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逃げるような別れ

 二人の会話が途切れる。

「我が村伝統、求婚成功を願う舞‼ さぁ、とくとご覧じろーーーー‼」

 大声の主は村長。

 村長の号令と共に、村人が列になって動きだす。

 どこからか太鼓や笛も持ち出され、次第に一体感のある踊りになっていく。

 村人達は一糸乱れぬ動きで輪になったり、花のかたちになったり。時には間隙を縫うように交差するなど、見るものを飽きさせない。

「うわぁ、僕のために⁉ これは素晴らしい後押しだね! 僕も一緒に踊ろう!」

 楽しそうに踊りだすアーケアの向こうでは、騎士がげんなりしていた。

 村人達の舞はあまりに目まぐるしく、若干そちらに気が逸れているようにも見える。

 その隙に近付いてきたのは、フラウだった。

「村長から伝言です。何やら訳ありのようなので、我々が時間を稼ぎますと」

 チナミは驚いて村長を見遣った。

 酔った勢いに任せて宴会芸をはじめたのかと思ったが、どうやら作戦だったらしい。

 だが、無謀だ。

 騎士を怒らせたらまずいと分かっているだろうに、なぜそこまで。

「村の入り口の反対側に、放牧用の草地があります。山羊やら羊やらばかりおりますが、家畜小屋の奥に荷運び用の小さな幌馬車があり、そのまま馬車用の道にも出られます。馬も三頭の内、一番大きい奴を連れて行っていいということです」

「そんな……」

 素朴なこの村にとって、幌馬車も馬も大切な共有財産のはずだ。

 それなのにフラウは反論を許さず、強い力でチナミの背を押した。

「レシピが馬の見返りということでよろしくお願いします。いずれ落ち着いたらでいいので、この村宛てに書簡で送ってください。あぁ、ついでに親子丼のレシピもお願いしますね。死ぬ気で米を手に入れてみせますので」

 鋭い眼差しが、こちらを向いてふと緩んだ。

「英雄様は元より、チナミさんもこの村にとって恩人ですから」

「え?」

「恥ずかしながら、僕はこの村を、代わり映えのないつまらない村だと思っていたんです。だけど……この村の何の変哲もない食材で、あなたは変化を起こしてみせた」

 食べ飽きた芋やトウモロコシがここまでおいしくなるとは、誰も想像していなかった。

 しかもそれは、様々な食材や調味料を合わせるという、とても手軽な方法。村人はただ嘆くばかりで、新しい調理法を考える努力を怠っていたことを思い知った。

 フラウは村人達を振り返り、優しく目を細めた。

「みんなも久しぶりに、心が躍ったのでしょう。あんなに楽しそうに……あなたは、停滞していたこのソルタ村に、おいしい料理という衝撃をもたらしてくれた。――道中、どうかお気を付けて」

 その時、一瞬割れた人垣から、アーケアが飛び出してきた。

「チナミー、愛してるよー‼」

 ぎゅっと両手を握られ、この場から逃がさないためかと焦る。

 けれど、違った。

 少年のあどけない顔が痛そうに歪む。

「……ごめんね。苦しめて」

「え……」

 すがるようだった手はすぐに離れていく。

 アーケアは風に舞う花びらのようにくるくると回転しながら、村人達に合流する。

 いかにも踊りに夢中といった様子ではしゃぐ彼は、村長宅の庭をあとにするチナミとルドウィンを、一切振り返らなかった。



 幌馬車は静かに動き出し、少しずつソルタ村が遠ざかっていく。

 ルドウィンは御者席にいるので、馬車の中はチナミ一人きりだ。

 振動がそのまま伝わってくる簡素な荷台と、ところどころ繕った跡のある幌。

 全体に藁や土のような匂いが染みついており、腰は痛いのにひどく落ち着いた。

 考えなければならないことが山ほどあるのに、頭が働かない。全身も重かった。

 ひどく疲れている。

 それでも、行動がちぐはぐだったアーケアの姿が頭から離れない。

 ごめんねと、絞り出された震える声。

「アーケア君は……私を逃がしてくれたんだ……」

 逃げようとしているのは一目瞭然だったはず。

 けれど村人達を鼓舞しながら、さらに激しく踊っていた。騎士達をかく乱するように。

 あの謝罪は、何に対してのものだろう。

 様々な思いが凝縮されていたような気がする。

 追いかけてきたことや突然の求婚だけでなく、これまでのことも。

 料理店で人目も憚らず甘い言葉をかけてきたこと、彼の熱狂的ファン達の報復があったこと。何でも力になるから相談してと言ったのに――目を逸らし続けたこと。

 あれが、悩み苦しんだ日々への謝罪だとしたら、チナミはどう受け止めたらいいのか。

 思考が鈍っているからますます分からなくなる。

 ただもう、苦しいくらい胸が痛い。

「私は……アーケア君を……」

「――許さなくてもいいと思うぞ」

 独り言に応えが返って、チナミは肩を揺らした。

 御者席にいるルドウィンだ。

 もしかしたら先ほどから、全部筒抜けだったのだろうか。誰もいないから油断していた。

「あ、の……」

「チナミはそれほど苦しめられたし、傷付けられた。少し謝られたくらいで、奴らを許す義理はない。あのガキもそれは分かっているんだろう。だから許す間もない別れ際に謝った」

 ごとん、ごとん。

 舗装されていない道に、幌馬車が揺れる。

 揺れるというより、上下左右に踊っているかのようだ。そこで、美しく舞い踊る村人達を思い浮かべる。再びアーケアも。

 許さなくていいというのは、卑怯だ。

 勝手に自己完結して、チナミの意思はどうなる。子どもが何を悟ったように。

 ――あぁでも、私もそういう擦れた子どもだったような……ん? 今のはあくまでルドウィン様の推測で、アーケア君本人から聞いたわけじゃ……。

 何だか思考が空回りしている。

 あちらこちらに飛んで、意味を成していない気がするのに止められない。それどころか、掴もうとした途端にするりと溶けていってしまう。

 疲れのせいか、どっと眠気が押し寄せてきた。

 チナミはせめてと、懸命に口を動かす。

「でも……ルドウィン様が、知っててくれました。苦しんで、傷付いたこと。知らないふりをしないで……それが、嬉しかったです……」

 眠りかけていることに気付いたのだろう。

 間を置いてから、外で苦笑する気配があった。

「疲れているなら寝ていていいぞ」

 いや。考えることがあるのだ。

 ルドウィンに見えないことなど考えもしないで、チナミは無言で首を振る。

 続いて聞こえてきたのは、眠りの縁に引き込むような穏やかな声。

「ずっと無理をして、頑張って、心が疲れているはずだ。今はゆっくり休めばいい」

 優しい言葉が、胸の真ん中にすとんと落ちる。

 ……あぁ、自分は疲れていたのか。

 王都を出る前から、そんなことも自覚できないほど緊張の連続で。

 店の周囲に怪しい気配はないか、食べものに細工はされていないか。悪意にさらされ続けて、気の休まる暇もなくて。

 思いががけないことの連続だったからか、今夜は久しぶりによく眠れそうだった。

「ありがとう、ございます……」

 痛いくらいの幌馬車の揺れに、チナミはついに重い目蓋を閉じた。




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