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修学旅行2

「しまった。やられた…」

私は部屋の前に立ちつくしたまま、ぼそりと呟いた。何度扉を叩いても、鍵が開く気配はない。扉に耳をつけ、中の様子をうかがう。

「もう、藤堂さまったら~!」

「本当よ~」

女子たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。誰かがスピーカーを持って来ているのか、リズムの良い音楽も聞こえてくる。これでは何度叩いたところで、ノック音など聞こえるはずがない。

「策士め…」

私はもう一度大きなため息を漏らした。

修学旅行前、先生に藤堂と同じ部屋割りだと聞かされて以来、嫌な予感はしていた。しかし原作には部屋割りに関する事件は描かれていなかったので、思いっきり油断をしていた。

観光から帰ってきた後は、高校生に出される食事とは思えないほど豪勢な京の懐石料理を味わった。私の存在はまるで空気のようだった。誰の視界にも入らず、話かけられもしない。食事が終わると、皆でお風呂に行くかと思いきや、気分が高揚している女子たちの会話は、修学旅行恒例の恋バナへと発展していった。しかし、そこで藤堂が私をちらりと見てから「仲良い子にしか言いたくない」と呟き、半ば追い出される形で、私は温泉へ向かった。

人生初とは言わないまでも、久しく温泉を味わっていない。のぼせるくらいに長湯をしたあと部屋に戻ると、鍵がかかっていた。そして今に至る。

私はトボトボと歩きながらロビーに向かった。

真徳高校の貸し切り旅館のため、夕食時間を過ぎると、ほとんどの場所が消灯するらしい。しかし、ロビーのある階だけはまだ煌々と灯がついていた。私は安心して、普段はチェックイン待ちの人が座っているであろう、ふかふかのソファーに腰かけた。外の景色が満喫できるよう、等間隔で並べられた一人掛けのソファーは全て窓の方を向いていた。大きな窓の向こうには池があり、外灯に照らされて赤や黄色の鯉が優雅に泳いでいるのが見えた。

ふと顔を上げ、時計を確認する。まだ夜の8時を回ったばかりだ。

(消灯点呼が10時だったっけ)

今頃生徒たちは、楽しくトランプでもしているのだろうか。そんなことを考えながら、ぼんやりと外と眺めていると、後ろからヒソヒソ声が聞こえた。

私は思わず肩をすくめ、ソファーの中で身を縮めた。声は控えているものの、堂々とフロントの前を通り、外に出ようとしている天城と西園寺の姿が見えた。

(あのシーンか)

白石透がたまたま目撃してしまい、二人の後を付けたところ、見つかった天城に、西園寺の前で悪態をつかれるという場面だ。私は二人が外へ出て行くのを見届けたあと、ソファーに座り直した。

(無視してみよ)

今日は一日中慣れない土地で歩き回ったせいか、かなり体が疲れていた。また、久しぶりの温泉で調子に乗ったせいで、湯あたりもしている。

先生の点呼のタイミングで部屋へ戻ろうと思い、私は目を瞑った。高音で鳴く秋の虫の声が耳に心地よい。うとうとと眠りに落ちそうなところで、誰かに肩を揺さぶられた。

「透」

一番気持ちの良い時に起こされ、私は思わず顔をしかめた。

「なんで、ここで寝てんの?」

五十嵐が私の顔を覗き込んでいた。温泉に行った帰りなのか、髪の毛から滴が垂れている。相変わらず前髪は長いままだが、その隙間から青い瞳が覗いていた。

「休憩よ」

私は短くそう言うと、また瞼を閉じた。しかし、隣に座る気配がして私は目を開けた。

(なぜここに居座る…?)

「部屋に戻らなくて良いのかしら?」

体を起こし、五十嵐の方に向いた。

「うるさい」

いきなりそんなことを言われ、私は目を見張った。それを察したのか、五十嵐が片目を開けて、私の方を見た。

「部屋が」

「ああ…」

(びっくりした。いきなり五十嵐が怒ったのかと…)

「皆で枕投げしてるから」

面倒臭そうに五十嵐はため息を吐いた。

「そう。楽しそうね」

蓮見が誰よりも騒いでいる様子が目に浮かぶ。

(修学旅行と言えば枕投げなのは、どこの世界でも同じか)

そんなことを考えていると、五十嵐が言った。

「行く?」

「どこへ?」

「男子部屋。枕投げしに」

私は目を丸くして、眠そうな五十嵐を眺めた。

(なぜ?)

「女子も来てるよ」

五十嵐はまた大きなため息を吐いた。

「だから更にうるさいんだけど」

その時、ロビーがガヤガヤとしたと思うと、数人の若い先生たちがやって来た。私はまた無意識に体を縮こませ、ソファーの隙間から彼らの様子を眺めた。

「D組の吉田が酒を持って来てたよ」

「毎年だな。こっちは、音楽の音量だ。苦情が来ないかハラハラしてるよ」

「今回も外れの年だな」

「去年よりはマシじゃないか。とりあえず、温泉入ってゆっくりしよう」

「没収したビールでも飲むか」

「ダメだ。点呼の時間になったらまた見回りだぞ」

どこか疲れた様子で先生たちはロビーを横切り、男湯へと向かった。

「先生たちも大変ね」

ソファーに深くもたれ、私は呟いた。

大学を卒業したばかりの若い先生もいるはずだ。接したこともないが、自分よりまだ年下の先生たちがなぜか気の毒になってしまった。

(子供の世話って疲れるだろうな)

そんなことを考えながらぼんやりと窓の外を眺めていると、五十嵐が聞いた。

「戻らないの?」

「私はまだここにいるわ。あなたは戻って、髪の毛を乾かしなさいよ。風邪引くわよ」

五十嵐はしばらくの間、私のことをじっと見ていたが、そのまま何も言わずに部屋へ戻って行った。ロビーにまた静けさが戻って来た。

私は窓の外を見た。先ほどまで泳いでいた鯉が、今はじっとしている。

「あなた達は寝る時間ね」

そうぼそりと呟き、私はロビーの時計に目をやった。まだ点呼の時間まではある。今戻ったところで、藤堂が鍵を開けてくれる可能性は低いだろう。

私はゆっくりと瞼を閉じた。そして今度は誰にも邪魔されず、気持ち良く深い眠りに落ちていった。


どこか息苦しく感じ、私は目を覚ました。

私は目だけをきょろきょろと動かし、今自分がどこにいるのか把握しようとした。しかし、目の前に迫る白いものの正体が分からない。ここはどこだろう。心なしか身動きもしにくいし、息も苦しい。自然と呼吸が早く、浅くなる。

(い、息が…!)

「…くうっ」

喉からこもった声が出た。

「大丈夫?」

突然、新鮮な空気が入って来たと思ったら、大きな光が飛び込んで来て、私は思わず目を覆った。

「どうした?」

「布団で窒息しかけてた」

「あぶな!」

聞き覚えのある三人の声がする。光に目が慣れると、自分が布団の上に寝かされているのに気がついた。私は慌てて体を起こした。

「起きた?」

隣の布団に寝転がっていた五十嵐が、枕に頭を乗せたままこっちを見ていた。

私は開いた口が塞がらなかった。

明らかに女子部屋とは違う空気感。右隣では五十嵐が寝ているし、左隣では天城も寝そべりながら本を読んでいる。そして向かいでは、蓮見がわざわざ家から持って来たのか、ゲーム機で遊んでいた。皆、まだ髪が濡れているところを見ると、温泉後のまったりタイムのようだ。

(ちょ、ちょっと待て…。え?なんで?)

無意識に頭に手をやり、もはやパニック状態の自分に心の中で話しかける。

(私、ロビーにいたよね?いつの間に移動?ってか、ここ男子部屋だよね?)

蓮見あたりが何か言っているが、私の耳には届かない。

(あれ、これヤバい状況?西園寺にも、先生にも見つかったらヤバいやつだよね?)

「あの、なぜ私はここに…?」

聞きたくないような、聞いてはいけないようなそんな面持ちで私は口を開いた。

五十嵐が欠伸をしながら言った。

「僕が連れて来た。まだロビーで寝てたから」

私は「はあ?」と五十嵐の方に向いた。

(何をしてくれてんねん!そっとしておいてよ!)

心の中で威嚇しながら思い切り五十嵐を睨みつける。

「風邪引くよって言ってたの誰?」

どこかムッとした表情で五十嵐が言った。

「あれは、あなたの髪が濡れてたからで…」

「髪が濡れてなくても、あんなところで寝てたら誰だって風邪ひく」

「私は引かないわ」

「この意地っ張り」

五十嵐がふんと鼻を鳴らし、私は自分の拳が震えるのが分かった。

(このクソガキ~!)

「まあまあ。この話、そんな簡単じゃなくてさ」

蓮見が腕を広げながら、私たちの間に入った。しかしどこか楽しげな表情をしている。男子部屋に女子が一人だけいるスリル感でも味わっているのだろうか。完全にこの状態を面白がっている。

「俺と海斗が風呂に行った時にもまだロビーで寝てたから、白石ちゃんを女子部屋に戻してあげようとしたんだよ。でも鍵はかかってるし、ノックしても誰も扉を開けてくれないから、連れて来ちゃったの」

(来ちゃったの、じゃないわ!)

無邪気な蓮見の笑顔に、苛立ちを覚える。

ここにいるお三方は事の大きさを何も分かっていない。先生や西園寺に見つかるのも、もちろん心の底から怖いが、何よりこのお三方が好きな女子たちに知られたら、いびられるに決まっている。

(これ以上余計な敵を作りたくないのに~!)

「お前、部屋追い出されたの?」

天城が本から顔を上げて、私をじっと見つめた。

「いや、まあ、でも点呼の時に帰ればいいから…」

私はしどろもどろになりながら、答える。

「女子って怖いね」

五十嵐が興味なさそうに呟いた。

(それよりも、ここにいる方がヤバい)

私はすくっと立ち上がった。

「どこに行くの?点呼まであと少しあるけど」

腕時計を見ながら、蓮見が言った。

「ロビーに戻るわ。ここにいたら…」

その時、部屋の扉が遠慮がちにノックされた。私はさっと口を手で覆った。

「どなた~?」

私の緊張などお構いなしに、蓮見が明るい声でノックに答えた。また別の階から女子が遊びに来たとしか考えていないのであろう。天城は何も気にせず本の続きを読んでいるし、五十嵐はすでに布団を頭からかぶって寝ている。

(少し早めの点呼に来た先生だったら…?あー、嫌だ!男子部屋に遊びに来るような人間に認定されたらどうしよう!それより、こんなことが広まったら絶対母親にぶっ飛ばされる)

頭の中で色々考えながら、私は足音を立てないように、壁の方に後ずさった。

しかし、扉の向こうから聞こえた声の持ち主は、先生よりも最悪な人物だった。

「西園寺よ。天城さま、いらっしゃる?」

「あれ、西園寺だ。海斗」

蓮見が天城の方を見た。

私の顔から血の気が引くのが分かった。

(ヤバい。天城と一緒にいるだけでも私を刺しそうな勢いなのに、男子部屋に一人で乗り込んでいると思われたら、一巻の終わりじゃん!)

どこか隠れるところはないかと探していると、突然腕を引っ張られ、私は布団の中に倒れ込んだ。

「何」

ドアを開ける音がし、天城が答えた。

「話したいことがありますの。上がってもいいかしら?」

西園寺の少し不機嫌な声が聞こえた。いつも天城の前で見せる、乙女モードは発動していないようだ。

「あー・・・」

当惑した天城の声が聞こえた。

「旭がもう寝てる。外でいいか?」

私は布団の中でじっとしながら、耳をそば立てた。早く去って欲しいと心の中で一生懸命に祈るが、その声は届かなかった。

「いえ。お部屋で話したいですわ。五十嵐さまが寝ているのであれば、好都合ですもの」

そして、部屋に上がり込んでくる音がした。西園寺が歩くたびに、畳がきしむ。

私の心臓ははち切れんばかりに脈打っていた。布団の中いるため既に息が苦しいが、呼吸音が聞こえてしまうのが心配で、手で口を押える。

「蓮見さま。申し訳ないですが、少し席を外してもらっても良いでしょうか」

「え!」

明らかに焦ったように蓮見が反応した。

「すぐ終わりますわ」

有無を言わせない強い物言いに、蓮見は「外で待っている」と言うと、部屋を出て行った。

扉が閉まる音が聞こえ、部屋の中がしんと静まり返った。

自分の心臓の音がやけに大きく聞こえる。どうにか音を止められないか。そんなことを考えていると、西園寺が畳に座る音が聞こえた。

「天城さま、お座りにならないの?」

「何の用?」

少し突き放すような口調で言う天城に私は更に焦った。

(もっと優しく話してよ!ここで暴れられたらどうすんのよ!)

私は手に触れた布団をきつく握った。

「先ほどの話ですが…」

西園寺が少し戸惑ったように口を開いたが、天城はその言葉にかぶせるように言った。

「もう話はついたと思うけど」

いつもの天城らしくないと、西園寺も察したのだろう。しかし、それについては何も触れずに先を話し始めた。

「いいえ。まだ、終わっていませんわ」

西園寺ははっきりと言った。

「いきなり、別に気になる人がいると言われても困ります。私はすでに両親と話をしているんですもの。両親が日本に帰って来る頃に、白石さんとの婚約破棄を公に発表しましょう。そして、同時に私たちの婚約を発表するのが良いと思いますわ」

私はぐっと手に力を込めた。

(婚約発表の時期が近づいている…?ということは、突き落とされるのも時間の問題か)

全ての主要なイベントが前倒しになっているのを認めざるを得ない。妹の言う通り、そろそろ本格的に問題の階段を突き止めなければ。

「今は口止めしていますが、教師も含めもう校内では知らない方もいませんし、スムーズに済むと思いますの。あとは、白石家がどう出るが心配ですが、それに関してはこちらにも考えがあります」

「勝手に決めないでくれる?」

黙って聞いていた天城が、低い声で言った。

布団の中に隠れている私でさえ、背筋がぞっとするような声色だ。目の前で見ている西園寺はもっと怖かっただろう。西園寺が小さく息を呑むのが分かった。

「その後をどうするかは俺が決める。それに、白石と婚約破棄をしたのは、お前のためじゃない」

(え、そうなの?)

今度は私が驚く番だった。

「あの時の俺はまだガキだった。ただアイツがきら…」

そこで天城は言葉を止めた。

(嫌いって言おうとしたな、絶対)

私は布団の中で小さく鼻を鳴らした。

「あんな事をして、今は後悔さえして…」

「今更そんなこと仰るなんて酷いですわ!」

西園寺が立ち上がるのが分かった。

「私がどんな思いで…!」

「旭が起きる」

天城は激怒している西園寺をよそに、冷静に言った。

(これが典型的な嫌われる男よ。女心が分からないんだから)

「天城さま!」

「勘違いしているようだけど」

天城が低い声で言った。

「お前と婚約するとは一言も言ってない」

部屋に真冬にも勝る凍った空気が充満した。

(天城のアホ!相手を怒らせてどうすんのよ!言い方があんでしょ!言い方が!)

憎い西園寺のはずなのに、なぜか気の毒に思ってしまうほど、天城の言葉は人でなしすぎる。

「…あまり動かないで」

耳元で五十嵐が言い、背中から回された腕に力がこもった。

西園寺が乱入する前に、五十嵐に腕を掴まれ、彼の布団に引き込まれていた。今五十嵐から体を離したら一瞬で見つかるだろう。

私は言われた通り、布団の中でじっとする。

「私はずっと天城さまだけをお慕いしていたのに…」

涙声の西園寺が言った。

「西園寺、お前は特別だ」

さきほどの言い方から一転して、少し柔らかい声で天城は言った。

「だけど、お前は恋愛対象にはならない」

西園寺が鼻をすする音が聞こえた。

「白石家の力が強いからですの?」

声に力を取り戻した西園寺が言った。

「あの家に脅されているの?それなら私が、西園寺家が何とかしますわ!」

「何を…」

天城が呆れたようにため息を吐いた。

「だってそうでないと理由が付かないもの!あなたが…、あなたがあの時のことを後悔しているだなんて!」

「今は何を言っても無駄だ。もう、部屋に戻った方がいい」

天城が西園寺を扉の方へ誘導する音がする。

「長いこと壮真も待たせているし、そろそろ点呼の時間だ」

「天城さま!やはり、白石が…」

しかし、会話はそこまでとなった。

代わりに「さみー」と言いながら部屋に入って来た蓮見の声が聞こえた。

「悪かったな」

天城が謝っている。

「もう、大丈夫みたいだね」

五十嵐が後ろでそう言い、私は布団から顔を出した。やっと新鮮な空気を肺いっぱいに吸える。

(もう二度と、もう二度と、布団に隠れたくない…)

深呼吸を繰り返しながら、私はそう心に誓った。

「何してんの?」

顔を上げると、眉間に皺を寄せている天城が私を見下げていた。強い眼力から、かなり苛立っているのが分かる。

「な、何って…」

私は焦った。

(え、怒ってるの?西園寺との話を聞いていたから?でも、あれは仕方ないというか、他に逃げ道がなかったからで…)

「あの、盗み聞きしたのは不可抗力では…?」

「お前じゃない。そっち」

天城が指さした方を見ると、私のお腹辺りにまだ五十嵐の腕が巻き付いていた。

「えーだって。良い抱き枕だから、つい」

「ついじゃない」

天城は乱暴に五十嵐の腕を引きはがし、私を解放した。

(あまりに自然すぎて気がつかなかった…)

学生時代は、女子の友だちがいつも私の腰回りに抱き着いていた。身長が大きいから安心するとか何とか言って。

「お前も、警戒心なさすぎ」

突然怒りの矛先が私に向いた。

「え、私…?」

「のこのこ男子部屋に来て、こいつと同じ布団に隠れるとか」

「の、のこのこ…?」

「もっと自覚持ったら?」

天城は大きくはあとため息を吐くと、布団に寝転がった。

この人は、私をけなすときだけ口数が多くなるのだろうか。

(わ、私だって来たくて来た訳じゃないんですが!)

そう言い返したい気持ちをぐっと堪え、何事もなかったように本を読み始めた天城を思いっきり睨みつけた。

(るーちゃんも西園寺もコイツのどこが好きなの?)

イライラする気持ちを押さえ、心を落ち着かせるために一度息を吐き出してから言った。

「部屋に戻るわ」

そう言ったのと、部屋のノックの音が同時だった。

「おーい。寝る時間だぞ!全員いるか?」

私はまたもや腕を引かれ、布団の中に押し込められた。

(…また布団!)

今度は蓮見が素早く動いた。先生が中に入って来ないように入り口で見張り役を担ってくれている。

「全員いますよ、ほら」

「ああ、この部屋は三人だったな。ラッキーだな」

「そっすね」

「別部屋の男子は来てないのか?」

「来てないっすよ~。さっきまで隣で枕投げしてました。集まるなら向こうだと思います」

「隣か。分かった、お前らも早く寝ろよ。こっちも出来るだけ見回りはしたくないんだから」

「お疲れっす~!」

蓮見の明るい声が響き、扉に鍵をかける音がした。

「焦った~」

壁にもたれ、ずるずると下に向かって座りながら蓮見がため息交じりに言った。

「なんで白石ちゃんが来るとこんな波乱万丈なの?」

今度は真ん中の布団から出て来た私に目を向ける。

「私が聞きたいわ」

そう呟きながら、私はハッとした。

(ちょっと待って。今、点呼しているなら帰るなら今なんじゃないの!)

すくっと立ち上がった私の腕を天城が掴んだ。

「今戻ったら、見つかるぞ」

「そんなことは…」

しかしちょうどその時、隣の部屋から騒がしい声が聞こえて来た。見回りの先生と複数の生徒がどうやら揉めているようだ。

「これは、しばらく難しそうだね」

五十嵐が眠そうに言った。

「嘘…」

「この階の点呼が終わった頃に、教えてあげるよ」

蓮見が私を安心させるように笑った。

(蓮見…!)

確かに廊下に出る時に見つかったら元子もない。ここは蓮見を信じよう。

(蓮見、頼れるのはお前だけだ!)

感極まって私は蓮見の手を取るところだった。


「俺に任せとけ」そう意気込んでいたくせに、数分後には爆睡している蓮見が布団に転がっていた。

(さっきの感動を返せ)

しかし遊び疲れて眠っている16歳を相手に、起きてろなど言えるはずもない。

私は静かに立ち上がり、部屋を暗くしたあと、ゆっくりと扉を開けて外の状態を確認する。数室先のところで、先生が生徒と何か話しているのが見えた。

(まだいる…)

私はゆっくりとドアを閉めた。

(戻るタイミングを逃してしまった)

部屋に戻り、五十嵐たちを起こさないように壁に寄りかかる。

「寝ないの?」

寝ころびながらも、薄暗い中スマホを見ている天城に声を掛けた。

「お前を送れなくなる」

思いがけない言葉から天城の口から飛び出し、私は耳を疑った。

「私のため?」

そう聞き返すと、天城は私の方に顔を向けた。

「廊下、相当暗いよ」

「な…」

(そ、そうだ。コイツ私が暗闇恐怖症のこと知ってるんだった!)

私は動揺を悟れないように、余裕の笑みを浮かべた。

「大丈夫よ。部屋くらい一人で戻れるわ」

「どうだか」

馬鹿にしたように笑って天城は言った。

(ガキに舐められとる…!)

私は拳をぐっと握りしめた。

「そこまで、暗くないもの。一人で大丈夫」

「そ」

そう言うと、天城はスマホを置いた。

「じゃあ、お休み」

布団をかぶり、横を向いて寝てしまった。

静けさが部屋を包んだ。聞こえて来るのは、時計の針の音と三人の寝息だけだった。

机に置いてある蓮見の時計が、11時を指した時、私はゆっくりと外の様子を伺った。遠くの部屋で「もう寝ろよ」と言っているのが聞こえ、先生が階段を下りて行くのが見えた。

「今かな…」

私はそろそろと廊下に出た。

天城の言うことが正しいとここに来て分かった。非常灯しか付いていない廊下はやけに寒く、静かだった。一日中はしゃぎ回った学生たちは全員眠りについたのだろうか。どの部屋からも話し声も音楽も聞こえなくなった。

カーペット敷きの廊下は、スリッパではいささか歩きにくい。そのため、足を速めれば速めるほど転んでしまう。暗くて足元が見えにくいのも難点である。

その時、廊下の窓がガタガタっと揺れ、私は小さく悲鳴を上げた。

「な、なんだ風か…」

自分を落ち着けるように小声で呟き、階段を下りて行く。

やっとのことで、部屋の前に着き、安堵のため息を漏らした。しかし、ドアノブに手を掛け一回ししたと同時に冷や汗が背中を伝った。

「鍵、閉まってる…」

点呼の時であれは、先生が扉を開けたタイミングで中に入れたはずなのに。

しんと静まり返った暗い廊下から見るに、女子部屋の点呼はすでに終わっているのだろう。

「ど、どどどうする?」

いきなり寒気とパニックが私を襲った。

「せ、先生の部屋に行くか?」

声に出して言ってみるも、先生の部屋がどこにあるのか分からない。

「そ、そうだ、ロビーに行こう!スペアキーを借りよう」

よし、そうしよう!と私はロビーへと足を向けた。

「も、もももしロビーに誰もいなかったら?」

私は恐怖心を紛らせるために、歩きながら声を出して自問自答する。

「廊下で寝る?いや、それは無理だ。え、えーと、ロビーの、そう、ロビーで眠ればいいじゃない」

自分の回答に満足しながら、私はポンと手を叩いた。

案の定フロントデスクには誰もいなかった。一人は絶対待機していてもいいはずだが人の気配はなく、昼間はあった呼び出しベルさえも見つからない。そして、数時間前に来た時はまだ明るかった雰囲気も、今やホラー映画さながら暗くて静まり返っている。

非常灯を頼りに、辺りを見渡した。さっき寝ていたソファーも、暗い中で見るとそこまで居心地がよさそうに見えなかった。暗闇の中で誰かが座っていると思うと、怖くて近づけない自分がいた。

「泣きたい…」

暗くて足元がおぼつかない。

それでもゆっくりと前進していると、突然肩を掴まれ、私は大声で悲鳴を上げた。しかし咄嗟に口を塞がれ、就寝中の生徒全員を起こさずに済んだ。

「こんなことだと思った」

頭上から呆れた声が降ってきた。

「なんで、いつも一人でやろうとするの?」

天城は私の口から手を離さないまま言った。

「どうせ鍵がかかってたんだろ」

私はまだショック立ち直れないまま、コクコクと頷いた。

「来い」

天城に腕を掴まれ、半ば引きずられるような形で私は彼の後をついて行く。

「ど、どこへ…」

カラカラの喉から声を絞り出すと、天城が言った。

「俺たちの部屋」

「は!?」

私は思わず立ち止まった。天城は振り返り、訝しげに聞いた。

「逆にどこで寝るつもりなの?廊下?」

「いや。あの、ロビーの椅子で…」

「本気?」

責められるような瞳に、自分の考えがもの凄い悪いことのように思えてきた。

(いや、確かに迷惑行為だけど…)

朝一番で修学旅行生がロビーで寝ているとホテルのスタッフに気づかれたら、あっという間に学校中に知れ渡るだろう。しかし、今はそこしか一晩を過ごせる場所が思いつかない。

天城は、大きなため息を吐き、歩き出した。

「だ、男子部屋はだめでしょう!」

私は小声で天城に反論した。

みんな寝ているとは言え、先生に見つからないとも限らない。しかも、西園寺に見つかったら更に問題だ。

(ただでさえ、何かしでかそうとしているのに!)

―白石家にはこちらで考えがあります。

先ほどの天城との会話を思い出しながら、私は必死に天城の力に抵抗する。

(これ以上、状況を悪化させたくないんです。こっちは!)

しかし、既に天城たちの部屋の近くに来てしまった。

「お前、いい加減に…」

天城が私の態度にしびれを切らしそう言いかけた時、先生の声が聞こえてきた。

「今すぐ女子部屋へ戻りなさい!」

不満そうに女子生徒たちが抗議する声がした。

(せ、先生!?)

呆然と立ちつくしている私をよそに、天城はぐいっと腕を引っ張り、どこかへ狭い場所へと私を押し込んだ。

「帰ったら、親に報告するからな」

「先生~」

「お前は早く寝ろ」

男子部屋に女子がいたことが発覚したせいで、本日二度目の男子部屋の点呼が始まったようだ。私は暗闇の中で息を潜めながら、先生の動きを目で追っていたが、先生が5室目を訪れたあたりで、だんだんと眠気が襲って来るのを感じた。良い匂いのするふかふかの何かに包まれていて、温かい。

(ここ、リネン室か…)

そう思った時には、私は深い眠りに就いていた。


「おい、起きろ」

肩を揺さぶられ、私は薄目を開けた。何か温かいものに包まれて良い夢を見ていた気がする。

「もう少し…」

私はまだ重い瞼に抗えず、もう一度目を閉じた。

「こうやって人にくっつくのが趣味なの?」

どこか苛立ちを含んだ声が降って来て、私はガバッと起き上がった。

明るい光が差し込むリネン室では、自分の状況がはっきりと見て取れた。

私は天城にしがみつくようにして寝ていたらしい。四方を洗い立てのシーツや布団で囲まれており、二人は至近距離にいた。

「ひっ、すみません!」

私は慌てて天城から体を離すと、勢いよく後ろのリネンの塊にぶつかった。そしてその反動で、上からいくつものシーツやらタオルが雪崩のように落ちて来た。私はあっという間に、リネンの中に埋まった。もがきながら空気を求める私を傍目に、天城は助ける気配は一向にない。

(私、こうやって死んだんだっけ…)

ふとタオルの山の下でそんなことを考える。

(今回は柔らかいもので良かったわ)

やっとのことで、シーツやタオルをどかし、崩してしまった申し訳なさから丁寧に畳み直していると、顔を背け、肩を震わせている天城に気づいた。

「いい加減、笑い止みなさいよ」

余程私がタオルの下敷きになったのが面白かったのか、一向に笑い止む気配はない。

私は天城を無視し、高い位置にある窓を仰ぎ見た。

「今、何時かしら」

差し込む光の加減から見るに、まだ朝も浅いようだ。

「そろそろ出ていいかな…」

たたみ終わったタオルを横に置き、私はドアに手をかけた。その手に、天城の手が重なった。

私は振り返り、やっと無表情に戻った天城の顔を見つめた。

「なに?」

「昨夜のことだけど」

天城が言った。

「昨夜?」

私が首を傾げると、途端に天城の眉根に皺が寄った。

「覚えてないの?」

(昨夜、何かあった?ここに来てすぐ寝ちゃった気がする)

「何かありまして?すぐ寝て…」

ここまで言いかけた時、額に痛みが走った。

「痛っ…」

(こ、このクソガキ。またデコピンしやがった…)

「覚えてないならいい」

完全に不機嫌になった天城は、さっと立ち上げると、私を置いて自分の部屋へと戻って行った。

「アイツの沸点が分からん…!」

私は口の中で呟いた。



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