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蘇る記憶

「白石。白石さん。透さん。透。透ちゃん」

ひとしきり名前を呼び、私の関心を向けようとする榊に私は朝からイライラしっぱなしだった。榊が転校してきたその日に、私は妹にその出来事について伝えた。妹の喜びもひとしおだった。私同様、その榊という「歪み」を機に、ストーリー全体が好転するのではと期待している。

しかし、私はうんざりと横目で榊を見た。

(コイツがキーパーソンになる気がしない)

悪化もしなければ、好転も望めないとしか思えないのは何故だろう。本編とは全く異なる展開になったのに、なぜか心の底からは喜べない。

「るーちゃん」

榊がふとその名を呼び、私は表情を変えた。

「お。やっと反応したな」

「な、なんでその名…」

白石透を「るーちゃん」と呼ぶのは、現世でも一部の透ファンしかいなかった。つまり、この世界では、私しかいないことになる。

「なんでって、自分で言ってたじゃん」

「私がいつ…」

反論しようとしたが、藤堂や郡山そしてその他のクラスメートが私たちを見ているのに気づき、私は教科書に視線を戻した。

教室内を一瞬で凍り付かせた、真徳生にはあるまじき風貌の榊と話す私を、周りはどう思っているのだろう。

(藤堂から西園寺に、榊の情報が渡る可能性がある…)

私は小声で榊に言った。

「だから、学校では話かけないで」

「なんで?」

声量を全く変えずに、榊は聞き返す。

「事情があるの!」

榊の方を見ずに小声で伝える。

(転校早々また転校なんてことになったら、私が辛すぎる…)

「ふうん。あ、そうだ。今日ヒマ?」

何も伝わっていないし、聞く気もない榊は話題を変えた。

「コウちゃんが、最近お前に会えてないって言ってたから、今日連れて来るって言っちゃった」

(もう言ったんかい!)

悪気なさそうに言う榊に思いっきり突っ込みたかったが、ぐっと堪える。

「行けるだろ?拓也も最近バスケ出来なくて寂しいって言ってたし」

私は藤堂たちがこちらを見てないことを祈りながら、頷いた。しかし、その動作を見てないのか榊は更に声を大きくして聞いた。

「なあ、行けるよな?」

「行くから!今は静かにして!」

私は出来る限り小声で叫びながら、榊を睨んだ。

榊は面白がるようににやりと笑った。

(こ、こいつワザとだな…)

今すぐ飛びかかってやりたい気持ちを抑える為に、私は何度か深呼吸を繰り返した。その隣で、榊は相変わらず楽しそうにしていた。


「おーい、帰るぞ」

何も入っていない軽そうな鞄を肩にかけながら、榊が言った。一方で私は、全ての教科書を持ち帰る為、忘れ物がないか引き出しの中やロッカーを確認していた。

(隠されたりボロボロにされると、後が面倒なんだよ)

以前、置き忘れた教科書は、ボロボロになって机の上に放置されていたことがあった。新しい教科書が届くまで、先生から借りる羽目になり、それはそれで面倒だった。

「それ全部持って帰るの?」

ずっしりとした鞄を見ながら榊が、眉を寄せた。

「重くね?あ、筋トレ?」

「まあね」

まだちらほらと生徒が残っている教室から、私はそそくさと出て行く。その後ろから、気持ちを全く持って読み取ってくれない榊が「待てよ~」と言いながら追いかけて来た。

「なんでそんな駆け足なの?」

私は思い切り早歩きをしているつもりだが、身長が30センチも違う榊は優雅に歩いているだけだ。

「あんたと二人のところを見られたくないからよ」

「なんで?」

私は無言のまま、平松のいる車へ飛び乗った。安心したのもつかの間、榊は反対側に回り込み、車の中まで入って来た。

「ちょ、ちょっとなんで。一緒に行くなんて言ってないでしょ」

「一緒に行った方が早いだろ。平松さんに会うのも久しぶりだし」

状況を楽しんでいる榊は、運転席にいる平松に向かって言った。

「ね。平松さん」

てっきり迷惑がるかと思ったが、平松は丁寧に頭を下げた。

「ええ。お久しぶりですね。帰国されたんですか?」

そしてぽかんとしている私を置いて、二人は会話を楽しんでいる。

「先月末辺りに帰国したんすよ」

「ちょ、ちょっと待って。二人は知り合いなの?」

私は二人の間に割って入った。

「え?」

「は?」

二人が同時に顔を合わせた。私の知らない何かが起きている。

「やっぱ何も覚えていないのか」

「あれほど、ぐでんぐでんに酔っていたら、そうかもしれません」

平松がため息を吐いている。

「え…」

(酔った?私が?いつ?)

「元旦のこと覚えてない?もはや歩けないお前を送る方法がなくて、休日なのに平松さんを呼び出したんだよ、俺が。思い出した?」

「あの時は本当に参りましたね」

「その説は、どうも助かりました」

二人の会話がどんどん遠くなって行く。

(私がお酒を飲んだの…?元旦に…?)

蓋をしていた記憶がどんどん明るみに出て来るのを感じた。

(独りぼっちで年越しをしていて、いつもの癖で、コンビニで追加のお酒を買って来ようとして…)

忘れていた記憶がだんだんと蘇る――


新年のカウントダウンのあと、寂しさを紛らわすためにノンアルでもいいからと深夜にも関わらずコンビニへと向かった。住宅街はそこまで賑やかではなかったが、公園に近づくと騒がしい人の声で溢れていた。友人同士で集まり、宴会をしているグループがいくつもあった。その笑い声が溢れる人々の横を通り、コンビニへと向かっていると、酔っ払いの一人に声を掛けられた。

「お姉ちゃんも一緒にどう?」

「結構です」

私は歩みを止めないまま答えた。

「新年なんだよ~。せっかくなんだから、一緒に飲もうよ」

「間に合ってます」

無視してその場を通り過ぎようとした時、酔っ払いが腕を掴もうとした。

その時「そこまでにしようか」と優しい声が聞こえた。

振り返ると、ジムのトレーナー、幸田が立っていた。

「この子、俺の連れなので」

自分の倍はある体格の幸田に見下ろされて、酔っ払いの男は更に足元をふらつかせた。

「なんだよ、一緒に楽しもうと思っただけだよ」

そう呟きながら、仲間の待っている輪へと戻って行った。

「この辺の住人じゃないね。マナーが悪い」

「そうですね」

この近辺はある程度常識を持った金持ちが多く住んでいる。今夜、ここで年越しをして騒いでいるメンバーは近所の人ではなさそうだ。

「それはそうと、何でこんなところに?」

「コンビニに行こうかと」

「こんな時間に?誰かと一緒?」

黙っていようと思ったが、口から言葉がついて出た。

「家族は全員オーストラリアで…」

以前幸田の前で大泣きしたことがあったが、彼のまとう雰囲気のせいだろうか、彼を前にすると自然と何でも話してしまう。自分一人で過ごしていると聞くと幸田は驚いた顔をした。

「それは悲しいね」

「はい。まあ…」

今まで幾度となく一人で年越しをしてきたが、あの無駄に広々とした家に一人でいるのと、余計にもの悲しく、寂しく感じる。

(しかし26歳にもなって情けない)

自分で言っていて恥ずかしくなって来た私は、頭を下げた。

「すみません。帰ります」

「良かったら、ジムに来る?みんなでパーティーしてるんだけど、拓也も今日はまだ起きてるよ」

心のどこかでまだ帰りたくなかった私は、その誘いに二つ返事で乗ってしまった

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