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【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・2 首席文官

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変わっていくもの

 二人の会話を断ち切ったのはダリクスだった。

 裏口ではなく、店舗内にある厨房の出入り口からの静かな登場。今夜の彼は、王宮で働く際の制服を着用している。

 制服といっても、日本人のチナミに馴染みのあるものではない。

 階級章や、ペリースという片側だけの肩にかけるマントで所属を表しており、非常に豪奢で優雅。

 もちろん、首席文官であるダリクスが着用する制服の色やかたちは、この国で唯一、彼にしか許されない特別製だ。

 威風堂々とした姿に見入っていると、ダリクスは鋭い美貌を和らげた。

「チナミ君、疲れているようだね。差し入れにアイスティとエールを持ってきた。どちらでも好きな方を飲んでほしい」

「ありがとうございます」

 チナミはルドウィンの方を窺い、彼の首肯を見届けてからエールを選んだ。

 ついでに腹ごしらえもしようと、大きめの丸パンを四つ取り出す。

 それを輪切りの要領で半分にカット、肉汁が残る鉄板で温めてから、チーズソースがかかったハンバーグを四つの断面にそれぞれにのせていく。

 蓋をすれば簡単チーズバーガーのできあがりだ。

「まかないということにして、この厨房内の人だけでこっそり食べちゃいましょう。残念ながらパンは二千個も用意してないので」

 ルドウィンとダリクス、そして店長は、共犯宣言にすぐ賛同した。

 ハンバーグの付け合わせに用意した野菜はブロッコリーと人参なので、レタスはない。

 今から洗ったり千切ったりするのは億劫なので、栄養バランスをまるっと無視したままでいただく。気力が戻ったら他の人の分には挟もう。

 まずは、ハンバーガーに豪快にかぶりつく。

 パンとハンバーグ、チーズは完璧な組み合わせ。

 パンにも肉汁がついているので暴力的なほど高カロリーだが、だからこそおいしい。疲れた体に染み渡っていくようだ。

 ハンバーガーの味が残っている内に、今度はエールをぐびぐびと流し込む。

 パンとハンバーグとチーズを完璧な組み合わせと称したが、大いなる間違いだった。エールも含めたこれこそが正解。

 街の人達にばれてはならないという意識も相まって、至高の背徳感だ。

「脳みそふやけるくらいおいしいです……」

「それはよかった。君好みに冷やしておいた甲斐があったよ」

 隣に座って野菜なしハンバーガーを食べはじめたダリクスに、感謝を込めた感想を伝える。

 ハンバーガーに食らいついているのに、なぜ彼は上品に見えるのだろう。

「盛況のようで何よりだ。やはりチナミ君の料理は素晴らしいね」

「ありがとうございます。何とか売りきることができそうです。街の人全員に行き渡ったというより、二個も三個も食べる人が続出している感じですが」

「それでいいのだよ。作り方は簡単だから、今後レバンテ街の料理店のどこでも食べられるようになるはずだ」

 そうか。店長にレシピを渡しておけば、あとは勝手に広まっていくということか。

 ハンバーグに対してこれほど熱心で真摯な店長なら、知識の独占はしないだろう。

「ダリクス様の方は、首尾よくいきましたか?」

 彼が制服を着ていたのは、首席文官として正式に領主と面会したからだ。

 右手にエール左手にハンバーガーの状況で訊くことでもないが、街の今後を左右する話し合いの結果が気にならないはずがない。

 ダリクスは、超越的な笑みのまま答えた。

「当然、滞りなく済んだよ。領主を黙らせる程度、容易いことさ」

「容易いんですね……」

 国家権力が怖すぎて領主に同情する。

「今後は解体屋が増え、食料分配の不平等は減っていくだろう。しかし、それだけでは抜本的な対策とは言えない。狩りをする者が増えないことには、需要と供給が安定する日は来ないのだからね」

 領主の方針を正しても、食料不足は続く。

 これまでは狩りや商人からの仕入れで成立していたのだろうが、街の規模に対して畜産農家がゼロというのは、致命的なことだった。

「問題は、魔族に対する考え方。これを国中に周知させるのは困難を極めるだろうが……国境沿いの都市に畜産業を定着させるためにも重要なことだ」

 彼の呟きに、チナミは目を見開いた。

「ダリクス様は……魔族に対する認識を変えたいと、思っているんですか?」

 魔族は恐れるものというのが、この世界の――アヴァダール王国の価値観なら、簡単に変えられるものではないと思っていた。

 まさか、この国の首席文官がそれを成そうとしているなんて。

 ダリクスは忙しく働いている店長の方を気にしながら、抑えた声で返した。

「アヴァダール王国建国以来、魔族の襲撃など数えるほどしかない。それどころかここ数百年は、目撃情報すら出ていないのだ。聖女の結界があるのに怯え続けるというのは、理論的でも合理的でもない」

 チナミは、彼の考え方を理解することができた。おそらくこの場にエナがいても、同じく。

 それは、チナミ達が違う世界から来たからだ。

 魔族に怯え続けることが当たり前の世界で、育っていないから。

 だからこそ、アヴァダール王国の貴族として生まれたはずのダリクスの思想は、極めて異端だった。

 チナミの視線が自然とルドウィンを向く。

 人族のためにハンバーグを焼き続け、彼らに笑顔を返している魔族の青年を。

 気付けば、ダリクスもルドウィンを見つめていた。口を開けば互いに皮肉ばかりのくせに、その瞳はひどく穏やかだ。

 ……もしかしたら、ダリクスは知っているのかもしれない。

 ルドウィン自身が直接話していなかったとしても、長年共にいれば、気付くきっかけはいくらでもあるだろう。

 相手は、王国の知の最高峰たる人物なのだから。

「私も……私も、心からそう思います。隣人同士が傷付け合うことのない世界――ダリクス様なら、いつか必ず実現できます」

「ありがとう、チナミさん」

 やはりダリクスはすごい。

 これまで、彼への尊敬は失望に変わっていた。

 ダリクス達のファンによって傷付けられ、苦しめられているのに、なぜ助けてくれないのかと。

 チナミは、自分の独りよがりな考え方に、今頃になって気付いた。

 ――恥ずかしいな……恨むのは筋違いだって、自分でも分かってたはずなのに。尊敬は、尊敬のままでよかったのに……。

 悪意に負けて、大切だった思いまで手放してしまうところだった。

 たとえ許せないままでも、尊敬や親しみを無理に捨て去る必要はないのだ。

 ダリクスに対してだけでなく、アーケアにも。

 これから先もずっと、彼らの活躍を遠い地から応援していきたい。

「……全てを、変えてみせるよ。私は」

「はい。きっと、できます」

 賑やかな喧騒がどこまでも続く中、二人はささやかに笑い合った。


   ◇ ◆ ◇


 レバンテ街はずいぶん雰囲気が変わり、人々は少しずつ活気を取り戻しはじめていた。

 要因はもちろんハンバーグ。

 もっとおいしい食べ方はないか熱を入れて開発する料理店、それを聞きつけて雪崩れ込む客達。食後には真剣な顔で品評会までして、一大旋風を巻き起こしていた。

 富裕層と貧困層の間に生じていた分断など、今やなかったことになっている。

 そして、一週間後の早朝。

 本意ではないものの、すっかり有名人になってしまったチナミとルドウィンは、ひと気のない時間帯を狙って旅立つことにした。



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