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体育祭2

「白石さん、すごかったね!」

興奮冷めやらぬ伊坂は、汗を拭いている私に駆け寄った。

「ポンポン入れちゃうから、驚いた!」

「たまたまよ」

内心は、前の調子が少し取り戻せてかなり感動していた。身長をカバーするために、ジャンプ力を鍛える必要がありそうだが、低身長を生かした低いドリブルも練習すれば強い武器になるだろう。

(…ただ、練習する相手がいないんだけどさ)

「郡山さんも最初はヤジを飛ばしてたけど、最後は静かだったよ!」

(郡山は隣のコートに気を取られてたんだと思うけどね…)

隣のコートで幾度となく黄色い声援が沸いていたのにも関わらず、自分だけを応援してくれたことに涙が出そうだ。

「そう言えば、隣のコートも凄かったね。彼が出て来てから凄い騒ぎだった!」

体育館を出ながら、伊坂が言った。

「彼?」

「ほら、あの白石さんの…」

そこまで言って口をつぐんだ。

その理由が一瞬にして分かった。

(嫌な予感…)

そう思うが早いか、首元にどしんと重みが加わった。

「白石ちゃ~ん!」

前髪をゴムで結んだ蓮見が、私の肩を組んだ。

「…鬱陶しいのが来た」

「え?何か言った?」

「ごきげんよう」

私は笑顔を向けた。

「白石ちゃんが体育祭にいるなんて、何か新鮮じゃない?」

腕を私の首に回しながら、後ろにいるだろう天城と五十嵐に話かけている。

「腕を下ろしてくださる?重いし、暑苦しいのだけど」

なるべく表情を崩さないまま蓮見に言うが、後ろの二人と会話していて聞こえていない。

伊坂はなぜか突然現れた男子三人組に恐縮している。

「私たちはこれで失礼しますわ。ね、伊坂さん?」

「あ、そうだね…」

どこかホッとした表情の伊坂が頷いた時、蓮見が言った。

「あ!この前パーティーに来てくれた子だよね?」

「う、うん…」

「あの時はありがとうね!白石ちゃんのプレゼントを渡してくれたよね」

(あ、そう言えば。お願いしたままだった…)

「その説はありがとう」

私は、今更でごめんという気持ちでお礼を言う。

「え!いや、私は本当に渡しただけで…」

「この後は、ランチでしょ?みんなで食べようよ!」

一人楽しそうな蓮見は、この場に流れる空気が読めないのだろうか。

相変わらず無表情だがどこか不服そうな天城に、未だに眠そうな五十嵐。この場から離れたくて仕方ない私に、居心地が悪そうな伊坂。

完全にみんなで楽しくランチをする雰囲気では全くない。

(ある意味大物だな、コイツ)

「私たちは遠慮しますわ。ほら、後ろにお客様が」

私は天城の後ろに視線を向けた。

バスケの試合を二階席から見ていた女子たちが、急いで追いかけてきたのであろう。クラスの垣根を超え、息を切らしながら大勢集まって来ていた。話かけるタイミングを見計らっているのか、ひそひそ声も止まない。私は、一種の騒動に陥りそうな予感がしていた。

「お忙しいと思いますので」

三人が大勢の女子に呆気に取られている間に、私は蓮見の腕を振り払い、伊坂の手を取った。

「今のうちに行きましょうか」

「う、うん」

三人が振り返った時には、私たちの姿は跡形もなく消えていただろう。


円形の食堂は、ジャージを着た生徒で溢れかえっていた。いつもの雰囲気とは異なり、みんなどこか浮かれだっている様子が見て取れる。

イベントの日は、食事も無償で提供されるようで、学生証の提示は必要なかった。空いている席を探して端の方に移動し、伊坂と向かい合って座った。

まだ緊張しているのか、伊坂は中々目の前のサンドイッチに手を付けなかった。

「何か心配事?」

いつものカレーを口に運び、様子が変な伊坂に聞いた。

「え?ううん。さっきのバスケ凄かったな~と思って」

サンドイッチを手に取り、伊坂が言った。

「次は何に出るの?」

「綱引きとリレーだけど…。伊坂さん、何かあったでしょう?私で良ければ聞くわ」

伊坂の瞳が大きく揺れた。

言いたいのに言えない、言ってはいけない、そんな気持ちが伝わって来た気がした。

「伊坂さん、本当に何か…」

そう口にした瞬間、鈴の音のような声が聞こえた。

「あら、白石さん!」

(タイミング…)

藤堂は、もともと約束していたかのように自然に私の隣に座った。

今日は大きめのテーブルを選んだのが凶と出た。藤堂の取り巻き女子は、伊坂の両隣に腰を掛ける。

「ごきげんよう」

嫌な表情をなるべく顔に出さず、挨拶する。

「あら、いつもカレー食べているのね」

藤堂が半ば馬鹿にしように笑う。

「何かご用?」

「体育祭に参加するなんて珍しいなと思って。中等部の頃は、ずっと保健室にいましたわよね」

取りまきがクスクスと笑う。

「掲示板見ましたわ。リレーに出るのね」

「ええ」

私はカレーを口に運んだ。

「A組に勝てるかしら。私のクラスには貴女の婚約者…、間違えましたわ。元婚約者さまもいるのよ」

藤堂のいるA組には、陸上部に在籍しているメンバーが数人いるらしい。それに加えて、スポーツ万能の天城もアンカーとして出る。

(たかが体育祭でもマウント取ってくるのか、最近の学生は)

半ば呆れながら雄弁に話す藤堂を目の端で捉える。

(ま、勝負に真剣なのはいいことか)

その時、次の種目が開始されるという館内放送が流れた。

「白石さんは、走れるのかしら?」

口角を上げて私を見つめる藤堂。

「初等部生の時は、かけっこの度にいつも最後でしたけど」

伊坂の表情が固まっているその横で、取り巻き女子たちは声を上げて笑っている。

「いつも泣きながら走っていたのを今でも思い出せるわ。結局、最後は先生に手伝ってもらいながらゴールしていたわよね」

私は思わずはっと息を吸い込んだ。

体を震わせている私を見て、気分を良くした藤堂は満足したのかさっと立ち上がった。

「せいぜい、白石さんが恥をかかないように祈っていますわ」

3人が去ると、伊坂が心配そうに私の顔を覗き込んだ。

「だ、大丈夫?あの、藤堂さんって人、なんか意地悪な人だね。知らなった…」

「るーちゃんが、かっこよすぎる」

「…え?」

(苦しいことが大嫌いなるーちゃんが、あの絶望的に運動音痴のるーちゃんが、最後の最後まで泣きながら完走したなんて。いい話にもほどがある!!)

「私、リレー何としても頑張るわ」

テーブルに手を置いて、私はきっぱりと言った。

「え、え?」

私の意味不明の態度に、伊坂が混乱しているのが手に取るように分かる。

「そろそろ、行きましょうか」

(負けられない戦いがまた出来てしまった…)

すっと立ち上がると、伊坂もそれに倣った。

食堂を出る手前で伊坂が私の腕を掴んだ。

「あの、白石さん。体育祭が終わったら、話したいことがあるんだ」

私は一瞬の間のあと、伊坂に向き直り、彼女の手を握った。

「いつでも聞くわ」

伊坂が今、何に直面しているかは知らないが、言おうと努力してくれることに心が温かくなる。出来ることはなんでもしてあげたい。

私の言葉を聞いた伊坂は、笑顔になった。

「まずは体育祭で優勝だね!」


私はグラウンドを囲うように張ってあるテント下にいた。

次の競技では借り物競争が行われ、伊坂がそれに参加している。紙に何が書かれているのか全く見えないが、生徒たちは興奮した様子でグラウンド内を駆け回り、お目当てのものを探している。

その時、一人の女子生徒が頬を紅潮させてこっちへ来た。皆に何かを聞いて回っている。そして私の前に来ると、先ほどから何度もしているだろう質問を投げて来た。

「天城さま、見なかった?」

私が首を横に振ると、その生徒は次のテントへと足を向けた。

ちらりと見えた紙には「好きな人」と書かれていた。

「一つ貸しよ」

私は隣にあるテーブルに向かって言った。

その後ろに天城が隠れているのは、だいぶ前から知っていた。

ここはC組のテントではあるが、クラスメートは別組の友人を訪ねているのか、私を避けているのかは定かではないが、自分一人しかいなかった。

午前中で体育館の使用が終わり、休憩している生徒以外ほぼ全員がグラウンドに集まっている。つまり、隠れるところがあまりないのだ。

「休憩所とか、トイレに隠れたらどう?」

何かを探しながら、走り回っている伊坂を見つめながら私は言った。

「最近の女子はトイレまで追いかけて来る」

抑揚のない声が返って来た。

「そう。大変ね」

(女子をあしらうのは、蓮見が得意そうだけど…)

しかし当の本人は、借り物競争を思いっきり楽しんでいるようだ。騒いでいる声が、ここまで届いて来る。

「なんで体育祭に参加してるんだ?」

しばらくの沈黙のあと、天城が口を開いた。

中等部の頃から運動という名のつくイベントを一切断っていたのだから、突然参加するなんて、不思議に思うのも無理はない。

「本気でリレーに出るのか?」

藤堂と同じことを思っているのだろうか。

皆の前で恥をかくと。

(るーちゃんはむしろ尊敬に値するのに。その価値が分からない人たち)

「あなたに関係があって?」

天城が立ち上がったのが音で分かった。

「婚約者ではないのだから、もう気にかけて頂かなくて結構よ」

私は真っ直ぐ前を見つめたまま言った。

(天城が今までしてきたるーちゃんを気遣うような行動は、白石透のためというより世間体のためでしかない。そんなのもう必要ない。婚約は解消されたのだから)

「俺は、お前が嫌いだ」

天城がそう言い、私は天城の顔を見据えた。

嫌われているのは設定だと分かっていても、変わることはないと一生ないと分かっていても、面と向かって言われるのは、意外と辛いものがある。

(るーちゃんは本当によく耐えた)

「だが・・・」

「奇遇ね。私もよ」

天城の目が少し細められた。

「昔の純粋だった白石透はもういないわ。これを機に、他人に戻りましょ」

(ごめんね、るーちゃん。でも貴女をズタズタに傷つけた人と仲良くは出来ない)

その時、試合終了の笛が鳴った。

勝者はA組だったようだ。蓮見が大はしゃぎしながら、天城の名前を連呼している。

「お呼びがかかっているわよ。行ったらどうかしら?」

相変わらず何も読み取れない表情のまま、天城は蓮見の方へ足を向けた。


「海斗~!」

未だにテンションの高い蓮見は、歩いて来る天城の元へ駆け寄った。

「俺たちが優勝だ!…ておい、どうした!」

天城の顔を覗きこみ、蓮見はぎょっとしたように叫んだ。

「何が?」

抑揚のないトーンで天城は聞き返す。

「何がってお前…。泣きそうな顔してるぞ。何かあったのか?」

蓮見は、天城が歩いて来た方向に目をやった。そこには、伊坂と楽しそうに話している白石透の姿があった。

「もしかして、白石ちゃんと何かあった?」

「別に」

「別にってお前…」

A組のテントに足を運びながら蓮見が天城の背中を叩く。

「あの作戦も失敗だったんだろ」

あの作戦。

白石透が、本当に今までの白石透かどうかを確認するための実験だった。

今まで通りであれば、婚約破棄をすると言えば、焦って取り消すように懇願するか、親の力を借りるか、どちらかだろうと踏んでいた。だがしかし、予想を遥かに超える反応だった。取り乱さず、ただ冷静沈着に婚約破棄を受け入れた。

婚約が破棄出来なくとも、別によし。むしろ逆に、破棄出来たら運が良かった程度に思えるだろうと、と考えていたのに。まさか、突き放されるとは思いもよらなかった。

「俺は拒絶されて失望しているのか?」

天城は独り言のように呟いた。蓮見は天城の顔を覗き込んで聞いた。

「白石ちゃんのこと、まだ嫌い?」

「ああ」

即答の天城に、蓮見はハハッと笑った。

「じゃあ、別にいいじゃん。白石ちゃんに嫌われたって」

「そうだな」

別に問題ない。

そう思っている自分がいるが、心のどこかで、それが不快な自分も存在している。

(嫌いな相手に嫌われたくないなんて矛盾しているな…)

なぜか奇妙な思いが渦巻いている。

天城は空を見上げた。

嵐が来そうだ。


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