つまみ食いは罪の味
今回はルドウィンだけじゃなく、メルにも助手として新規加入をしてもらう。
教会の厨房を貸してもらったチナミは、大きな作業台に向き合っていた。
林檎から作った天然酵母と強力粉の入ったボウルに水を加えて混ぜ、そこにさらに塩とオリーブオイルを入れて、よくこねているところだった。
天然酵母はドライイーストと異なり、発酵にやや時間がかかる。
丸くまとめて室温で発酵させている間に、具材の準備をしていく。
半熟卵、チーズ、ソーセージにベーコンといった肉類。海鮮類を用意できないのが非常に残念だが、他にも玉ねぎやトマト、アスパラなどの野菜類に、マッシュルームやシイタケ……思いつくまま下ごしらえをしていく。
その間にも生地がしっかりと膨らんでいたので、二人の助手に指示を出す。
「生地からガスを抜いたら、等分に分けてそれぞれ丸めてください。一つの生地につき、六等分くらいでちょうどいいと思います。最初に丸め終えた生地からお願いしますね」
「了解した」
「おいしいもののため、がんばる」
多くの者に振る舞うために作っているので、いくつものボウルで並行して作業している。
発酵に時間がかかる分、空いたボウルも次々に再利用しなければならない。そうして生地は時間差で膨らんでいく。
生地を六つに分けて丸めたら、次は二次発酵だ。
天然酵母なので三十分から一時間ほど、余裕をもって発酵させる。
その頃には具材の準備を終えていたので、ここからはチナミも一緒に作業していく。
「生地が完成したので、薄く丸く伸ばしていきましょう。手でもいいし、麺棒などの道具を使ってもいいです。伸ばし終わった生地の縁には、土手を作ってくださいね」
説明しながら具体的なやり方を見せると、彼らは感心して頷いた。
「見事な手際だな。手早く作業しているのに、生地が均一な厚さになっている」
「ふち、なんでつくる?」
「ソースや具材が落ちないようにっていうのと、そこだけまた違う食感を楽しめるっていう理由があるかな。人によるけど私は好き。はじめの内は生地に穴が開いたり、でこぼこになっちゃったりするけど、だんだん慣れていくと思うから頑張って」
失敗しても、あとから直すことができる。
粘土遊びにも通じるこの作業を、メルにも楽しんでもらいたかった。
彼女は小さな手で生地を伸ばしはじめた。
悪戦苦闘する様子が微笑ましく、ルドウィンと小さく笑い合う。
その内メルが、生地の中心を支えて回せば遠心力によって均一に伸ばせると気付いたため、一気に職人レベルの腕前になり笑っていられなくなったが。
チナミとルドウィンも、彼女に置いて行かれないよう慌てて作業を進めた。
あらかたの生地を伸ばし終えると、チナミは具材を載せていく工程に移る。
生地にトマトソースを塗り伸ばしてから、薄切りにしたモッツァレラチーズを並べる。
これを、温めておいた窯に入れる。
石窯の中で、生地のあちこちがポコポコと膨らんでいく。これはおいしく焼き上がっている証で、厨房の中にお腹の空く匂いが漂いはじめる。
生地を伸ばし終えたルドウィンとメルも、窯の前に集まってきた。
「もう完成なので、味見をしてみましょうか」
チナミは焼き上がったものを窯から取り出し、そこにバジルの葉を飾った。
イタリアの国旗を表現した赤・白・緑が美しい、マルゲリータピザの完成だ。
包丁で切り分けてから、熱々の内にパクリ。
火を通すことで甘みを増したトマトと、まろやかな旨みのモッツァレラチーズ、そして小麦のこうばしい風味が生きた軽い食感の生地。見事な調和に感動している内に、アクセントのバジルの香りが鼻を通り抜けていく。
何と計算し尽くされた料理か。
「おいしい……! 生地がサクサク、だけど縁の部分が固めでもっちり! もっとたくさんチーズをかけてもよかったかもしれない……!」
「トマトの味が濃いのに、生地も負けないくらい味わい深い! 焼き立てを食べられるのは、料理をした者の特権だな!」
「つみのあじ……ぴざ……!」
全員、最後の一口まで食べきってしまった。
正直、少しどころじゃなくもの足りないし、むしろ食欲に火が点いている。けれど、何のために作っているのかを忘れてはならない。
チナミは欲望をぐっとこらえて宣言した。
「村の方達のために、どんどん焼いていきましょう! 違う種類を焼いた時には、また試食をするということで!」
「そうだな。つまみ食いもいいが、エールと一緒にゆっくり食べたい」
「しかたない。ほうしゅうのため……」
チナミ達は協力して、次々ピザを焼いていった。
マルゲリータや、生ハムと半熟卵のビスマルク。バターで炒めたマッシュルームとゴーダチーズ、薄切りトマトをのせたオランダ風ピザ、パネクック。
他にも、照り焼きチキンとタルタルソースを合わせたものや、バターとニンニクで炒めたエリンギやシイタケなどキノコをたっぷりのせたもの。じっくりホロホロになるまで煮込んだ豚の角煮をのせた、変わり種のピザも。
グルーシャ村の者達は、炊き出しなど必要としていない。
それでもいい匂いが漂っていれば、何ごとかと人は集まって来る。次第に噂が噂を呼んで、出張店の存在は村中に周知されることとなった。
多くの人で賑わいだしたので、急遽教会の厨房がある前庭にテーブルを持ち出す。
「いらっしゃいませ。お安くご用意させていただきましたので、ぜひ一枚召し上がってみてください」
「確かにそれほど高価じゃないけど、家に食べるものがあるし……」
「外食をするのはさすがに贅沢すぎるわよね」
ほとんど食材費だけの値段だが、村人達の反応は悪い。堅実な者が多いのだろう。
けれどチナミは、こぶしを握って力説する。
「外食は決して贅沢ではありません。毎日の労働に疲れた時、何かいいことがあった時、頑張った自分を褒めてあげたい時……何気ない日常をちょっと特別な日に変えてくれる、それが外食の魅力です。これは贅沢ではなく、必要経費なんです」
ピザを売りたいという下心もあるが、紛れもなく本心だった。
毎日の家事とは、想像以上にたいへんな仕事。
家族のために洗濯をしたり、気付いてもらえないようなところまで掃除をしたり。
家事も育児も手抜きをしない人のことを、チナミはとても尊敬している。
だがそういう人にこそ、たまには息抜きをしてほしいと思うのだ。
楽を覚えないと疲れは溜まっていく一方。その内、精神的に追い詰められてしまうかもしれない。
何より、人が作ったごはんはおいしい。
これはチナミにとって、声を大にして訴えていきたい真理。世の理。
チナミは手料理を振る舞うのも、プロの料理を楽しむのも、どちらも大好きだった。
「そうはいっても、やっぱりねぇ……」
「――食べねば損だぞ、ご婦人方」
渋る女性に声をかけたのは、ルドウィンだった。




