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忘れていた思い、知りたくない思い

 料理店に悪評がつきまとうようになってから、チナミは少しずつ……料理の楽しみ方が、分からなくなっていった。

 怖いのに、苦しいのに、無理やり気持ちを奮い立たせて店を続けていた。

 料理を作っている間は楽しいけれど、毎日店に立つことは苦痛だった。

 そうして俯くことが多くなっていたから、おいしいと言ってくれる客の笑顔すら、見えなくなっていたのだろう。

 食べてくれた相手の笑顔を想像するのが好きで、だから料理が好きだったはずなのに。

 フラウやルドウィンに料理を振る舞った時は、まだうまく楽しむことができなかったけれど、あの時ようやく気持ちを立て直せた気がしたのだ。

 辛かった日々に区切りを打てたような。

 そして、今。

 目の前で喜んでくれる村人達や、村長の言葉。

 チナミは、鼻がつんと痛むのを堪えて笑った。

「……私こそ、ありがとうございます」

 自分の料理で喜んでもらえることが嬉しいと、作るのが楽しいと、思い出させてくれて。

「チナミさん……」

「あ、そ、そうだ。私もタコス、食べてきますね」

 気遣わしげな素振りを見せる村長からそそくさと離れて、チナミは食事の輪に加わる。

 唐辛子のピクルスが入ったサルサソースとタコミート、さらにその上からフライドポテトとチーズをのせ、ボリュームたっぷりのタコスもどきを作る。

 まず一口食べると、トマトの酸味と豚ひき肉の旨みが直撃した。

 次いですぐにピクルスの酸味と辛みががつんときて、それをまろやかに包み込むのはチーズの芳醇な味わい。

 そんな完璧なマリアージュを、暴力的なほどジャンクな雰囲気に一変してしまうのが、フライドポテトの威力だ。塩気とホクホク感と油っぽさが最高。

 周囲の村人達が早速真似しだすことにも気付かず、一心不乱に貪り食う。

 チナミが食べ進めていると、隣に人の立つ気配があった。

 しばらくは食事に夢中になっているふりをしたが、気付かないふりをするのも限界がきて、隣の男にしかめ面を送る。

「あの、何か楽しいですか?」

 先ほどものすごい勢いで料理を食べていたルドウィンが、今は笑顔でチナミを眺めている。隠しもしないので視線が気になって仕方ない。

「とても楽しい。やはりチナミは、そうして笑っている方がいいな」

 チナミは頬が熱くなるのを感じた。村長の言葉を思い出して、にやにやしていたかもしれない。

 ――というか、この人は……さっきから何なの?

 意識的に考えないようにしていたのに、厨房でのやり取りを思い出してしまう。

 あえて言及せずにいた、チナミを好きだという台詞。あれは何だったのだろう。

 普段と変わらぬ様子で接してくるから、意味があったのかすら分からなくなる。こちらは思いきり動揺したというのに。

 チナミは暗がりでよかったと、ルドウィンの意図を考えないことにした。彼は故郷に帰る身、どうせソルタ村を出発する時に別れるのだから。

「……実はあのトルティーヤ、ポテトグラタンを具材にしてもおいしいですよ」

「何だと⁉」

 甘くなりかけた雰囲気を一掃、ルドウィンは目を輝かせながらテーブルへと突撃していく。さながら大型犬だ。

 あれはきっと、食への執着。

 うん。そうに違いない。料理店を経営している頃、迷惑イケメン達のように口説いてこなかったのがいい証拠ではないか。

 好きだ何だと愛を囁くくせに、苦しんでいても知らぬふりをする。

 チナミはそういう男性達に囲まれていたし、理不尽に嫉妬をぶつけてくる女性達を見てきたので、あまり色恋沙汰にかかわりたくなかった。

 シングル家庭で育ち、それなりに苦労が多かったから、自立心が旺盛で打たれ強い。そして、どこか達観している自覚もあった。

 もしルドウィンが、好意から優しくしてくれるのだとしても、それを真っ向から受け取めることはできない。

 誰かを傷付け、周囲を巻き込むものが愛だとするなら――いらない。

 駆けていく背中をぼんやり眺めていると、ふとルドウィンが振り返った。

「チナミの作るごはん、欲を言えば俺が独り占めしたいくらいだが……幸せそうに笑っているところを見ていたいから仕方ない、我慢する!」

 無邪気に笑う彼に意表を突かれた気分で、チナミは目を瞬かせた。

 月明かりに銀髪を燦然と輝かせる姿は神秘的ですらあるのに、このギャップ。

 ――犬……としてなら、まぁ……。

 村人達に交ざっていくルドウィンを見送り、絶対口に出せないような失礼なことを考える。

 一人で生きていくなら癒やしが必要だ。

「――チナミ‼」

 その時、楽しい宴会に水を差す者が現れた。

 夜目にもはっきりと分かるふわふわとした金茶色の髪、琥珀色の大きな垂れ目。

 貴族の子弟のような格好の上に羽織っているのは、落ち着いた暗緑色の旅装。確か茶色系統ばかりでなく、様々な色味の旅装を流行らせたいと言っていたのは本人か。

「ア、アーケア君……?」

「チナミ、こんな辺鄙な村にいたんだね! ずっと捜してたんだよ!」

 まだ少年といっていい年齢のアーケアが、今にも泣きそうな顔でチナミに飛びついてくる。

 それを制したのは、いつの間にか皿を手放していたルドウィンだった。

「あっれぇ、騎士団長までいるんです? これは計算違いだなぁ。あ、元騎士団長か」

 整った顔立ちをしているけれど親しみやすい。それが王室御用達商家の跡取り、アーケア・シュトライルだった。

「アーケア君、何でここに?」

 ルドウィンの背中越しに顔を出すと、彼は途端に切なげな表情でチナミを見つめた。

「何でって、チナミを追いかけてきたに決まってるじゃない! 僕がどんなに必死に探したか……商人の情報網を最大限に駆使して目撃情報を集めてチナミがどこで休んでいたかも携帯食料をかじって微妙な顔をしていたことまで調べ上げ……ところで、携帯食料ってなんであんなに味がないんだろうね改良を検討すべき……」

 いつもの流暢な弁舌がはじまったかと思えば、それはルドウィンが頭ごとわし掴んだことで、強制的に終了する。アーケアは苦しそうだ。

「このガキ、相変わらずうるさいな。チナミにつきまとうな」

「滑らかな口上だっていうなら褒め言葉ですね。……そちらこそ相変わらずご執心なことで」

 チナミはといえば、彼らの会話が耳に入らないほど混乱していた。

 ――恥ずかしいところを見られてたのは、いったん忘れることにして……え。つまり、私を追ってきたってこと……⁉

 一体なぜ追いかけてきたのか。

 まさか、料理が食べたいから?


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