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炊き出し

「……まぁ、今は状況的に頼らざるを得ませんが」

 ひねくれた言葉で返したのに、ルドウィンはなぜか本気で嬉しそうに笑った。

「そうだ、いくらでも頼ってくれ。とはいえ、俺が狩った猪はチナミだけに食べてほしかったがな。こういった状況ではやむを得ないし、納得はしているが」

 やたら食べさせようとするのは、彼の特性なのだろうか。ありがたいが太りそうだ。

「それに、困っている人を見ると料理せずにいられない、そういう君が魅力的だと思う」

 あとこの、口説いているようにしか聞こえない言動もどうにかしてほしい。毎度顔が赤くなるのを堪えているため、そろそろ無の境地に至りそうだ。

「だが、行く先々で料理を振る舞っていれば、その内話題になってしまいそうだな」

「ただ必要に迫られただけなんですけどね……」

 王都からまた追手が来るとも思えないが、用心はした方がいいので隠密行動でいきたい。いきたいのに、確かにルドウィンの言う通り、目立つことばかりしているような。

 チナミが首をひねっている内に、孤児院らしき建物が見えてきた。

 素朴な建物を、アイビーの葉が覆い隠している。それが孤児院の目印だと聞いていたが、想像以上の生い茂りぶりだ。

「撤去作業にまで手が回らないんだろうな。調理の補助が終わり次第、俺が何とかしよう」

「え? これ、一人では……」

「チナミにいいところを見せたいとかではなく、単に俺がこういう状況を放っておけないんだ。心配ない、どれほど体力があるかは知っているだろう?」

 ここまで不眠不休で動いているルドウィンは、心配無用だという。

 そうかもしれないが、魔族とて疲労はあるのではないだろうか。

 チナミはせめて、彼のための食事をこっそり確保しておこうと思った。食材は自前なのでそれくらいの特別扱いは許されるだろう。

 まずチナミは、孤児院の庭園で遊んでいる子どもに声をかけた。

「こんにちは。急にごめんなさい、先生はいる?」

 走り回っていた少年が、チナミ達に気付いて足を止める。その表情はあからさまに不審者を見るものだった。

「あんたら、何もんだ? この街の人間じゃないだろ」

「あ、あの、ライルさんの紹介があるから、私達は怪しい者とかでは決して……」

 狼狽えつつ、ライルが孤児院に話を通していない可能性に思い至る。

 炊き出しがあることを街の人達に報せたいという熱意のあまり、うっかりしたのでは。

 ライルの名を出しても警戒を解かない少年に、ますます焦る。

 そんなチナミを宥めるように、ルドウィンが肩に手を置いた。

「俺達は炊き出しのために来た、王都の料理人だ」

 彼があまりに自信満々だから、咄嗟に言葉が出てこなかった。

 もう料理店は畳んだし、その説明で不審者扱いが終わるはずない。

 けれど驚くことに、状況は好転した。

 少年の陰からぴょこりと顔を出したのは、さらに小さな女の子。驚くほど可愛らしい少女が、大きな瞳でじっとこちらを見つめている。

「おうとのりょうりにん……?」

 幼く見えるが、難しい言葉をきちんと理解しているようだ。

 ルドウィンが頷いて答える。

「あぁ。彼女は王都で料理店を営み、平民の食事情を大きく改善した実績を持っている」

「すごいひとってこと?」

「すごいし、とても有名な人だ」

「おいしいもの、つくってくれる?」

「もちろん。君達が食べたこともないような、おいしいものだ」

 彼らが繰り広げる会話に赤面しながらも、チナミは無言に徹した。

 大げさだが、そのくらいの誇大広告をしなければ信用してもらえそうにない。

 顔立ちの整った少女は、よく見ると紺碧のような深い青色の瞳をしていた。この国には茶系の瞳が多いので珍しい。

 少女の夜空色の瞳が、星を宿したかのようにキラキラと輝きだす。

「たべたい! おうとのりょうり!」

 嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる少女とは対照的に、少年はまだ疑わしげだ。

 ルドウィンは彼に遠慮なく歩み寄ると、大きな手で頭を撫でた。

「知らない大人を疑うのはいいことだ。偉いぞ」

「べっ、別に、褒められたって嬉しかねーし!」

 怒った少年が頭上の腕を振り払おうとするも、ルドウィンは小ゆるぎもしない。朗らかに笑ったまま、少年の髪がくしゃくしゃになるまで撫でる。

「君は賢い。その上いい子だ」

「子ども扱いすんなー!」

 ルドウィンにじゃれつきだした少年にも、ようやく笑顔が見えた。

 そこに飛び跳ねていた少女まで加わり、庭園に笑い声が響く。

 レバンテ街に活気が戻ったかのようだった――チナミを置き去りにして。

 出た。ソルタ村でも発動した、ルドウィンの圧倒的顔面力。

 兄弟が多かったらしいから子どもの扱いもうまいのだろうが……一連の成果の大半は、あの有無を言わせぬ圧倒的な容姿の力だと思う。

 ――しかも私は嫌な想像ばかりして、完全に動揺しちゃってたし……。

 対応に雲泥の差があったのは認めるものの、このコミュ力の差は切ない。チナミは大人しく、自分の得意分野で活躍することにしよう。

 何はともあれ、騒ぎに気付いた孤児院長が庭に出てきたことで、炊き出しの許可を得られた。

 厚意で貸してもらった調理場に、大鍋が三つ。

 食べ盛りの子どもがいる分、鍋も増えるというものだ。今は一番多かった頃に比べて半分ほどの人数らしいが、それでも大人数用の料理はたいへんだっただろう。

 今回は孤児院だけでなく街の人達にも振る舞うため、大鍋を全て活用する。

 滋養があり、なおかつ胃に優しいものがいい。

 消化にいいものといえばキャベツとニンジン、大根、カブ……本来なら猪肉より、鶏の胸肉やささみの方がいいのだが、芋は食べていたようなのでそこまで心配しなくてもいいだろう。バターや油、刺激の強い香辛料などはあまり使わないようにする。

「配りやすいし、スープにしましょうか。猪肉と、野菜たっぷりのスープ」

 猪肉を切る工程では、例のごとくルドウィンが大活躍した。

 大きな猪を捌くにはかなり力が必要なのだが、まるでパンを切るようにすいすい進めている。

 しかも筋を切ったり部位ごとに切り方を変えたりと、かなり見事な手腕だ。

 負けられないと、チナミも野菜を切っていく。

 大量のキャベツやニンジン、カブにトマト。大根は葉の部分も食べられるので、全てみじん切りにしていく。細かく刻んだ分だけ消化しやすくなるから、ここは根気よく。

 猪肉を切り終えたルドウィンが魔法を駆使して手伝ってくれたので、そこまで苦にならなかった。

 スープが完成する頃になると、報せが回ったのか庭園に人が集まっていた。各家を回ったライルも顔を出してくれる。

「貧民街のほとんどの奴が来てる! みんな楽しみで、待ちきれないそうだ!」

「ちょうど今、料理が仕上がったところです。大鍋を庭園に運びたいので、ライルさんも手伝ってもらえますか?」

 ルドウィンなら一人で軽々運べるだろうが、彼は魔族であることを隠している。他にも何名かの手を借り、炊き出しの準備が整った。

 まずはチナミが、料理について説明する。

「今回、猪肉と野菜のスープを作りました。ただ、三つの鍋で味付けや具材が少しずつ異なります。胃腸の弱っている方、これといった不調のない方など、体調によってはどれを食べるかこちらで判断させていただきますので、よろしくお願いします」

 全ての鍋に猪肉が入っているけれど、全員に満足してもらえるようそれぞれアレンジを加えていた。


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