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嵐のような求婚

 いやいやいやいやいや。

 そんなわけがない。

 チナミが作るのは大衆向けの料理。

 王室御用達として莫大な富を築いている商家の息子なら、上流階級だけが秘匿するレシピだって入手可能なはず。つまり、捜し出してまでチナミの手料理に固執する理由がないのだ。

 料理店の閉店を知ればがっかりはするだろうが、それだけのこと。

「アーケア君……こんなところまで来て、おうちの方が心配してるんじゃない?」

「うちは大丈夫。一応伯爵位を持ってるけど、家族全員根っから商人だから」

「え、伯爵? なおさら駄目なんじゃ……」

「良家の令息として育ってないのは、チナミも知ってるでしょ。売れそうなものがあれば大陸の果てまでも飛んでいく、ってのが我が家の家訓だから」

 確かに同じ目線で会話ができる、親しみやすさは感じていたけれど。

 よく気が付くし優しいから、つい欲しい食材や異世界にない便利な調理器具の製作について相談していたが、それは彼の身分を知らなかったからだ。

 平和な世界にいたチナミも、アヴァダール王国の厳格な階級制度は身に染みている。

 貴族の令嬢達が堂々と店に嫌がらせをしていても、街の人達は見て見ぬふりをした。助ければ自分の身が危うくなると分かっていたからだ。

 常連客は励ましてくれたけれど、それも彼女達の目につかないところでのみ。

 全て仕方のないことだと思っていたけれど――そういえば、ルドウィンだけは。

 旅装で素性を隠していた時の彼は、店先に散らばったゴミや虫の死骸を、一緒に片付けてくれた。

 王都に住んでいないから手伝うことができるのだろうと思っていたが、そうだとしてもチナミにとっては、エナや大家に次いで心強い味方だった。

 今さらルドウィンの優しさを実感していると、なぜかアーケアが目の前に跪いた。

 少年は愛嬌たっぷりに片目をつぶり、唇に押し当てた指先からキスを飛ばす。

「だから、こうして迎えに来たんだ。――僕と結婚しよう、チナミ。そして可愛い子ども達と共に、幸せに暮らそう」

「……えぇ⁉」

「その『えぇ』は、肯定って意味で合ってる?」

「――合っているわけがないだろう、馬鹿が」

 アーケアのキスは、守りの固い元騎士団長にあえなく叩き落とされる。全く惜しくはないけれど、全く容赦がない。

 ――というか、話が飛びすぎじゃない? 付き合ってもいないのにいきなりプロポーズで、その上さらに子どもの話って……。

 困惑より抵抗感の方が強い。

 現代日本の倫理観を持つチナミからすれば、十代半ばの彼とどうこうなろうなんて論外だった。

 ルドウィンはとにかくご立腹といった様子だし、ただの酔っ払いと化した村人達は無責任にはやし立てている。

 チナミがまず抱いたのは、違和感だった。

 何というか、彼の言動の隅々が胡散臭い。

 元々商売至上主義だし、むしろそれを誇っているような部分があったけれど……アーケアは、こんな少年だっただろうか。

 王都を去った恋しい人を、情熱的に追いかけてくる? 気遣いすらなく主張を押し付ける? 他人に何かを強要する?

 チナミの知るアーケアは、こんなにも一方的な人間じゃなかった。

 商売の話をする時は相手の不利益にならないよう気を配っていたし、騙して出し抜くようなこともなかった。損得勘定はあっても、誰に対しても前向きで誠実だった。

 異世界の話を聞いて目を輝かせ、『技術を再現できたら大儲けできるから互いの取り分を決めておこう』と笑っていた、あのアーケアじゃない。

 チナミは、跪く彼と目線を合わせるようにして、しゃがみ込んだ。

「アーケア君……何か、あった?」

 求める答えと違ったからか、アーケアはあどけなく目を丸くした。

「チナミ……」

「いつものアーケア君なら、真っ先にあのテーブルに飛びつくよね。ほら、あそこに少し残ってるトルティーヤ。やせた土地でも育てられるトウモロコシを原料にした主食で、栄養も取れるの。食料事情の厳しい地域にとっては画期的」

「えぇ⁉ トウモロコシが主食なんて、ちょっとチナミもっと詳しく……」

 一瞬、商人らしい抜け目なさを見せたアーケアの表情が、不意に険しくなる。

 反応で言えば、ルドウィンの方が早かった。

 彼は隙なく周囲を窺いながら、腰に提げた剣に手をかけている。

 二人から遅れることしばし。チナミもようやく警戒の意味に気付いた。

 暗がりに響く、複数の金属音。

 いつの間にか村長宅の庭には、闇に溶け込む黒い騎士服を着た者が、複数名いた。

 十人以上はいるだろうか、なぜかチナミとアーケアを囲うように散らばっている。

 チナミはわけが分からなかった。

 騎士がソルタ村にいるのは、アーケアと共に行動していたからだろうか。

 だがなぜ、騎士が出張ってくる必要がある。

 チナミはアーケアに顔を寄せ、小声で訊ねた。

「えぇと……悪いことはしてないんだよね?」

「真っ当な商売を心がけてる僕が、そんなことをするわけないでしょ。……まぁ、ある意味合ってるけどね。彼らの役割は、悪いことがないように見守ることだから」

 間近にあるアーケアの眼差しが、強い光を宿してチナミを射貫いた。

 まるで、何かを切実に訴えかけるように。

「これも貴族の責任ってやつ? うちって王室御用達の看板も背負ってるから、やることはやっておかないとってね」

 それだけ耳打ちすると、彼はすぐ立ち上がった。

「チナミ、君を愛してる! どうか僕のこの手を取ってほしい!」

 またもや愛を叫びはじめたアーケアに呆然としていたチナミだったが、腕を引かれて立ち上がるよう促される。ルドウィンだ。

 彼はそのまま、耳元で素早く囁いた。

「騎士達を蹴散らして逃げよう」

 彼の深い青色の瞳は警戒心に満ち、物騒な気配を放っている。

 チナミも、薄々気付きはじめていた。

 理由は分からない。

 だが、アーケアと騎士達の目的は――チナミ達を王都へ連れ戻すことなのではないか。

 少年の情熱的なプロポーズに頷けば穏便に。断れば……強制的に。

「あぁ、薔薇のように美しい……という感じでもないけど、素朴で可憐で可愛らしい菫のような人よ! 僕は一目会った時からチナミに夢中……正確に言えば素晴らしい異世界知識とか公平な視点とか地に足の着いた生き方とかだけど――……」

 アーケアはまだ、高らかに愛を告げ続けている。

 チナミは急いでルドウィンに返す。

「村の人達の迷惑になるから、戦うのは駄目です」

「だが、それ以外に方法など……」


「――それでは、ここで舞を一差し!!」

 突如として、闇夜を切り裂く声が轟いた。




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