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【完結】異世界料理店、これにて閉店! ―って思ったら行く先々で幻の出張店扱いされるし、常連さんが逃がしてくれません!―  作者: 浅名ゆうな
厄介・2 首席文官

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ハンバーーーーグ!!

「知ってるか⁉ 王都で話題騒然だった料理店が、レバンテ街で出張店を開いてくれるそうだ!」

「王都の食文化を劇的に変えた人らしいぜ! 今日だけの限定出店だとさ!」

「私、知ってるわ! 三日前に貧民街で炊き出しをしたんだとか!」

「あぁ、そういえばこっちにまでおいしそうな匂いが流れてきたな!」


 たった三日で、街中に噂が広がっている。ダリクスの根回しが早すぎて怖い。

 交わされる噂話が嫌でも耳について、チナミは非常に緊張していた。

「どうしよう……おいしくできたとは思うけど、受け入れてもらえるかはまた別の話だと思うし……誰も食べないくず肉にお金を払えとか……」

 王都の料理店では常時提供していたし、ルドウィンもダリクスも実食済み。

 それでも、地域が変われば好みも違ってくるし、絶対喜んでもらえるという根拠にはならない。

 炊き出しとは異なり金銭を要求するというのが、チナミには不安だった。

 その時、背中をぽんと叩かれる。

 隣に立つルドウィンが、いつもの屈託のない笑みを浮かべていた。

「気後れすることはない。チナミの料理には、それだけの価値がある。君の店の常連だった俺が言うのだから、間違いない」

「謎の根拠に満ちた太鼓判ですね」

 なぜ彼の方が得意げなのかは未だに分からないが、さすがにもう慣れた。

 思わず笑ったら、少し気分が楽になった。

 チナミが本日提供するのは、もちろんみんな大好きハンバーグだ。

 ハンバーグは一説によると、ドイツのハンブルク地方発祥の食べものらしい。

 野菜と乾燥肉を固めて焼いたものが原型だとか、生の馬肉を細かくして食べるモンゴルの料理が由来だとか、かなり諸説ある。

 世界の誰が食べても普遍的においしい証拠だろう。異世界でも、その理論が通じることを願う。

 肉の脂は溶けやすいため、手の温度にも注意を払って成形するのが基本だ。

 チナミは炒めた玉ねぎもしっかり冷やしておくし、牛乳と卵、パン粉を先に混ぜたものも冷蔵庫に入れていた。最終的には塩と玉ねぎを加えたひき肉と混ぜ合わせるので、順序はあまり関係ない。

 玉ねぎのみじん切りは火を通さないままでもおいしいので、ここは好みが分かれるところ。

 けれど今回は子どもも食べるので、玉ねぎの辛みがない方を選んだ。

 いよいよ時間になったので、調理をはじめる。

 チナミは温まった鉄板に油を引いて、そっと肉種をのせた。

 今日一日で千単位をさばく必要があるので、悠長に一つずつ焼いている暇はない。大きな鉄板の上にいくつもの肉種を並べる。

 ちなみに鉄板は二つあるので、そちらは毎度おなじみ調理補助のルドウィンに任せている。

 肉のこうばしい匂いが、厨房内に充満していく。

 ここからは料理が出来上がる前の、待ち遠しさでわくわくとする時間だ。

 この頃のチナミにはもう不安などなく、ただ目の前の料理に集中していた。

 数分焼いたら裏返し。

 ターナーをうまく操れば、おいしそうな焼き色がお目見えする。

 しばらく蓋をして蒸し焼きにしてから、次にソースをかける。

「こっちの鉄板は全体にトマトソースをかけるので、ルドウィン様の方はシャリアピンソースで味付けをお願いします」

「了解した」

 ハンバーグのいいところは、味付けをソースでアレンジできるところだ。

 照り焼きにデミグラス、和風なら大根おろしをたっぷり添えてもおいしい。

 チナミの方はトマトソースなので、焼き上がる前にチーズをのせてまた蒸し焼きにする。少し待ってから蓋を開ければ、とろりととろけたチーズが最高の仕上がりとなっていた。

「うぅっ……赤と白のコントラストがもはや芸術的……! このチーズが溶けて、鉄板でカリカリになったところがまたおいしいんだよね……!」

「分かります! まだ食べていないのに、口の中にチーズのまろやかさとトマトの芳醇さが混然一体となって迫ってくるようです……!」

 チナミの独り言に、なぜか応える声があった。

 振り向くとルドウィン……ではなく、店の持ち主である店長がいた。しかも熱の籠もった様子で至近距離までにじり寄っている。

「あぁ、何と麗しきハンバーグ! あなたは一体どのようなおいしさなんでしょう⁉」

 これほど興味を持ってもらえるとは思っていなかったので、チナミは面食らった。

 だがすぐに妙案がひらめく。

「よかったら、試食してみますか?」

「いいんですか⁉」

「というか、こちらが店舗をお借りしているわけですし。ぜひ召し上がってください」

 料理人の反応を見れば、街の住民に提供できるレベルか、いい指標になるだろう。

 ということで、出張店最初のお客様が決定した。

 試食といいつつ、チナミはハンバーグを丸ごと一つ、皿にのせて提供する。

 壮年の料理人は、湯気が立つ熱々ハンバーグを様々な角度から観察した。さらにフォークを入れると、溢れた肉汁に目を輝かせる。

 まだ熱いだろうに、店長は待ちきれないとばかりにハンバーグを頬張る。はふはふと口を動かす彼を、チナミはじっと見つめた。

 店長が、カッと目を見開く。

「ハッ、ハンバーーーーーーグ‼」

「何かすごく聞き覚えのあるやつ」

 厨房中をこだまする叫びに、チナミは思わず遠い目になった。

 一瞬止めるべきかと考えたが、よく考えれば世界が違うので問題ない。存分に叫べばいい。

「えっと、お口に合いましたか?」

「お口どころではありません! 体中を駆け巡るこの衝撃……得も言われぬ感動……魂ごと揺さぶられるようなこの思い、一体何でしょうか⁉」

「訊かれても……」

 よく分からない感想をいただいてしまった。

 ただ、弾けんばかりの笑顔なので、おいしかったということなのだろう。そういうことにしておく。

「詳しく説明しますと、こちらのくず肉の使い方は秀逸です。筋っぽさが全く気になりませんし、こねてまとめることで一枚肉を食べているような満足感があります。肉汁がハンバーグ内部に籠もっていたのがその証拠。くず肉に下味をつけることで噛めば噛むほど旨みが出てそこにトマトソースとチーズがよく絡み完璧な調和を……」

「えっと、ありがとうございます」

 急に真顔になった店長から、この上なくちゃんとした感想もいただいてしまった。食通もうなるほど完璧な食レポだった。

 店長がさらにおいしさを説明する隣で、チナミは全てのハンバーグを鉄板から引き上げる。このままトマトソースで二度目に行くべきか、別のソースで焼くべきか。

 じゃんじゃん焼いていくルドウィンを眺め思案していると、厨房の裏口が開いた。




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