凍える芋焼酎
学生時代にやよい軒でバイトをしていた。僕が作業をしている横で、同じ時間帯に入っているおじさんと女の子が喋っているのが聞こえてきた。〇〇ちゃんってけっこうポンコツだよね。えー、やだーもー。みたいな会話だった。僕は人見知りだったので自分からその会話に混ざろうなんて思いもしかったのだが、突然そのおじさんが僕に「ヘルベチカベチベチ君もそう思うよね」と話を振ってきた。いくら人見知りでも「ええそうですね」くらいの返事は思いついていたのだが、そのときの僕はなぜかたったそれだけのことが言えず、気づいたら「そうですかねえ」と答えていた。できるだけ「そうですね」と聞こえるように「そうですかねえ」と言った。緊張で開いた口が閉じずに語尾が伸びていた。これはその女の子に対する優しさなどではなく、当時僕はよくミスをして怒られ、そのやよい軒では一番仕事ができないという自覚で働いていた。だから冗談でもその女の子を悪く言うことに引っかかるものがあった。ポンコツって誰が言ってんのという話だ。僕は生意気な返事をしたあと、逃げるようにお客さんの呼び出しに向かったので、あの二人がどんな顔をしていたのかはしらないが、地味に痛々しい記憶として思い出すことがある。
たとえば一人でパックの芋焼酎を飲んでいるときだ。芋焼酎といえば僕が生まれて初めて飲んだお酒だった。それもやはり学生の頃で、一人だった。一口目で味に驚いて、三口目には美味しく飲んでいた。そんなことを思い出しながら、部屋にはスピーカーから音楽を流していた。black midiが解散して、ジョーディーグリープが個人名義で活動しているのを知っているだろうか。そのバンドがかっこいいんだ。ライブ映像がすでに多く上がっている。多分毎回違うメンバーを呼んでいる。black midiのころはプログレで、今は変態的で且つポップな曲をやっている。あと最近になってking crimsonの1st以外の曲を聞いたのだけれど、sheltering skyがすごくよかった。あの1曲でバンドごと好きになってしまった。それとエリックドルフィーもかっこいい。これは急に昔の人物だ。意外とジャズでフルート吹いているのは初めて聞いたかもしれない。本当にかっこいい。僕は音楽が好きだけど、すごいとかかっこいいしか言えない。でもそれで十分だと思っている。こういう構文は世にあふれているのかもしれない。でもそれでいい。こういうとにかく文章量を稼ぐという手法は、僕は小説でもある点において有効だと思っている。でも難しい話は酔いながらするものじゃない。難しいというのは、すでにパッケージされたものを分解して自分で理解あるいは人に説明することをいう。ありものを組み合わせて発明するのは、あれは難しいとはまた違ったベクトルの話だ。そういうことを理解し説明できる人が少ないから、とりあえず総じて難しいことになっているけれど。芋焼酎のパックがさっきより軽くなっていることに気が付く。気が付きながら、すでに腕の筋肉へ向かって走りだした電気信号は途中でUターンして跳ね返るようにできてはいない。そして芋焼酎の紙パックは当初予想していた重量の半分にも満たなかった。よって2m<M(image)の結論が選択される。あり余った腕力によってパックは机から吹っ飛び、床に落ちて空っぽの音を立てた。一人晩酌の部屋に響いて、それが今夜の終わりの合図だった。