大試食会改め、大宴会
「タコス。料理店のメニューにもなかったな」
「トウモロコシ粉がないと、やっぱり作るのがたいへんなので。……あ、そうすると、ソルタ村のみなさんもたいへんで作れない……?」
「おいしいものを日常的に食べられるなら、嬉々としてやるはずだ。この村は見たところ主だった産業がないようだし、暇を持て余した者もいるだろう」
「おいしいものにつられるほど単純な人、ルドウィン様だけでは……?」
冗談交じりに返しつつ、彼がタコスを前に目を輝かせる姿を想像する。
かなり協力してもらっているし、おいしく食べてもらいたい。具材はたくさん用意しよう。
トルティーヤは、タコミートはもちろん、チキンやソーセージ、シーフードにも合う万能食材。
チーズやチリコンカン、ハラペーニョをトッピングして、サルサソースやワカモレソースをたっぷりとかける。
――アボカドは持ってきてないから、ワカモレソースは作れない。シーフードもないし、肉も貴重だっていうし……なら、もっと色んな味付けがあってもいいかも。メキシカンだけじゃなくて、和風や中華、洋風も。
料理のことを考えていると楽しくなってくる。
芋剥きを終えたチナミは、次の作業に移る。
茹でる前の生芋をくし切りにしていく。こちらは茹でた芋以上の量を用意していないと、あっという間に消えてしまう可能性があるため大量に。
包丁を扱うことに集中しはじめたチナミに、ルドウィンが笑いかける。
「やはりチナミはどこに行っても、料理をするんだな。とても幸せそうに」
「おいしいって食べてくれるところを想像するのが、好きなんです」
「俺も、そんな者達を見て嬉しそうに笑っているチナミが好きだ」
「…………え?」
何秒もかけて言われた内容を理解し、チナミが顔を上げた時には……ルドウィンはトウモロコシ粉を水で伸ばし、こねる工程に入っていた。
びったんびったん、激しい音が鳴りはじめる。
生地を調理台に打ち付けるたくましい背中に、声をかけることができなかった。
村長宅の暗くなった庭に、かがり火が焚かれる。
庭に出したテーブルには、所狭しと料理が並べられていた。
茹でた芋と片栗粉を混ぜ合わせた生地に、甘じょっぱいたれを絡めた芋もち。
芋の上にベーコンと玉ねぎの入ったホワイトソースを贅沢にかけ、さらにその上からチーズをのせて、石窯で香ばしく焼いたポテトグラタン。
くし形に切ったフライドポテト。
トルティーヤは、ルドウィンによって大量に製作されていた。茹でた芋を潰す工程といい、彼の無尽蔵な体力には感謝しかない。
タコスの要であるタコミートには、豚ひき肉に唐辛子少々とケチャップ、塩コショウしか使っていない。香辛料は値が張るし、辛すぎると子どもが食べられないからだ。
玉ねぎたっぷりのサルサソースに欠かせないハラペーニョピクルスも、使用は最小限に留めた。辛みをまろやかにしてくれるサワークリームやチーズは、多めに準備している。
トルティーヤには癖がないので、和風でも洋風でもどんな味付けも合う。他にも変わり種の具材を各種用意した。
チキンは、醤油と砂糖の照り焼き風、ニンニクとバターで味付けしたものを二種類。
他に、薄切りにした豚肉を味噌で味付けたもの、程よくピンク色を残して焼いた厚切り牛ステーキをカットしたもの。ベーコンにソーセージ。
「レシピは今夜中に作成して、明日の朝お渡ししますね。芋もちはチーズを入れるなど色々アレンジできるので、そういったことも書いておきます。あ、フライドポテトも、サルサソースをディップして食べるとおいしいですよ」
集まった村人達は、料理を前に打ち震えている。
チナミの説明は聞こえているのだろうか。
「あの、みなさん……?」
「うおおおおおおおおぉーっ⁉」
「こっ、これが本当に芋とトウモロコシなのか⁉」
「何よこれ信じられない‼」
「うまそうだー‼ 早く食べさせてくれぇ‼」
にわかに周囲が騒然とする。
やはりチナミの声は聞こえていなかったようなので、説明はまたにしよう。
今はただ、村人達が待ちきれない顔をしていることが嬉しい。
「では、村長」
「うむ。――皆の衆、宴会のはじまりじゃ‼」
「うおっしゃああああああぁーっ‼」
いつの間にか宴会ということになっているし、村人達もノリノリだし、なぜかルドウィンがいち早く食べるため大人げのない攻防を繰り広げているし。
何だか本当に、祭りの様相になってきたようだ。
原種のトウモロコシは、穀物という分類。
野菜に比べて炭水化物が豊富な上、ここに石灰も入るからだろうか。トウモロコシだけでできているのに、トルティーヤはプロテインやカルシウムなどの栄養価も高いという。
村人達は、やや痩せ気味という程度だが、食の細さは体の不調や病気に繋がる。
トルティーヤが、少しでも健康の助けになるなら嬉しかった。
本来、村では貴重だという肉の使用も最小限にするべきだった。
けれど、どうしてもチナミ自身が、血や肉になる食材を村人達に食べさせたかった。
肉を極力使わないレシピも作成するつもりだが、この大試食会によって食への関心が高まれば、狩りにも積極的になるかもしれない。
「うまい!」
「この少し辛いやつ、最高に酒に合うぞ!」
「いやお前、照り焼き味ってやつも食ってみ!」
「おいしいけど、どうしよう! 全部の味を食べたいのにお腹いっぱいになっちゃう!」
「私と半分こずつ食べようよ!」
「助かるー!」
そこかしこで感想を口にし合っている者達の、誰もが笑顔で。
おいしいと食べてくれるところを想像するのも好きだが、それを実際目の当たりにすれば、何にも勝る喜びだった。
「チナミさん、楽しんでおられるかのう?」
グラスを酌み交わす村人達を眺めているチナミに、村長が歩み寄る。
「村の酒は口に合わんかもしれんが」
「とんでもないです、いただきます」
村長に、村で醸造されたという酒を注いでもらい、グラスに口をつける。
木の香りがする、まろやかな口当たりの酒だ。
だが、喉を通ると焼けるような感覚があったので、度数は高いかもしれない。チナミが知っている範囲の種類でたとえると、ウィスキーやウォッカに似ているだろうか。
「おいしいです。みなさん、とてもお元気ですね。ちょっと圧倒されてしまいました」
「それは、チナミさんの作ったごはんがおいしいからじゃ。村の衆のこんな笑顔を見るのは、いつ以来か……本当に、ありがとうございます」
心からの感謝に、チナミの方こそ胸を打たれた。
こんな感覚……いつ以来だろう。