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おいしいものは一緒に食べたい

 一つ目は、胃に優しいカブとキャベツのスープ。

 猪肉は小さく切った赤身のモモのみ使用し、味付けも最低限。けれど猪肉と野菜からしっかりと旨みが出ているので、十分おいしく仕上がっている。

 二つ目は、トマトがたっぷり入ったミネストローネ風のスープ。

 こちらは、優しい味付けじゃ物足りない、という人向けだ。

 具材はほとんど変わらないけれど、猪肉のロース部位が入っているのでパンチが効いている。

 ロースにのった脂はくどくなく、豚肉と比べて甘みがあるのだ。

 そして最後が、味噌を溶かした豚汁風のスープ。

 ロース肉とバラ肉を大量に使用しただけでなく、柔らかくなるまで煮込んだうどんも入っている。これはがっつり食べたい人向けに作ったものだ。

 作り溜めしておいたうどんは全て放出してしまったが、ルドウィンの大言壮語を少しでも実現させるべく、この国にない食文化を披露させてもらった。

 豚汁うどんは王都民にも人気があったので、受け入れてもらえるはずだ。そう信じたい。

 チナミは、最後にルールを伝えた。

 並んでいる順に配ること、順番は必ず守ること。

 まずは一食ずつ全員に行き渡るように。全員が食べても余るようなら、二食目も可。ただし、喧嘩はしないこと。

 空腹で気が立っている者達が、果たしてどこまで従ってくれるかという不安はあったが……貧民街の人々は実に理性的だった。

 チナミの隣で腕を組んでいる、ルドウィンの威圧に負けたというのもあるかもしれないが。

 汗を掻きつつ、せっせとスープを配膳していく。

 食べた人達がおいしいと感嘆し、温かいと笑う。

 楽しそうな様子を見ているだけでチナミは幸せだった。やり甲斐をもって営んでいた料理店の、常連客達の顔を思い出す。

「おいしい……! おねーさん、おいしい!」

 紺碧色の瞳の少女が、チナミに感想を伝えようと駆けてきた。

 後ろにはあの少年もついており、二人共スープをこぼさないよう慎重に走っているからおかしい。

「この、うどんっていうの、すごくおいしいの!」

「トマトのスープもうまい。……ありがとな」

 少女は豚汁うどんを、少年はミネストローネ風スープを食べているようだ。

 そういえば、孤児院に暮らす他の子ども達に比べると、少女は健康そうだった。ふっくらとしているし、血色のいい肌はつやつやしている。

「おかわり! おかわりできる⁉」

「うどんは他より残っているから、たぶん大丈夫だと思う。もう少し待っててくれる?」

 そろそろ一食ずつ行き渡るし、がっつり系の豚汁うどんが一番余っていた。

 これほど全身で喜んでくれる少女のためなら、チナミもぜひおかわりをあげたい。

 そうしてスープを配り終える頃、孤児院のアイビー除去に勤しんでいたルドウィンが戻ってきた。

 チナミは彼に、豚汁うどんを差し出す。

「お疲れさまです。全く疲れていなさそうですが」

 魔族のルドウィンは、魔力を熱量に変換することができる。

 だから何日かくらいなら、寝なくても食べなくても平気だという。

 それでもルドウィンは、料理店に足繁く通ってくれた。食事が好きなのだ。

 食べなくても平気なのだからと、彼のことをないがしろにしたくなかった。

 ぽかんとしたまま動かないルドウィンの手に、チナミはやや強引に器を持たせる。

「ルドウィン様の分は、死守しておきました。ここまで荷馬車を運転してもらった恩もありますし、これだけはと思って。豚汁うどん、料理店でもよく食べてましたよね?」

 後先考えず振る舞ったせいで自分の分は確保できなかったが、彼の分は忘れていなかった。よかった、とチナミは微笑む。

 いつもは動揺させられてばかりなので、一矢報いることができた。……一緒にいてくれるルドウィンへの感謝を、少しでも伝えられてよかった。

 にこにこ反応を見守っていると、彼は突然肩を揺らして笑い出した。

「本当に……チナミには驚かされる」

 そう呟いたルドウィンが差し出したのは、こうばしい焼き目がついた肉のソテーと、付け合わせの野菜が載ったプレートだった。

「俺も、せめて君の分はと確保しておいたんだ。全く同じことを考えていたんだな」

 口振りから、これは猪肉のソテーらしい。

 けれど彼はチナミの補助から炊き出しの手伝い、アイビーの除去まで休みなく働いていたはずだ。料理をする時間などなかっただろうに。

 チナミは口元を手で覆った。

「私のために、わざわざ……?」

「チナミのための猪肉なのに、君の口に入らなければ俺の方が困る。君のおいしい料理には遠く及ばないがな。さぁ、遠慮せず食べてみてくれ」

 ルドウィンの手作り料理。

 胸がじんとして、無言でフォークを手に取った。食べやすい大きさにカットされたソテーを、ゆっくりと口に運ぶ。

 豚肉にはない弾力と脂の旨みが、すりおろし玉ねぎと醤油のソースによく合っている。

 噛めば噛むほど、猪肉にしかない味わいが口の中に広がっていくようだった。

 ――ソース作りだって、ひと手間なのに……。

 塩コショウだけのシンプルな味付けでも十分おいしい新鮮な猪肉なのに、チナミのために手間を惜しまず工夫してくれた。その気持ちが嬉しい。

 チナミは猪肉を十分に味わってから飲み込み、ルドウィンを見上げた。

「食事処以外で……こうして誰かの手料理を食べるのは、久しぶりかもしれません。ルドウィン様、ありがとうございます。すごくおいしい」

 英雄とまで言われた元騎士団長様の手料理なんて恐縮だが、今は成り行き上とはいえ旅の仲間ということになるので許されるだろうか。

 少しだけ特別感があって、チナミの頬は自然と綻んでいた。

 この人の特別扱いは、くすぐったい。

「本当に、すごくおいしいです。食べてしまうのがもったいないくらいに」

「ぜひ食べてくれ。そんなふうに言われたら、俺も豚汁うどんが食べづらくなる」

「はい。とってもおいしい」

「あぁ。おいしいし、とても温かい。幸せだな」

 口から『おいしい』しか出てこなくなったみたいに互いに連呼していると、少年と目が合った。

 彼は非常に冷ややかな目で、何を見せられているんだという顔をしている。

「子どもの前で平然といちゃつくよなぁ」

「なかよし、いいこと」

 少女まで嬉しそうに頷いているから、チナミは急速に我に返った。

 そういえばここは炊き出し会場で、まだ周囲には多くの人がいるのだ。

「なっ……いちゃついてないよ⁉ 私達は、たまたま一緒に旅をしてるだけで……!」

「別にいいんじゃねぇの? 孤児院に迷惑さえかけなければな」

「すみませんちゃんと片付けまで働きます……!」

 確かに孤児院の厨房を借りておきながら、食事をしている場合ではなかった。

 急いで戻ろうとするチナミを、ルドウィンがやんわり引き留める。

「この子どもはからかっているだけだ。食事くらいゆっくりとろう」

「子どもって言うな。俺はシグでこっちの小さいのはメルっつーの」

 シグは嘆息しつつ、チナミを見上げ大人びた仕草で肩をすくめた。

「まぁ、冗談に決まってるけどな。久しぶりにうまい飯を食わせてくれたあんたに、文句言う奴なんか一人もいねーよ」

「うどん、おにく、ぜんぶ、おいしかった。くずにく、かなしい」

「くずにく?」

 メルの言葉に首を傾げるチナミに、シグが補足してくれた。

「貧民街に住んでる俺達が、唯一買い取れる肉。俺達にはそれしか売ってくれないんだ。食えたもんじゃねぇから誰も買わないけど」

 くずにく。くず肉、ということか。


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