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さぁ、調理開始

「チナミの料理は本当にうまい。俺が保証しよう」

 ルドウィンは腰に手を当て、誇らしげに胸を張っている。あまりに堂々とした立ち姿。

 保証するというお前は一体何者だ、と訊かれたら困るから、前に出ないでほしいのに。

 ――というか、なぜこの人が誇らしげ……。

 常連客という優位性か。謎だ。

 ルドウィンの存在感は圧倒的だった。

 高い身長に鋼のような肉体、薄暗くても分かるほど際立った顔立ち。これまでどうして気付かなかったのか不思議になるほど。

 村人達は案の定、魂が抜けてしまったかのように呆然としている。

「あー……えっと、すみません。この人も、決して怪しい者ではありませんので……」

「ちなみに俺は、騎士団長と同じくルドウィンという名だ。よろしく頼む」

 ――なっ、名乗ってるしー‼

 チナミは心の中で絶叫した。

 何を考えているのだ、ルドウィンは。村に入る前の打ち合わせが台無しではないか。

 チナミは慌てて誤魔化した。

「き、騎士団長様といえば、きっともっと素敵な方でしょうね! こんなふうに、一人でうろついているはずもありませんし!」

 頭一つ分以上の身長差があるため、どう足掻いても全く隠し切れていないのだが、さりげなくルドウィンの前に足を進める。なぜ、チナミが振り回されなければならないのか。

 けれどその甲斐あってか、村人達は夢からさめたように我に返っていく。

「あ、あれ? 私、一瞬記憶が……」

「俺も。何か圧倒されちまって、時間ってやつを忘れてたみてぇだ」

「あー……俺達、何を話してたんだっけか?」

 ルドウィンの鮮烈な美貌のせいで、名乗りが聞こえていなかったらしい。一時、村人達の脳が誤作動を起こしたようだ。

 何だその都合がよすぎる展開。

 チナミは、ルドウィンの優れた容姿は、騎士団長時代からの武器だったのかもしれないと思った。周囲はひたすら心労が溜まるが、効果は抜群だ。

 落ち着きを取り戻した村人達が、思い出したようにチナミに話を向ける。

「あぁ、そうだ。料理だ料理。そんなに頭を下げんでもええって、チナミさんに言おうとしていたはずなんじゃが」

「おら達、怪しいなんて少しも思っていねぇしな」

「盗まれるもんもないのに疑ったってなぁ」

 がははと笑う男性達の間をすり抜けて、成り行きを見守っていた村長が進み出る。

「チナミさん。ぜひ、うちの厨房を使ってくだされ。宴の時に使う大きな鍋なんかがある」

「……はい」

 本当に、スムーズに進行している。

 ルドウィン怖い。



 村人達に味が伝わらなければ意味がないので、チナミは料理店にいる時のように大量の調理をすることになった。

 芋とトウモロコシ以外の食材はマジックバッグのものを使う。

 調理後に村中の人達が集まり、大試食会が開催される予定だ。

 各家庭で家事を担っている女性全員は、さすがに厨房に入りきらない。

 チナミが一人で調理をし、後々レシピを渡すという段取りになったのだが――なぜか厨房にはエプロン姿のルドウィンもいた。

「あの……本当にいいんですか?」

「あぁ、チナミばかりを働かせるつもりはない。ここにある大量の芋やトウモロコシを調理するんだろう? 力仕事なら俺に任せろ」

 腰に手を当ててふんぞり返っているが、彼に厨房は狭すぎるのではと思った。

 調理などできるのだろうかと不安になるが、ふと湖のほとりでのことが頭をよぎる。

 ルドウィンはかなり手際よく、後片付けの補助をしてくれた。英雄と称えられる騎士団長を顎で使っていいのかという疑問はあるものの、それ以外は問題ないかもしれない。

 試しに芋を茹でてほしいと頼むと、皮を剥くか、カットするか、といった的確な質問が返ってきた。遠征などで調理をし慣れているのだろうか。

「あ……じゃあ、そのまま茹でて、熱い内に皮を剥いて、潰してもらってもいいですか? すみません。こんなことをさせてしまって」

「気にするな。それに、料理はこんなことじゃない。大切な仕事だ」

 ルドウィンはニカッと笑うと、チナミの指示に従って素早く動き出した。

 水を張った大鍋を火にかけ、熱湯になるのを待つ間に大量の芋を水洗いしていく。時間を無駄にしない、本当に手慣れた動きだ。

 こちらも感心している場合じゃない。

 たっぷりのお湯で茹でていたトウモロコシをざるに上げ……ようとしたところで、ルドウィンがさりげなく大鍋を取り上げた。

 小さな笑みを残して外の水路に向かう彼の足取りは危なげがなく、チナミはお礼を言うのも忘れて見送ってしまった。力仕事は任せろと言った宣言に偽りはないようだ。

 すぐに戻ってきたので感謝を告げ、チナミはトウモロコシの調理に取りかかる。

 甘く仕上げるために丸ごと茹でていたので、火傷しないよう気を付けながら皮を剥いていく。つやつやの黄色がお目見えするかと思いきや、トウモロコシ粒は白かった。

 ――あれ? 品種改良されて甘みが強くなったトウモロコシみたい……。

 そこまで考えて、嫌な予感がした。

 他のトウモロコシの皮も急いで剥いていく。黄色いものもあったが、やはり白いトウモロコシも同じくらいにある。

 チナミは急いで一粒口に入れた。

 甘みが……弱い。

 弱いというより、ほぼないと言ってよかった。

 王宮では甘いトウモロコシが出されていたから、油断していた。

 調理方法一つとっても上流階級との格差が垣間見えるのだから、地方の庶民の口に入るトウモロコシが、品種改良されたもののわけがなかった。

 原種に近い、甘くないトウモロコシ。

 確かにこれでは、茹でても焼いてもそれほどおいしく食べられなかっただろう。

 ――おいしく食べる方法を教えられるって……思い上がってたのかも……。

 甘いトウモロコシは素揚げにしてもおいしいし、チーズと衣をつけてもいい。それでも余ったら醤油を塗って炭火で焼き直し、焼きトウモロコシにしてもよかった。

 下茹でしておけば、どのようにも調理できる。

 そう思っていたのに、これは計算外だった。

 だからといってここまでして『調理はできませんでした』なんて言えない。たくさんの食材を無駄にしてしまう。

 せめてここから挽回できないだろうかと頭をひねるも、チナミは甘くないトウモロコシのレシピを知らなかった。

 ……いや。

 一つだけ、頭の中にひらめくものがある。




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