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筋肉痛

「お嬢様、透お嬢様。起きて下さい!」

肩を揺さぶられ、私は半目を開けた。

「ん・・・」

「もう7時半です。まどか様ももう出発されました。お嬢様も早く起きて準備をしないと」

家政婦の芦屋が目の前で顔をしかめていた。私はゆっくりと体を起こした。体が鉛のように重い。昨日は久しぶりにはしゃぎ過ぎたせいで、まだ疲れが取れていない。

「お嬢様!」

急かすような芦屋の声に、私は落ちかけていた瞼を開けた。

「…起きたわ」

ふわぁと大きなあくびをし、掛け布団を引っぺがした瞬間、声にならない叫び声を上げた。

「お嬢様?いかがなさいました?」

「き、筋肉痛・・・」

「え?」

私は苦笑いで言った。

「いえ、気にしないで」

芦屋は具合でも悪いのかと、何度もこちらを伺っている。

しかしどんなに体調が悪くても学校を休んだら、先生から欠席報告を受けた母親がドバイから駆けつけ平手打ちを食らわせてくるだろう。しかも、筋肉痛で休んだなんて言ったら、閻魔大王が降臨しそうだ。

「今日はお休みしますか?」

先日の母親の怒りの愚行を見ていなかった芦屋は、とんでもない提案をしてきた。私はすぐさま首を横に振った。

「いいえ。大丈夫よ」

出来るだけ最小限の動きで、ゆっくりと支度を始める。芦屋は何度も時計を確認しながら、手伝えるところになるとすぐさま手を出して私の支度を整えた。


「おはようございます。お嬢様」

外では平松が待機していた。

「…おはよう」

それからじっと平松を見つめた。

「何か?」

「いえ、いつ休むのかと、ふと疑問になって」

考えて見ると、平松は透専用の運転手だ。しかし、土日のまどかの送り迎えも、透が土日に外出する時も平松が対応している。つまり週7勤務をしていることになる。

「労働基準法は大丈夫なの?」

「問題ありません。学校へ参りましょう」

車に乗り込みながら、私はあるアイディアを口に出してみる。

「ねえ、平松。16歳になったらバイクの免許を取ろうと思うのだけど」

「奥様に反対されるでしょうね」

ミラー越しに私を見ながら平松は言った。

「でも、平松も休日まで私の相手したくないだろうし。でも休日に買い物に行きたい時もあるし。あ、電車という手もあるか・・・」

「部屋にこもりがちだったのに、変わりましたね」

そう呟いた平松の言葉は、私の耳には入って来なかった。

(ま、バイクの免許を取ったところで、バイク自体がなければ意味がない。免許はバレずに済んでも、バイクを隠すのは難しいか。でも一回パスしてるし、免許取るのは簡単なんだけどな)

「お嬢様」

ふと平松が言った。

「何かしら?」

「今週の土曜日にお誕生日会があることは、お忘れでないですよね?」

(わ、忘れてた!・・・あれ、プレゼントどこ置いたっけ?)

「藤堂様のプレゼントでしたら、忘れないように保管してあります」

「あ、ありがとう」

(預かってくれてたのか。気が利く!)

私は心の中で、平松に向かって親指を上げた。

「テーブルの上に放置されておりましたので」

「あ、すみません」

心の内を見透かされているようだ。

「奥様から、言伝です」

奥様。

この言葉が口から出た瞬間、嫌な予感がした。

「月曜にやることを仰っていました。藤堂様にお会いしたら、一度断ってしまったがやっぱりお誕生日会に参加させて欲しいと謝罪も込めて頼みこむこと。そして、天城様にも参加出来るかお尋ねすること。この二点です」

「分かったわ」

私は頷いた。

「ずいぶんと素直ですね」

驚きを隠そうともせず平松が言った。ミラー越しに私の顔を何度も見ている。

(どうせ回避なんて出来ない。どんな手を使っても、私がちゃんと言われた通りに行ったかどうか調べるだろう。あの母親なら)

「…ちゃんとやるわ。気は乗らないけどね」

私は窓の方を見ながら呟いた。


ただし、私が藤堂と天城に会えたらの話だけどね!

車から降りるとすぐに、私は早歩きで校舎へと向かった。

(要は会わなければいい。クラスも違うし、お二方ともお忙しくて会えませんでした、とでも言えば問題なし!)

私は両腕を抱えながら、頷いた。

体が重い上に、少し動かしただけで両腕がびきびきと痛む。

(るーちゃんの体でバスケをしたのは、やはり無理があったか・・・)

しかし、透の細い体にさらに鞭打つ事件が起きる。



「もう、黒板消してもいい?」

日直の男子生徒が、うんざりしたように聞いた。

「も、もう少し待って下さい!」

私は急いで黒板に細かく書き連ねられている説明をノートに書き写していく。

化学の先生は、口での説明も多いため、授業中は一瞬たりとも気が抜けない。とにかく聞いたことをメモするのに、授業中は手一杯だった。

黒板は後回しにしていたら、授業終了してからの作業も多かった。しかも筋肉痛のせいで普段より書くスピードが遅い気がする。

(皆、いつの間に板書してたの~!?)

心の中で泣き叫びながら、私は汚い字であることも構わず高速で書き込む。

「次、体育だから早く行きたいんだけど」

「終わりましたわ!」

やりきったと私は(くう)に向かってガッツポーズを作るが、すぐに机に突っ伏し後悔する。

「・・・筋肉痛」

久しぶりの筋肉痛は、思ったより辛い。

「涙出そう」

そしてやっと顔を上げた時には、教室内には誰もおらず、静かだった。

「そういや、体育だ」

私は慌てて席を立ち上がり、女子更衣室へと向かった。

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