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19/44

出張店、開店

 ダリクスは、そこで神妙な顔付きになった。

「しかし、富裕層と貧困層との間に起こった分断は、一朝一夕に解消されるものではない。生きていくためには仕方がなかったとはいえ、互いへの怒りや憎しみ、悪感情が育ちすぎてしまった。簡単に水に流すことはできないだろう」

 解体屋に暴力を振るわれていたライルは、それでも恨み言を口にすることはなかった。

 これまで普通に取引をし、助け合って生きてきたからこそ、互いの切羽詰まった状況が分かるのだろう。解体屋にとっても、供給が追い付かず悩み苦しむ日々だったのだろう。

 そしてダリクスは、住民同士のわだかまりすら解決するつもりらしかった。

「そこで、人の心を和ませる、チナミ君の手料理が生きてくる。分断の原因ともなっていたくず肉をおいしく調理し、両者の仲を取り持ってほしいのだ」

「はい。私でよければ……」

「――待て、チナミ」

 使命感に駆られ即座に頷きかけたチナミを、ルドウィンが制止する。

 隣でずっと無言を貫いていた彼は、ダリクスを見据えながら口を開く。

「向こうの懐柔にのせられるな。こういうことはまず、報酬について話すべきだ」

 チナミは意外に思って目を瞬かせた。

 王都にいる頃、こんな噂を聞いたことがある。

『騎士団長と首席文官は、国の肝要。分野は違えど背中を預け合っている』

 彼らが共にいる場面を見たことはないが、信頼し合っているのだろうと思っていたのに。噂自体、間違っていたのだろうか。

 チナミは戸惑いつつもルドウィンを宥めた。

「懐柔なんて、ダリクス様に失礼ですよ」

「だからそういうところだぞ。優しさと思い遣りはチナミの長所だが、怪しい奴に騙されて普通について行ってしまいそうで心配だ」

「あなたは私の保護者ですか……?」

 チナミを何だと思っているのか。

 子どもでもあるまいし、菓子につられて誘拐されることなどない。

 ルドウィンは、本当に子どもと接するように、チナミの頭を撫でながら言い含める。

「君はすぐに無償で動こうとするからな。だが、くず肉を使うということなら、食材を買わねばならんだろう。ただ働きでは損をするだけ。この男を相手に油断してはいけないぞ」

 騎士団長の地位を返上したのに、不敬が過ぎるのではないか。

 はらはらするチナミをしり目に、男性陣の言い合いは過熱していく。

「無償とは言っていないだろう。こちらも依頼するからには、経費はもちろん褒賞を贈る用意もある。平民上がりは疑り深いものだな」

「抜かせ。ぎりぎり上流階級の末席に引っかかっているような、セノーテ男爵家の出身が」

「貴族相手に狼藉を働けば、厳罰を免れない。現在無職の元騎士団長殿は、その辺りを分かった上で発言をしておられるのかな?」

「筆頭文官殿が無能なせいで全然分かってないな」

 前世の因縁でもあるのかと疑うくらい、どちらの皮肉も痛烈だ。

 チナミはもはや口を挟むことすらできず、ひたすら寒さに震えていた。本気で部屋の温度が下がった気がする。

 ――何これ……。

 張り詰めた空気の中、ダリクスが嘆息した。彼の座る椅子が軋んだ音を立てる。

「……それで? 突然騎士団長の任を辞したということは、何か重大な理由でもあるのかね?」

 彼の睥睨には、自然と首を垂れさせるような迫力があった。

 チナミなら耐えられない重圧。

 けれどルドウィンはそれをものともせず、不敵な笑みを浮かべてみせた。

「俺が全てを話すと思うか?」

「……つまり、聞けば私の地位が揺らぐということか。秘密主義は相変わらずだね」

 両者は一呼吸の間のあと、軽く笑い合った。

 その途端、ピリピリとした雰囲気が霧散し、急速に和やかな空間になる。

 チナミは目を瞬かせながらも、ようやく肩の力を抜くことができた。

 背中を預け合っているという噂は、どうやら正しかったらしい。信頼しているからこその際どい応酬だったようだ。

 ダリクスの視線が、ふとチナミに向いた。

「チナミ君。私からの報酬は当然として、あなたは料理の代金も受け取った方がいいと思うのだが」

 彼が口にしたのは、報酬の話の続きだった。

 チナミは提案に驚き、勢いよく首を振った。

「そんな。私はもう、料理店を閉めてますし……」

「店舗で提供するかどうかは関係ない。料理を作るのだから、正当な対価を取るべきだ」

 チナミを諭すダリクスに、ルドウィンまで頷いて賛成の意を示す。

「まぁ、そうだな。貧民街で炊き出しをしたんだから、次は金をとったっていいだろ。首席文官殿の計画では、富裕層にも提供する予定なんだろ?」

「当然だろう。その際には、王都で流行を巻き起こした料理店の店長が腕を振るっている、と大々的に触れ込むつもりだ」

「王都は流行の発信地だ。生活に余裕がなくても、すぐに食いつくだろうな」

「ひぃー……」

 誇大広告、再び。

 男性陣が悪だくみをはじめたため、チナミは否定の機会を逸した。

 こうなってしまったら手に負えない。

 おそらくもう、逃げられない。



 諸々の準備期間を三日間とり、ついに出張料理店の営業開始。

 チナミとルドウィンはその期間で、とにかくくず肉を買い漁った。

 はじめの内は、貧民街の食卓に被害が及ばない程度にと考えていたが、シグの言葉通りほとんど誰も購入しないということなので、全力で買い占めさせてもらった。

 野生の牛と、まだ二割ほど残っていた猪肉で、牛豚合い挽き肉を再現。

 そうしてくず肉を、筋の存在が分からなくなるまで叩いた。叩きに叩いた。

 その後も玉ねぎのみじん切りや味付け、成形にソース作りと、結果三日かけてもぎりぎりの工程だった。街中の人が食べることを想定して、二千食近い肉種を作ったのだ。ルドウィンがいなければ途中で挫折していた。

 今チナミは、富裕層と貧困層を分ける区画の、ちょうど中心近くに建つ料理店にいる。

 ダリクスが首席文官権限で借り上げなくても、店長は進んで店を貸してくれた。

 王都の料理を間近で見学したいというあくなき向上心なのか、筆頭文官権限などなくてもダリクスが怖かったのか、微妙なところだ。



一瞬のことでしたが、お気付きの方はいるでしょうか…


すみません!

話の前後を間違えて投稿しちゃいましたー!

今は割り込み投稿をしたので大丈夫だと思います!

本当に本当にすみませんでしたーーー!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 楽しく読ませていただいてます この先どうなるか。 彼女も違う意味で聖女なんでしょうね。 [一言] 気づいてしまいました。
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