お買い物
一週間乗り切った自分にご褒美と、土曜の朝は遅くまで寝ていようと思っていたものの。朝からしつこく鳴り続ける機械音に、イライラしていた。
(一体なんの音だよ~…!)
枕を頭から被り、止んでは鳴り続けるピピピという音に耐えていると・・・―
「お姉さま、いい加減に電話に出て下さい」
いつの間にか部屋に入ってきた妹が、ベッドサイドで私にスマホを見せていた。
着信の相手は、「お母様」だった。
「え、これ。・・・私の?」
今考えると、スマホを持っていないとなぜ思っていたのだろう。
「さっきからずっと鳴りっぱなしで、勉強に集中出来ないです」
「ご、ごめんね」
私は妹からしぶしぶ携帯を受け取ると、おそるおそる「もしもし?」と応える。
母親から土石流のように怒りの台詞がぶちまかられ、途端に耳が痛くなった。しばらくの間、私はスマホを遠ざけ「はい」とだけ、答えていた。
『それから、藤堂さまのお母さまから連絡が来ましたわ』
十分後、やっと本題に入ったようだ。
『あなた、せっかく藤堂のお嬢様が誘って下さったのに、お誕生日パーティーに参加しないと言ったそうじゃないの!』
「はあ・・・」
『茜さんがたいそう心を痛められていると仰っていたわよ!出来の悪い貴女なんだから、お友達くらいは大切になさい!必ず、行くこと。いいわね?』
私は、このイベントが回避出来なかったことに驚いていた。
「・・・でも、お母様。茜さまは芸能人を呼んで欲しいと無理な要求をしてくるのですよ」
『それは貴女の嘘が招いたことでしょ!』
頭に響く金切り声で母が叫んだ。
『あと天城さんをお誘いなさい。もし忙しいと断られてしまったのなら、許して貰えるまで藤堂のお嬢様に頭を下げるのよ。そして嘘を吐いたことも、謝罪なさい。いいわね?』
(・・・ああ、面倒くさい)
母親に聞かれないようにため息を吐く。
『今日にでも最高のプレゼントを買いに行くのよ。平松には話してあるわ。必ず謝罪するのよ。返事は?』
行くと返事をするまで、母の怒りの説教を聞くと思うと憂鬱になる。
「はい」
『わたくしは忙しいのだから、こんなことで手を煩わせないで頂戴。本当、手のかかる面倒な子ね。なんで産んだのかしら』
そう言うと、母は一方的に携帯を切った。
「すげぇ、母ちゃんだな・・・」
突然切られたスマホを呆然と見つめながら、呟く。そしてそこにまだ妹がいることに気がついた。
「あら、見苦しいところを見せたわね」
慌てて笑顔を作った。しかし、妹の顔は暗いままだ。
「大丈夫ですの?」
母の金切り声は、妹の耳にまで届いていたようだ。つまり、全ての会話が筒抜けだった。
「ええ、問題ないわ」
私は頷いた。
「不安があるとしたら、プレゼントを買うお金がどこにあるかってこと・・・」
そもそもお小遣いを貰っていたのか、知らない。
(るーちゃんは財閥のお嬢様だから、金は余るほどあるとは思うけど)
母はドバイにいるし、父親はいつ帰ってくるのかも、今どこにいるか見当も付かない。お手伝いさんは土日休みだし。
(もしかしたら平松が知っているのか…?)
私の呟きを聞いていた妹は、すぐさまクローゼットに入ったと思ったら、小さなバッグを持って戻ってきた。そして、その中からこれまた有名な高級ブランドの財布を取り出した。
「お姉さまの財布ですわ」
(財布があったか。そりゃ、そうか)
二つ折りのピンクの財布を開けると、万札が何枚かとクレジットカードが3枚出てきた。しかもそのうちの一枚は、金額の上限がないブラックカードだ。
「高校生になんてもの持たせてるの・・・」
呆れて物が言えないが、これで一応一件落着だ。
「これで、プレゼント買えってことね。ありがとう、まどか」
妹の頭を撫でる。
「では、私はこれで失礼します」
そう言って出て行こうとするまどかに、私は後ろから声をかけた。
「まどか。一緒に買い物行かない?」
10時頃、平松の運転する車が家を離れ、高級デパートへと向かった。
(無理やりだったかな・・・)
車内で終始黙ったままでいる妹にちらりと目を向ける。
(本当は私と買い物なんて嫌だったら、どうしよう。いや、でも妹と過ごす時間を増やして、負の感情を持つ時間を減らしたい)
頭の中で二つの意見がせめぎ合っている私は、妹の鋭い視線に気がつかなかった。
「おお!可愛い服が沢山ある!」
デパートに入ってしまうと、私の葛藤など一気に吹っ飛んでしまった。
「これ可愛い!まどか、おいで!」
素直に従うまどかは、訝しげな顔をしている。
「私の服を買いに来たのではなく、プレゼントを買いに来たのではないですか?」
「ふふ。プレゼントなんてついでよ」
それからお店のお姉さんに声をかける。
「すみません。こちらのサイズ、まだ他にありますか?」
笑顔が素敵な店員は、はいと頷いた。
「妹さんですか?」
まどかのサイズを探しながら女性は聞いた。
「ええ」
「可愛らしいですね」
「ええ、本当に。自慢の妹です」
「こちらのサイズはいかがですか?」
私は水色に白襟が爽やかなワンピースを受け取り、まどかに合わせる。
「サイズ、良さそうですね。まどか、着てみる?」
断られるかと思ったが、意外にも妹は素直に頷いた。
「こちらのサイズ、最後の一点でして」
まどかが試着している最中に、手に持っている機械で在庫を確認しながら店員が言った。
「似合っていたら、すぐ買いますね」
そんなことを話している内に、妹が少しきまずそうな顔で試着室から出てきた。
「お似合いですね!」
店員が嬉しそうに言った。
「ほんと、可愛い」
思わず抱きしめたくなる。
「これ、買います」
店員に向き直り、私はスパッとブラックカードを取り出した。
「お買い上げありがとうございます。こちらの商品、お姉さんのサイズもあるのですが、お揃いでいかがですか?」
ぴくりと耳が動いたが、私はいやいやと首を振った。
「た、大変捨てがたい提案ですが。私が着ても似合うか」
「・・・お姉さまは、似合うと思う」
まどかがぽそっと小声でそう言った瞬間、即断即決した。
「そちらも買います」
ワンピース1枚32万円なんて知ったこっちゃない。
そのワンピース2着?買って良し!