表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・2 首席文官

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/44

ささやかでもできること

「すみません、厨房への立ち入りは……」

 出て行くよう促す声は、闖入者を見て途切れる。

「店長ばっかりずるいじゃないか。俺達にも早く食べさせてくれよ、チナミさん」

 そこには、三日前に会った時よりずっと顔色がよくなったライルがいた。

 ライルが――というより、その後ろにまで大勢の客が押しかけている。

「俺も、一カ月溜めた小銭を持って来てやったぜ」

「はんばーぐ! おいしそう!」

 その中にはシグとメルの姿もあった。

 呆然としたまま動けなくなったチナミを、ルドウィンが正気に戻す。

「チナミ、まだ料理の途中だぞ」

「そ、そうだった……」

「配膳の労力を考えると、いっそこのまま裏口に並んでもらえば効率がいいんじゃないか?」

「そうかも……店長さん、いいでしょうか?」

「はい、ハンバーグのためなら構いません!」

 話している内に冷静さが戻って来る。

 そうだ。今はとにかく料理に集中しなければ。

「――では、ライルさんの胃にも優しい和風味、すぐに作りますね!」

 和風なら、盛り付けたところにソースをかけるだけ。大根おろしはもうできている。

 チナミはやる気をみなぎらせて、次のハンバーグを焼き上げる準備に取りかかった。

 本当は、貧民街の者達から食事代を取るか、最後まで悩んだのだ。

 彼らの切り詰めた生活を目にしていたから、最低限の材料費とはいえ心苦しかった。

 不安になるチナミを説得してくれたのは、ルドウィンとダリクス。

 食事代を限界まで抑えれば、彼らでも手が届く。富裕層と貧困層の分断を解消するためにも、優遇ととられるようなことがあってはならない。

 何より、絶対おいしいのだからと。

 ライル達の生き生きとした顔を思い出し、チナミは泣きそうになった。

 それでも、ハンバーグを焼く手は止めない。

 次はデミグラスソースを、さらにその次はそこにチーズや目玉焼きをのせたものを。

 チーズソースやホワイトソースのハンバーグも次々に焼き上がっていく。

 体力無尽蔵のルドウィン、そして店長にも手伝ってもらって、ハンバーグを提供し続ける。

 時折休憩は挟みつつも、とにかく数が多いので疲労が溜まっていく。

 一度にハンバーグを三十個ほど焼ける鉄板が二枚あるのだし、成形作業よりはずっと簡単だろうと侮っていた。何度か鉄板を洗いつつ、十回ほど焼成を繰り返したところで、腕も立ちっぱなしの足もぱんぱんになっていた。

 これまでにチナミが焼いたハンバーグは三百個。ルドウィンが同じペースで作業していると考えても、合わせて六百個。まだ半分にも達していないと白目を剥きそうだった。

 その後もとにかく気力だけでハンバーグを焼き続けていれば、いつの間にか日が暮れていた。

 焼成作業も何とか終盤に差しかかっていたが、チナミはついに力尽き、ほとんどルドウィンに任せきりになってしまった。

「ごめんなさい、いつもルドウィン様を頼ってしまってばかりで……」

 あと少しで完売。ソースもいくつかの種類は品切れになっていた。

 それなのに、あと一息を頑張れないなんて。

 ハンバーグの評判がよかったことは嬉しいのに、手放しに喜べない。チナミは少し落ち込んでいた。

 ルドウィンは、謝罪の言葉に笑みを返した。

「君は、自分が本当に無力と思っているのか?」

 チナミがのろのろと顔を上げると、彼は販売開始の頃と変わらぬ様子で立ち続けていた。

 暗くなった厨房に灯る暖色の明かり。

 僅かな光でも弾き返す銀色の髪、深い青色の瞳が輝いている。

 けれど何より目を惹くのは……ルドウィンの柔らかな笑顔だった。

「君は、誰よりすごい力を持っているじゃないか」

 チナミは、彼の視線の先を追うように、厨房の外に目を向けた。

 既に暗くなった通りの軒に、小さな明かりが連なっている。やや頼りない明かりの下には、誰が真っ先に持ち出したのか、テーブルや椅子、ベンチなどが、所狭しと並んでいた。

「おいしい! はんばーぐ、おいしい!」

「おう、嬢ちゃん! ここに座ってゆっくり食べな! ほら坊主も!」

「ありがとう、おいしいね!」

「あぁ。何しろ、俺が食べたハンバーグには、目玉焼きとチーズがのっててよぉ」

「羨ましいですが、私のハンバーグは照り焼きというソースがかかったものだったので、これに勝るものはないかと……」

 シグとメルが、酔客に交じって笑っていた。

 各々好き勝手に酒を飲んだり、友人同士で分け合ったりしながらハンバーグを楽しんでいる。清潔な服を着た人も、そうでない人も関係なく。

 そこに富裕層と貧困層の垣根はなかった。

 笑っている。誰もが楽しそうに、幸せそうに。

「チナミは料理で、こんなにたくさんの笑顔を作ることができる。これを見てもまだ、君は自分の力を信じないのか?」

 得意げに笑うルドウィンに、チナミは頬を緩めて息をついた。

 ――だから、何でルドウィン様が得意げ……。

 そんな子どもじみた彼を可愛いと思ってしまうのだから、自分も大概だ。

 料理店を潰すきっかけとなった国の重鎮達は、ダリクスも含めていつも一方的だった。

 恋や愛を勝手に主張して、チナミ側の事情など考えもしない。

 けれど同じく常連客だったルドウィンは、常に素性を隠して来店していた。当然のようにしてくれた配慮が、今さら嬉しい。

 だからといってすぐに恋愛に前向きになれるわけではないが、ひどい男性ばかりでないというのは、チナミにとって救いだった。

 彼と一緒に旅ができてよかった。

 彼という人を知れてよかった。

 ちょっとくらい、魔族領まで付き合ってあげてもいいかなと思うくらいには。

「ありがとうございます――ルドウィンさん」

 語尾が若干小さくなっていたのに、ルドウィンはハンバーグがジュージュー焼ける音の中でも聞き逃さなかった。

 一拍置いて振り返った彼の顔には、驚きと確かな喜びがある。

「チナミ、今……!」


「――立て込んでいるところ失礼する」



異世界料理店、初めての感想をいただきました!

本当にありがとうございます!

ものすごく励みになりました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ