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魔族現る

 食事を用意する間、フラウが聞いてもいないのにルドウィンの功績を熱弁してくれた。

 平民出身で、一から伸し上がった経歴。

 王国に古くから存在していた犯罪組織を壊滅させたり、災害時は最前線で人々の命を救ったり。東隣の国との国境防衛戦での立役者でもあるそうだ。

 そういった功績からルドウィンは国民人気に後押しされ、誉ある騎士団長に任じられた。国も実力を認めざるを得なくなったというところだろう。

 彼が騎士団長になったのは、チナミが異世界転移したばかりの頃だ。最年少騎士団長の誕生に王宮も湧いていたので、よく覚えている。

 現在ルドウィンは二十三歳だというから、十八歳で騎士団長になったということになる。しかもそれだけの功績を上げたのは騎士団長になる前なのだから恐れ入る。

 この年齢観ギャップ、異世界ならではだ。

 考えている間にも料理は完成。

 せっかくなので、親子丼風にアレンジした食事を用意してみた。

 もちろんチナミとフラウの分も。

 早速、半熟溶き玉子をまとった鶏肉を一口。

 あえて濃い目に作った焼き鳥を、玉子がマイルドな味わいにしている。

 鼻を抜ける炭火の香ばしさが、普通の親子丼よりも贅沢なものへと昇華しているようだった。

「おいしい……」

「おかわりはありますか?」

「フラウさん、どれだけ食べるんですか?」

「命の危機すら感じていたので、まだいくらでも」

 フラウの食欲に驚くが、たくさん食べてもらえるのは作り手にとって嬉しいことだ。

 ルドウィンはと見遣れば、既にどんぶり一杯を平らげていた。

「俺もおかわり」

 輝く笑顔を向けられ、軽く目眩がした。

 この人、本当に話すつもりがあるのだろうか。

 マジックバッグがあるからとたくさん炊いてあったご飯が一瞬にして消え、急遽おかか入りのおにぎりを網の上で焼いた。

 軽く焦げ目がついてから器に盛ってほぐし、具材を載せる。おかかがしょっぱいかもしれないが、さらなるアレンジ親子丼だ。

 新たに作った親子丼もあっという間に完食され、何ならおかか入り焼きおにぎりをそのまま食べたいと奪われる。

 これをフラウからもリクエストされたので、今度は表面にマヨネーズを塗ってから炙った。それをまたルドウィンが欲しがるので、もはや堂々巡りだ。

「これは罪です。罪深いおいしさです」

「あぁ。食欲が止まらないのはチナミのせいだ」

「私の旅のお供をどんどん消費しておいて、ひどい言い草ですね」

「すみませんでした」

「次は俺が君に料理を振る舞おう」

 たくさん笑って、たくさん食べて。

 いつの間にか、沈んだ気持ちが浮上していた。

 やっぱりチナミは料理が好きだ。

 みんなでおいしいごはんを囲む時間が好きだ。

 警戒心などすっかりなくなった、食後のひと時。

 ルドウィンが唐突に爆弾を落とした。

「そういえば、まだ事情を話していなかったな。少々この国で目立ちすぎてしまったから、騎士団長の地位を返上して、故郷に帰ることにしたんだ。――俺は魔族だからな」

 チナミは紅茶の入ったカップを落としたし、フラウなど飛び上がって後ずさっている。

 だって、魔族だ。

 魔族とは空を飛び、魔力を操り、人族を襲って食らう恐ろしい生きもの。

 この国では……いや、人族は誰もがそう習う。

 二人の反応をじっと観察していたルドウィンが、静かに息をつく。

「まず、俺達と人族との見解の相違を伝えたい。俺達は人族を害するつもりなどないし、魔力を保有しているというだけで、実は人族とそう変わらない種族なんだ」

 彼は感情的になることなく、あくまで落ち着いた調子で説明した。

 ぎこちないながらも、チナミにも冷静な思考が戻ってくる。

 これだけのん気に、楽しく、食事を共にした。

 人族を襲って食らうつもりなら、チナミとフラウほど無防備な餌はなかっただろう。

 それに彼は、何度も店に足を運んでくれた常連客でもある。

「……聖女の結界があるのに、どうやってこちらに来たんですか?」

 チナミは静かに訊いた。

 まだ警戒していることが伝わっているのだろう、ルドウィンも慎重に答える。

「ある程度魔力の強い者なら、少し無理をすれば何とかなる。聖女の結界とは、その程度のものだ」

「それは……」

 実際に彼の言う通りだとしたら、魔族は容易に人族の領域を踏み荒らせるということ。

 それは脅威でもあるが、これまでの歴史を振り返れば、そういった悪意を持つ魔族がごくまれであったことの証左ともなり得る。

 確か百年以上、魔族による被害はなかったはず。

 だが、この話を真に受けてもいいのか。

 チナミは悩み抜いた末――ささやかな勇気と共に、口を開いた。

「他にも……魔族と人族との、見解の相違とやらがあるなら、教えてくれませんか?」

 頭ごなしに信じたりしないけれど、十分に聞く余地はある。その上で判断する。

 そういった意図が伝わったのだろう。青ざめたフラウが、ぎょっとした顔でこちらを振り返った。

 チナミも、彼としっかり目を合わせ問いかける。

「フラウさん。騎士団長様が、人を傷付けたことがありますか? むしろ彼は、この王国の人々を救ってきた。……私は、一度も魔族を見たことがありませんでした。こうして機会がなければ、対話が可能な存在だと、知ることすらなかった」

 諍いが起こったら、双方の言い分を聞く必要があるというのは、現代人の感覚だろうか。

 日本では魔族とか魔法とか結界とか、そういったもの自体と縁遠い生活をしていた。

 だからこの国で暮らすことになった時も、そういったものと受け入れただけ。

 なので今回のルドウィンの言葉も、そういうものかもしれないと受け止めることができた。

 もちろん、これが気性の荒い相手だったら、捉え方も警戒の度合いも変わっていただろう。

 だが、彼とは浅くない付き合いがあった。

 好き嫌いなく何でもよく食べる常連さん。

 旅装のフードを、いつも深くかぶっていた。

 今の明るい彼からすると、面影すらないように感じるが、口数も多い方じゃなかった。それでも、いつも口元の笑みでおいしいと伝えてくれた。

 けれど、彼は騎士団長。

 遠征くらいならあっただろうが、基本的に王都を離れることはなかったはずだ。

 では、なぜ旅装だったのかというと――それは、彼の配慮だったのではないか。

 老若男女問わず人気のあるルドウィンが堂々と店に通えば、さらなる美形の登場に、熱狂的ファン達がどのような反応をするか火を見るより明らか。

 正体を隠して通っていたのが、彼の優しさだったとしたら。

「……私は、聞きたいです。騎士団長様の……ルドウィン様の、話を」

 チナミの思いを告げると、ルドウィンはきょとんとしたあとに破顔した。心から嬉しそうな、目映い太陽の笑み。

「そこは、『ルドウィン』でいいのに」

「そちらこそ、『チナミさん』でいいんですよ」

「ははっ、手厳しいな」


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