第2話託す者・託される者
僕は、ドアの前に立っていた。何度も、ドアノブを掴みは離しの繰り返しをする。ドアを開ければ、家族は喜んでくれるだろう。だけど、第一声はなんて言えばいいだろうか。「ただいま」の一言で良いとは思うのだが、数日も帰らなかった者が、はたしてその一言だけでいいのだろうか。1人悩んでると、リョウが外に出ようと玄関へと歩いてくる。
え〜い。悩んでも仕方ない。ここは堂々と!
ドアノブを握り締め一息吸い開ける。部屋の暖かい空気を体に浴びる。椅子が倒れる音と重なるように、強い衝撃が当たるとそれ以上の力で抱きしめられる。
「よく、帰ってきたな。」
「ただいま。」
いつもの僕だったら、離れれようと抵抗していただろう。だけど今日は、甘えていいだろうと思いリョウの背中に手を伸ばし抱擁を交わす。
「もう駄目かと思っておったぞ。」
「心配かけてごめん。けど、大丈夫さ。この通り戻ってきたよ。」
「「⁉︎」」
リョウから離れて、無事であることを強調する為、両手を広げ何も変わった事が無い事を主張して見せたのだが、僕は1つ見落としていた。
「暁!その目どうした⁈」
爺ちゃんが凄い勢いで迫ってきて、僕の顔を覗き込む。
まぁ、そうなるよね。
僕は今、瞼をずっと閉じている。側から見たら、盲目の少年だ。きっと、祠に行って失目したと思っているのだろう。
恩恵を貰えてなかったら、多分それに近い結末が待ってたんだろうな。
「おい!何故何も言わぬ!」
あっ、やばい。
なかなか言い返さないせいで、どんどん誤解されてしまう。
「痛!」
「まったく、少しは落ち着きないよ。」
「優子!老人に手をあげるとは何事だ!それもそうじゃが、今は暁の目が」
「見えているわよ。」
「「「…え?」」」
僕も含め3人は、間抜けにも言葉が重なる。
「暁、何でお前も驚く?」
そりゃあ、驚くでしょ。僕はまだこの目の事言ってないんだから。
「しっかりと私達と目線を合わせる様に顔を動かすし、あの森を盲目で抜けるなんて考えにくい。あるなら、瞼を閉じていても見える恩恵を貰った。そう結論づくでしょ。」
「「「……。」」」
冷静な頭で考えられた答えを聞き皆固まる。優子は、いつも冷静沈着で物事を判断する。恐ろしいほど、物事の本質を捉えて的確な結論・結果に至る。
あの男神が言っていた見える力って、そういう事だったりするのかな?
「ご飯が冷めるわよ。話しなら食事しながらでもできるでしょ。」
テキパキ動くように、手を叩き僕達にムチをうつ。情けない事に、家の男共は彼女に逆らう事を体に植え付けられているせいで、それに従い清潔にしてから席についた。そこからは、僕が祠でおきた事を説明した。一部を伏せて。隠した事は、男神と出会った事と『八咫烏』の能力と効果を誤魔化した。「一生瞼が開かれる事はない代わりに、良く見える目をいただいた」と。だいぶ矛盾した言葉だが、間違いではないから全部嘘というわけではない。僕の説明を受けた終えた3人は、三者三様だった。爺ちゃんは、疲れたという感じで頭を抱え。リョウは興味真摯な表情で興奮気味。優子は、口角を少し上げたけどすぐ表情を戻して、勇輝に優しい目を向けていた。そんなやりとりをしながらの食事は、あっという間に時が過ぎていった。
今日は、疲れたな。
自室に戻りベッドの上で寝そべっていると、ドアをノックされ開かれる。
「起きとるか?」
「爺ちゃん?珍しいね。どうしたの?」
「ちょっと、散歩でもどうだ?」
「?……いいけど。」
爺ちゃんが珍らしく自室に入ってきたと思ったら、爺ちゃんから初めて散歩に誘われて違和感を持ちながらも爺ちゃんの後をついて行き外に出る。夜空を見ながら散歩をする。だんだん家から離れて行き小高い丘に登る。
「どうじゃ。綺麗じゃろ?ここからの景色わよ。」
「うん。」
「わしはここからの景色を見て、第二の人生を歩む覚悟を決めた。……。わしは、転生者なんじゃよ。」
「知ってる。」
「…。ん?何故知っとる⁈」
「優子から聞いた。」
「な、何しとんじゃあやつわ!せっかく驚かせようと思っておったのに!」
両手で頭を抱え天へ叫ぶ。
「帰っていいか。」
「知っておるならいい。…だが、優子でも知らん事をお前に話す。」
「……。」
「不思議そうな顔だな。わしも毒されたのかのぉ。あの2人が、お前さんに託したのなら、わしも託してみたいと思ったからだ。」
真剣な目を向けられ、帰ろうとした足を止めて向き直り目を合わせる。
「年寄りの昔話しは長くなるが、我慢してくれ。約50年前、聖王国の首都シャルルマーニュの大聖堂で、召喚の儀が行われた。その召喚されたのが、わしら25世代じゃった。」
「確か史上最弱の転生者達だっけ?」
「グサッ。心にくるわい。もう少し包んだ言葉を使って欲しいのぉ。同時のわしらは、それに対して怒り狂っとったわ。最初は歓喜され迎えられたが、使えないと判明したら、ゴミを見る様な目を向けまともな扱いをされんかった。身勝手に人を呼びつけておいてじゃ!」
力強く拳が握られ手から血が、ポタポタと垂れていた。過去を思い返し当時の心境が、よみがえり色々な感情が溢れ出る。
「すまん。突然、大声を出して。現地人からしたら転生者は異物じゃ。」
「今は、受け入れられているんでしょ?」
「外に出て、「わしは、転生者じゃ。」と言ったら、昔と変わらない事が起きる。」
「……。」
大きな背中が、今は小さく見える。天を見上げる瞳はきっと、潤んでいるのだろうか。
「暁。お前は、教官になりたいと聞いた。」
爺ちゃんは、視線を下ろして強い目で僕を射抜く。
「頼む。弱者にも救いの手を差し伸ばしてやってくれんか?わしらみたいに、惨めな生き方をしない為に尽力してくれ。」
「……。」
非常に重い言葉だ。子供に対して言う言葉ではないが、爺ちゃんはそれだけ僕に対して、信頼し期待してくれている証拠なのだろう。これは生半可な気持ちで答えてはいけない。
「わかった。…けど、向上心が無い者は見捨てます。僕より長く生きている爺ちゃんなら分かると思うけど、この世界には余裕がない。」
「わかっとる。この世界での生き方を、教えるだけでも生存率が違ってくる。そこだけは、頼んだぞ。」
「わかった。教官になれたら、ちゃんとやるよ。約束する。」
「そうか。我儘を言って悪かったの。…そろそろ帰ろう。やはり、この寒い外は老体には厳しい。」
爺ちゃんは、体を震わせながら丘を降りていく。爺ちゃんの想いを聞けてよかった。ただ、甘い感がえだとも思う。救える命があるなら救いたいが、平和な世界にするには誰かの犠牲が必要だ。僕は空を見上げて、1番輝く星を掴む形で手を上げると共に、静かに自身の中で誓いをたてた。
「そういえば、爺ちゃんは何の恩恵を貰ったんだ?」
「ん?あぁ。わしは『運び屋』だったな。」
「…どんな効果?」
「文字通りだ。運ぶ行為をした場合、筋量向上・疲労軽減になる。今は、色々運んだおかげで『運搬の達人』に昇格しておるがな。」
「スキルって、変わるものなんだね。」
「使い続けるとより強力な物になったり、別のスキルを習得したりと様々じゃな。」
「なるほど。」
「増えるのは、転生者の特権かもしれんがな。」
「どうして?」
「理由はわからんが、転生者以外で新たにスキル習得した者は聞かんからのぉ。」
「ふ〜ん。⁉︎」
2人で話しながら、家に近づくといい匂いが外に出ている。
こ、こ、これは。僕の好きなコーンポタージュ⁉︎
玄関のドアを開き確かめる。すると、優子が暖炉に立ち鍋の中をかき混ぜていた。
「おぉ。コーンポタージュか。冷えた体に良いのぉ。どれ、わしにも一杯。」
「父さんは寝なさい。」
「なぜじゃ⁈」
「こんな遅い時間に、甘い物は駄目に決まっているでしょう。体に毒よ。代わりにベッドの中暖かくしておいたから早く寝なさい。」
「老人を虐めたら、痛い目を見るからの。」
少しいじけた感じで自室に戻ると、優子と2人きりになる。
「あとはよそうだけだから、先に座ってなさい。」
「はい。」
言われるがまま、いつも座る椅子に座り待っていると。
「父さんから何か言われたの?」
「別に特別な事は、言われてないよ。」
「…そう。」
お椀に入れたコーンポタージュを、僕の前に置くと向かい側に座りながら自分の分を啜る。
「少しは成長したみたいだけど、まだまだね。」
「…。」
「暁。これから、どうするか聞かせてくれる?」
「迷宮に潜ろうと思う。もっと、自分を磨きたい。」
「……。馬鹿者。」
「痛!」
デコピンをくらい手で抑える。
「1人では限界があるでしょ。」
「一緒に迷宮へ潜る人いないでしょ。それに、優子からまたアドバイスもらえればいいし。」
「私には、家事仕事だけでなく勇輝の世話もあるの。今までの様に、近くで見る事ができないわ。」
「…。じゃあ、冒険者の技術を盗み見して」
「はぁ。そんな遠回りしていたら、祠に行った意味ないでしょ。」
「じゃあ、どうしたらいいんだよ!この村には、学舎が無いしどうしろって言うんだ!…ごめん。ちょっと熱くなった。」
この村でできる最善のやり方を否定され心を乱してしまった。
らしくないな。
「そこが間違いなのよ。」
「?」
「子供のくせに何でも自分で解決しようとする所、貴方の悪い考え方だわ。私達では、頼りないのかしら?」
「いつも頼りにして」
「嘘。貴方は私達に遠慮してる。この7年間育てていて貴方の口から、「欲しい」と言う言葉を聞いた事ないわよ。」
「僕が欲しい物は自分で用意できる様なばかりだし。」
「本心からそう言える?」
「言え」
「私の目を見て答えなさい!」
「……。」
初めて優子が声を荒げたのを聞いた気がする。下を向いていた視線を、強い言葉に弾かれる様に視線を上げると、何故か瞳が濡れいて、唇が震えていた。目の前には、いつもの余裕の表情の優子ではなかった。その表情を見て僕の何かが爆発した。
「……。ツッ!あったよ。そりゃ、欲しい物はあったよ!けど、僕はこの家の本当の子じゃないんだ。好き勝手が許されるわけないじゃないか!その中で出来る最善を」
テーブルに拳を打ちつけ、地面に向かって抑えていた想いをぶちまける。僕の口は止まる事はなく言い続けていると、優しく大切な物を扱うように抱き寄せられる。
「⁉︎」
「暁。良く聞きなさい。血は繋がっていなくても、貴方は私達の子よ。そうでしょ?私達には、血より濃い物で繋がっているのだから。」
「ツッ〜〜。」
今の僕には、この温もりと囁かれる言葉で涙が溢れだした。優子の肩に頭を押し付けて泣いた。泣き終えた僕は、鼻水とかが酷かった為、水場で綺麗に洗い流して椅子に座り直した。少し冷えたコーンポタージュを飲み、心拍数が上がっていたのを落ち着かせていると、奥の部屋から優子が腰に巻くバックを持ってきて僕の前へ置く。
「私のお古だけど、便利だから持っておきなさい。」
「これは…魔道具。」
「そう。知人からの貰い物なんだけど、丈夫で使い勝手もいいから冒険に向いているわよ。」
「ありがとう。」
「…。暁。貴方の夢は、大きく遠い。それは、わかってるわね?」
静かに頷く。
「この村をでなさい。」
「⁉︎」
「貴方の年齢を考慮すると転生の儀が行われる前に、王様と教皇様に認知されていなくてはならない。それを成す為には、この村を出て冒険者になりなさい。」
「冒険者も確か年齢制限あったよ。」
「一般的にはそうだけど、見習い冒険者としてなら可能。」
僕は、それを聞いて顔を顰めてしまう。
何故なら、1番選択したくない手段だった。絶対にから離れるのは、もちろんの事で恩返しができなくなる。そして1番は、死亡率が圧倒的に高い。死ぬリスクが無く強くなるなんて甘い考えはないが、見習いは冒険者パーティーの下に付く為、パーティーから軽く見られる存在で危険に陥った場合真っ先に切り捨てられる。どんな命知らずでも見習い冒険者をする者はいない。
「パーティー内の揉め事は、ギルドも国も大きく動く事はない。無法地帯だ。行けば何も得ず死ぬ。」
「酒場で呑んだくれた連中の所へ、配属されればそうなるわね。」
「博打じゃんか!」
強めに返答すると、優子は人差し指を立てて横に振る。
「やっぱり村に居るだけじゃ、わからない所も出るわね。」
「?」
「見習い冒険者は、孤児出身者だ。何故だか分かる?」
「まともに金を稼ぐには、それしかないから。」
「正解。加えて言うなら弱いから、精神も肉体も未熟。彼らが安全に働く為には、優しい環境で働く冒険者。言わんとしてる事は、わかるね?」
つまりギルドは、見習い冒険者が死なない程度を受け持つ冒険者パーティーに配属させる。逆を言えば、強ければそれに合った冒険者パーティーに配属させるってこと?
僕は、自身家でも傲慢な人ではないが、強い部類に入ると自負している。
「少しは、見習い冒険者に魅力を感じたかい?」
「まぁ、少しは?」
「…。今回は特別に、私から推薦兼依頼を出しておいたわ。」
「いつの間に⁉︎」
「祠に行ってる間よ。」
「……。」
僕が帰ってくる事を前提に動いていたのか。
「A級冒険者『湖畔のセイレーン』。どう?わくわくするでしょ。」
「A級。」
ギルドは冒険者に階級を与えている。
見習い→G級→F級→E級→D級→C級→B級→A級→S級→英雄
どれだけ頑張っても、C・B止まりと言われている。A級、A級か…。
体が震える。
どんな人達なんだろう。会ってみたな。
なんて思っていたら、見落としていた物を見つけてみるみる顔を青くする。
「…。ちょっと、待って。A級に依頼したって事だよね。依頼料どうしたの?」
「安心なさい。家のお金には手を出してないわ。家の金をかき集めても、A級冒険者に依頼出せないわよ。」
「じゃあ、どうやって。」
「子供がお金の心配するんじゃないわよ。私が聞きたいのは、A級冒険者の冒険者見習いをするか・しないかだよ。」
「……僕は」
「待った。自分に嘘は駄目だからね。」
「なりたい。なりなさいです。…ごめんなさい。」
「何を謝ってるのよ。なら、今日はもう寝なさい。明日は忙しくなるわよ。」
優子は立ち上がり自室へと戻ってしまう。1人残され静かに、2つのお碗を洗い流し終えて、自室に戻り殺風景な部屋を片付ける。
多分、ここには帰ってこないんだろうなぁ。
せめて綺麗にして返そう。