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国家権力登場

 平民同士でも、より裕福な者達がいい食材を独占してしまうというのは、ライルから聞いていた。

 そのため貧民街の者達は、筋張ったくず肉しか手に入らないのだろう。

 それは間違いなく街の深刻な問題だろうが……くず肉といえば、日本人には馴染みの深い、大人から子どもまで大好きなあの定番家庭料理がある。

「くず肉も……食べ方次第では、おいしくできるものなんだけど……」

「おいしい? くずにく、おいしい?」

 メルが紺碧の瞳を輝かせて飛びついてきた。

 説明をしようと口を開きかけたチナミは――近付いてくる人物を見て、息を止める。

 清潔に整えられた栗色の髪に、明るい茶色の瞳。

 アヴァダール王国で一般的な茶系の瞳は平民の色と呼ばれていて、高位貴族になるほど緑色や青色の瞳をした者が多かった。下位貴族になるほど茶色混じりが増えていき、それは蔑みの対象となる。

 男爵家出身の彼はそういった偏見に負けず首席文官の地位まで上り詰めた人で、若い頃は苦労の連続だったと、疲れのにじむ笑みで語っていた。

 三十代後半の落ち着いた風格と共に、第一線で活躍する圧倒的政治手腕からくる猛禽類のような猛々しさを併せ持っている。

 チナミもずっと尊敬していた。

 迷惑だなんて、思いたくなかった。

「ダリクス様……」

 数名の騎士を引き連れて現れたダリクス・セノーテ筆頭文官は――何を思ったか、チナミに向かって頭を下げた。

「ずいぶんと久しぶりに感じる……お会いしたかった、チナミ君」

 顔を上げ、鋭い美貌を和らげて笑うと、途端に威圧感が消える。

 彼が料理店を訪れたことから、国の重要人物達がこぞって顔を出すようになったのだ。

 けれどはじまりはただのお忍び。

 チナミにとってダリクスとの時間は、他の常連客と同じく心温まるものだった。

「どうしてこの地にいるのかと思っているだろうが、あなたを追いかけてきたわけではない。私は、仕事のためにレバンテに来た」

 ダリクスがさらに歩み寄ると、ルドウィンがチナミの前に進み出る。

 鷹のような眼差しが彼を捉え、まずいと思った。

 ルドウィンは突然騎士団長の職を辞した身。

 国の重役を担うダリクスとしては、こうして遊び歩いている姿は見逃せないかもしれない。

 突然料理店を閉めたチナミが共にいるのもよくない気がする。

「チナミ君とルドウィン殿は……駆け落ちかい?」

「違います。本当にたまたまここまで一緒に行動することになっただけです」

 こういった方向性での誤解は想定外だったが、身構えていたためきっぱり否定することができた。

 ルドウィンについてはこれ以上追求するつもりがないようで、ダリクスはチナミに視線を戻す。魔族との国境に近付いていることも怪しまれずに済んでよかった。

 ――というか、この遭遇率は異常じゃない……?

 アーケアと違ってチナミを追いかけてきたわけではないというから信じたいが、ダリクスも料理店を廃業に追い込んだ一人。

 若者にはない渋みがあって未だ独身という彼は、年齢問わず女性からの高い人気を誇っていたのだ。

 チナミは警戒を解かず問いを返した。

「首席文官であるあなたが、地方に出張とは……一体何ごとでしょうか?」

「見え透いた質問だな。炊き出しをしていた点から察するに、あなたもこの街が抱える大きな問題に、気付いているのだろう?」

 ダリクスがちらりと周囲を見回しただけで、街の人々は固唾を吞んで遠巻きになる。庭園にいる誰もがチナミ達に注目していた。

「あの、ちょっと場所を変えませんか……?」

 筆頭文官の容赦ない言葉は、彼らを傷付けるかもしれない。街の確執をより深めるかもしれない。

 そう案じたチナミに、ダリクスは首を振った。

「いいや。これは街の住民にとっても重要な話だ。チナミ君は、くず肉のおいしい食べ方について話していたように見受けるが、どうだろうか?」

 質問の体だが、話の内容があまりに詳しすぎる。

 完全にどこかから聞いていたのだろう。

 だからチナミには、肯定する以外の選択肢は用意されていない。

「そうだとしても、この街の問題を根本的に解決できるということでは……」

「できるさ。あなたの料理であれば」

「え……?」

 料理がこの街の問題とどう結びつくというのか。

 疑問符を浮かべるチナミに、彼は見慣れた笑みを浮かべた。

「私が覚えている限り、あなたが経営していた料理店では、諍いが起きたことはなかったように思う。店の中は常に笑顔で溢れていた。おそらくチナミ君の料理には、もめ事を解決してしまうほどの魅力があるのだろう」

 穏やかな語り口に、料理店内の様子がまざまざと甦る。ほんの数日前の光景が、もうずっと昔のことに思える。

 感傷的な気分になっていると、ダリクスは再び胸に手を当てて辞儀をした。

「アヴァダール王国の首席文官として、君達に協力をあおぐ。――どうかこのレバンテで起こっている問題を、私と共に解決してほしい」

 威風堂々とした首席文官の要望に、チナミは目を白黒させるしかなかった。



 ここから話が込み入って来るというので、孤児院の個室を貸してもらうことになった。

 一連の流れを貧民街の人々に見せたのは、ある種のパフォーマンスだったのだろう。

 レバンテの問題を解決する。

 しかも、おいしい料理で。

 話の流れを完璧には理解できずとも、夢のような未来をほのめかされれば期待が湧く。期待は生きる糧になる。

 チナミも、何とか大まかなことは理解した。

 つまりダリクスは、レバンテ街で起きている問題を解決するにあたり、国が介入したという実績が欲しいのだろう。

 魔族に脅かされている人々の暮らし。そこに付け込むような領主の定めた決まり。それゆえの解体屋の少なさ。富裕層が優先され、精肉が供給されない貧民街の荒廃――……。

 彼はアヴァダール王国を代表して、街の問題を解消するために来たのだ。

「解体屋をはじめるには領主の資格が必要。しかしこれには莫大な費用がかかる。そういった問題は首席文官の権限でどうとでもできるだろう」

「領法をどうとでもできるんですか……」

 国家権力恐るべし。

 ダリクスにかかれば、地方の小さな街の問題など、あっという間に解決するのだろう。


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