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成り行き任せで

おはようございます!

 チナミは、まだ後ずさったままの体勢でいるフラウに視線を移した。

 それぞれに考え方が違うのは当たり前で、強要することはできない。

 生まれた時から魔族の脅威を常識として教え込まれてきたフラウには、もっと違う見え方があるのだろう。たとえ故郷を救ってくれた英雄だとしても、咀嚼しきれないわだかまりが残っているはずだ。

 それでも無言で見つめていると、彼は躊躇いながらも元の位置に座り直した。

「きっ、聞きます! 聞きたいです、僕だって!」

 フラウの声は裏返っているし、まだルドウィンを直視することはできない様子。

 だがその決断は、本当に覚悟がなければできない。チナミにはとても勇ましく映った。

 ルドウィンも嬉しかったのだろう、照れくさそうに頷いている。

「すごいな、二人共……魔族の中にだって、偏見や差別はあるのに」

 彼は一度頬を掻くと、改まった表情になった。

 そうして語ったのは、魔族と人族の文明の違い。

 魔族領もいくつかの領地に分かれており、各地に代表がいること。

 人族に恐れられていることを理解し、極力接触しないようにしていること。それでも人族側が無差別に攻撃をしてくることがあるため、国境を固く閉ざしていること。

「俺達も、攻撃性の強い魔族がいることは否定しない。そういった奴らの行動は把握できるようになっているが、暴力的な感情を秘めた奴だっているだろう。対策が不十分な実状だが……悪い奴というのは、人族も魔族も一定数いる。そういうものだ」

 チナミは、重々しく頷き返した。

 悲しいが、犯罪者というのはどこの国にもいる。どこの世界でも。

 魔族領では、軽微な罪を犯した者達は、治安維持部隊よって常に居場所を把握されるようになるらしい。先進国のGPSのようなものだろうか。

 魔族の考え方は、むしろ現代的な印象を受ける。

「昔から俺は、なぜ人族との確執があるのか、不思議に思っていた。だから国境を越え、人間になりすまし、人との交流を図った。こういう変わり者も、一定数いる」

「それで一国の騎士団長になる人って、います?」

「まぁ、数は少ないだろうな」

 チナミの皮肉混じりの疑問にも、ルドウィンはすました顔で講釈を述べる。

 こういった図太さがないと、国境越えをする変わり者にはなれないということだろう。

「つまり、魔族は脅威だと、人族がいたずらに怖がっているだけ。ルドウィン様には害意がないから安全、ということですね」

 フラウの反応を窺うと、なぜか彼は滂沱と涙を流していた。

「その高いお志をもって……多くの民を、お救いくださったのですね……!」

「いや……どの辺りに高い志が?」

「素晴らしい……! やはり騎士団長様は、僕が思い描いていた通りの傑物でした!」

 感動の要素がどこにあったのか疑問だが、本人が納得しているならいいだろう。

 泣きじゃくるフラウを放置し、チナミはせっせと煮炊きの後片付けをはじめる。

「さぁ、行きましょう。そろそろ出発しないと、日暮れまでに森を抜けられませんから」

 話を聞いたあとも平常運転すぎる行動に、ルドウィンが噴き出した。

「チ、チナミ……君は面白いな……」

 彼はしっかり笑いつつも、集めた食器を湖の水で軽くゆすいだり、手早く水気を拭きとったりと手際がいい。意外だ。

 よく気付きよく動き、しかもさりげない。これは種族に関係なく、単に個人の性質だろう。

 魔族でもこういった人が好まれるとしたら、確かに人族と魔族はほとんど変わらないと思われる。

 ルドウィンが披露した説に、チナミは斜め上の角度から深く納得した。



 日が沈む前にたどり着いたソルタ村は、のんびりとした集落だった。

 なぜか当然のようにルドウィンも同行しているが、気にしたら負けだ。

 とりあえず、村人がフラウみたいになってしまうと困るので、ルドウィンが有名な騎士団長であることは、極力隠しておくこととなった。既に職を辞していることも、実は魔族であることも。

 それでも、フラウが連れてきた客人として、チナミ達は村人総出で歓迎される。

 村長は、想像通りの村長だった。

 ひたすら穏やかで棘のない雰囲気。テンプレート、という単語が一瞬頭をよぎる。

「申し訳ありませんのう。お客様方をもてなしたくとも、今年はひどい不作で……」

 ハッとして村人達を見渡す。

 言われてみれば、健康状態が危ぶまれるほどではないが、村長だけでなく村人達も痩せ気味だった。

 チナミは慌てて頭を下げる。

「こちらこそ、突然押しかけてしまいすみません。食料などは自分達で賄いますので……」

「チナミさん、村長の言うことはあまり気にしないでください。元々この村は土地がやせているから、トウモロコシと芋くらいしかないんです」

「こら、フラウ。少しは村の体面を守らんか」

 村長は恐縮するチナミの頭を上げさせ、やや薄い頭髪を掻く仕草をしつつ事情を話した。

 不作というのは、大したもてなしができないことの言いわけ。

 トウモロコシと芋ならいくらでもあるという。ただ、狩りができる若者が少なく、肉は貴重。小麦が買えないのでパンもないのだとか。

「芋もトウモロコシも、単純に食べ飽きてしもうてのう。わしらが痩せているのはそのせいだから、むしろ謝らせてしまって申し訳なかった」

「本当ですよ。申し訳ございません、うちの村長がお茶目で」

 チナミは村長とフラウに対して、気にしていないと首を振った。

 むしろ勝手に先走って誤解して、チナミの方こそ失礼だった。

「あの……お力になれるか分かりませんが、お芋とトウモロコシの色々な調理方法をお教えしましょうか? 私、料理は得意なんです」

 この国の調理方法といえば、芋やトウモロコシは茹でるか焼くだけらしい。しかも素材をそのまま生かしていく味付けが一般的。

 王宮ではやたらと手の込んだ料理が振る舞われていたが、上流階級はレシピを秘伝とするものらしく、民衆にまで調理方法が伝わっていないようだ。

 こういった現状だから、家庭料理しか出せないのにチナミの料理店が人気だったのだろう。

 突然の申し出に顔を見合わせる村人達だったが、フラウだけは目を輝かせた。

「それは素晴らしい! みなさん、チナミさんの作る料理は本当においしいですよ。きっと、焼き芋や茹で芋じゃないものが食べられます!」

「焼き芋も茹で芋も、おいしいですけどね」

 特に熱々の内に塩やマヨネーズ、バターなどと共に食べると最高だ。

 思い浮かべれば無性に食べたくなってきたので、こっそり作っておこう。村人は食べないだろうから、自分用に。

「ただ焼く以外にも、おいしくする方法はあります。いきなりこんなことを言われても怪しいだけかもしれませんが、今日ご厄介になるお礼だと思っていただければ幸いです」

 先ほどと同じように、誠心誠意頭を下げる。

 すると、黙って成り行きを見守っていたルドウィンがチナミの隣に進み出た。


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