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お買い物 2

「まどか、恥ずかしい?」

隣で沈黙している妹の顔をのぞき込んだ。

「…少し」

今私たちは先ほど買い上げたお揃いのワンピースを着て歩いていた。

アイスクリーム片手に、手を繋いで歩いているため、通りすがる人たちに「可愛らしい姉妹ね~」と声をかけられる。

(可愛い妹とお揃いコーデなんて、今なら誰に平手打ちされても許せそう!)

心の中で叫んでいると、半歩下がって付いてきていた平松が言った。

「お嬢様、そろそろお誕生日プレゼントの方を」

「あ、そうだった。完全に忘れたわ。何がいいかしら」

思わず、立ち止まる。

有名なブランド店がいくつも立ち並んでいるが、どれか正解か分からない。

そもそもお金持ちのお嬢様が欲しがるものなんて、微塵も思いつかない。お金があるのだから、わざわざ買ってあげなくても既に持っていそうだ。

(漫画に描いてあったっけ…?)

頼りない記憶を手繰り寄せようと努力するが、藤堂へのプレゼントなんて全く思い出せない。

「お姉さま。藤堂さまは、限定品に弱いと聞いたことがあります」

まどかが私を見上げた。

「限定品?」

「バッグとかどうでしょう」

妹が私の手を引き、ある店へと足を進める。

「いらっしゃいませ。あら、白石のお嬢様。今日はお姉さまとお買い物ですか?」

先ほどの子供服の店員より、二回りほど年齢を重ねた上品な女性が近づいてきた。デパートの制服の胸元には、原田と書かれたネームプレートが光っている。

店員がまどかの顔を知っていることに驚いていると、こっそりと妹が私に耳打ちした。

「お母さまがこのお店のお得意様で、よく来ているのです」

(なるほど)

すぐさま理解した。母親は、透を誘うことなく妹だけを連れて来ているということを。

「何かお探しものがありますか?」

美しい営業スマイルで原田が聞いた。

「ええ。何か限定品はないかと」

私も負けじと上品に笑って返す。

それならば、と原田は嬉しそうに私を先導した。

「こちらの商品、この春限定のバッグです」

(え、ちっさ・・・)

心の中で思わず突っ込んでしまった。

春仕様の薄桃色の手の平サイズのバッグ。金色のロゴのキーホルダーが高級ブランドを主張するかのように輝いている。バッグの内側は、スカーフのようなカラフルな柄だった。一見シンプルだが、中を見ると落ち着いた派手さも兼ね備えている。

「当店人気商品となっております。この色は残り一点になります」

(これ何が入るの?ハンコ?)

人気の理由を理解出来ないでいると、隣で妹が言った。

「数はどれくらい出ていますか?姉のお友達の誕生日プレゼントにと思っていますが、既に多くの人が買っていたらと思うと」

「まどか・・・」

(な、なんて出来た妹なの・・・!私なんてバッグの小ささに気を取られていたのに!)

原田は横に振り、笑顔を絶やさず言った。

「当店でこの商品は三点しか扱っておりません。二点を購入されたのは、別の店舗で売り切れた為に、お取り寄せを希望されたお客様です。この地域の方ではありません」

「では、それを頂きますわ」

私はそう言いながら、心の中で盛大に妹に感謝した。

「何か欲しいものある?」

会計の途中、隣で静かに待っている妹に声をかける。

妹は驚いたようだったが、すぐに首を振った。

「じゃあ、他を回りながら欲しいもの探しましょ」

私の笑顔につられてか、まどかの頬が少しほころんだ。

店員が金額の書かれた値札を私の方へ、差し出した。

「103万円になります」

「ひゃくさっ…」

思わず出た言葉を、ごほごほと咳でごまかす。

「大丈夫ですか?」

「え、ええ。ごめんなさい」

いつの間にか近くにいた平松が、水のペットボトルを渡してくれた。

(103万?このちっこいバッグが?まどかのワンピースより値が張るとか、何か癪だな)

再度ブラックカードを出し、プレゼント用に包んでもらう。

「私は、奥様にご報告してきます」

平松が静かに言った。

「ちょ、ちょっと待って。ご報告って…」

私は慌てて平松を呼び止める。平松は瞼を伏せ、首を横に振った。

「まどか様がご一緒だったことは伏せておきます」

(ナイス、平松)

その後ろ姿を見ながら、まだ平松が自分の味方であることに安堵の息を漏らした。

「さ、今度はまどかの買い物ね!」

プレゼント用に丁寧に包まれたショッピングバッグを受け取った時、ちょうど戻ってきた平松が言った。

「お嬢様、申し訳ございませんが。そろそろまどか様の習い事のお時間です」

「え、そうなの?」

店の外に向かいながら、私は妹に尋ねた。妹は俯き加減に頷いた。

「習い事は何時から?」

「14時からです」

妹の代わりに平松が答えた。

モールの中心部になる広場にある大時計に目を向けると、もうすぐ13時になるところだった。

「でも平松。私たちランチもまだだし、まどかの買い物も・・・」

「ランチは私が買います。今日はここまでにしましょう」

(お前は、秘書か!)

妹に視線を向けると、平松に同意するように頷いた。

「今日はこれで終わりにします」

「でも・・・」

「お嬢様。まどか様が習い事に遅れたと報告があれば、奥様が激怒する相手はお嬢様ですよ」

(それは、平松が黙っていればいい話じゃ・・・)

「私以外にも報告者がいることをお忘れなく」

私の心の内を読んだのか、平松が冷静に言った。

(エスパー)

「・・・仕方ない。今日のところは、私が折れてあげる」

小さくため息を吐き、それから無表情の妹に向かって笑顔を向けた。

「近いうちにまた買い物しましょう」


家に帰宅すると、途端に疲れが襲ってきた。

買ってきたプレゼントをテーブルに置き、リビングにある10人掛けの革のソファーに倒れ込んだ。

「ああー疲れた。お買い物って疲れる」

だけど、正直言うと、今までの人生で一番楽しい買い物だった。

ごろりと寝返りをうち、天井を見上げる。

(服を買うのが楽しかったのは、初めてかもしれない)

そして、ワンピースを着たのも。

「るーちゃんになれて良かった・・・」

今回、妹とお揃いの可愛い服を着られたのは、白石透の外見のおかげだ。

(何着ても似合うるーちゃん。ありがとう!)

私はそのまま瞼を閉じると、いつの間にか眠りについてた。


「お姉さま」

声をかけられ、私ははっと目を覚ました。

「大丈夫ですか?」

妹が心配そうな顔で顔をのぞき込んでいる。

「あれ、おかえり。早かったね」

目をこすりながら、起き上がる。

「もう7時です。お夕飯は食べました?」

「え、もう7時?」

なんと、6時間近くも寝ていた。

「お夕飯がまだでしたら、一緒に出前取りますか?」

妹は手慣れた手つきで、冷蔵庫横にしまってある出前のチラシを取り出すと、テーブルの上に広げた。

「私はフレンチにしますが、お姉様は?」

「ん~。じゃあ、私はピザで」

私が何枚もある出前用のチラシを見ながらそう言うと、妹は目を丸くした。

「ぴ、ピザですか?」

「うん。好き?一人じゃ多いから一緒に分けようね」

ソファー近くに置いてある固定電話に手を伸ばし、自分にはピザとチキン、妹用にハンバーグセットを注文した。

「荷物置いてきます」

妹は丁寧にそう言うと二階へ上がって行く。

「私も行く~」

その後ろを追いかけ、自分もふわもこの部屋着に着替えた。


夜8時過ぎ。

お待ちかねの出前が到着し、二人で夕飯となった。

部屋の中は二人きりのせいかしんとしているが、全く気にならなかった。

「どう、美味しい?」

目の前で上品にハンバーグを食べているまどかに聞いた。

「普通です」

可もなく不可もなくといったところか。

「お姉さまは、その・・・ピザ美味しいですか?」

「食べる?」

先ほどから私が食べているところを見ているのには気づいていた。

しかし妹は私が差し出したピザを見つめるだけで、受け取ろうとしない。

「もしかして、お母さんに反対されてる?」

妹は戸惑いがちに頷いた。

「パスタはいいけど、ピザはだめだと…」

「なんで?」

「ジャンクフードを食べたら、頭が悪くなるって」

(なんじゃ、そりゃ)

「確かにジャンクフードは毎日食べていたら体壊すかもしれないけど、たま~にだったら大丈夫」

「うん・・・」

ぎこちなくピザに手を伸ばし、口に運ぶ妹。

「どう?」

「美味しい・・・」

「でしょ」

思わず笑いが漏れてしまう。

「こうやって時々、お母さまには秘密にして食べようね」

誰もいないのに、私は小声で言うと妹は嬉しそうに頷いた。

(それにしても…)

冷蔵庫横の出前のチラシの束を見つめた。

(ジャンクフード云々言う前に、ちゃんと食の面倒を見なさいよ・・・。小学生に一人で出前を取らせる親ってどうなの)

「明日も、出前?」

私が言うと妹が「はい」と答えた。

「土日はお手伝いさんがお休みなので…」

「明日は、私がご飯作ってあげるわ」

「お姉さまが・・・?」

妹の表情にはピザの嬉しさは一切消え、疑いのまなざしだけが残っていた。


あれ、るーちゃんって料理も出来なかったっけ・・・?

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