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修学旅行3

朝早くに戻ったからと言って、部屋の鍵が開く訳がない。私は、相変わらず扉が施錠されているのを確認したあと、ロビーで早起きのスタッフにスペアキーを借りた。そして、まだ起きる時間でもないが、大きな音を出してまだ寝ぼけている藤堂たちを叩き起こした。

部屋から追い出された私が元気にしているのも不思議に思っている様子だったが、とにかく私に心理的打撃を与えることが出来ず、悔しがっているのが見て取れた。


「君たち、何かあったでしょ」

数時間後。

土産屋の前で、蓮見がニヤニヤしながら、目を合わせようとしない私と天城を見比べた。

修学旅行三日目も自由行動だったが、清水寺へ行っている時にばったり天城たちと出くわしてしまった。そこからずっと一緒に行動する羽目になった。昨夜、天城と言い争ったのが原因か、朝から西園寺の姿は見えなかった。

「透が消えたの、気がつかなかった」

眠そうに五十嵐が言った。

「して、二人はどこにいたのかい?」

蓮見が天城の肩を組んだ。

「海斗、朝に帰って来たよな?」

「リネン室よ。そこで寝たわ」

私はお土産を見ながら、さらりと言った。特に隠すことなどない。

「へー。それだけ?」

面白がっている蓮見の後ろにいる天城に、私は目を向けた。

「それだけよ。すぐ寝てしまったもの。でも、誰かさんは機嫌が悪いようね」

10歳も年下の子供にデコピンされたくらいで腹を立てるのは、自分でも情けないと思う。

(しかし、本当に天城が読めない!)

分かりやすい他のキャラクターと違って、天城はどこか違う。言動がちぐはぐで、こちらがどうしたら良いものか困惑する。

(漫画ではもっと分かりやすいキャラだったのに)

月日を追うごとに、複雑な性格になるような設定でもされているのだろうか。

(やはり、バグ…!?)

「なんか、真剣に考えてるところ悪いけど」

五十嵐が私の顔を覗き込んだ。

「それ買うつもり?」

そう言われて手元を見ると、奇妙な小さな人形をいくつも掴んでいた。

「あら…」

私は慌てていくつかを棚に戻したが、はたと止まった。豆腐のキャラクターなのか、四角い顔に色の違う着物を着ている。性別も不明で、どこを見ているか分からない目をした表情といい、なぜか可愛いく見えてくる。

(これがブサ可愛いってやつか)

私がまたいくつか手に取り始めたのを見て、五十嵐が聞いた。

「気に入ったんだ?」

「ええ。友人とお揃いで買って行こうかと」

オレンジ色の服を着た豆腐を眺めながら言った。

(未央、気に入ってくれるかな…)

そこで私はふと手を止めた。

奇妙な偶然が重なり出会った未央だが、名前しか聞いていないことに気づいた。通っている学校名も聞いていなければ、会話に夢中になりすぎて連絡先も聞いていない。今日もどこかで会えるかと期待していたが、セーラー服の学生にさえ一度もすれ違わなかった。

(最初は奈良に行ったって言ってたし、もう帰ったかな…)

せっかく仲良くなったのに、もう会えないと思うと一気に寂しさが込み上げた。他校の生徒だから、素を隠す必要もなかった貴重な相手であったというのに。

(いつか、会えると信じて買っておこう)

私は購入決定のキーホルダーを握りしめ、自分用には何色が良いか探す。

(やはりるーちゃん色のピンクかな)

桃色の着物を着ている豆腐をつまみ上げた。

「じゃあ俺、黄色にしよ」

五十嵐が同じキーホルダーの別色を一つ取って言った。

「はい?」

「えー、何それいいな!」

私は五十嵐に何か言おうとしたが、蓮見の大きな声に消された。

「なら、俺はー。緑にする!」

それから後ろにいた天城に声を掛ける。

「お前もお揃いの買う?」

私は天城を見た。無表情からは何も読み取れないが、天城のキャラからして、高校生にもなってお揃いのキーホルダーを持つなんてしないだろう。

しばらくの無言ののち、天城が言った。

「青で」

「だと思ったよ!」

嬉しそうに蓮見が天城の背中を叩いた。

(なに。今の無言は、色を選んでいた間なの!?)

「買って来よーぜ」

私が何か言う前に蓮見は二人を連れて、会計へと向かって行った。

(みんなでお揃いって…)

最近の男子高校生の行動が理解できず、私は思わずため息が漏れた。

「榊が知ったら拗ねるだろうな」

ふと思った。皆が同じキーホルダーを持っているのに、自分の分だけないと知ったらきっと面倒臭いことになるだろう。私は、手前にあった赤い服を着た豆腐を選ぶと、彼らに続いて会計へと足を進めた。


三日という短い修学旅行だったが、学生時代の2週間のバスケ合宿より疲れていた。昨夜は温泉で癒されたはずなのに、リネン室で座って眠ったせいか、更に体が重くなった気がする。

「ゆっくり休んでください」

車から降ろしてもらっている時、平松が言った。

土産を大量に受け取り、困惑しながらも喜んでいる平松に、もはや笑顔も作れない。

「ええ。ありがとう」

私は重い瞼と格闘しながら、家に入った。

今すぐベッドに倒れ込みたいと思っていたのに、神様はどこまでも意地悪のようだ。

「あら、早いわね」

リビングで私を待ち受けていたのは、土産を期待している妹ではなかった。体のラインが出る紺のタイトなワンピースを着こなし、襟元に派手な柄のスカーフを巻いた母親がソファーに座り、まだ日も暮れていない内からワインを飲んでいた。

(なぜこのタイミングで…)

超絶に疲れている今、一番会いたくない人だ。

「もっと遅く帰ってくるかと思ったのに」

どこか残念そうに言う母の嫌味に答える元気もなく、私は小さく頭を下げた。

「あら、久しぶりに帰宅した母に挨拶もなし?」

「お元気そうで何よりだわ、お母様」

後々面倒なことにならないよう、必死に笑顔を作った。

「やっぱり、我が家はいいわね」

私の言葉を無視し、母親が周りを見渡した。

「そう思わない?ねえ、原田さん」

「そうですね。奥様」

白石家の母親専用の家政婦である原田は、果物やチーズが乗ったお盆をテーブルに置いた。

「お久しぶりです」

私は以前会った時よりも一層老けて見える原田に挨拶した。

「ええ。おかえりなさい、透お嬢様。何か飲まれますか?」

気を使ったように原田が顔を上げて聞いた。

「疲れているので、これで失礼しますわ」

お辞儀をしてこの場を去ろうとしたが、母親がそれを止めた。

「透さん。久しぶりに帰宅した母親を放っておくつもり?」

(勝手に帰って来たくせに、相変わらず自己中な…)

彼女の傍若無人さには辟易するが、今の自分には母親と対立する元気はない。

私は渋々、母親の前に座った。長丁場になると踏んだのか、原田は静かに私の前に水を置いた。

「貴女。最近、天城さんとはどうなの?」

母親がワインを傾けながら聞いた。

「変わりませんが」

私は無表情のまま答えた。

「照れているのかしら?」

鼻で笑われた。

「隠さなくても良いのよ。蓮見の奥様から、ちょくちょく話は聞いているわ」

(じゃあ、なぜ聞く)

目の前の水を一口飲んだ。

「聞いた情報によると、蓮見家のご子息や五十嵐家のご子息とも仲良くやっているそうね。全く取り柄のない貴女にしちゃ、上出来じゃないの」

話がどこに向かうかも分からず、母親の顔を見つめ意図を探ろうとする。

「ああ。それから榊家のご子息とも知り合ったんですって?あの一家も大変大きな財閥なのよ。素晴らしいことだわ。人脈を広げることはとても大事よ。貴女のような子は、特にね」

まるでゴミでも見るような目つきで、母親がこちらを見た。

「私はとても気分がいいの。だから…」

母親はワインを持ち、静かに立ち上がった。何事かと思っていると、いきなり頭から冷たい液体が流れてきた。

原田が小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。

「まどかさんに関しても、今回は許してあげるわ」

白ワインの香りが辺りに立ち込めた。

「自分の立場を忘れないことね。貴女はどうあがいても貴女なのだから」

母親はワイングラスをテーブルに置くと、原田に向かって言った。

「ここ、片づけておいて。汚れてしまったわ」

「は、はい」

原田は慌てて、布巾を持って来た。

「なんだか、疲れてしまったわ。私は寝るわね」

そう言うと母親は、座ったまま呆然としている私を一瞥し自室へ戻った。

部屋の扉が閉まる音がしても、しばらくの間私は動けなかった。ワインから漂うアルコールの臭いで、頭がクラクラする。

「と、透様…?」

どこか泣きそうな表情の原田が、私の顔を覗き込んだ。

「あのタオルを…」

「え、ええ。ありがとう」

私は濡れた場所を拭きながら、母親の言葉を脳内で反芻していた。

―まどかさんに関しては、許してあげる。

「原田さん」

濡れた床を丁寧に拭いている原田に声を掛けた。

「まどかに何かあったんですか?」

「あ、ああ…」

手を止めた原田は、どこか言いにくそうに俯いた。

「お嬢様が修学旅行中に、奥様が帰宅されたのですが…」

「数日前ね」

「…はい。ちょうど帰宅した際に、まどかさんが透様のお部屋でパソコンをいじっていたのを見て、奥様が激怒したんです」

(まさか、ハッキングのことがバレた…?)

手の平に汗がにじむのが分かった。

「…それで?」

「それで、奥様がこの部屋には二度と近づかないこと、そして透様とは一切口を効かないことと注意したそうです」

(そこはいつも通りだとすると、ハッキングについては気づかれてはなさそうか)

私はほっと胸をなでおろした。しかし、原田はここからが本題というように頭を振った。

「そしたら、いつもは大人しいまどか様がいきなり激情して、奥様に向かって反抗したのです!この家に来て初めて見る光景で、私は背筋が凍りました」

私は驚いて原田を見つめた。

(まどかがキレた?あの冷めた天才少女が?)

「まどか様はずっと、透様とは離れたくないと言って暴れて、奥様を困らせていました。何度注意しても、人目を盗んでは透様の部屋に侵入していましたし」

「あ、暴れた?」

原田は顔を上げて、懇願するような表情を私に向けた。

「はい…。普段のお嬢様の姿からは想像つかないですが、でも、本当に透様のお部屋の床でジタバタしていたんです」

いつも冷静で、時々26歳の自分と同い年なのではと勘違いするほどの妹が、いきなりそんな行動に出るとは思えない。

(たまたま虫の居所が悪かったのか…?)

「今朝のことです。まどか様もやっと落ち着いて、今は静かに自室でお勉強をされています。ただ、まどか様がああなってしまったのは、透様のせいだと奥様はお考えで…」

(それでワインを、ね)

申し訳なさそうに原田は首を垂れた。

「お母さまは、いつ頃また家を空けるのかしら」

私がゆっくり立ちあがると、原田もそれに倣った。

「今のところは、11月上旬かと」

(今回は長く家にいる予定か)

考え込んでいる私を伺い見るように原田が言った。

「奥様のご友人の予定によって早まるかもしれないと仰ってましたが、今回の件があり、まどか様を近くで見ていたいと」

(数日なら良かったけど。西園寺のこともあるし、1か月近くもまどかと話せない状況なのは困ったな)

母親の目を盗んで、どうにかまどかを話す機会を作らないと。そう意気込んでみたものの、私は母親の監視を甘くみていたことに、気づかされることになる。



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