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パーティーへ

一緒にパーティーに出ることしか決定してなかったため、待ち合わせはパーティー会場だと思い込んでいた。しかし、4時を過ぎた辺りに平松から「お客様がお見えです」と言われ、一瞬喉を詰まらせた。

(え、何。ここから一緒に行くの?)

「もう少しお待ちください」

私の代わりに美容部員がそう平松に伝えた。

「お嬢様こちらに」

私は全身鏡の前に連れて行かれた。

「着心地はいかがですか?」

鏡の中の自分を見て、私は言葉を失った。

淡い色のレースをいくつも重ねた、ラベンダー色の大きく裾が広がったドレスは、銀色の刺繍糸が動くたびにキラキラと光を放つ。肩から流れ落ちる金色のチェーンが、肌の白さを更に際立だせている。普段はふわふわに広がっている髪の毛は、後ろで丁寧に編み込まれ、星や月がアクセントのヘアアクセサリで飾られていた。まるで、おとぎ話に出てくるお姫様のような装いに、開いた口が塞がらない。

それからふと、気づいたことがあった。

「試着したドレスと違う…」

私の口から言葉がこぼれた。

海外にいる母親とテレビ電話を通して行った前代未聞のショッピングの時に購入したドレス。そのドレスもゼロの数が異常だったが、このドレスはその何倍も手が込んでいる。

「ええ。こちらはある有名デザイナーの方から頂いた、一品になります」

美容部員の一人が言った。

「ははあ…」

呆然としたまま着ているドレスを食い入るように見つめた。確かにこんな繊細な刺繍が施されたドレスは工場で生産するのは難しいだろう。

「靴はこちらになります」

そう言って、用意された靴を見て私はまたもや口をあんぐりと開けた。

なんと、10センチ以上はありそうなピンヒール。以前、藤堂のパーティーの時に履いた靴とは比べ物にならないほど、踵の部分が高い。

「いや、これは…」

(確実にこけるな)

「お、お気に召しませんか…!」

後ろに控えていた美容部員の一人が慌てたように言った。

今回、初めて靴選びを任じられた新入りなのだろうか。周りの落ち着いた女性たちとは雰囲気が異なり、どこかおどおどしている。ここで私が断ったら、きっと後でみんなに怒られ、下手したら、母親にまで何かを言われるに違いない。

「…いえ。素敵です」

喉まで出かかったお断りの言葉を飲み込んで私は笑顔を作った。

確かに見た目は本当に可愛らしい。透明感のあるピンク色の靴は、まるでガラスの靴のようだったし、足首に付いている大きな蝶の飾りは、足を動かすと、光に反射してまるで万華鏡のような優美さを醸し出す。

(ただ、これは観賞用だろ~)

女性たちの肩を借りながら、このハイヒールを履いている姿は本当に情けない。

それに、今まで3センチ以下の靴しか履いてこなかったため、ヒールを履いての歩行にかなり不安が残る。高身長だったために、踵の高い靴を履いたためしがなかった。

(絶対こける。確実にこける)

すでに自信喪失の私は、美容部員に見送られても引き攣った笑顔しか作れなかった。

「お嬢様」

玄関から恐る恐る足を動かして出ると、しびれを切らしたのか平松が手を貸してくれた。

「あ、ありがとう…」

高いピンヒールはバランスを取るのが、とても難しい。どこに重心を置いていいものか分からず、何度もよろけてしまう。平松の白い手袋に爪が食い込んでいる気がした。

「お嬢様。お連れ様と写真を撮ってもよろしいでしょうか」

私の足元を見ながら、平松が聞いた。

「ええ」

まどかによると、五十嵐一家も相当有名らしい。母親から怒りの電話が来ない相手なら、もはや誰でも良かった。

「お母さまに送るのよね」

「はい」と平松。

「なら、天城さんとの写真は要らないわよね?」

「え?あの、お見えになっているのが…」

最後まで言う必要はなかった。

平松の車のそばで待機していたのは、眠たそうな五十嵐ではなく、紺色のスーツを着た無表情の天城だった。普段の雰囲気とは異なっているように見えるのは、前髪をアップにしているからだろうか。

「え…?」

その瞬間、足がぐにゃりと曲がりバランスを崩した。

「お嬢様!」

平松が咄嗟に支えてくれなければ、地べたに突撃していたと思う。冷や汗が背中を伝った。

「お嬢様をお迎えに来てくださったのが、天城さまですよ」

小声だが、どこか嬉しそうに平松が言った。

(もう見りゃ分かるわよ…)

「では、こちらに並んで頂けますか?」

平松が天城に私の隣に立つように指示をする。

「写真、撮りますね」

母親用の写真のため、私は頑張って笑顔を作る。隣をちらりとみると、相変わらずの無表情のままだった。

(羨ましいかぎりだわ、全く…)

平松が満足する写真が撮れたあと、ようやく出発となった。


「着きました」

普段は使わない学校の裏門から入り、会場の近くに車を停める。私は、停まるや否や、逃げるように車から出た。

(死ぬかと思った…)

ドアに手をかけ、深呼吸をする。

誰一人話さなさいという車内の息詰まる空気に、無意識に呼吸を止めていた。

「では、連絡を頂いたらお迎えにあがります」

どこか楽しんでいる平松はお辞儀をし、さっさと帰って行った。

消えていく車のバックライトを見送る。

(私も帰りたい…)

「行くぞ」

天城が言った。

(へいへい…)

バランスの取れないピンヒールでゆっくりと歩き出す。

少し前を歩いていた天城は、はあと大きなため息を吐いた。

「遅い」

その言いぐさにイラっとする。

「先に行ってくださって、構いませんのよ?」

むしろ先に行ってくれ、と心の中で呟く。

しかし、天城は私の言葉を無視し、私の腕を掴んだ。私が歩きやすいように支えてくれるようだ。

(こいつが分からん!)

支えがあることにより、幾分かマシに歩けるようにはなったが、謎は増えるばかりだ。

(そして五十嵐はどうした)

辺りを見渡すが、人一人見当たらない。パーティー開始の時間はとっくの当に始まっているから、パーティー会場にいるのだろうか。

「五十嵐は来ない」

何かを察知したのか、天城が言った。

「用事が出来たらしい」

「あら、そうなの。それならそうと言ってくれればよろしいのに」

(代わりに天城をよこすなんて。気が利くのか、空気が読めないのか)

絶対に後者だろうな、と考えていると遠くから声が聞こえた。

「おーい、二人とも!」

声の方へ視線を向けると、パーティー会場となっている体育館の入り口付近で、誰かが腕をぶんぶんと振っている。すでに辺りは暗くなっており、蛍光灯の近くに行くまで、それが正装した蓮見だと分からなかった。隣には、寒さで頬を赤らめながらもどこか誇らしげな藤堂茜が立っていた。

久しぶりに彼女の顔を見た瞬間、どす黒い何かが心の底から込み上げて来た。

(伊坂さんの一件に、藤堂は直接的に関わっていない)

自分にそう言い聞かせるが、藤堂が放った言葉が、一気に脳内に蘇る。

―哀れな庶民は、消されてしまいましたとさ。

何が狙いで、そんなことを言ったのかは分からないが、あの言葉に私がかなり取り乱したのは事実だ。怒り狂う私の顔でも拝みたかったのだろうか。

(それなら、大成功ね)

「落ち着け」

無意識に硬直していた私の肩に天城の手が置かれた。

「転校の件に、あの女は関わってない」

知ってる、と言いかけて私はふと足を止めた。

「なぜ、そう思うの?」

天城も私に合わせて立ち止まる。

「調べた」

眉の間にしわが寄っているが、気にせず聞き返す。

「なぜ?」

「お前が…」

そこまで言いかけて天城は口をつぐんだ。

(私が何?)

「いや、何でもない」

そう言うと、蓮見が騒いでいる方へと一人で歩き出した。

「なんじゃ、そりゃ…」

離れていく背中を見ながら、ため息が出る。そして、私もドレスの裾を上げ、ゆっくり歩き始めた。

「遅かったわね」

藤堂が言った。

上着を忘れて外に出て来たのか、氷のように冷たくなった藤堂の腕を私の腕に絡めて来た。

「ずっとお待ちしていたのよ」

前を歩く天城と蓮見の後ろ姿を嬉しそうに見ながら、藤堂は言った。蓮見に誘われたことが誇らしいのか、終始笑顔である。

「藤堂さん、聞きたいことがあるのだけど」

「何かしら?」

機嫌良さそうに藤堂は私に顔を向けた。

「伊坂さんのことだけど。貴女言っていたわよね。彼女は、私に近づきすぎたと」

「あら、そうでした?」

ピンク色のネイルを施した指を顎にあて、わざとらしく「はて?」と首をかしげる。

藤堂の行動一つに苛立ちを感じる。

「ええ。あれはどういう意味だったのかしら?」

「さあ。覚えていませんもの」

藤堂の腕がするりと私の腕から外された。しかし私はすぐさま藤堂の腕を掴んだ。

(逃がさない)

「伊坂さんの転校の件、貴女はどこまで知っていたの?」

「白石さん、痛いわ!」

突然、大きな声を出した。

「は?」

何事かと、蓮見と天城が振り向いた。

「強く掴まないでください!私は貴女が何を言っているのか、全く分かりませんわ!」

メイクでさらに大きくなった茶色の瞳に、涙がみるみるうちに溜まっていく。

「誤魔化さないで。貴女は一体どこで…」

言い終わらぬうちに、天城によって腕を掴まれていた。

「離せ」

天城の低い声が響いた。

私の手から解放された藤堂は腕をさすりながら、さっと蓮見の後ろに隠れた。

「白石さん、怖いですわ…」

(こいつ、しらを切るつもりか)

蓮見が藤堂に「行こうか」と言ったその時、藤堂の顔がにやりと歪んだのを私は見逃さなかった。

二人の姿が遠ざかると、天城は私の腕を離した。

「さっき言っただろ。あの女は関係ないと」

「本当にそうかしら」

私は歩き出した。

黒いフードの人物が藤堂茜でなくても、直接的に伊坂を転校まで追いやっていなくても、何かを知っているのは明らかだ。

(でないと、私に近づきすぎて消された、などいう台詞は出てこないはず。その裏さえ取れれば、その人物を追い詰められるのに)

「何か、知っているのか」

隣に並び、狭い私の歩幅に合わせながら天城が聞いた。

「あなたには関係のないことよ」

私はつんと前を向きながら答えた。

(天城が何を調べたのかは知らないけど、これは私が解決する問題)

天城がまた私の腕を掴んだ。

(もう本日何度目…)

「何かしら?」

小さくため息を吐きながら、私は天城の方に体を向けた。

「お前が話してくれないと、助けられない」

しかめ面のその瞳の奥に、色々な感情が動いている気がした。

「誰の助けもいらないわ」

私の助けになるのは、ただ一人。本当の私を知っている、妹だけ。

天城の手を掴み、私の腕から引きはがした。

「婚約者のフリをする必要はないのよ。そろそろ、自分の人生を歩んだらどうかしら」

そう言い、体育館の扉を開けた。

「もう歩んでいる」

私の背中に向かって天城がそう呟いていたことなど、全く気づいていなかった。


扉を開けた先は、別世界だった。

クリスマスパーティーが開始してからだいぶ経っているせいか、会場は既に熱気で包まれていた。体育館全体にクリスマスの装飾を施されており、中央には天井まで届きそうな巨大なクリスマスツリーが飾られていた。

(もはや体育館の原型をとどめてない…)

前方の方では、生のバンド演奏があり、その音楽に合わせて楽しそうに踊っている生徒が至る所でにグループになっている。

端には食事が並べられており、数十人のシェフが出来たての料理を提供している。基本的には立食ではあるが、丸テーブルやいすも用意されており、踊り疲れた人はそこで休憩しているのが見えた。

「あれ、海斗は?」

入り口でぼーっと立っていると、先に会場に入っていた蓮見が声を掛けて来た。

「後ろにいるわ」

藤堂とは別れたのだろうか。彼女の姿は見えない。

「とりあえず、コートはクラークに預けて来なよ。暑いでしょ」

蓮見が指さす方を見ると、簡易的に作られたクラークがあった。

そこで荷物やコートを預かってくれるようだ。

私は白いファーの付いたコートを脱ぎ、クラークに預けた。

すると、その隣にあるテーブルにいた学生が私に声を掛けた。

「出席確認とカップルチケットの登録はこちらです」

「ああ…」

(そうだった。カップルチケットが要るんだっけ)

面倒臭いと思いながらまだ近くにいた蓮見に声を掛ける。

「蓮見さん、登録は?」

蓮見は私を見て、苦笑いをした。

「俺はもうしちゃったんだよね。さっきの子と」

「ああ…」

(手近に済まそうとしたが、残念)

仕方がないと天城を探すが、まだ会場内に入って来ていないようだ。

「あなたが藤堂さんを誘ったの?」

「うん。まあ、頼まれて…」

「誰に?」

私は蓮見の顔を見た。

「誰って、かい…」

「余計なこと言うな」

後ろから天城が現れ、蓮見の首に腕を回した。

「ちょ、ちょっと冗談だって!」

「口を開くな」

二人でじゃれ合っているところを見ると、私はつくづく青春だなと思ってしまう。

(高校生って本当に若いわ…)

「天城さん。一緒にチケットの登録をお願いしたいのだけど」

天城は蓮見から手を離すと大きなため息を吐き、受付の方へと足を向けた。

(そんなあからさまに面倒臭がらなくても)

私はその後ろを追いかける。

(確かに、さっき助けはいらないと言ったけれども。これくらい…)

もう少し天城が優しければ、るーちゃんも嬉しかったと思うのに。

そんな風に考えながら、まじまじと天城の後ろ姿を見つめた。

(まあ、白石透を嫌う設定だから無理か)

二人分のチケットを貰い、投票方法の説明を受ける。

巨大なクリスマスツリーの下に、投票箱があり、キングとクイーンを同学年の生徒の中から一人ずつ選ぶ。もちろん、自分の友人を選んでもいいし、自己推薦をしてもよし。人が多くて分からないと言う人は、キングとクイーン候補の中から選んでもよいとのことだ。

「候補がいるのね」

受付の横には、男女の写真がずらりと並んでいた。真徳高校の1年生から3年生まで、学年ごとにキングとクイーン候補が選ばれ、貼りだされている。

1年のクイーン候補には、藤堂茜や西園寺響子も入っていた。そして、キングにはもちろん天城、蓮見、五十嵐の三人が候補として挙がっていた。

(面倒臭いな。天城にいれておけばいいか)

そんなことを思いながらちらりと横を見ると。

俺に投票したら殺す、と瞳が物語っている険しい表情の天城がいた。

「そんな目で見なくても。五十嵐さんに入れるわよ」

安全牌の五十嵐を選ぶことにした。

「えー!俺に入れてくれないの?」

後ろで蓮見が騒いでいるが、全力で無視する。

(クイーンはどうしようか)

候補の写真に目を走らせる。

長いストレートの黒髪の西園寺響子が目に入った。

ふと脳裏に漫画で読んだシーンがよぎった。

高3のクリスマスパーティーに、西園寺響子と婚約発表をした天城。それを目撃した白石透は絶望に打ちひしがれる。それは、自分を長い間苦しめてきた張本人と、好きな人が結ばれてしまったという結果もあるが、ずっと心のどこかで憧れていた、キングとクイーンに天城と西園寺が選ばれたというのも引き金になっていた。そして選ばれた二人が婚約発表をも行ったものだから、白石透の精神はズタボロだっただろう。

(今回も天城と西園寺が選ばれる可能性は高いかな)

しかし、それはそれでいいと思った。

とにかく西園寺が人目に晒されていれば安心だ。

「では、投票してくるわ。ここで別れましょうか」

天城にそう言うと、蓮見が反応した。

「白石ちゃん、どこ行くの?ダンスは?」

「ダンス?」

私は足を止めた。

「うん。一緒に来たパートナーとダンスするっていうしきたりがあるじゃん」

(え、聞いてない…)

天城の方を見たが、無表情すぎて何を考えているか分からない。

「それは、必ず参加…?」

恐る恐る私は聞き返す。

「そうだね。参加しなかった人は過去に一人もいないかも」

更に詳しいことを聞くと、ダンスの後カップルで写真を撮るらしい。それが卒アルに載るとか。

当惑している表情を出さないように努力するが、心の中は大暴れだった。

(ヤバい!どうしよ!運動全般得意だけど、ダンスだけは不得意なんだよ~!妹よ、肝心なところを伝え忘れているぞー!)

「と、とりえあず投票してきますわ」

一旦、カップルダンスのアナウンスが流れるまでは、その場を離れることにした。

「高校生のパーティーだからと舐めていた…」

大きなツリーまでの道のりを、ダンスをしているカップルを避けながら、私は一人呟いていた。赤や黄色、緑のライトが点滅しているクリスマスツリーは、見上げるほどの高く、てっぺんの星は誰がどのように付けたのか不思議に思ってしまうほどだ。

そのツリーの前に、金色の大きな投票箱が置かれていた。

学年ごとに入れる場所は異なっており、私はそこから1年生を選び、紙を入れた。

音楽が盛り上がるにつれて、会場の温度はどんどん上昇していく。

私はまたもやダンサーの間をかいくぐり、端へと移動した。

慣れないハイヒールでずっと立っていた為、そろそろ足が限界に近付いてきた。

適当な椅子を見つけ、そこに座る。

(こんなんでダンスなんか無理だろー)

しかし卒アルに写真が載らないと知ったら、母親は憤怒するに違いない。

(あー面倒なことが終わらん!)

「あの、お一人ですか?」

若干むしゃくしゃしながらも痛くなったふくらはぎを揉んでいると、いきなり誰かに声を掛けられた。

顔を上げると、タキシードを着た知らない人が立っていた。

(…誰?)

この学校の生徒であることは確かだが、誰なのか全く分からない。

私が黙っていると、その男子生徒は私の前に手を出した。

「もし、お暇ならダンスでもどうですか?」

「あ、ごめんなさい。疲れていて…」

そう断ると、男子生徒は渋々とその場を去って行った。

(何なんだ…?)

しかし、その後も何人かに声を掛けられた。その中には、明らかに先輩だという風貌の人も混ざっていた。ダンスに誘われる度に、疲れていると断り続けるが、だんだんと鬱陶しく感じて来た。

(どんだけダンス好きが集まってんの、この学校!)

5人目にお断りの謝罪をしたあと、私ははあとため息をついた。

「ねえ」

また間髪入れずに声を掛けられ、私は少しぶっきらぼうに返答した。

「疲れていますので、ダンスは結構です」

「僕もダンスは、いいかな」

紺のスーツを着た五十嵐が立っていた。ただ相変わらず前髪が長すぎて顔の半分以上見えない。そのせいか、何だかちぐはぐな格好に見えてしまう。

「今いらしたの?」

時計を見ると、そろそろ7時を回ろうとしていた。

「うん」

眠たそうに欠伸をしながら五十嵐が隣に座った。

「今日は用事があるって聞いたけど」

「用事?ああ、うん。そうだったね」

五十嵐が興味なさそうに言った。

それから二人の間に沈黙が流れた。

私はやっと痛みが引いてきた足から手を離し、会場をくまなく見つめた。

誰が今どこにいるのか把握しておく必要があった。

(藤堂は、友人たちといるのか。郡山も、誰かとダンスしているな)

二人が完全にパーティーを楽しんでいる様子はいとも簡単に見つかった。

「誰か探しているの?」

五十嵐が聞いた。

「ええ。西園寺さんを」

目を凝らしても、西園寺の姿は見えない。トイレにでも言っているのだろうか。それともパーティー自体に来ていないのだろうか。

「西園寺さん?なんで?」

西園寺と面識がある五十嵐は、少し驚いたような顔をした。

白石透と西園寺響子を結び付けるものがないから、だろうか。

「えっと…。さ、西園寺さんのドレスはきっと美しいだろうな~と」

(我ながら苦しすぎる言い訳!!)

しかし、女子とはそういうものと思ったのか、それ以上問い詰めて来なかった。

「僕も見てないね、西園寺さんは」

「そう」

「受付に聞いてみたら?出欠確認もしていると思うよ」

なるほど、その手があったか。

私はすくっと立ち上がった。しかし、まだ慣れないヒールのせいで、バランスを崩してしまった。慌てて、近くのテーブルを掴んだ。

(あっぶねー!)

額に冷や汗が流れた。

(こんなところで転んだら、これこそ変な意味で有名になる…!)

「一緒に行こうか」

五十嵐がフラフラの私の姿を見かねたのか、提案してきた。

「結構よ」

しかし、そう答えた私の言葉を無視して肩を抱くように掴んだ。

「危なっかしくて見てられない」

ゆっくりと私の歩幅に合わせながら、入り口付近の受付へと誘導してくれる。

「何してんの?」

不安定な足元に注意して歩いていると、突然目の前に天城が立ちはだかった。隣には今にも笑い出しそうな顔をしている蓮見がいた。

「助けてた」

私の肩から手を離さずに五十嵐が眠たそうに言った。

(何、この雰囲気…)

二人が何やら意味深な視線を交わしあっている。

なんだか面倒臭そうだと私はその場から一人離れようとした。

「あの。私は、これで…」

「危ないよ」

五十嵐から逃れようと体をねじったため、またバランスを崩した。

「ほら、言わんこっちゃない」

咄嗟に五十嵐が私の腕を掴んだため、天城の胸元へダイブするのだけは回避できた。

「ごめんなさいね」

笑ってごまかそうとするが、その笑顔が引き攣った。捻ってしまったのか足首にぴりっとした痛みが走ったのだ。

(これだからハイヒールは苦手なのよ~)

人の手を借りないと歩けないとか、情けなくて泣けてくる。

「そろそろダンスの時間だね」

会場の時計を見ていた、蓮見が余計なことを言い出した。

音楽が一層大きくなり、カップルたちがわらわらと会場へ押し寄せてくる。

「蓮見さま~!」

鈴の音のような声がして、藤堂が走って来た。

「ダンスの時間ですわ!」

「そ、そうだね…」

腕を掴まれた蓮見は、私たちに目配せするとその場から離れた。

「俺たちも行くぞ」

天城が私の手を取り、ツリーの方へと連れて行く。

「また後でね」

五十嵐がひらひらと手を振った。

(ダンス…。地獄のダンスの時間がやって来た)

あまりの緊張に、捻った足首のことなど、一気に頭から吹っ飛んだ。

(ヤバい。どうしよう。なんのステップも分からないのだが!)

「…おい」

あまりにパニック状態に陥っている私は天城が何度も声を掛けていたのに気がつかなかった。

「おい、落ち着け」

立ち止まった天城が、私の頭の上に手を置いた。

「ダンスは初めてか?」

私はコクコクと頷いた。

毎年恒例のダンスが始まるということで、見学者たちもぞろぞろと集まり、踊るスペースを確保したまま輪を作り始めていた。

(この中で失態とか犯したら、どうなるか!)

緊張と恐怖で体全体が震えている。

(しかもこの靴で!)

まだ重心の乗せ方を覚えていないので、油断したらバランスを崩す。

(今からも遅くない。気分が悪いと言って、この場から去らせてもらおうか…)

「大丈夫だから、落ち着け」

天城の苛立ちに満ちた声が、近くに聞こえた。

「ただのスローダンスだから、特別なステップはない」

そう言いながら、私の腕を自分の首の後ろに回し、自分の手を私の腰に添えた。

そして生演奏に合わせて、足を右左に移動させるだけだ。

(え、こんなんでいいの…?)

辺りを見渡すが、本当にその通りだった。みんな、体をゆらゆらと揺らしているだけだった。

その状態を、見学者たちがキャーキャー言いながら写真を撮っている。

「なんだ…」

私は下を向いて、ふうとため息を吐いた。

(これなら耐えられる)

その時、首筋にピリッとした痛みを感じて、私は再度辺りを見渡した。

人混みの奥の、タキシード姿の男子生徒の後ろに、西園寺響子がいた。

人を射るような鋭い瞳には、憎悪を燃やしている。

(おでましか…)

しかし、一人でいるということは誰にも誘われなかったのか。それとも、ただ一人から誘われるのを最後まで待っていたのか。プライドの高い西園寺なら、自分から誘わないまでも、何かしら行動はしたはずだ。

私は目の前にある天城の顔をじっと見た。

相変わらず表情が読めないが、眉間の間には皺が入っている。

「何」

ぶっきらぼうに天城が聞いた。

「なぜ、西園寺さんを誘わなかったの?」

お前には関係ない、と突き放されるかと思ったが、天城はさらに顔をしかめただけだった。

「それ今、聞くの」

「今気になったんだもの」

「誘いたいと思わなかっただけだ」

刺々しく天城は言った。

(ってことは、まだ天城は西園寺にはなびいていないってこと?)

先ほど西園寺がいた場所をもう一度見るが、既に姿を消していた。

漫画には、いつ天城が西園寺に心を惹かれたとはしっかりと描かれていない。

「西園寺さんとは、どんな関係なの?」

「は?」

天城が軽蔑するような目で私を見下げた。

「ほら。私にも心苦しいところがありますのよ。私の勝手であなたを縛り付けてしまったことを。もし今までも好きな人が他にいたと思うと…」

「西園寺は、特別だ」

天城が私の言葉を遮って言った。

「あら?特別なの?」

久しぶりの恋バナを前に、思わず顔が緩んでしまう。

(高校生同士の恋愛なんて、青春すぎる!)

ふと、学生時代のことを思い出した。他人の恋バナを本人よりも楽しがって、ウザがられたことがあった。そのせいか、恋バナも恋愛相談も私抜きで行われるようになった。

(あの、二の舞はいかん…)

にやけてしまう表情を元に戻し、こほんと咳をする。

「私としても嬉しい限りだわ」

これは本当に嬉しい収穫だった。もし、天城が早々に西園寺に告白し、そこが恋人同士になれば、西園寺は白石透いじめをやめるかもしれない。もちろん、私が天城の周りをうろちょろしなければ、だが。

(それは確実にできる自信がある!)

それが上手くいけば、妹を泣かせた「突き落とし事件」は、起きずに済むかもしれない。

「何か協力できることがあれば、いつでも仰ってね」

満面の笑みでそう返すと、突然動きを止めた天城にバチンと額を打たれた。

「…いっ!」

(このガキ、二度までも…!)

痛みが広がる額を両手で押さえる。

虫でも見るような目つきの天城に、若干涙目の私。

もはや、ダンスなどしていなかった。

お互いににらみ合うこと数分。会場が割れんばかりの拍手が響き、恒例のダンスが終わったことが告げられた。

「写真撮影に入りまーす。カップルの方はステージの方までお越しください」

アナウンスの声が、館内に響いた。


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