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これぞチート

わーい!

本当にたくさんの人達がブクマや評価をしてくださっています!

ありがとうございます、めちゃくちゃ励みになります!

 メキシコで主食とされている、トルティーヤ。

 あれは、甘くないトウモロコシが原料だ。

 高校生の頃、トルティーヤの原料がトウモロコシだと知らず、とても驚いたことがあった。

 トルティーヤ自体はそれほど珍しくなかったので、子どもの頃から何度か口にしたことがあった。

 甘くておいしいトウモロコシが、どうすればあんな小麦粉のようになるのか。あれは主食ではなく野菜じゃなかったのか。

 そういった興味が芽生えたのをきっかけに、詳しい調理法を調べたのだ。

 確か、トウモロコシの粒を、水に溶いた石灰を加えて茹でる。火を止めて一晩放置したあと洗って水気を切り、乾燥した粒の周りにある膜を全て手作業で取り除いていく。

 それをしっかりと砕いて粉状にし、水を加えてまとめる。この塊を団子の大きさに千切り、一つ一つを平らに伸ばしたら、トルティーヤの完成だ。これを焼いて温かい内に食べる。

「あぁでもさすがに工程が長いし無理か……石灰とかも必要だし……」

 トルティーヤは作るのがたいへんなので、現在は本場のメキシコでも店で買う人が多いという。今から作るなんて絶望的なことに思えた。

 石灰が手に入らなくても、小麦粉を加えれば十分に代用できるというのは、簡単に作るレシピとして聞いたことがあった。

 だが、その手は使えない。

 ソルタ村では小麦が高価で買えないのだ。

 そんなものを使うレシピがあったって、彼らにとって何の意味もなかった。

 どうすればいいのだろう。調理中だというのに、頭を掻きむしりたくなる。

「――石灰が欲しいなら、かまどの灰で代用できるんじゃないか?」

 天啓のように降ってきた声に、チナミはゆるゆると顔を上げる。

 芋を茹でているはずのルドウィンが、心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「駄目か? 灰はあく抜きにも使うだろう?」

「――よく知ってますね……」

「料理が盛んな国なんだ、出身が」

 彼の太陽のような笑顔を見ていると、チナミの思考も落ち着いてくる。

 そういえば、古代には木炭やカタツムリの殻と一緒に煮たと、本に書いてあった気がする。

 既にトウモロコシは茹でてしまったけれど、現代には市販のトウモロコシ粉というものもあった。

 確か、市販のトウモロコシ粉からトルティーヤを作る際は、水を加えて練る段階で石灰を加えていた。そのやり方なら、今からでもトルティーヤ作りに内容を変更できる。

 ――あぁ、駄目だ。まだ問題がある……。

 トウモロコシ粒は乾燥させないと、粉状にできない。当然時間がかかる工程だった。

 本来一日以上かけるものを、時短で作る。それこそ魔法でもない限り不可能だ。

 そこまで考え、チナミははたと顔を上げた。

 隣にはまだ、不思議そうに首を傾げるルドウィンが立っている。

 そうだ。魔法ならここにあるではないか。



 ルドウィンは、苦しそうに肩を震わせながら笑い続けている。

「まさか……魔族の俺に『敵を滅ぼせ』ではなく、『トウモロコシ粒を乾燥させろ』と願うとは。そんな人族は、きっと君くらいのものだろうな」

 魔族が人を襲うというのは捏造だったが、魔力を操るというのは真実らしい。

 ルドウィンに、魔法で火は出せるのかと聞いたところ、属性にかかわらずどんなものでも使えるという返答があった。

 属性というのが具体的に何なのかは分からないけれど、チナミは手を合わせて懇願した。

 どうか魔法で、トウモロコシの粒を乾燥させてほしい、と。

 それを聞いたルドウィンは、一拍置いてから弾けるように笑い出した。そうして笑いが収まった今も、その余韻を引きずり続けている。

「……敵も、滅ぼせるんですか?」

 ルドウィンが発した言葉がさらりと不穏で、チナミは恐々と隣を窺う。

 彼は楽しそうに肩をすくめた。

「魔法が使えると聞けば、普通はそちらを思い浮かべるだろう?」

「そんなに誰もが何かと戦っているわけではないと思いますが……」

 ルドウィンは、あっという間にトウモロコシ粒を乾燥させた。

 何でも、火の魔法と風の魔法の複合魔法らしい。これがエナのいうチートというやつか。

 本来ならここでトウモロコシ粒の外皮を剥き、生地のまとまりをよくするところだが、今日は時間がない。ルドウィンにはそのまますり潰す作業に入ってもらっていた。

 チナミは彼が担当していた作業を交代し、今は大量の芋の皮を剥き続けているところだ。

 互いに地味な、黙々と行う工程。

 ごりごりごり。

 すり鉢でトウモロコシ粒をすり潰す音だけが、厨房にやけに響く。

 ただ沈黙も気まずいものではなく、チナミは自然に笑っていた。

「どうした?」

 ルドウィンは、よく周りに気が付くようだ。

 些細な変化も見逃さずチナミに問いかける。

「いえ。何度かこうして、エナちゃんとも並んで料理をしたなって、思い出して。料理を振る舞うのも好きですけど、誰かと一緒に料理をするのも楽しいですよね」

 自然体で答えるチナミは、もう完全に彼への警戒心を解いていた。

 敵を滅ぼさずトウモロコシ粒を乾燥させてくれる魔族を、警戒しろという方が無理だ。

 ルドウィンは、すりこぎを動かす腕は休めないままに笑った。

「確かに、分かるな。一緒に一つのものを作り上げていくから楽しいのだろうか。これからはエナに代わって、俺が一緒に作ろう。ずっとな」

「ずっとは無理でしょう。ルドウィン様、故郷に帰ると言ってましたよね」

「チナミが俺の故郷に来れば何も問題ないな」

「故郷って、魔族領にですか?」

「チナミには合っていると思うぞ。魔族には料理好きが多い。男女問わず階級問わず、厨房に入るのが一般的だ」

「へぇ、進歩的ですね」

 集中の必要ない作業ということで、つい互いに会話が多くなる。

「この粉は、小麦粉のように使えるのか?」

「はい。これに水を加え生地を薄く伸ばし、焼いて食べます。初めて作ったんですが、うまくいってよかったです。丸く伸ばすのにも力がいるので、ルドウィン様にお願いしますね」

「初めてということは、チナミの国では食べられていなかったのか。それなのに、よく作り方を知っていたな?」

「たまたま気になって、調べたことがあって」

 調べる内に知ったのは、日本で採れるスイートコーンという品種は野菜に分類されていること。トルティーヤの原料となるトウモロコシは、穀物とされているということ。

 野菜一つとっても、料理とは奥が深い。

「色々な調理方法があるんですが、今日のところはトルティーヤを使って、タコスを作ろうかと」

 正式には、タコスもどきになるだろうが。

 トルティーヤに載せる食材は、ソルタ村で用意しにくいものは外す。

 その代わり、一般家庭に常備されている調味料は揃っているので、そこで様々な変化を楽しんでもらう予定だった。



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