表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/72

新年

夢を見ていた。

まるで雲の上を飛んでいるかのような、ふわふわとした気持ちが私を包んでいる。しかし突然、目の前がぐるぐると回転し、見覚えのある場所が目の前に現れた。

天井高く積み上げられた、箱という箱。世話しなく走り回る従業員。荷物をスキャンする度に鳴る機械音。大学卒業後、3 年間毎日働いていた倉庫にいた。

その時、どこからか叫び声がした。

「先輩!先輩!!」

どこか懐かしい聞き覚えのある声がした方へ足を運ぶ。

どくんと心臓が波打った。

(ここは…。この場所は…)

大きな荷物が乱雑に床に落ちている。そこの近くで一人の青年が涙声で叫んでいた。

「先輩!先輩!!」

積み上がった箱の下から腕が一本見えているのが、どこか生々しい。

(そうか、私はこんな感じで…)

ふと泣きじゃくる青年の近くに、誰かが立っているのに気づいた。

身長178センチ、浅黒の肌にショートカットヘア。作業着を着ていると、男性にしか見えないその女性は、こちらをじっと見ている。

私はその女性に手を伸ばした。

しかしその時、体を揺り動かされ、私は目を覚ました。


「お姉さま?」

うっすらと目を開けると、心配した表情のまどかが私を見つめていた。

私は鉛のように重い体を起こした。頭がずきずきし、少し吐き気もする。

「うなされてたわ」

ベッドサイドのテーブルから水の入ったコップを私に渡す。

私は一気に水を飲み干し、ふうと息を吐いた。

妹はベッドに座り、私をじっと見つめている。私は額に手を当てて呟いた。

「なんか凄く悲しい夢を見てた気がする…」

しかし、思い出そうとすればするほど、夢は霧のように薄くなっていく。

それから、はたと気づいた。

「あれ。まどか?なんでここに?」

白石家は、年末からオーストラリアに行っている。私を一人置いて。

妹は肩をすくめてから、平然と言った。

「一人で帰ってきたの。退屈だったし」

どうやって小学生一人で帰国できたのか、など色々聞きたいことはあるが、頭痛のせいであれこれ聞く気にはならなかった。

「…二人がよく許したね」

私がぼそりと呟くと、妹は鼻で笑った。

「お父さまは向こうに着いてから、ずっと部屋に籠って仕事していたし、お母さまも写真映えする場所や買い物に忙しかったわ。滞在していたホテルのラウンジで知り合った奥様と気が合ったのか、よくお出かけしていたもの。私はずっと放ったらかし」

「目に浮かぶな…」

「だから、帰国してお勉強したいって言ったらすぐに許して貰えたわ」

何の為の家族旅行だったのか、疑問が残る。

「それはそうと、お姉さま!」

妹が私の手を掴んだ。

「お姉さまに聞きたいことがあるの」

「何?」

「クリマスパーティーのこと」

「ああ…」

私は未だぼんやりとする頭で、12月24日のことを思い出す。まだそこまで日にちが経っていないのにずいぶん前のことに思える

「あの日。お姉さま、怪我して帰って来たじゃない?西園寺響子にも追われていたし、やっぱりあの日に何かあったのかと思って…」

「ああ。あの怪我は、私の不注意というか、慣れないヒールのせいと言うか。…ん?」

私は妹の方を向いた。

「西園寺に追われていたって、どういうこと?」

妹が驚く番だった。

「お姉さま、逃げていたわよね?ヒールも脱いで、裸足で」

「裸足で逃げ…」

みるみるうちに鮮明に記憶が蘇って来た。

暗闇が怖いばかりに自分の妄想に憑りつかれて、無様にも半泣きの裸足で廊下を走ったことを。

「ほら、私に電話した時よ」

「ああ、あれは…」

(い、言えない…!空想の幽霊から逃げていたなんて!しかも、そんなのいなかったし!)

視線を泳がす私に妹が訝しげな顔をする。

「お姉さま?」

「あの時は…」

そこで、はたと気づく。

「なんで西園寺から逃げていると思ったの?」

確かにあの時、別の教室にいたのはパーティーから抜け出したカップルだったと判明した。

「映ってたの?」

妹は頷いた。

「ええ。西園寺響子が教室から出てくるのを確認したわ。彼女の付き人と一緒にね」

「なぜ、そこに西園寺が…?」

「お姉さまを狙っていたのだと思ったのだけど」

私は首を振った。

「その日は、何もなかった。それに、私がそこにいたのは本当に偶然だから」

そう。考えごとをしていたせいで、迷い込んだ場所であり、西園寺に呼び出された訳ではない。

「監視カメラは音声がないのが難点ね」

まどかは顎に手を当てた。

「それはそうと、もう一つ気になることがあるの」

妹はそう言うと、いったん自分の部屋に行き、脇にノートパソコンを抱えて戻って来た。

「これ見て」

キーボードを叩き、画面に映った映像を指さした。

そこには、藤堂の取り巻き二人と話している西園寺の姿が写っていた。

「なんか違和感があると思わない?」

私は無言で画面の三人を見つめた。

(いつか接触するとは思ったが…)

西園寺と藤堂は、後に裏で繋がることを知っている。藤堂がみんなに隠れて整形していたことを、西園寺が偶然にも知り、藤堂が白石透を元々嫌っていることを利用しようとする。西園寺は白石透が秘密を握っていると偽の情報を流し、藤堂が更に嫌悪感を抱くよう仕向けた。その結果、藤堂は高2から友達面を止め、あからさまな白石透虐めを始める。

私の説明を聞くと、まどかは一瞬考え込んでから言った。

「ならば、今は情報集めの段階ね」

「おそらく。取り巻きに接近しているということは、まだ藤堂の弱みを握れていないはず」

「どうするの?」

私は頭を振った。

「これに関しては何も出来ない。いつ、どこで、どのように西園寺が藤堂に接近して、嘘の情報を流すかは、原作には描かれていないの。だから前以て回避が出来ないんだ」

漫画では、ただ一行だけでその説明が加えられていただけだった。

そこから情報を集めるのは不可能に近い。

「何もしないの?ただ見ているだけ?」

明らかに妹の表情が曇った。

「そんなの嫌よ。何が起こるか分かっているのに、何もしないなんて」

まるで何かを乞うかのように私の腕を触る。

「そうなんだけどね~」

私は枕に寄りかかった。

「前にも話したじゃない?藤堂の私に対する嫌悪感は、設定だって。決定事項だから、今さら覆すことは出来ない。だから、万が一西園寺を食い止めたところで、結局藤堂は白石透を虐める展開になるはず。軽いいたずらは既に始まっているしね」

妹の表情がみるみるうちに崩れ、私の腕を掴んでいる手が震えた。

余程、西園寺に突き落とされるという話が衝撃的だったのだろう。

私は妹の頭に手を置いた。

「大丈夫。藤堂の虐め自体は、そこまで酷いものじゃないから」

(確か、机にペンキをぶちまけられたり、教科書が捨てられたり、だったっけな…)

「だから、整形うんぬんの件で変に近づくことはやめておこうかなと。下手に動いて最悪な展開になるのは避けたいから」

妹は諦めたように頭を振った。

「分かったわ。藤堂さんの件は、お姉さまに従う。警戒すべきは、やはり西園寺響子だもの」

「そうだね」

まだ事件が起きる場所が特定できていないのも、妹が懸念していることの一つだと手に取るように分かった。

妹の精神衛生のためにも思い出したいのだが、背景が暗かったことしかヒントがないため、一体どこで突き落とされたのか見当も付かない。

「学校内であることは間違いないんだけどね~」

「もっと気を引き締めて!」

いまいち自分事のように考えられない私に向かって妹の喝が入った。

「約束、忘れないでね。絶対に危険な目に遭わないでよ」

「うん」

私は妹の目をまっすぐ見た。もう妹を泣かせたくはない。

「西園寺響子には、なるべく近づかないで」

目の前に指を立てて、まどかは真面目な顔をして言った。

「約束」

私はしっかりと頷いたが、その約束は数日後に難なく破られた。



数日後。

「あら、ごきげんよう。白石さん」

上品な笑顔を向けて挨拶をする西園寺に向かって、私は負けじと笑い返した。

「ええ。ごきげんよう」

しかし心の中は、冷静ではいられなかった。

(まどか、いとも容易く約束を破ってごめん!)

家に帰ったら今日のことを根掘り葉掘り聞かれるだろう。その時に、西園寺の名前を出さないほど私は器用な人間ではないと自覚していた。

「今日は誰に誘われたのかしら?」

口角は上がっているが、目は笑っていない。

「蓮見さんにお誘い頂きましたの」

「そう、不思議ね。貴女はもう天城さまの婚約者でもないのに、お声がかかるなんて」

西園寺の言い方は、まるで誘われていないのに自らやって来た厄介な人という言いぐさだった。

(私だって来たくなかったわ!)

心の中で思いっきり叫んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ