終わりと始まり
天城の思いがけない告白から数週間も経たない内に、卒業式がやって来た。桜が満開なるにはまだ早い、3月上旬。私は最後まで着慣れることのなかった丈の短い制服を見に着け、講堂へと向かった。
新しく就任した理事長や校長の言葉、在校生の言葉が数時間にも及ぶ。隣に座っている榊は、理事長が開会式の言葉を話し始めた時にはもう完全に寝ていた。しかし、私は講堂内に並ぶ赤い椅子に座った時から、涙が止まらなかった。
(るーちゃん。私、卒業したよ!)
白石透が参列することのなかった卒業式。この体に転生した時から、心に決めていた目標を達成することが出来た。感慨深さと同時に、とても清々しい気持ちで満たされていた。
「泣きすぎ」
右隣に座っている天城が紺のハンカチを渡して来た。
「ご、ごめ…」
嗚咽まで漏らし始めた私に呆れたように、ため息を吐いている。天城の隣に座っている五十嵐もすでに、腕を組んだまま眠っているようだ。
その時、堂々と壇上に登り、卒業生の代表に選ばれた成績優秀者の蓮見がスピーチを始めた。意外にも感動的なスピーチに、卒業式に飽きていた生徒たちも静まり返り、ところどこで洟をすする音が聞こえ始めた。
「…―高校生活で得たものは沢山ありますが、その中でも一番の宝物は友人です。友人がいたからこそ、僕たちは苦難にも立ち向かえました。これから各々の道を進んで行きますが、これだけは忘れないでください。人は見た目で判断してはいけないこと。第一印象とは反対に、気の合う一生の友になることもあります」
「榊だな」
隣で天城がぼそりと言った。しかし、当の本人は爆睡している。
「そして、人は変わることができる、ということです。誰かを傷つけたことがある人は、このことを特に忘れないで欲しいです。後からそのツケが回って来た時に、手遅れになることもあります。僕たちの場合は、恵まれていました。僕たちを受け入れてくれたある人に、ここで謝罪とお礼を言いたいと思います」
そこでいったん言葉を切った。
「ごめんね、そしてありがとう」
蓮見の言葉は、自分に向けられていると自然と分かった。
「もういいわよ」私は小さな声で呟いた。
彼のスピーチが終わると、講堂内は溢れんばかりの拍手で包まれた。
どこの学校ともメロディーがあまり変わらない校歌を歌い終わり、感動の卒業式が終わった。
講堂の廊下は外で待っていた家族の姿でごった返していた。両親だけでなく親戚も呼んだのか、大勢に囲まれた藤堂の姿があった。大量の花束を渡されて涙を浮かべながらも、嬉しそうに写真を撮っている。私は新鮮な空気を求めて、人混みをかき分けて外へ出た。まだ冬の名残がある冷たい空気が頬を撫でた。私は講堂を振り返った。
(これで“悲劇のフランス人形”も終わり)
ハッピーエンドを迎えたことに対して、誇らしく思う。
思い返すと、生前の学校生活よりかなり波乱万丈なことが起きた。それを乗り越えられたのも周りの協力があったからだ。
ふとここにはいない、妹の姿を思い出した。途端に目頭が熱くなる。
目を瞑り、新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
その時「おーい!」と私を呼ぶ声がした。
蓮見が講堂の近くで私に手を振っている。蓮見の近くには、深い緑色のドレスを着た女性と、ネクタイの柄が特徴的な男性が立っていた。
(あれが蓮見の両親か…)
思っていたより若いお母さんにお辞儀をして挨拶をする。間接的に関わったことはあるものの、直接顔を合わせたのは初めてだ。
「初めまして。白石透です」
緊張しながらも挨拶をすると、蓮見の母は豪快に笑いながら私の背を叩いた。
「何言ってるの!何度か会ってるでしょ!」
「とは、言ってもだいぶ昔だけどね」
急いで蓮見がフォローした。
「透ちゃん、こんなに可愛くなっちゃって。おばさん、腕が鳴るわ~。今夜も楽しみにしておいてね!」
それだけ言うと、静かな父親を連れて知り合いを見つけに行った。
(今夜…?)
「白石ちゃん、姿が見えなくなったから、探してたんだよ」
蓮見は私の先導しながら、足を進めた。校舎の方に向かっている。
「きっと驚くと思うよ」
そう言った向こうに、数人が立っているのが見えた。
「う、嘘…」
そこに立っていたのは、私服姿の伊坂と卒業式を一日早く終わらせた未央。そしてその二人の後ろには、誰よりも身長が高く、黒髪を結い上げた人がいた。卒業式に合わせたのか、ストライプのスーツを着ていた。手には大きな花束を抱えている。
「伊坂さんから連絡があって、白石ちゃんを…」
蓮見の言葉を私は最後まで聞かずに駆けだしていた。
「るーちゃん!」
自分よりも20センチも高い凛子に私はしがみついた。伊坂と未央は顔を見合わせて驚いている。
「私、卒業したよ。卒業した…」
涙がどんどんと溢れて来る。
「うん、ありがとう。本当に嬉しいわ」
頭の後ろを撫でながら凛子は落ち着いた声で言った。腕の中で震えている私をぎゅっと抱きしめてくれる。
「本当に貴女に出会えて良かった。感謝しきれないくらい感謝してる」
凛子の声も微かに震えていた。
卒業式にも嗚咽をもらすくらい泣いたというのに、またもや言葉に出来ないくらい泣き出してしまった。いつからこんなに涙腺が弱くなってしまったのだろう。中身はここにいる誰よりも年上なのに、まるで幼い子供のように泣いてしまった。
「白石さん、大丈夫…?」
未だに凛子から離れようとしない私に向かって伊坂がおそるおそる聞いた。やっと涙が落ち着いて来た私は、途端に羞恥心に苛まれた。
「お、お見苦しいところを…」
「りっくんとこんなに打ち解けていたなんて知らなかった」
伊坂が私と凛子を見比べている。
「ちょっとした仲なの」
凛子が伊坂に向かってウィンクしている。
「透、卒業おめでとう!」
思い出したように未央が花束を渡した。それに続いて、伊坂や凛子も私に渡す。
「ありがとう…」
「俺たちには?」
いつの間に合流したのか、榊が口を尖らせながら言った。天城も五十嵐も花束を持っているが、榊は手ぶらだ。
「あんたにはこれ」
未央は不機嫌そうな顔をしながら、私のより一回り小さい花束を渡している。しかし榊は貰えると思っていなかったのか、大喜びだ。
(ツンデレ…)
未だにしかめっ面を戻さない未央を見ながら、私はやれやれと頭を振った。
「この後、卒業パーティーがあるけど来る?」
蓮見が伊坂と凛子に話かけている。
「いいの?」
伊坂が嬉しそうに飛び跳ねた。
「真徳の卒業パーティーは規模が大きいって聞いていたから楽しみにしてたの。ドレスも持って来たよ!」
私の方を見ながら伊坂が笑顔で言った。
きっと以前買ってあげたドレスを持って来たのだろう。確かにあのドレスを着た伊坂は可愛かった。一度しか日の目を見ないなんて勿体ない。
「凛子さんは来ねぇの?」
榊が凛子に向かって言った。同じ秘密を共有しているせいか、親近感が沸いているのだろう。伊坂は、榊と凛子を繋げるものが思いつかず、首を傾げている。
凛子は、私たちを一度見渡すと首を振った。
「私はこれで失礼するわ」
「もう帰るの?」
私が聞くと、凛子は残念そうに眉尻を下げた。
「早乙女くんが待っているから」
「順調なんだ」
未だに頼りない後輩と結婚したことが信じられない。
「ええ。幸せよ」
そう言って照れたように笑った顔は、今までになく満足そうだった。
「凛ちゃんも、幸せになるのよ」
後ろに立っている天城を見ながら、凛子が小声で言った。
「時には自分の心に正直になるのも大事よ。頭ではなくね」
「え?」
聞き返そうとした時、蓮見が私の腕を掴んだ。
「白石ちゃん行くよ。君のコーディネートは蓮見家が任されているんだから」
「はい?」
笑顔で手を振っている凛子に後ろ髪を引かれる思いだったが、蓮見に引きずられるようにしてその場を後にするしかなかった。
その後に五十嵐が続き、榊と未央、そして伊坂も凛子に別れを告げると門に向かって歩き始めていた。しかし天城だけは、しばらくその場に残ったままだ。
「では、私もこれで」
そう言った時、天城が動いた。
「待て」
凛子は淡々とした表情の天城を見つめた。
(昔の思い出ね。もうときめいてはいない)
自分の胸に手を当てて確認する。
(あんなに好きだったのに、時間って凄いわ)
いつも嫌悪も露わにし、負の感情を隠すことのなかった彼が、今では攻撃的な様子を一切見せない。そんな彼の姿に、驚きながらも嬉しい気持ちになった。
「白石透か?」
落ち着いていた心臓がドクンと跳ねた。
凛子は微動だにしないまま、天城の顔を見つめる。
天城はどこか言いにくそうに口を開いた。
「アイツから全部聞いた。今までお前がどうやって過ごしていたかを。そして、どんな最期を迎えたのかも。謝って済むことではないが…」
凛子は手でその先を言うのを制した。
「一度も謝ったことのない海斗さまが謝罪なんて。ここまで変えた凛ちゃんは凄腕ね」
ふっと笑った顔は、幼少期の白石透の面影を思い起こした。
「俺は何も知らなかった。お前が苦しんでいたことも、周りから酷い扱いを受けていたことも。知らなかったで、許されるとは思わないが、俺は…」
語尾が小さくなっていく天城に向かって、凛子は軽く首を振った。
「私はもう過去を捨てて、前に進んでいるの。だから謝罪なんていらないわ。それより、これからの凛ちゃんのことをお願いするわね。誰よりも大事にしてほしい」
凛子は天城の方を向いた。
「私にとって本当に大切な人なの。泣かたりしたら…」
「アイツが泣くとも思わないが」
ぼそりと呟いた天城の言葉に凛子は、くすりと笑った。
「それもそうね。凛ちゃんは強いから。私の何倍も」
凛子は遠くに見える透の背中を見ながら言った。
「どんな時も一度も泣かなかったものね」
(母親に虐げられても、クラスメートに苛められても)
「・・・まあ、意外と怖がりだけどな」
そう言いながら口角を上げる天城の顔を見て、凛子は目を見開いた。
(私の前で笑ったの、初めて)
二人はゆっくりと門に向かって歩き出した。
この瞬間、二人は知らず知らずのうちにただの幼なじみに戻っていた。
「おじい様は元気?」
「ああ。時々遊びに行っている」
「そう、良かったわね。またおじい様の手料理を食べたかったわ」
「そっちは、上手くいっているのか?いきなり26になって」
「中身はまだ高校生だけど、何とかやってるわ。ただ問題だったのは、運転ね」
凛子は小さくため息を吐いた。
「凛ちゃんは、車はもちろん、大きなバイクもよく乗っていたみたいで」
「想像できるな」
天城はぼそりと呟いた。
「さすがに怖くてバイクは売ってしまったわ。凛ちゃん、怒らないといいけど」
「車、運転してるのか?」
天城に問われて、凛子は首を振った。
「無免許で運転なんて、やっぱり危険じゃない?今は早乙女くん…旦那さんに全てお願いしているの」
そう言った時の凛子の頬が緩んだのを見て、天城は言った。
「順調なんだな」
「ええ、とても」
門まで来ると、車の外で待機していた早乙女が凛子に向かって手を振った。凛子は彼に軽く手を振り返し、天城に向き直った。
「では、これで」
「ああ」
もう二度と会わないことをお互い知っているかのように、最後に一度だけ視線を合わせると、別々の車に乗り込んだ。
「大丈夫?」
早乙女が助手席に座った凛子を見た。
「ええ。過去と決別して来たわ」
どこか悲しい色を含めながらも、凛子は満足そうにほほ笑んだ。
「あら~可愛いわね!これでクイーンは決定ね!」
蓮見家の大きな鏡の前で、私は真っ赤なドレスを身に着けていた。後ろでは、針と糸を持った蓮見の母が満足そうに頷いている。タキシード姿でドアの近くで待機している蓮見に目で助けを求めるが、彼は肩をすくめただけだった。
(これはさすがに派手な気がするけど…)
レースが何段にも重なった真っ赤なドレスは、首元が大きく開いており、首には大粒のダイヤのネックレスが飾られていた。しかし、初対面の蓮見母に意見する度胸もなく、着せられるままになっていた。
「私の目に狂いはなかったわ。今回も当たりよ」
最後の仕上げを終え、蓮見母から許可が下りるとやっと体を動かせるようになった。
(今回も…?)
私の手を取って台から下ろしながら、蓮見母がウィンクした。
「私のドレスよ。透ちゃんがパーティーの度に着ていたのは」
「え、そうだったんですか?」
思わず変な声が出てしまった。毎回豪華なパーティードレスをどこから仕入れて来るのか不思議に思っていたが、まさか身近にいたとは。
「す、凄いですね・・・」
自分の語彙力のなさに呆れるが、あの豪華絢爛なドレスが蓮見母の手作りだと知った今、感嘆の声しか出て来ない。
「これからも協力してね」
「え?」
何に、と聞く前に蓮見が母親から私を引き継いだ。
「その話はまた今度ね。じゃ、行こうか」
「ちょ、何の話…?」
嫌な予感がしてならない。しかし、蓮見は聞く耳をもたず、玄関まで私を誘導すると外で待機している車へと連れて行った。前回のクリスマスパーティーしかり、今回もリムジンが用意されていた。既に車に乗り込んでいた伊坂の興奮具合は、言葉では表現できない。とにかく少しでも記憶にとどめておきたいと、写真を撮りまくっていた。しかし、私が乗り込むと、口をあんぐり開けたかと思った次の瞬間には絶賛の嵐だった。未央は控えめな黒のドレスを着ており、大人っぽい色気があった。珍しく化粧をしているからだろうか。
「さすがは、透お嬢様。一味違うね」
隣にいる未央がからかうように言った。
「本当に美しい!」カメラを構えながら伊坂が叫んでいる。
「どこにいても目立つな」とにやりと笑う榊の隣で、「やはり化けるよね、透は」と目元まで顔を隠している五十嵐が言っていた。
「もう母ちゃんが、白石ちゃんを気に入っちゃってさ~」
「油断するとモデルにされるやつね」
五十嵐がぼそりと呟き、蓮見が慌てて口を塞いだ。
「余計なことを言うな!」
「だって僕も海斗も何度も勝手に…」
蓮見の手の下で何かモゴモゴ呟いている。
「コイツの母親には気をつけろ」
天城が私を真っ直ぐ見ながら言った。
「え?」
「さ~て、出発しますかー!」
私がこれ以上話を聞かないように、蓮見は声を上げた。そしてその言葉を合図に、リムジンが動き始めた。
少し遅れて到着したせいか、パーティーは既に始まっていた。高級ホテルを貸し切っているせいか、清潔感漂うロビーから真徳の卒業パーティーの参加者である派手な格好をした人たちが目に留まった。自分だけが大げさな格好をしているのではないと気付いて、安堵のため息を漏らす。
青の生地に金色の刺繍が入った分厚いカーペットの階段を登り、パーティー会場へと向かうが、どこもかしこも大勢の人で溢れかえっていた。伊坂は、ホテルに一歩入ったあたりから萎縮し、静かになったと思ったら未央の腕にしがみついていた。
「結構、人いるね~」
開け放たれたドアから、会場内の様子を伺っていた蓮見が言った。
卒業生以外にも関係者であれば参加できるパーティーのため、かなり多くの人が集まったようだ。立食式のパーティーではあるものの、ところどこに置いてある丸テーブルは既にどこも人で埋まっていた。
「卒業生でいらっしゃいますか?」
ドアの入り口に待機しているスーツに白手袋をした男性が、蓮見に声を掛けた。蓮見が頷くと、襟元のマイクに何やら話かけ、背伸びして奥の方を見た。
「あちらの、手を挙げているスタッフのところに一つ空いているテーブルがあります」
会場は体育館がすっぽり入ってしまうほど、大きい。その端の方に行くと考えるだけで、足が痛くなった。既に盛り上がっている会場内を通っていくのは難しそうなので、廊下から一回りして端のテーブルに近いドアから入ることにした。床がカーペットのせいか、ヒールが引っかかって何度もつまずいてしまう。
三回ほど転んだところで、両脇から支えられた。
「本当、見てられないね」
「まだ慣れないのか」
右からは五十嵐、左からは天城が私の二の腕をしっかり持って倒れないようにしてくれた。
「・・・お手数おかけします」
私は小声でそう言うと、ヒールを立て直し、体勢を整えた。
「あの。もう、大丈夫です…」
腕から手を離さない二人を交互に見て私は言った。
「不安」
「ちょっと説得力ないかな~」
しかし、二人に腕を掴まれたまま会場に入るのは何とも無様に思えて仕方ない。最後の日に変に注目を浴びるのも避けたかった。
「わ、私が二人の腕を掴めばいいんじゃない?」
(これなら、こけないように支えてもらっても違和感はないでしょう…)
年下に頼るというのは少しプライドが傷つくが、その提案が悪くないと思ったのか二人は手を離した。私は二人の腕に掴まり、ヒールを引っかけないようにゆっくり歩いた。
「遅い」
「亀並みだね」
前を歩いていたはずの蓮見、榊、未央や伊坂の姿は既になかった。
「先に行ってくれてもいいのに」
ぼそりと私が呟くと、天城が私の額を軽く叩いた。
「置いて行く訳ないだろ」
「素直に甘える方法を知らないっていうのも問題だね」
五十嵐がやれやれと首を振っている。
「あ、ありがとうございます…」
私が小さな声でお礼を言うと、天城と五十嵐は軽く笑った。
亀のように遅い私たちがテーブルにたどり着いた時、ちょうど今年のキングとクイーンを発表するところだった。
「ずいぶんと遅かったね」
未央の隣に転がるように入り、私はため息を吐いた。
「ヒールが履き慣れなくて。ドレスも動きづらいし…」
「ドレスなんて着慣れてると思ってた」
未央がわざとらしく驚いたように目を見開いた。
「真徳のお嬢様たちはパーティー三昧でしょ?」
「一部はね」
藤堂が取り巻きと乾杯している姿を遠くに見つけて私は呟いた。
「そうだった。透はスポーツ女子だったね。克己から色々と聞いてるよ」
未央は肘で私を突いた。
「何を?」
蓮見と何やら楽しそうに話している榊の横顔をちらりと見た。
「友達が一人もいないから、筋トレばかりしてるって」
「そ、そんなことない」
私は小声で反論した。
「伊坂さんがいたよ!ただ、途中で転校してしまっただけで…」
「私も友達いないから、そんなムキにならなくて大丈夫」
私の背中を慰めるように撫でながら、未央は笑っている。
未央の「友達がいない」という言葉で思い出したことがあった。
「そう言えば。解決したの?あのクラスメートの件」
司会の邪魔にならないように、囁き声で未央に聞いた。
「う~ん。とりあえず幸田ジムで防御方法を習ってからは、あまり怪我はしなくなったかな」
(と、言うことは、虐め自体は続いたのか…)
私は未央を見つめた。
(私は周りに支えてくれる人がいたから耐えられたけど、未央は一人だもんな…)
「ちょっと。哀れな顔をするのやめてくんない?もう卒業したんだから」
「ご、ごめん…」
慌てて謝り、ふと疑問になったことを口にした。
「卒業後は大学だっけ?どこ大?」
「星心女子大学。そこで児童保育を学ぶつもり」
それを聞いて思わず、大声を上げそうになった。
「近い!私、知星大学なの」
「めっちゃ近いね!」
未央も同じように興奮している。
「大学周辺にお洒落なカフェが沢山あるの!学校帰りに、一緒にカフェ行ったりでき…」
未央がそこまで言いかけて、口を閉じた。
何事かと思ったが、一緒のテーブルにいる全員が私のことを見つめていることに気づいた。いや、テーブルにいる皆だけではない。会場全体が、私を見ていた。
「な、何…?」
隣にいる未央に聞いたが、私と話すのに夢中になっていた彼女も何が起こっているのか分かっていない。
「白石ちゃん!ほら、行かないと!」
司会の話をきちんと聞いていた蓮見が、私を呼ぶと舞台に上がるよう施す。
「…え、なんで?」
その場から離れたくない気持ちでいっぱいだが、会場からは拍手が起こり、舞台に上がらざるを得ない空気を出している。私は人の視線を背中に浴びながら、舞台に近づいた。
司会の人の前に立つと、スーツを着た彼は私にお辞儀をし、後ろに控えている人が持っていた箱から仰々しく何かを取り出した。キラキラと光る大きなティアラのようなものを、私の頭に乗せると、マイクを持った。
「今年のクイーンに選ばれたのは、3-Aの白石透さんです!おめでとうございます!」
会場が割れんばかりの拍手で溢れた。指笛を吹く音さえも聞こえる。
(く、クイーン・・・。私が・・・)
頭の中がまだ整理出来ていないせいか、司会がクイーンに選ばれたいきさつを話していても耳に入って来ない。何か言われても「はあ・・・」や「嬉しいです・・・」しか言えない。スポットライトの光が熱いせいで、頭がクラクラしてきた。
何やら長い褒め言葉を並べたあと、私に巨大な花束を渡して来た。
「あ、ありがとうございます・・・」
未だ夢うつつ状態で司会者と握手を交わす。
司会者は満足げに頷いてから、マイクに向き直った。
「では、キングの発表です」
懐から白い封筒と取り出し、長い時間を溜めてから勿体ぶって口を開いた。
「今年のキングは…」
会場がしんと静まり返っている。
「同じく3-Aの天城海斗さんです!」
またもや会場が沸いた。今度は女子の悲鳴に似た歓喜の声も聞こえた。
「体育祭でのどんでん返し劇に、多くのファンが付いたようですね~。特にあのリレーの後、陸上部に入部する一年生が増えたようですよ」
蓮見や榊に背中を叩かれ、天城が舞台に上がって来た。緊張した様子は全くなく、いつもように無表情のままだ。司会者がどれだけ絶賛しても「どうも」としか言わない。
大きめのクラウンが天城の頭上に乗せられ、花束を渡されているのを見て、やっと解放されると思った。
「それでは、クイーンの白石透さんから何か一言!」
とんでもないことを司会者が言った。
(はっ?)
いきなり表舞台に引っ張り出され、緊張で全身汗まみれだと言うのに、今度は何か言わなくてはいけないなんて、拷問すぎる。
花束を持っている手が震えている。司会者はマイクを私の前に持って来たまま、私が何か言うのを待っている。
私は唾液を飲み込むと、口を開いた。
「えーっと…まさか自分が選ばれると思っていなかったので、戸惑っています…」
小さな声で私は言った。皆の視線が怖くて冷や汗が止まらない。しかし「透、最高!」と榊が叫んだのを聞いて、少しだけ気持ちが落ち着いた。
私は目を瞑り、深呼吸をしてから話し始めた。
「・・・大変な高校生活でした。世の中には色々な人が存在していることを知りました。私の味方になって側にいてくれる人たち、私を批判する人たち。でも、それでいいって思えるようになりました。自分らしく生きる以上に、大切なことはないと思います。世の中何が起こるか分かりません。不思議な繋がりから友人が増えることも、その友人との思い出がこんなにも大切に思えることも、私は全く想像していませんでした。これから私たちは別々の道を歩くことになりますが、私はここで出会った大好きな友達のことを一生忘れることはないでしょう。最後に、私に投票してくれた方々に、お礼を言いたいと思います。ありがとうございました」
体が熱くて仕方がない。毛先から体内の臓器まで全てが震えている。スポットライトが眩しすぎて、頭がぼうっとする。天城のスピーチの内容など全く入って来ない。舞台を降りてもいいと許可を貰えると、拍手に包まれた会場の中、私は冷たい空気を求めて外へ出た。
あまりに緊張していた私は、この日のスピーチのことをそこまで覚えていなかった。




