積もる話は食事のあとで
今日からまた二話ずつ更新していけそうです!
(ちなみにこれは二話目の投稿です!)
ルドウィンが強引に聞き出したところ、特にアヴァダール教会との繋がりはなく、チナミを狙っているわけでもない。
本当にただの野良魔族ということらしかった。
――いやいや、何なの野良魔族って⁉
なぜ人族側の領域に隠れていたのか、ツッコミどころが多すぎる。
だがチナミは、それより何よりも、彼らの空腹ぶりが気になった。
野良魔族達の視線がカレー鍋から外れない。
ずっと小声で『色々事情があるから、姿を出さないよう必死で我慢してたのに』『あなたもですか? 私もです』『今までの匂いも罪だったけど、これが一番強烈ですわ』『我々はよく耐えた方だ』などと互いを労っているし。
チナミは苦笑いを浮かべて仲裁に入った。
「あの、ルドウィンさん。細かい事情は食事をしながら聞きませんか? 敵対勢力じゃないことだけは分かりましたし」
「嫌だ」
「え?」
提案を突っぱねられ、チナミは思わず手元を見下ろした。
問題なさそうだと判断し、既にカレーを盛り付けはじめていたのだが。
突如駄々っ子と化したルドウィンが、ふて腐れた顔でそっぽを向いた。
「嫌だ。チナミの手料理を他の魔族に食べさせるなんて、俺は絶対に嫌だ。これでもメルだってぎりぎりなんだぞ」
「それは一体何の基準ですか」
今まで散々タコスやらハンバーグやらを街の人々に提供してきたのに、急に何が嫌になったのか。
強い視線を感じてそちらを向くと、最初に口を開いた犬耳の青年がチナミを見つめていた。ふさふさの尻尾が揺れている。
彼は慎重に口を開いた。
「その……魔族が、怖くないんで?」
もう、限界だった。
チナミはテーブルに食器を置くと、両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「かっ…………わいい‼」
「……はい?」
自然と感嘆の声が漏れてしまった。
これはもう、チナミに非はないと思う。
青年は凛々しい表情をしているのに、ぴこぴこと揺れる耳や、そわそわと動く尻尾が感情の赴くまま動いている。好奇心いっぱいの様子を、全く隠しきれていないのだ。
――可愛い……可愛すぎる‼
実家で飼っていた『おだし』に毛色が似ている点もツボだった。
無茶苦茶に撫で回したい。抱きついて首筋に顔を埋めたい。可愛い耳から尻尾まで丁寧にブラッシングしたい。
けれど、相手は魔族。おそらく成人もしている。
チナミは興奮を何とか抑え込むと、立ち上がって謝罪した。
「ハァハァ……取り乱してすみません。可愛いなんて、失礼ですよね……なでなでしたいなんて、想像するだけで侮辱罪ですよね……」
「チナミ、息が荒いぞ」
「だってもう、ときめきが止まらない……」
ルドウィンにいさめられながら熱い頬を抑えていると、犬耳の青年が噴き出した。
「人族にも、こんな方がいるんすね」
隣にいた羽をもつ女性も、彼につられてか僅かに相好を崩した。
「本当に……こういう方ばかりなら、どんなによかったでしょうか……」
女性は笑っているのに、どこか苦しげだった。
ついには黙り込んでしまったので、チナミは彼女に声をかけた。
女性は丁寧に辞儀をし、ハルツと名乗った。同時に隣の青年もエイムズと名乗る。
どうやら二人は、共にゾディアス断崖を越えてきたらしい。理由は、ある使命があるからだという。
他にも、単純に人族の国に興味を持った者、旅をしている内に知らず国境を越えていた者、人族の国にいる身内に会いに来た者など、それぞれに理由は異なっている。
――聖女の結界の意味……エナちゃん……。
チナミは、アヴァダール王国のために結界を維持している年下の友人を思った。
この場にいる全員、一定以上の魔力を持っているということなのだろうが、気付かない内に国境を越えられてしまうほどザルだったとは。切ない。
けれど彼らは、一様に沈んだ顔をしている。
国境の森に潜んでいた理由も謎だ。
「私達は……全員、人族の街から弾かれたのです」
ハルツは、愁いを帯びた表情で俯いた。
『人族の大切な友人ができたのに、魔族だと打ち明けたら拒絶された』。
『魔族とばれた途端、愛する者と引き離された』。
『大事な娘は、魔族の血が混じっていることを知らされないまま生きていた』。
人族の街で、ことごとく拒絶された。
あるいは、言葉を交わすことさえできなかった。
それでも彼らは魔族領に帰る気になれず、こうしてひっそり森で暮らしていたのだという。人族に対する愛情と未練を抱きながら。
「私とエイムズは、騎士です。城から消えた主――第十八王女の行方を追っておりますが、どの街へ行っても手がかりが掴めず……ご無事でいらっしゃるのかどうかすら……」
ハルツに続き、エイムズも悔しげに口を開く。
「メルディーナ王女殿下は、おいしい料理に目がなかったんす。人族の食事に興味津々だったんで、もしかしたらってこの国に来たんすけど……まだ幼いのに、どんな苦労をしてるかって思うと……」
「…………ん?」
何だろう。
ものすごく嫌な予感がした。
チナミは勢いよく周囲を見回してみるが、パニールができるのをじっと待っていたあの少女がいない。普段の彼女なら、勝手に食べはじめていてもおかしくないのに。
「あの……もしかしてそのお姫様って……人族でいう五歳くらいの外見で、ピンク色の髪に紺碧色の瞳の、ものすごく可愛らしい女の子ですか?」
「ひ、姫様をご存じなのですか……⁉」
ハルツのすがるような問いに、チナミは爽やかな笑みを浮かべた。
そうしておもむろに、パラク・パニールが入った食器を持ち上げる。
「あ、しまった。手がすべった」
当然、料理が台無しになることはなかった。
どこからともなく駆けつけたメルが、しっかりと食器を支えてくれたからだ。
絶句する騎士達をしり目に、チナミはあくまで笑顔だった。
「ありがとうございます、メルディーナ殿下」
「……ちなみ、せいかくにもんだいあり」
「自分の騎士が捜しているのに、隠れてやり過ごそうとする方に言われたくないです。どうぞ、お話をされてください。私は食事の支度をいたします」
チナミは食器をテーブルに戻すと、盛り付け作業を再開する。
メルがどこぞの王族だったというのは驚きだが、ここからは第三者が立ち入っていい問題ではない。彼らにも積もる話があるはずだ。
ふと、控えめにシャツの裾が引かれた。
「おこってる?」
「ハルツさん達に謝るのが先ですよね」
「……だって、ちなみ、けいご。……さみしい」
不安そうに見上げられ、チナミは天を仰いだ。
メルは王族だった。
気軽に会える身分ではない。つまりチナミが魔族領で暮らしはじめたとしても、これからは今までのようにいられなくなる。
今の内に距離を取った方が、彼女のためになるだろうと思ったのに。
――線を、引きたかったんだけどな……。
突き放そうにも、どうしたって無理なのだ。
あまり表情が動かなくて、言葉足らずで。
けれど意外に向こう見ずで、こちらにそうと気付かせない優しさも持っていて。
チナミは、食い意地の張ったこの少女が、可愛くて仕方ないのだから。
ぽんと、メルの丸い頭に手を載せる。
「……じゃあ、私と一緒に怒られようか。この食事のあとにでも」
そのまま優しく撫でれば、彼女の紺碧色の瞳はみるみる輝いていく。
「うむ! それは、ちなみにとって、とうぜんのぎむである!」
「急に王族らしく振る舞いだすのやめようか」
今週の金曜日に完結する予定なので、最後までお付き合いいただけると嬉しいです!




