真徳高校
真徳高校。
国中のお金持ちがこぞって集まると言われる、お金持ちによるお金持ちの為の私立学校。初等部から中等部、高校のエスカレーター式であるため、顔なじみは多い。
「本物だ・・・」
学校の門の近くで車から降り、私は叫びたい気持ちを抑えた。
漫画の中で何度も出てきたあの学校が、本当に実在していることに感動する。
「門番もいる・・・!」
3メートルほどの金色の門の前には衛兵が立っており、登校する学生が真徳生かを厳しい顔でチェックしている。
「どこの学校をモデルにしたのかずっと知りたかったんだよね」
門へと続く桜並木を歩きながら、私は呟いていた。
「聖地巡礼出来ずに死んじゃったけど、本物に通えるのならいっか!」
門番にお辞儀をし、まるで現代美術館のようなモダンな造りの校舎へと続くアスファルトを踏みしめる。
「しかし、これが高校だもんな・・・」
まるで大学のキャンパスのような広大な敷地に、大小様々ないくつもの棟が立ち並んでいる。講堂や体育館も校舎とは別のところに建っており、その道々にはベンチや自販機が置いてある。移動教室のたびに、相当の距離を歩く必要がありそうだ。
ふと円形の建物が視界に入り、漫画の一コマを思い出した。
「あれが、食堂だったかな」
主人公の透が昼休憩の度に友人と連れだって行った場所。しかし、その後裏切られ、居場所がなくなった透は、校舎裏にある温室のベンチで一人隠れるようにしてご飯を食べるようになった。そのシーンも相変わらず美しく描かれていて、一コマだけなのに凄く胸が締め付けられた覚えがある。
「それにしても・・・」
足がスースーする。スカートなんて何年ぶりに履いただろう。
高校の時も確かに制服はスカートだったが、いつも下にジャージを履いていたし、大学生や社会人になってからは、短いスカートはおろか丈の長いスカートさえ履いた覚えがない。
〈お前がスカート履くと、男がスカート履いているみたいだな〉
今でも鮮明に思い出せる同級生の何気ない一言。それ以来ズボンしか履かなくなった。
「ま、るーちゃんは何を着ても可愛いから、似合っているかなんて心配は杞憂でしかないけどね」
頭を軽く降り、嫌な思い出を取り払う。
(・・・しかしこの丈が通常であったとしても、短くはないか?)と後ろを気にしていると、誰かが目の前に立ちはだかった。
「ごきげんよう、白石さん」
満面の笑みで挨拶してきたのは、藤堂茜だった。
太陽のように眩しい笑顔で、誰にでも優しい天使のような藤堂は、よく透と行動を共にしていた。しかし、高校2年生の夏、突然手のひらを返したように透に強く当たるようになる。その背後に誰かがいたとしても、無抵抗の透に罵詈雑言を浴びせ、教科書を破いたり、机をペンキで汚したりと虐めのリーダーとして振る舞っていた藤堂を見ると、胸がムカムカした。
「ごきげんよう」
楽しそうに腕を組んでくる藤堂を無表情で見つめる。
(ただの純粋で優しいお嬢様にしか見えないのに)
しかし、茜が吐き捨てた台詞の中ではこんな言葉があった。
〈私は中等部の頃からずっと、貴女のことが憎かった〉
〈努力もせずに全てを手に入れている貴女が、疎ましくて嫌いでたまらなかった〉と。
そして後から知ることになるのだが、透の見た目に一種の憧れも抱いていた為、整形もしていた。その弱みを透に握られたと思い、激怒して暴挙に出たのが理由だと言う。
(るーちゃんは何も知らず、ただ唯一の親友として慕っていただけなのにね)
私は藤堂の横顔を、目を細めて見つめる。
彼女の心に大きな傷を残した一人だ。油断は出来ない。
(嫌いな相手によくもまあ、ここまで気持ちを隠せるもんだ)
藤堂の腕組みから逃れようとしていると、突然周りがわっと沸いた。
「きゃー!来ましたわ!」
「なんて運がいい日なの」
「カメラ、カメラ!」
何事かと後ろを振り返ると、颯爽と歩いてくる3人の男子生徒が目に入った。身長は全員180㎝以上あるせいか、3人一緒にいるだけで人目を引くのは理解出来る。制服は規則通り着ているはずなのに、ちょっとした着崩し方が、なんとも・・・若い。
(男は全く着目してなかったから、細かい設定は知らないな)
記憶を掘り起こしたくとも、透の婚約者のキャラしか覚えていない。
無表情の黒髪男子、前髪が異常に長い男子、髪をワックスで遊ばせた爽やか男子に目を向けた。
(確か黒髪が婚約者だったっけ・・・)
「今日も相変わらずかっこいいわね」
隣で藤堂がうっとりとした表情で言った。
「本当、白石さんが羨ましい。あの天城さまの婚約者なんだもの」
(羨ましい、ねぇ)
私は腕を組み、周りの騒動に微塵の反応も見せない黒髪の天城を見た。
(親同士の口約束の婚約者だし、性格も口も悪いからなぁ)
ある年の冬。透は、婚約者から婚約を破棄したいと言われる。
――お前のことを好きになったこともなければ、将来を一緒に過ごしたいとも思わない。俺が将来を約束したのは・・・――
捨て台詞のようにそう言っていた気がする。
はっきりと覚えている訳ではないが、婚約者の言葉が透を奈落の底まで突き落としたことだけは分かっている。
(るーちゃん。こんな奴、貴女には勿体ないよ)
目の前を通り過ぎていく、無表情の天城を見送ろうと思っていた矢先、頭がピリッとした。
ふと脳裏に何かが流れ込んで来る。
〈ほらあ、婚約者さまに挨拶しないと!〉
〈きゃ!〉
〈もう!本当恥ずかしがり屋さんなんですから、白石さんは。せっかく婚約者さまが来たのだから挨拶しないと!〉
〈か、かいとさま。ごめんなさい、ぶつかってしまって。私・・・〉
〈離せ。触るな〉
〈ご、ごめんなさい!〉
〈天城さま、いつもと雰囲気が違いますわね。最近うまくいってませんの?〉
ふっと脳内の声は止み、こめかみにじりじりとした痛みだけが残っている。
「え。なに、今の・・・?」
呆然としていると、いきなり強く背中を押された。
「ほらあ、婚約者さまに挨拶しないと!」
「え」
咄嗟のことで受け身が取れず、そのまま歩いている天城に思い切り衝突した。
天城の二の腕に額からダイブし、痛みで目が潤む。
「もう!本当恥ずかしがり屋さんなんですから、白石さんは。せっかく婚約者さまが来たのだから挨拶しないと!」
後ろで楽しそうに藤堂が何か言っている。
(こいつ。藤堂茜、覚えてろよ・・・)
「離せ。触るな」
顔を上げると、うじ虫でも見るような目つきで私を見下している天城がいた。地を這うような低い声に憎しみが込められている。今朝の母親の目つきと同じ目をしていた。
(どいつもこいつも)
無意識に掴んでいた天城の制服を離し、笑顔で言った。
「ごめんあそばせ」
それから藤堂の方に向いた。
「いきなり押すなんて、貴女どうかして?」
「なんのことかしら?」
藤堂の知らん顔に、こめかみの血管が切れそうだ。
「天城さま、いつもと雰囲気が違いますわね。最近うまくいっていませんの?」
心配そうな表情を繕う藤堂の言葉尻には、皮肉がたっぷりと含まれていた。