどく顔が引き攣り口を抑える。
…ゲロ吐きそう。生命の危機を感じる。
「ま、まさかとは思うけど……飲むの?」
「えぇ。もちろん。」
満面の笑みで返される。この人も、危険人物だったんだと認識を改めた。
「さぁ。」
「ウッ。」
「それ飲まんといつまでも、リーダーの玩具にされるで。」
「ツッ!?どっちも嫌なんだが!」
「お〜、言うねぇ〜。けど、そんな暁も好きよ。」
「……。」
最悪の状況だ。前後で狂人に挟まれ変な汗をかく。ダイヤは、諦めろみたいな目で見てくるし、ツヴェインさんは、完全にひいている。そりゃそうだ。今の2人は、まともじゃない。
「〜〜〜えぇい!もう、知らん!」
勢いよくコップを掴み、グイッと一気に飲み干しにかかるが止まる。
なんだこれ……。
粘りけが強いせいか喉通しが悪く、時々溶けきっていない何かがある。味も食感も匂いも最悪。今すぐ吐き戻したいが……。食べ物?を粗末にできるかという、意思で全てを飲み干す。
「「「おぉぉ。」」」
「プハッ。ハァハァ。〜〜〜〜。」
喉には気持ち悪い感覚が残り首を抑える。油断したら、吐き出してしまいそうだ。
「呼吸の乱れなし。発汗なし。発熱なし。意識あり。」
「イッ⁉︎」
「痛覚あり。うん。問題ないでしょう。マナの流れも良好。数分後には完治していますね。」
ルチルは、僕の状態を冷静に診断して立ち上がる。
「ダイヤ。」
「了解。」
「ちょっと、何よ急に!」
ルチルの指示で、シルフィアを羽交い締めして僕から引き剥がす。
「自分で言っておったやろ。完成したら出発なんやろ。」
「だからって、力ずくで引き剥がすなんて酷いんじゃない⁉︎」
「そうせんと、くっついたままなんやから仕方あるまい。」
そう言って、荷馬車へと投げ入れた。
「前に乗っとき。ツヴェインさん。馬は任せます。」
「わかりました。…さてと、動きますか。暁君は、無理せず座っててください。」
手伝おうと動こうとした時、ツヴェインさんの優しさに触れる。
あぁ、暖かい人だ。
先程の悪魔みたいな2人と比べてはいけないとは思うが、つい比べてしまった。数分後、僕達は荷馬車に乗り込み出発する。配置は、1番前の席にツヴェインさんとシルフィアが座る。荷台には、僕とダイヤとルチルの3人が座り、2対1で向かい会う形となった。
「顔色良くなってきたわね。」
「凄い不味かったけど、効果も同じくらい凄い!いつもだったら、2.3日は支障があるのに完治に近いよ!」
あの倦怠感が無くなり、喜びの感情が爆発し珍しくテンションが上がる。
「ルチルさんや、配分間違っておらんか?いくらなんでも回復が早すぎるやろ。」
「'多少'多かったかな?見た感じ副作用が見られないから問題無いわよね。」
「問題大有りやわ!」
「元の状態に戻ったならそれでいい。」
身体状態を確認して、どこもおかしな点は無い。なんなら以前より体が軽く感じ驚く。
「暁は知らんからあれやが、魔薬の分量を間違えれば最悪おっちぬんや。だからこの薬は、制限をかけておる。資格のある者にしか調合・販売は許されていない。」
「…。」
魔薬は貴重で高価な薬品であることは知っていたが、そんな危険と隣り合わせの薬だとは思わなかった。
「魔薬は文字通り。魔物の素材と治癒薬をただ混ぜた物なんだけど、魔物が持つマナの濃度で分量が変わっちゃうから、慣れた人でも作る時間がかかるのよ。」
「けど、ルチルさんは簡単にされてました。どういう原理なのですか?同じ個体でも、部位でかわりますよね?」
「その考えは合ってますよ。ただ、その問題は私にとって苦ではないのです。」
僕とツヴェインさんは、2人して?マークを頭上に出し首を傾げる。
「ルチルは、森人の純血でね。種族の強みを濃く受け継いでいるのよ。」
「まさか⁈」
「マナに愛されし者。マナの流れを視認できる稀有な存在。」
「本当に…いたんですね。正直、御伽話の中だけの存在だと思っていました。」
ツヴェインさんは、驚いた表情をしながらも、目を輝かせてルチルを見つめた。
「ツヴェインさん!前!前!」
「え?うわっ⁉︎と…す、すみません。大丈夫ですか皆さん?」
「ツッ〜!?」
「大丈夫よ。」
「問題あらへん。1人強く尻を打ったみたいやけどな。」
「だ、大丈夫です。」
大きな凹みに気づかずに進んでしまい大きな衝撃を受ける。馬も動揺して暴れたせいで、激しく荷台が揺れる事になった。乗り慣れている人達は、うまく力を逃がしていたが、僕はまともに受けて尻と腰を強く打ってしまった。
痛いけど、これくらいなら直ぐに治るかな。
「少し待っててください。」
ツヴェインさんは、慌てて荷馬車を止めて降りる。今の衝撃で荷馬車に破損箇所がないかと馬の状態を確かめるためだ。
「よいしょっと。いや〜、それにしても凄い凹みだね。」
「何かを強く打ちつけて引きずった跡みたいやな。……。グリフィンやろ。しかも、新しめや。」
ダイヤは、30cm程の茜色の羽を拾い地面に手をつけて確認した。
「方角は?」
「多分南西やな。空へ飛んで移動したと思うから、なんとも言えんけど…どないする?」
「痕跡を見るに一頭で行動しているわね。」
「グリフィンって、群れで行動する魔物なんだよな?」
「へぇ。ちゃんと勉強しとるんやなぁ。本来は山脈近くを縄張りにして、群れを作って生活しとるんやが、どの種族にも例外もおるもんや。」
「基本は、温厚な性格で無闇に戦闘はしない…が、群れを離れたはぐれ個体は、真逆な性格で危険度が跳ね上がる。」
「簡単に言ってしまえば、目撃したら即討伐対象になるのよ。」
先に降りていた2人の元へ腰を抑えながら行き話していると、最後に来たルチルが隣りに立ち結論を述べた。
「居場所はわかるのか?」
「「「……。ハハハハハハ。」」」
一時の沈黙があった後、3人の笑い声が響いた。
「いや〜。まさか、今の私達にそんな事を言う者がまだいるなんて新鮮だわ。ハハハ。」
「ウチらは、冒険者を長年やってる身や。魔物の1匹2匹追うなんて朝飯前やわ!」
ダイヤは、メイスを肩に担いで格好良く構える。
「ルチル。」
「わかってるわよ。ツヴェインさん。しばらく待機していただいてもよろしいでしょうか?」
「はい!構いません。私もやるべき事ができてしまいましたので…。」
「ありがとうございます。結界を展開しておきますので、安心して作業してください。もし、壊す者が現れたなら、この笛を鳴らしてください。直ぐに駆けつけます。」
「ありがたく頂戴します。」
ルチルは袖の中から取り出した小さな笛を渡し、ツヴェインさんはそれを首にかけた。
「暁。私達についてきなさい。遅れたら、そのまま置いて行くわよ。」
「わかった。」
シルフィアは真面目な顔つきになり、空気が引き締まる。僕が返事をすると、それがスタートの合図となり、リーダーが先頭となり走り出す。駆け抜ける速度は、徐々に上がっていく。森林を駆け抜けるのに慣れていなかったら、引き離されるところだった。
速い。正直舐めてたかも。
リーダーが速いのは、当然だと思うが他の2人も同等の速さだった。ダイヤは、小さい身長と軽い体重を活かして木の上を渡って行き、ルチルは身体強化の魔法をかけて、並外れた速度で駆ける。その3人を、見失わない様に必死に追いかけること数十分。ようやく足が止まる。
「ハァハァハァハァ。」
「シッ!」
足を止めて息をきらし肩で呼吸していると、口を塞がれ顔を上げさせられて耳元で囁かれる。
「アレがグリフィンよ。それと…厄介な奴もいるわね。」
立派な翼と逞しい四本足に鋭い爪。極太い首の先には立派な嘴。茜色に輝く体と筋骨隆々の出立ちに、孤高な王者としての風格が滲み出ていた。それと対峙していた魔物も負けず劣らずだった。姿形は見知ったヤモリの姿なのだが、グリフィンと同じ巨体で立派な立髪と長い髭が特徴的だった。虹色に輝いてる鱗には、傷一つない体は無駄のない筋肉で引き締まった体が美しかった。
「イピリア。沼地に生息する魔物がなんで、こんな森林のど真ん中にいるわけ?」
「理由なんか知るかいな。せやけど、どうするんや。2体同時は流石にあかんやろ。漁夫の利で行くか?」
「それは駄目だ。確かこの先には、小さな隠れ里がある。」
「嘘やろ?地図に載っとらんがな。」
「本当だよ。僕達の村とは、何回か接触して交流した事がある。」
「…チッ!漁夫の利はできんな。長引けば被害がでちまう。」
「………。二手に別れましょう。私とルチルはグリフィンを、ダイヤと暁はイピリアを討伐するわ。」
「⁉︎」
「まぁ、そうするしかないわね。相性を考えて、それがベストだと思うわ。」
冒険者になって早々に、魔物の討伐。しかも、明らかに格上の存在。体が震える。たまらない。たまらない程、心が躍る。
見た事ない敵。いいねぇ。わくわくするよ。
「フッ。行けそうやな。イピリアはウチらに任せな。」
「えぇ。頼んだわよ。速攻で終わらせてくる。」
そう言い残し疾風の如く駆け出す。グリフィンへ迫り斬撃を浴びせて回転蹴りで吹き飛ばす。
「う、嘘やろ。」
「暁。ぼさっとするんやないで。ウチらはあいつや。」
速攻をかけたリーダーがリーダーをしていて、思わずダイヤの口調が移る。そんな僕に、ダイヤの喝が入り意識を変えると、イピリアと視線があう。僕達に気がついたのか敵意を向けながら、様子を伺っていた。
「アヤツの鱗はクソ硬い。斬撃も魔法も通さん。リーダーとルチルじゃ、相性最悪。向こうが終わって戻って来おっても、屁の役にもたたん。」
「……。」
「そこでだ。受け取れ。特別に借したる。」
渡されたのは、ダイヤと同じメイスだった。
「器用に戦い方変えれるんやろ。ウチと同じ戦い方せぇ。」
「打撃は通用するって事か?」
「弾かれるで。ただ、同じ箇所を狙って叩き割る。そしたら鱗に隠れた柔い部分をタコ殴りや。」
「………。」
「なんや?文句がいいたそうな顔やな。」
「別に。脳筋だな。って思っただけ。」
「ハハハ。それが、ええんやないか。単純で実に簡単やろ。本能のまま狩ればええんや!嫌いじゃないやろ!」
「…。嫌いじゃない。むしろ、好きかな?」
「せやろ。見ればわかる。お前からは、ウチと同じ匂いがしとったわ。行くで!」
ダイヤの掛け声で一斉に跳び出し、左右に分かれ走る。イピリアの両目が、忙しく動き目標を定める。
だよね。
長い舌が瞬発的に飛び出し襲ってきた。
「ツッ⁉︎」
ギリギリの所でかわす。
「アカン!そいつの攻撃をギリギリでかわすな!!」
「!?」
舌に付いていた唾液が飛び散り体に浴びる。
「〜〜〜〜〜。クッ⁉︎事前に教えろ!馬鹿が!」
「アァ⁉︎」
唾液に触れた皮膚が焼ける様に痛く溶ける。イピリアの唾液は、強力な酸性だったのだ。事前に教えなかった苛立ちをメイスを通して、頭目掛けて一撃を入れると、ニ撃目を間髪入れずダイヤが打ちこむ。
「聞かんかった。お前さんが悪いやろが!」
「ギャ‼︎」
三撃目を入れると流石にダメージを負ったのか、悲鳴をあげると尻尾が薙ぎ払われる。
「フッ。〜〜〜ラァ!!」
薙ぎ払われた尻尾をしゃがみこんで避ける。顔が正面に戻ってきた所で、もう一度叩きこむ。
「ゲェア⁉︎」
「ツッ⁉︎」
顔が潰れ不細工な声がでると、口から唾液舞い散り浴びせられる。
「汚ねぇな!」
振り下ろしたメイスを顎目掛けてかち上げる。鱗の硬さが異常な程固かったせいで、メイスから伝わる衝撃で腕が痺れる。
「なっておらんなぁ。メイスってのは、こう使うんや!」
弾かれた箇所に、的確に打ち込み小さなヒビを入れて大きく後退させる。
「キェェェーーーーーー‼︎」
「チッ!やっぱ足りんか。」
後退したイピリアは、軽く頭を横に振ったあと、髪を逆立てながら咆哮をする。あれだけ力強く叩きつけた鱗は、まだまだ叩き割れそうにない。
「間髪入れず行くよ。再生しちまう。」
「は?再生するの?」
「当たり前や。奴の強みは、強靭な鱗と再生の早さや。攻撃手段が単調な分戦い易いが、いざ守りに入られたら一生終わらぞ!」
「そうかよ!」
持っていたメイスをぶん投げて頭に命中させる。その一撃を入れている間に距離を詰めて、両手で掴み取りもう一撃叩きこむ。
「オラァ‼︎」
「だから、ちゃうわ!こうやるんや!」
「ギャ‼︎」
横っ面に入った一撃に加え瞬時に、追撃を頭上部へ打ち込み連撃をして体制を崩し、地面に頭を食い込ませる。
「暁。お前のは軽すぎる!上手く力を込めて相手に伝えるんや!こう!わかったか?」
三撃目も同じ所にぶち込むと、鱗よりも先に地面にヒビが入る。
どんだけ頑丈なんだよ。
「⁉︎後退や!」
「⁉︎」
イピリアの様子が変化したのに気づいて2人は大きく後退して離れる。よろよろと立ち上がったイピリアの体から、蒸気が放出され身に纏う形となる。明るかった空が暗くなり雨がポツポツと落ち始める。
「これは?」
「天候操作や。自分の得意とする環境を作ろうとしとる。酷くなる前にケリつけんと、ウチらが詰むことになるで。そうなる前に、お前は会得せぇ。」
「……。」
「時間は、あらへんからな。」
ダイヤが言った通り、僕自身も僕の攻撃が無駄なく力が伝わっているとは思ってない。ダイヤと僕の身長差は20cmくらいで、体格が恵まれていないダイヤの攻撃は、確実にダメージが入ってる。
「そこで観察しとれ。手本を見せたる。」
「キェェェーーーー!」
ダイヤが踏み出すと、イピリアが天に向かって咆哮をする。
「雨乞いたぁ、ずいぶん余裕あるやないか!」
「⁉︎」
振り下ろされたメイスが空振りをする。戦闘開始してから初めて避けるという行動をとった。そう何度も同じ手が通じなくなるのはわかるが、動きが明らかに滑らかになってる。しかも、回転して避けた遠心力を活かして右前脚でカウンターしてきた。
「ハッ!眠たくなるノロイ攻撃やな!」
メイスの持ち手部分で、右前脚をかち上げ仰け反らせる。
「ガラ空きや!」
高速の連撃で、腹・顎、頭上部と容赦ない攻撃を叩き込み最後の一撃に移行する。居合の様な構えで待機し、丁度良い高さに頭が下がった所で振り抜く。
「轟雷粉砕!ドラァァ!!」
雷を帯びたメイスは見事に命中し、イピリアの鱗が飛び散らせながら、勢いよく吹き飛び大岩を砕いた。
「どうや?これが、A級冒険者や。強いやろ。」
「凄い…。」
さき程まで、2人がかりでやっていたのが馬鹿らしいくらい一方的な展開だった。
「これなら、ダイヤだけで十分だったんだな。」
「残念やが、そう甘くないんだわ。言ったやろ。奴の厄介さわこっからや。」
視線の先には、崩れた岩の中から流血しながらゆっくりと起き上がるイピリアの姿があった。鱗は剥がれ落ち、肉質が柔らかい部分があらわになり絶好の好機だったが、蒸気が傷口に集まりあっという間に鱗が再生した。
「なっ⁉︎」
「あれが、厄介な所以や。壊すのに一苦労やのに、やっと壊したと思ったら急速再生で元に戻りよる。雨の降る環境やと特性ですぐ治るから根気のいる作業やな。」
「再生の次元超えてるだろ。…根気の作業って終わりがあるのか?」
「再生には自分自身の生命力を消費することが判明されとる。まぁ、そんなわけやから、1人じゃ厳しいって事や。」
「……。」
今必要とされているのは、イピリアの鱗を割れる攻撃を会得しないと戦いにすらならないって事か。メイスを握る手が自然と力が入る。ダイヤの動きを脳裏で再生させていると、場に合わない明るい声が届いた。
「あれ?まだやってたの?」
「「⁉︎」」
僕とイピリアは、弾かれる様に声のした方向へ振り向くとシルフィアが立っていた。肩に乗せた抜き身の剣には、グリフィンの首が刺さっており雨の影響もあってか、真っ赤な血が一帯を赤く染めていた。
「もう来たんかい。」
「雨も降ってきたから早く雨宿りしたかったし、それに速攻で終わらせるって言ったでしょ。」
「そういや、そうやったな。」
「時間かかりそうなら、手伝ってあげようか?」
「アホ。それじゃ意味ないやろ。な?」
「………。」
「暁?」
「やってみる。」
脳裏で何度も再生して、体の動きを分析していつものように実戦で試したくなってきた。しかも相手は、壊れない魔物だ。
無限に試せそうだ。
閉じていた瞼を開け口角をあげる。
「やろうか。ダイヤ。」
「へぇ、足引っ張るんやないで。」
地面を蹴り飛ばし、加速した勢いをメイスに込めて振り抜く。顔目掛けての攻撃だったが、右前脚の攻撃とぶつかるが、加速した分の力が上回り顔面を巻き込んで叩き伏せる。
「グギャ‼︎」
「汚ねぇ声だな!」
すぐさま起き上がろうとするイピリアに対し待ち構える。腰の辺りまで頭が上がった所で、轟雷粉砕の真似事をする。ダイヤのように、雷は帯びていないし鱗も飛び散らなかった。
「前のめりすぎや!体重移動が全然なっとらんわ!体の芯に力を溜めてから、左足の支点に流してそこから一気に開放や!こん時に武器の重さを感じながら解き放つ!無駄な力は不用やからな!」
「なら、これで!」
2、3歩下がっていた的に向かって、修正した一撃を入れるがまだ軽い気がする。
「ちゃう!全然なっとらんわ!踏み込みが甘すぎるんや!ええか、よう見とれ。」
「ギャ⁉︎」
軽い感じで殴った一撃は、僕の攻撃よりダメージが明らかに入っていた。完璧に体の使い方を、真似ているのに、結果が全く違う。
何故だ。……。
「ラァ‼︎」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そんな嬉しそうな顔を見るのは、いつ以来でしょうか。」
「ルチル。盗み見るなんて貴方らしくないわよ。」
「偶然ですよ。それに、私が居たのは気づいてたでしょ?」
「…。もう済んだの?」
「半径2キロ内には、私達以外は存在しませんよ。」
「ありがと。これでいい。」
教育係として見てきたからわかる。彼女は今、『湖畔のセイレーン』のリーダーではなく、1人の剣士として彼を見ている。こんな無駄な労力をするぐらい惹きつけられている。
「私には、一生わからないのでしょうね。」
近接戦闘をする者は皆、理解に苦しむ行動をするので傍観を決め込むのだが、彼女のそれは危うさがある。
「剣を交えれば、大抵の事はわかる。だから、見たくなったんだよ。暁の底をね。」
「?暁の全力は、貴方との戦いで見せたでしょ。」
「倒す敵としてね。」
「……。」
「あの戦いでは、足りいんだよ。あくまで試合だ。死合いではないんだよ。私との戦闘では、終始あの瞼は閉じたままだった。けど、今は違う。」
その言葉を聞いて呆れる。
恩恵の使用なんてしたら、試験どころの話しではなくなるでしょうが…まだ、教育が足りないのかしら。
「心・技・体。この3要素は、戦闘では必須。暁は、技だけで私と渡りあった。もし、もしもよ。心・体が含まれたならどうなると思う?」
「………。想像したくないわね。」
暁が成人し明確な敵として戦った場合、きっと彼女のタガが外れて本気の殺し合いをしてしまうだろう。
「暁からは、私と同じ匂いがするのよ。私と同じく底で猛獣を飼ってる。」
「それを引き出すつもり?危険だわ。」
「それは無理。要素が足りない。」
「どういうこと?」
純粋にわからないし気になった為、興味本位で聞いてみる。
「全てが足りない。理想としている物とかけ離れすぎている。だから今は、とりあえずそれに気づかせる作業ね。答えを教えるのは簡単だけど、やっぱり自分でね。あっ。」
「逃げられましたね。」
「逃げ場を……やってなかったわね。まぁ、それなりに魔物の素材は入手できたから良しとしますか。」
周囲の魔物を寄せ付けない魔法を頼まれたが、外へ逃げられない様にとの指示は受けていないので行使はしていないし、これ以上の素材は荷物になる為、マナの無駄使いはしたくなかったのだ。
決して忘れていたわけではないぞ。
「2人の所へ行こうか。」
「ですね。」