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レバンテ街の不穏

 それでいうと、聖女のエナに巻き込まれてアヴァダール王国に召喚されたことは、辛いばかりではなかったのかもしれない。とても皮肉なことだが。

 自分の腕一つで料理店を繁盛させるのは楽しかったし、常連客の笑顔が嬉しかった。異世界に来て初めて、やり甲斐のある仕事に出会えた。

 料理店のことを思い出すと、まだ胸が痛い。

 ようやくこの世界で居場所ができたような、何の役割もない自分でも存在が許されたような、そんな気がしはじめていたのに。

 その時チナミの頭に浮かんだのは、ソルタ村の人々の顔だった。

 穏やかな村長の笑顔、おいしいとはしゃぐ村人達。行商人フラウの言葉。

 彼らの喜びように、元気をもらったのはチナミの方だ。料理店で腕を振るっていた当時の気持ちを思い出すことができた。

 ――機転を利かせて騎士達から逃がしてくれた……みんな無事ならいいけど……。

 ソルタ村の人達には危害を加えないと信じたいが、どういった目的があったのか未だに不透明なので、不安は尽きない。

 物思いにふけるチナミに、ルドウィンは前方を向いたまま口を開いた。

「平和ということは、チナミが育った国では戦争がなかったのか。いいところだったんだな」

 最低限の暮らししか守られていなかった物価高時代を思い出した直後だからか、素直に頷きづらい。チナミは微妙に首をひねってしまった。

「世界的に皆無とはいえませんが、私が生まれた国には争いはなかったです。階級制度もなかったけど、差別とか偏見とかはありましたし……いい国と言い切れない部分も」

 チナミの返答に、ルドウィンは口を噤んだ。

 車輪の回る大きな音がやけに響く。

「まぁ……差別や偏見は、魔族にもあるからな」

 落とされた呟きは、やけに実感が込められているような気がした。快活な印象の彼に似つかわしくない、ひどく静かな声音。

 これ以上は勝手に踏み込んでいい領域ではないと察して、返す言葉に詰まる。

 けれど、ルドウィンの方が話を続けた。

「生まれつき魔力を持つ我々だが、まれに、魔力を持たない者が生まれることもある。魔力なしは、魔族の国では生きにくい」

 魔力がほとんどない魔族も軽んじられる傾向にあるが、魔力なしが受ける扱いはその比じゃない。

 同族と認められず、徹底的に迫害されるのだ。

「そんな……魔力のない魔族なら、ほとんど人族のようなものなのに……」

「人族に偏見があるように、魔族の中にも偏見を持つ者がいるんだ。俺も、国境を越えてアヴァダール王国に来るまで似たようなものだった。今となっては、すぐ隣に魔力を持たぬ者達の国があるのにおかしいと、考えられるようになったがな」

 彼は以前、国境を越えるのは変わり者だけだと笑いながら話していたが、もしかしたら違う目的を抱いていたのかもしれない。

 その差別がおかしなものだと知るために、魔族領を飛び出した。

 きっと切実な理由をもって。

 きっと……身近な誰かのために。

 ルドウィンが、ひっそりと笑う気配がした。

「俺のすぐ上の兄が、魔力なしなんだ。外部から一切の隔離をすることでかろうじて守られているが……兄には、生まれた時から自由がない」

 迫害から守ることはできても、永遠に外界を知ることはない。

 それは本当に幸せなのだろうか。

 ルドウィンは兄の存在をきっかけに、魔力なしへの迫害について考えるようになったという。そうして、さらに広い世界に答えを求めた。

「優しいんですね……」

 彼に届かないくらいの囁きだったのに、ルドウィンはこちらを振り返った。

 その顔に浮かぶのは、静謐な雰囲気を打ち壊すいたずらっぽい笑み。

「今俺を格好いいと少しでも思ったなら、これからは敬語をやめてくれていいぞ」

「……すぐ上の兄ってことは、結構ご兄弟が多いんですね。ルドウィン様」

「つれないな。そこもいいが」



 ルドウィンは本当に体力が無尽蔵らしく、昼前にはレバンテに到着していた。

 ただ会話をしていただけのチナミは、せめて何かおいしいものをご馳走しようと心に決める。どこかに、レバンテの郷土料理が食べられる食事店でもあればいいのだが。

 街に入ってすぐ、まずはその日の宿を決めた。

 それなりに値の張る宿屋には厩舎がつきものだ。

 治安もいいし、また別で馬を預かる店を探すより早いというルドウィンに押し切られ、予定より高級な宿に泊まることとなった。

 手痛い出費。とはいえ、彼の申し出に甘えて宿代を全額支払ってもらう気にはなれなかったので、路銀は心許なくなっても正しい選択だろう。

 宿の心配がなくなったチナミ達は、早速レバンテ街を散策することにした。

 はじめは、地元のおいしい料理店を探すつもりだったが……実は宿を確保する前から不安があった。

 街を行き交う人々の表情が、暗い。

 特別人が少ないということも、治安が悪いということもない。

 だがどこか、疲れ果てたような顔で俯いている。楽しそうに笑い合う声も、子どものはしゃぐ声も聞こえないというのは、どこか異様だった。

 とても声をかけられる雰囲気ではないので、料理店の聞き込みもしづらい。さて、どうしたものか。

 ――ここは、私が手料理をする方が確実……?

 ルドウィンはチナミの料理を好いてくれているようだし、どこか調理場さえ借りられれば実現できる。初対面の際に彼からもらった猪が、そのままマジックバッグに入っているし。

 なかなか良案な気がして宿に戻ることを提案しようとした時……前方に人が転がり出てきた。

 警戒したルドウィンがチナミの前に出る。

「二度とここに来るなと言ったはずだ!」

「そこを何とか……! このままでは、俺達は生きていけません……!」

「こっちだって自分達の暮らしだけで精いっぱいなんだよ! 貧民の事情なんて知ったこっちゃないね! さっさと帰れ!」

 道にはいつくばっていた男性が、よろよろと立ち上がって頭を下げる。

 対する男性はにべもない態度だ。

 一方の男性は綺麗な街並みに相応しい身なりをしているが、もう一方の男性はお世辞にも清潔とは言えなかった。痩せているし、栄養状態も悪そうだ。

 ソルタ村の人々と会った時は、閉鎖的な村ゆえ、そういうこともあるかもしれないと考えたけれど……もう、誤魔化しようがない。

 ――王都にいた頃は知らなかった。地方の街が、こんなに荒れているなんて……。

 おそらくソルタ村とレバンテ街だけではない。

 決して裕福とは言えない暮らしを、この国の人々は強いられている。それももしかすると、少なくない地域で。




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