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クリスマスパーティー

教室内が乾燥している。乾いた唇を舐め、唾をのみ込んだ。喉はカラカラに乾いているのに、手に汗をかいていた。嫌に時計の音が大きく聞こえる。長時間同じ体勢でいるため背中が痛くなって来たが、その姿勢を崩せない。見直しをしようとページをめくったところで、試験終了を知らせる鐘がなった。

「では、筆記用具を置いて下さい」

試験官が教壇の前に立って言ったのと同時に、私はやっと深呼吸が出来た。

(やれるだけやった…)

息を詰めていたのは、私だけではなかったようだ。クラスのあちらこちらから、大きなため息を吐いている音が聞こえた。

試験官が答案用紙を回収にくる間、私は筆記用具を筆箱にしまった。そして、ふと消しゴムに目を止めた。消しゴムのカバーを外すと、自分で大きく書いた〈合格〉の文字が現れた。しかし、それを裏返してみると、赤、青、緑、黒の文字で書かれた決してきれいな字とは言えない〈合格〉の文字が4つ書かれていた。

思わず思い出して笑みが零れた。

みんなで消しゴムに〈合格〉と書いて、お互いを応援し合おうと言い出したのが、さんざん私を馬鹿にしていた榊だから驚きだ。クリスマスパーティーの時、5人分の消しゴムを用意していた榊にそそのかされ、私たちはそれぞれの分に〈合格〉の文字を書いた。

(クリスマスパーティーと言えば…)

回答用紙を試験管に渡しながら、クリスマスパーティーのことを思い出していた。



「お嬢様、お客様がお待ちです」

いつものように支度に何時間もかけてから私は玄関口に立った。今回は、去年のハイヒールでの怪我を教訓とし10センチ以上のヒールは避けてほしいと伝えていたため、8センチのベージュ色のピンヒールが採用された。前回は大きな蝶が飾られていたが、今回は大きな花が付いている。ドレスはというもの、淡いピンクと水色を重ねたレースが特徴の、まるで綿あめのようなドレスが用意された。繊細に作られた靴が目立つようにひざ下は足が見えるようにカットされているが、後ろはひきずるくらい長い。今年も気合いの入ったドレスで、会場に行く前から恐縮してしまった。髪は首の後ろで編まれ、頭上には小さなティアラが乗せられた。

派手すぎではないかと恥ずかしい一方で、妹の目の煌めきは本物だった。「お姉さま、きれい!女神様みたい!」を連発され、気分が上がってしまったことは否めない。

今回こそは自力で靴を履き、ドアを開けて待っている平松の腕に掴まった。

「お嬢様、お綺麗ですね」

優しく笑いながら平松は軽くお辞儀をした。

「ありがとう」

(るーちゃんの見た目ですから)

どこか誇らしく感じながら、私は家の前に停めてある車へと足を進めた。

しかし、車の前には一人ではなく数人並んでいることに気づいて私は立ち止まった。

私を迎えに来るのは榊のはずだ。…そう、榊“だけ”のはずだった。

「おお!白石ちゃん美しいねぇ!」

タキシード姿の蓮見が言った。隣に腕を組んで立っている黒いスーツの天城や、珍しく前髪を上げている五十嵐にも目をやる。

「どこぞの姫みたいだな」

榊は目を丸くしながら、なぜかスマホのカメラを私に向けている。榊も驚いたことにきちんと正装していた。しかし金髪をオールバックにしているため、怖い印象は変わらない。

「な、なんで、皆がいるの…?」

平松が先を促すので、私はまた足を前に進めた。

「いや~、なんとなく?」蓮見が頭をかいた。

「誰も譲らないから」

五十嵐が青い瞳を向けた。

「俺、ダンス出来ねぇし」

榊がちらりと蓮見を睨んだ。この様子を見ると、あの奇妙なダンス対決は蓮見が勝ったようだ。

「ダンス出来ない人は、カップルチケットが貰えねぇって…」

ぶつぶつ言っている榊の言葉を遮って、蓮見が明るい声で言った。

「ということで、皆で来ました~!さ、乗って!」

またカラオケの時のように窮屈な状態で車に乗るのかと思ったが、彼らの後ろに控えていたのは、いつもの5人乗りの高級車ではなく、白いリムジンだった。

「写真でしか見たことないやつ…」

私は口の中で呟いた。嬉しさと興奮で心臓がドキドキと鳴っているのが分かった。

「皆さん。行く前に写真撮って行かれませんか?」

丁寧に平松が提案し、なぜか私を真ん中にしてリムジンの前で5人並んだ。

その写真が、母親だけでなく蓮見母にも渡ると思うと複雑な気持ちになった。どこまでも拡散されることになるだろう。



「あの?帰られないのですか?」

上から声を掛けられて私は我に返った。いつの間にか教室には誰もおらず、私だけ一人椅子に座っていた。相当長いことぼうっとしていたのだろう。

「す、すみません。すぐ、出ます!」

「いえ、ゆっくり支度して下さい。本日はお疲れさまでした」

そう言うと試験官は、丁寧に頭を下げて教室を出て行った。

私は鞄に筆記用具を突っ込み、急いで教室を出た。

「雪だ…」

外に出ると、灰色の空からゆっくりと雪が舞い降りてきた。まるで綿毛のように、宙で踊るように回転すると地面に吸い込まれて消えて行く。

「きれい…。けど、寒い!」

私はマフラーをもう一周巻き、平松が待っている駐車場へと足を速めた。

平松は傘を持って、校舎に来るところだった。私の帰りが遅いのを心配したのか、コートも着ていない。

「ごめんなさい!ぼうっとしてた!」

温かい後部座席に乗り込み、私は肩の雪を払った。

「学生はどんどん帰って行くのに、お嬢様だけ戻って来ないので心配しましたよ」

運転席に乗り込んだ平松が言った。

「試験の出来が悪くて落ち込んでいるのかと」

「ちょっと!不吉なこと言わないでよ…」

私がむっとして言うと、平松は軽く笑った。

「その様子だと大丈夫そうですね」

車はゆっくりと雪の中を走り出した。

「雪の予報ではなかったんですけどね」

平松が前を向いたまま、小さく呟いているのが聞こえた。

私は外を眺めながら、ひんやりと冷たい窓に額を付けた。

さっきクリスマスパーティーのことを思い出したせいか、あの日のことがまた記憶から蘇る。

「そういや、あの日も雪だったな…」



白いリムジンで学校へ向かう途中から、雪が降り始めた。

ダンスが出来なくてもカップルチケットの登録が可能と知った榊は、蓮見を追い回した後、私とチケットを受け取った。しかしその後から、天城と五十嵐の様子がおかしくなった。二人とも黙ったまま、不機嫌そうに腕を組み、会場の端で壁に寄りかかっていた。今日の為に可愛く着飾った女子たちがダンスに誘って来ても、無視を決め込んでいる。藤堂は数回、天城の気を引こうと頑張っていたが、天城は目すら合わせない。結局、藤堂はもっとちやほやしてくれる男子を求めてその場を離れた。

「なんで怒ってるの?」

壁に背を預けて立っている二人の顔を覗き込んだ。

天城は目も合わせてくれないが、五十嵐は口を開いた。

「なんで榊なの?」

私はまじまじと五十嵐を見つめた。

「怒っている理由ってそれ?」

黙って蒼い瞳を細めた五十嵐に、私は肩をすくめて説明した。

「榊が悲しそうだったから。私が参加しないって言った時の顔が印象的で。榊には、いい思い出を残してアメリカに行ってほしいの」

「俺も来年からフランス行っちゃうよ」

五十嵐はどこか不満そうに言った。

「ええ。寂しくなるわね」

「遊びに来てくれる?」

「行けたら行くわ」

「約束ね」

私の手を掴み、勝手に指切りをする五十嵐。

五十嵐の留学先はパリの近くだと言う。家族旅行で行き損ねたパリには観光したい場所と食べたいものがたくさんあった。もし本当に行けたらと考えると、表情には出さないが、内心ワクワクしていた。

その時、タキシード姿の先生が慌てたように駆けて来た。

「五十嵐くん、やっと見つけた!お願いがあるんだけど…」

丸メガネをかけた背の低い先生には見覚えがあった。高2の選択授業で音楽を取った時にお世話になった先生だ。

「ピアノをお願いしてた人が、雪が原因で遅れているらしくて。少しの間だけ、演奏をお願いしたいんだけど」

五十嵐は先生相手にも遠慮なく「えー」と嫌がっている。

「お願い!数曲だけでいいから…」

「えー」

「最後だし、お願い聞いてあげたら?」

「えー。面倒臭い」

頑なに首を横に振る五十嵐に、何か手はないかと音楽の先生は唸っている。

「分かった!あれをあげる!究極の眠れる君!」

全く相手にしていなかった五十嵐の眉が動いた。

「ほんと?」

「やってくれるね?」

「約束は守ってね」

「もちろん!じゃあ10分後にステージで!」

「りょー」

言うが早いか姿を消した先生の後ろを姿に向かって、五十嵐は手を振った。

「眠れる君って何?」

私は、上げていた前髪を元に戻し、目元を隠している五十嵐に向かって聞いた。そう言えば、さきほど天城に女子が群がっていた時も顔を横に背けていた気がする。

「透、〈究極の眠れる君〉知らないの?」

信じられないと言うように五十嵐は、私に顔を向けた。髪の間から覗く蒼い目が、まるで「フランスの首都がパリという常識を知らないの」とでも言っているようだ。

「し、知らないです…」

「座った者を一瞬で眠らせる巨大なクッションだよ」

やれやれと頭を横に振りながら五十嵐は言った。

「体の形に合わせて変形してくれるから、どの体勢になっても気持ちよく眠れるんだ。中々手に入らない代物で…――」

五十嵐の語りは止まらない。そのクッションの良さはそこまで伝わらなかったが、睡眠への愛が誰よりも深いことだけは分かった。

「そろそろ行かなくていいの?」

今度は睡眠用CDについて語り出した五十嵐を制して、私は言った。

「そうだね…」

話を中断されて明らかにがっかりした様子の彼に、心が少し痛くなった。

「ここで聞いてるから」

私がそう言うと、五十嵐は大きくため息を吐いた。

「適当に弾いて、さっさと帰って来る」

「いってらっしゃい」

肩を落としながら、だるそうにその場を離れる五十嵐の後ろ姿を見送る。

本人は“適当”と言っていたが、五十嵐の演奏が始まると会場の雰囲気が一気に変わった。盛り上がるダンス音楽から、しっとりとした音楽に変化したせいか、彼の技術のせいかは分からないが、お祭り騒ぎの雰囲気から少しずつロマンチックな空気に変わっていった。

会場のど真ん中に飾られている巨大なクリスマスツリーの横では、さきほどまでケンカしていた蓮見と榊が、曲調が変わったにも関わらず、楽しそうにはしゃいでいる。

私はヒールで立っているのが辛くなり、少し先に椅子を見つけて腰かけた。

五十嵐の演奏をしっかりと聴いたのは初めてだという事に気づいた。旧生徒会室に集まっていた時、暇だからと弾いていたことはあったが、途中からふざけ始め、美しいクラシック音楽に耳を傾けていた私たちをからかうように、途中途中に有名なCM曲を入れ込んだりして遊んでいた。

「やはり聴かせるわね」

私は小さくそう呟いていた。

「あの、お一人ですか?」

タキシードを着た一人の男子生徒が、遠慮がちに声をかけて来た。見覚えのない顔ということは、学年が違うのかもしれない。

「もしかして、白石先輩ですか?」

私の顔をまじまじと見ていた生徒が言った。

「え、ええ…」

私が答えると、生徒は嬉しそうに手を叩いた。

「先輩にここで会えるとは思わなかったです!体育祭の時、見てました。リレー、凄くかっこよかったです!見た目とは全く想像つかないくらい、足が速くて・・・」

驚いている私をよそに、男の子は思い出すように話し続けている。

「途中、体当たりされた時には皆で息を呑んだんですよ。でもその後、天城先輩が追い上げて優勝するなんて」

それから、私の方を向いた。

「俺、マジで感動しました!」

「ど、どうもありがとう…」

それから右手を私の目の前に差し出した。

「良かったら、ぼくと一曲踊ってくれませんか?」

「え、えっと…。私、ダンスはちょっと苦手で…」

男の子は明らかにがっかりした様子だった。

「最後の思い出に、先輩と踊りたかったのですが…」

あまりに男の子が悲しそうに肩を落とすので、私は思わず口走ってしまった。

「す、少しなら…」

「本当ですか!?」

(なんで泣きそう顔をしている人に弱いのよ、私はー!)

内心自分に嫌気が差しながら、前言は撤回出来ないことを悔やんでいると、後ろで声がした。

「何してんの?」

天城が眉間に皺を寄せて、腕を組んで立っていた。

「て、天城先輩!」

男の子が叫んだ。自分の20センチ以上は高い天城を、目を輝かせて見上げている。

「ダンスに誘われたの」

私は立ち上がり、私と身長が同じくらいの男の子の隣に立った。

天城は無言だったが、目が「ダンス下手なお前が?」と物語っている。

「て、天城先輩!俺たち、本気で先輩に憧れているんです!バスケの試合も、リレーの時もマジでかっこよかったです!」

完全に私と話した時よりもテンションが上がっている。

「どうも」

しかし天城は全く興味がないのか、私から目を離さないまま単調に答えている。

「天城先輩、一緒に写真撮ってもいいですか?」

「今度ね」

そう言うと、天城は私の手首を掴むとステージの近くへと連れて行った。

最後だから一緒にダンスをとお願いして来た少年は、そのことは完全に頭から消えたのか、後ろから「次会う時にはカメラ用意しておきます!」と天城に向かって叫んでいた。結局、アンカーで怒涛の追い上げを見せつけた天城の方が魅力的だったという事だ。

(コイツに勝てる日は来ないな…)

立ち止まり、私の方に体を向けた天城に視線を向けた。

「睨むな」

天城はそう言いながら、私の腕を引き寄せると、腰に手を回した。

(こ、この体勢は…)

私は恐る恐る、顔を上げた。

「も、もしかして踊るの?足、踏むよ?」

「踏まないように努力しろ」

「そう言われましても…」

五十嵐が弾いているスローな音楽に合わせて、ゆっくりと足を動かす。足元を見続けながら慎重に動いていると、天城の足が止まった。

「白石」

顔を上げると、至近距離に天城の顔があった。眉間に皺はなくなり、普段の無表情に戻っている。

「な、なに?」

何かしでかしたかと恐縮しながらも体を離した。

「婚約解消の件なかったことにするから」

彼の言葉が脳内で処理されるまでに時間がかかった。

「どういうこと?」

言っている意味がよく分からなくて、聞き返した。

「そのままの意味。俺たちは婚約を破棄してないことにしたい」

「えーと…。なぜ?」

天城が婚約破棄すると言い出してから既に数年が経っている。不思議なことに、親の耳にはまだ入っていないものの、同じ学年の生徒は全員知っている。後輩たちも天城に婚約者がいないと思っている人が多いのだろう。だからこそ、天城を狙っている女子も多い。

「俺は」

天城は視線を外し、足元を見つめている。

「ガキだった俺を殴りたいくらい、お前にああ言ったことを後悔している。もし時間を戻せるなら、やり直している」

それから顔を上げて、私の瞳を捉えた。

「俺は、お前を手放せない」

体中の熱が顔に集まるのを感じた。お腹の奥の方で、小さな動物が暴れまわっている。

(ど、どうしてコイツはいつもこう直球…)

耳の奥まで響く心臓の音に気づかれないように、少し天城と距離を取った。

天城が続けた。

「お前がまだ俺を子供として見ているのは分かっている。だけど、このままだと誰かに奪われそうで嫌だ」

「嫌だ、と言われましても…」

破裂しそうな心臓を抑え、私は深呼吸を繰り返す。ときめいてしまいそうな心臓に呪文のように繰り返し呟き、心を落ち着かせる。

(相手は高校生。相手は高校生…)

天城は私の両腕を掴むと、言った。

「白石透。俺は…」

「はい。そこまで~」

いきなり私たちの間に、長い腕が割って入った。

「おい」

苛立ちに満ちた声が天城の口から漏れた。

「今、大事な話してたんだけど」

「海斗。抜け駆けは良くない」

五十嵐は首を振った。

途中で演奏を抜け出して来たのか、会場を包んでいた音楽がぴたりと止んでいる。

(何が起きている…?)

「五十嵐くん!」

ステージ横にいた音楽の先生が慌てた様子で、階段を下りて来た。

「なんで演奏をいきなり…」

「ちょっと野暮用ができちゃって」

天城の顔を真っ直ぐ見据えながら五十嵐が言った。五十嵐の表情から、なぜか苛立っている様子が見て取れた。

「野暮用って…」

しかし先生がそう呟いた時、ピアノの演奏が再開した。

「あ!到着したんですね!」

雪で足止めを食らっていたピアノ演奏者がステージに現れ、先生は安堵のため息を吐いた。そして、そのままステージにあがると、演奏者と二言三言話し、舞台のそでに姿を消した。

「あの~。一体何が…」

私は二人の間から溢れるどす黒い何かを感じ取りながらも、口を開いた。先ほどまで両腕を天城に掴まれていたが、それは外され、今は五十嵐が片方の腕を掴んでいる。

「抜け駆けではない」

天城が言った。

「抜け駆けでしょ。パートナーでもないし、もう婚約者でもない」

五十嵐がそう言うと、天城の眉間に深い皺が刻まれた。

「お前には関係ない」

「関係あるよ」

そう言うが早いか、五十嵐は私の肩を組んだ。

「だって僕、透のこと好きだし」

(…はい?)

私は耳を疑った。

「は?」

天城の目が細められた。

「お前、前と言っていることが変わって…」

「うん、分かってる」

五十嵐は手に力を込めて言った。

「最初は、面白そうな小動物程度にしか興味なかったけど」

(面白そうって…。私は珍獣かよ)

半ば呆れすぎて、突っ込む気にもならない。

「透の近くにいるにつれて、僕も好きになった」

「本気?」

言わなくても天城が激怒しているのが分かる。

「本気」

五十嵐が受けて立つとでも言うように、天城を見た。

二人が静かに睨みあっているところを、私はパチンと手を叩き、間に入った。

「はいはい。盛り上がっているところ、ごめんなさいね~」

明らかに拍子抜けしたような表情になる二人。

私は腕を組んで言った。

「あのね。二人とも勘違いをしてる」

「勘違い?」

天城が私の方に目を向けた。

「そう。天城もそうだけど、きっと五十嵐もね。あなたたちは、別に私に恋愛感情を抱いているわけじゃないの」

五十嵐が何か言おうと口を開きかけたが、私は手で制した。

「ただ単に面白がっているだけ。私の存在は異質でしょ?だから、興味を持っているだけで、これが巷で言う〈恋〉ではないのよ。ん~と、分かりやすく言うとなんだろう。例えば、宇宙人がいたとする。もちろん興味を持つわよね?だからその宇宙人のことを色々調べたり、詮索したくなる。でも恋愛感情は抱かないじゃない?だって人種が違うもの」

彼らの私に対する気持ちは、好意ではないということを説明するために話したつもりだったが、最初こそ驚いていた二人の表情も、次第に奇妙な生物を見る目つきに変わって来ている。

「つ、つまり、私が言いたいのは。あなたたちの〈好き〉は恋愛の好きではないってこと」

そう締めくくったと同時に五十嵐が、天城に向かって言った。

「この子、アホなの?」

「ああ」

声を揃えて言う二人に、私は慌てた。

「う、宇宙人っていうのが分かりにくい例だったかしら?可愛い宇宙人なのよ。とっても!そしたら興味わくでしょ?でも好きにはならない・・・」

あの灰色のじゃなくて、と必死に説明するが、彼らの目がだんだん哀れなものを見る目つきになって来たので、私は口を閉じだ。

「つまり、透が言いたいのは」

五十嵐が言った。

「僕たちのは恋愛感情じゃなくて、ただの勘違いだと?」

「ええ。そうなの!」

宇宙人のたとえ話が通じたのか、理解してくれたことに嬉しさを覚えた。

「あなたたちは、まだまだ若いんだからもっと周りをよく見て…」

しかし五十嵐は喜んでいる私の言葉を遮った。

「海斗。こんなの相手にしてたんだ」

「大変だろ」

五十嵐は大きなため息を吐きながら天城の肩をぽんと叩いた。

「よく頑張ったね」

さっきまでいがみ合っていたのに、なぜか意気投合している。

「こんなアホな子、見たことない」

首を振りながら五十嵐がさらりと酷いことを言った。

「その上、頑固だからな」

天城はそう言いながら腕を組んだ。

(…言いたい放題)

私が心の中でそう呟いた時、五十嵐が言った。

「そういう透は、恋愛がなんたるかを知ってるの?」

そう聞かれて私はぎくっとした。しかし、ここは年上の女性として首は振れない。

「ま、まあ…」

「人を好きになったことあるの?」と五十嵐。

「あ、ある…」

「本当に嘘が下手だね~」

五十嵐は、天城に倣って腕を組みながら言った。

「恋愛したことない人に、僕たちの感情うんぬん言われたくないんですけど」

「それな」

いきなり私の立場が怪しくなった。

「い、いや。でもね…」

まだ若い高校生の感情は一時的なものであると、どうしても伝えたかったが、その弁明は蓮見の声によって遮られた。

「お前らここにいたのかよ!探したぞ!」

蓮見は並んでいる天城と五十嵐の間に入り、肩を組んだ。

それと同時にカップルのダンスが開始されるというアナウンスが流れた。

(ダンスか…)

大勢が見ている前で踊るのかと思うと、一気に憂鬱になった。しかし、ダンスパートナーである榊の姿が見えない。

「あれ、榊は?」

「なんか、緊張したらしくて、トイレ行ってる」

小馬鹿にしたように蓮見が笑った。

(ラッキー)

安堵していたのもつかの間、蓮見が恭しく片手を差し出した。

「榊の代わりに、俺がエスコートしましょう」

「え…」

しかし私が迷っている間に、五十嵐によって手を掴まれた。

「僕と行こう」

半ば強引に、私はツリーの方へ連れて行かれた。蓮見と天城がこちらを凄まじい勢いで睨んでいる。

(なんか変なことになった…)

スローな音楽が流れ、周りはカップルたちでいっぱいになった。ここでただ突っ立っているのもおかしいと、私は渋々五十嵐の肩に手を置いた。

「壮真、怒ってる?」

頭上で五十嵐が聞いた。私は五十嵐の肩ごしに、蓮見を探すと、天城と二人で何か話しているのが見えた。

「何か、話してるようだけど」

そう言うと五十嵐は大きなため息を吐いた。

「絶対、何か企んでるよ~」

蓮見は怒らすと一番怖いタイプなのだろうか。五十嵐は一曲目が終わると、嫌々ながらも蓮見と場所を交代した。

今度は蓮見がダンスのパートナーとなった。

「白石ちゃん!よろしくね!」

明るい笑顔で言う蓮見に、私はダンス前にする軽いお辞儀をしながら言った。

「足踏んだらごめんなさいね」

五十嵐との静かなダンスとは異なり、蓮見は終始何かしら話しているので気まずい空気にはならなかった。しかし話している内容は、最近ハマっているゲームのようで、内容は全く理解できなかった。

最後の曲となり、天城が来るかと思ったが、なんと復活した榊がやって来た。

「お、おれ、ダンスは…」

ガチガチに緊張しているせいで、こっちの方が冷静になって来る。

「大丈夫。私もダンス出来ないから」

普段は私の頭やら肩やら気安く触ってくるが、こういった場面になると途端に緊張するのか、榊は私の腰にすら手を当てられずにいた。

その時、ロマンチックな音楽から一転して、軽快なピアノ演奏が始まった。会場にいるみんなが何事かとステージに注目している。五十嵐が、さきほどのピアノ奏者の隣に座り、明るい連弾演奏を奏でている。

「全く仕方のない奴だぜ!」

蓮見が私たちのところにやって来た。

「ほら、見本を見せてやる。白石ちゃん、失礼!」

音楽に乗りながら、私の腕を取ると勢いよく私を回転させた。

「ちょ、ちょっと…」

下がピカピカに磨き上げられた床のため、ヒールがよく滑る。ちゃんと手で止めてもらわないと、自分では回転を止められないくらいだ。

「目が回るんですけど…」

そう訴えたが、スローなダンスよりこのノリの良い音楽を気に入った榊が、普段の元気を取り戻してしまった。そして、私は奇妙な三人のダンスに付き合わされることになった。会場もどんどん盛り上がり、カップルだけでなく踊りたい人が中央に集まって来ている。

食べたものが胃の中から逆流して来る前に、榊の手から逃れることに成功したが、その後も楽しそうに踊っている彼らの姿を見て、クリスマスパーティーに参加して良かったと思えた




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