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油断が招いた展開

 ソルタ村を逃げるように飛び出し、翌日。

 チナミはくたくたの、へとへとで。

 ようやく泥のような眠りから目を覚ましたのは、既に昼を過ぎた頃。床板に強かに頭をぶつけ、強制的に起こされたからだ。

「いったた……」

 衝撃と痛さに顔をしかめる。よくこの揺れの中で眠れたものだ。

 チナミの呟きを拾ったルドウィンが、御者席から声をかけてくる。

「おはよう。しっかり休めたか?」

「おかげさまで。……もしかして一晩中、馬を走らせてたんですか?」

 これほど体力があるのは騎士団長として体を鍛えていたからか、魔族だからか。ソルタ村を急襲した謎の王都勢から離れられるのはありがたいが、無理はしないでほしい。

 ぼんやりと寝起きの頭で考えたあと、チナミはハッと覚醒する。

「こ、ここはどこですか⁉」

 慌てて幌の外へ頭を出す。

 振り返ったルドウィンは、徹夜明けを感じさせない爽やかな笑みを浮かべた。

「ソルタ村をさらに南西に進み、もうすぐ次の街に着く。アヴァダール王国一の標高を誇るレバックス山の中腹にある、レバンテという街だ」

 やはりかと、チナミは頭を抱えた。

 レバンテは高いところにあるためか、比較的涼しい気候の街。

 そしてこのレバックス山を越えたところにあるクルタ村の向こうは、もう魔族の領域との国境だ。

「完全にルドウィン様の思惑通り、国境の崖が近付いてるじゃないですか……本気で一緒に魔族領に行く気だったんですか……?」

「もちろんだ。ちなみに国境の崖のことを我々はゾディアス断崖と呼んでいるが、アヴァダール王国ではこれといった呼称がないな」

「今それは一番どうでもいい情報です……」

 のん気に寝ている場合じゃなかった。

 いくら疲れていたとはいえ、これはない。

 落ち込むが、この国の集落は点在しているため、近くにレバンテ以外の街がないのだ。

 見渡す限りの森だったソルタ村への道程とは打って変わって、どこまでも続く岩肌と登り道。乾いた土は黒く、植物がほとんど生えていない。それほど環境が厳しいのだろう。

 呆然と眼下の景色を見下ろしていたチナミに、ルドウィンは快活に笑った。

「俺も、チナミはさすがに無防備すぎたと思うぞ。常連客だった時からの付き合いではあるが、俺が正式に名乗ったのは、まだ昨日のことなのに」

「あなた本人が言いますか……」

 チナミはため息をついたあと、馬車を降りたいと要望する。

「ここで降りても、今日中に辿りつけるのはレバンテくらいだぞ」

「分かってますよ。そうじゃなくて、馬車を走らせ続けたルドウィン様が、代わりに荷台で休んでくださいってことです」

 チナミに御者が務まるかは不明なので、その辺のレクチャーはしてもらうつもりだが。

 けれどルドウィンは、問題ないと首を振った。

「魔族は人族と違って魔力があるだろう? これを熱量に変換することができるから、何日間か寝なくても食べなくても平気なんだ」

「へぇ、便利ですね」

「日数は個々の魔力量によるけどな。それに成長の妨げになるから、子どもは緊急時以外使わないようにと定められている。補助的な使い方ならともかく、恒久的に使っていれば健全な発育に影響を及ぼすと言われているんだ」

 魔族領では、魔力の使用が精神の発達に影響を及ぼすと考えられていて、七歳まで緊急時以外の使用を禁止する法律があるのだという。

 年齢を重ねて思春期に入ったら、日々成長していく魔力を制御するため、むしろ魔力の使用が推奨されるようになる。

 思春期の十年間は、中等学校と高等学校に通うのが一般的らしい。これは、どこの地方に住んでいても共通の進路なのだとか。

 比べることでもないが、アヴァダール王国よりずいぶん先進的に感じる。

「というわけで、安心して運ばれていてくれ」

「いや、勝手に行き先を決められて安心も何もありませんが……」

 そう返しつつルドウィンをつぶさに観察してみたが、本当に問題なさそうだ。

 それならばと、まだ倦怠感の残る体を休ませてもらうことにした。

 ここまで来たら腹をくくってレバンテ街に滞在するしかない。

「ルドウィン様。人族と魔族に、魔力の他に異なるところはあるんですか?」

 チナミは手持ち無沙汰も手伝って、魔族についてさらに質問を重ねた。

 ルドウィンの生まれた国はどのようなところか、人族とはどう違うのか。

「前も話したが、魔力があるというだけで人族と変わらないからな。攻撃されれば痛いし、大怪我は致命傷になる。魔力を熱量に変換する方法は生命力の持続にも繋がるから、寿命はやや異なるが。魔力が多い者ほど長命だし、老化も緩やかになる」

 そういった点が人族の忌避感に繋がっているのではというのが、魔族側の見解だという。

 魔力という、自分達が持ち得ぬ武器を持っている上に、長命。不老不死の超越した存在と捉えられても不思議ではない。その差異を脅威とされても。

「魔力があるというだけで、ずいぶん込み入った話になりますね」

「そう感じるのは、君が別の世界から来たからかもしれないな。昔からその価値観が当たり前とされていれば、それを常識と考えるようになる」

「……あぁ。実際に見たことはないけど、『地球は丸い』って信じてるのと同じか」

「地球? そこがチナミのいた国か?」

 呟きを拾われ、今度はチナミが故郷について話す立場になっていた。

「いえ、違います。地球という惑星……場所の、日本という小さな島国に住んでいました。魔法はありませんでしたが、他の文明が発達していました。そこそこ便利で、わりと平和で、最低限の暮らしは守られていましたね」

 高校を卒業してすぐに就職したチナミは、二十一歳に異世界転移するまで地元の中小企業の事務職をしていた。

 今はもう遠い昔のことのようだが、働いても働いても貯金は貯まらない上、物価は上がり続けていた。毎日税金と残業を憎んでいた気がする。


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