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【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・4 王太子

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チナミのごはん

 ――何て、ことを……‼

 なぜ、そこまでひどいことが言える。

 偏見と無遠慮な言葉に、傷付かないとでも思っているのか。

 彼らには、こうして森の中に隠れていた魔族が、本当に悪として映っているのか。

 楽しいと笑い合って生きていたい。

 みんなただそれだけなのに。

 カッとなって進み出ようとしたチナミを、ルドウィンが片手で制した。

 彼はオルディアス達を見据えたまま、切り込むように訊ねる。

「神の鉄槌ね。神とやらの存在自体疑わしいが、そもそも『終の聖女』というのは何だ? アヴァダール王国上層部では、どのように解釈されている?」

 オルディアスの微笑みは、残酷なまでの愉悦に満ちていた。

「そんなことも理解できないのかい? 『終の聖女』――王国が求めてきた唯一無二。魔族を……つまりあなた達のような者共を、殲滅させる力を持った聖女のことだよ」

「……え……?」

 チナミの声は、震えていたのかもしれない。

 オルディアスの笑みはますます愉悦に歪んだ。

「あなたが魔族といるなんて、滑稽だね。チナミこそが――彼らに破滅をもたらす存在なのに」

 チナミは、足元から地面がなくなっていくような感覚を味わっていた。

 もし、本当にそれが正しかったら。

 ……チナミという存在は、魔族にとって害悪にしかならないのではないだろうか。

 かすかに震える肩を、誰かが支えた。

 ルドウィンではない。

 背の小さいメルでもない。

「――私達の恩人に、そのような暴言は許さない」

 進み出たのは、メルの騎士で鳥の翼をもつハルツだった。

 隣にはエイムズも、他の魔族達もいる。

 ずっと知らんふりで食事を続けていたのに――こちらの騒ぎに関わらないよう息を潜めていたのに、一体なぜ。

 ハルツは、状況に不釣り合いなほど美しい笑みをチナミに向けている。

「おいしいお食事を、ありがとうございました。チナミ様の優しさのおかげで、私達がどれほど救われていることか」

「ハルツさん……」

 彼女の示す感謝が、カレーだけに向けられたものではないと分かった。

 差別にさらされた魔族達が、人族の冷たさに絶望しなかった。人族など全員同じだと、見切りをつけないで済んだ。

 そういった意味での『ありがとう』だった。

 胸が詰まって涙がこぼれそうになる。

『終の聖女』にまつわる説明が、聞こえなかったはずないのに。

 エイムズも、にかっと笑って口を開いた。

「単純に、ごはんも滅茶苦茶うまかったっすから」

「あぁ。あなたが作る食事には、食べる相手への愛情が込められていた」

「善意で助けてもらったなら、こちらもできうる限りのお返しをしなくてはなりませんもの」

「ねーさんの料理、また食べたいしな!」

 他の魔族達も、続々と感想を口にする。

 軽い口調だが、そこにはたくさんの思いが籠っているようだった。

 魔族と一括りにするのではなく、個人と向き合いたい――そう考えるチナミのように。

 チナミが何者であっても構わないと、そう考えてくれるのか。

「あ……ありがとうございます……!」

 涙声になりながらも、感謝の言葉を口にする。

 チナミが察したように、きっと言葉にしきれない思いも伝わったに違いない。

 ハルツは笑顔で頷いた。

「とんでもない。あなたが魔族領に逃げ込むというなら、全力で助太刀いたします」

「え……?」

 魅惑的な赤い唇が紡いだ言葉を、一瞬理解できなかった。

 そもそも魔族領に向かう予定は、彼らに話していなかったのに。

「で、ですが、みなさんそれぞれ森に潜んでいた事情があるんじゃ……?」

 チナミの疑問に、頬に鱗を持つ魔族が厳めしく首を振った。

「非常時に、そのようなことは言っていられない。事情は知らずとも、あの者共にあなたが囚われてはならない、ということだけは分かる」

「うんうん、ねーさんはとりあえずこの国を出た方がいいって!」

「私達なら、自分のことはどうとでもできるわ。でもあなたをこのまま放っておいたら、おかしなことに利用されてしまいそうだもの」

 目的地を知っていたわけではなく、とにかくチナミの身を案じてくれているらしい。逃がすためなら、一度魔族領に帰還することになってもいいと。

「そんな、ご迷惑をおかけするわけには……」

 気持ちは嬉しいが、巻き込むことはできない。

 やる気満々の彼らをどう宥めるかと焦るチナミだったが、ふとルドウィンと目が合った。

 彼は精悍な面差しに、いたずらっぽさを乗せて目を細める。

「ほら、言った通りだろう? チナミは料理で色んな人を笑顔にできるし、幸せにできる。それは、人を変える力だ」

 ルドウィンの言葉が、胸に染み渡っていく。

 いつだってチナミが頼りにしてきたもの。

 彼が言うならそうかもしれないと前向きになれるし、彼が何でもないように笑うなら――『終の聖女』という話も、些細なことに思える。

 チナミは、野良魔族達に向けて笑った。

「……ありがとうございます。やっぱり、私一人の力ではどうにもならないので、手を貸してもらってもいいですか?」

 正直、助力はありがたい。

 思い切って本心を口にすると、ハルツ達は笑って頷いてくれた。

 けれど、こちら側でどんなに話がまとまったところで、王国側はそうもいかない。

「チナミ――僕が簡単に逃がすと思う?」

 オルディアスが手を一振りしただけで、騎士達が一斉に臨戦態勢に入った。

 多勢に無勢、かもしれない。

 チナミは、魔族がどれほど強いのか分からない。

 おそらくルドウィンは別格だろう。先ほども、全員敵ではないと豪語していた。

 けれど、他の者達は?

 魔力量は多くても、戦闘に慣れていない者だっているはずだ。もし、チナミに手を貸したことが原因で、怪我でもしてしまったら。

 そんな不安や緊張でいっぱいになっていたチナミが振り返ると――彼らはいたって通常運転だ。戦闘態勢に入ってすらいない。

 ――あれー?

 先ほどの力強い首肯は、見間違いだったのだろうか。白昼夢でも見たか。

 その中でも笑みさえ浮かべているルドウィンは、やはりある意味では別格だった。

「あの、ルドウィンさん……?」

「君は、特別な存在なんだろう。不思議だが、チナミの手料理を食べると本当に力が湧いてくるし、安定するんだ。精神的にも、物理的にも」

 ルドウィンは、こぶし程度の大きさの石を拾い上げると――顔色一つ変えずに握り潰した。

 チナミはあんぐりと口を開ける。

 石は、砕けたという表現では不適切なほど粉々になり、風に舞っていった。

 サラサラと、土に還っていく。


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