友人AB
7月上旬。
じめじめとした梅雨が明けるという頃。私は教室の窓側の席に座り、緊張のあまり拳を握っていた。教室内では、名前が呼ばれた生徒たちが、全教科のテストの合計点が書かれた紙を渡されている。
「白石。白石透」
名前が呼ばれ、私は教卓に向かった。
郡山のニヤニヤした顔が視界の端に写ったが、無視する。
「先生は驚いたぞ」
そう言う田中から手の平サイズの紙を受け取った。
ドキドキしている心臓を宥めるように深呼吸をし、席についた。
試験の結果を見る。全て、平均点以上だった。
(ぃやったー!!)
思わずガッツポーズをしそうになったが、自分を抑える。
(るーちゃん、やったよ!もうクラスでも学年でも最下位じゃなくなったよ!)
「今回、テストの平均点が今までより上がったにもかかわらず、皆よく頑張った。あと数週間で夏休みだが、赤点を取った生徒には補習がある。それ以外も、夏休み明けにはまた試験があるから、遊び倒すんじゃないぞ。では、今日のホームルームは終わり」
先生がそう言い、生徒一同が「ありがとうございました」と返す。
「あ、白石。あとで、職員室に来なさい」
「え・・・」
(なんで?平均点以上取ったのに?)
予想通り、郡山がクスクスと笑っている。
「あら~白石さん。今回も最下位?貴女には夏休みがないようね」
私が帰り支度をしていると、郡山が皆に聞こえる声で言った。
「郡山さまは、今年の夏どこに行く予定なの?」
取り巻きの一人が聞いた。
「今年は、スイス。去年のローマも良かったけど」
「羨ましいわ。私は今年、オーストラリアなの」
「あら、オーストラリアでスキーも良いじゃない」
いつの間にか身内で話が盛り上がっている。
「白石さん、どうだった?」
帰り支度が終わった伊坂がやってきた。
「全教科、平均点以上取れたわ。伊坂さんのおかげよ。ありがとう」
内心は飛び上がって喜んでいたが、落ち着いた風を装う。
「私はそんな!でも白石さんのお役に立てたなら良かった」
伊坂は笑顔で言った。
「伊坂さんは?どうだった?」
教室を出ながら私は伊坂に聞いた。
「私は、その・・・」
「もしかして、学年1位?」
顔が赤くなる様子を見ると、図星のようだ。
(マジか・・・。140人ほどいる中のトップか)
その時、伊坂の携帯が鳴った。しばらく画面を見た後、慌てたように伊坂が言った。
「ごめん、いきなりシフト変更したみたい。バイトに行くね!」
そう言うが早いか伊坂はあっと言う間に姿を消した。
バイトをしながら、私の勉強も見て、学年1位の座も保っている伊坂は賞賛に値する。
「私も頑張らねば」
そうこうしている内に、職員室に着いた。
「失礼しま・・・」
ドアをノックし、入ろうと手をかけた時、突然扉が開いた。
思わずぶつかりそうになり、慌てて一歩下がる。
「・・・すみませ」
「あ!白石ちゃんじゃん!」
軽い調子で声をかけてきたのは、天城の友人、蓮見だった。今日も相変わらず髪の毛を遊ばせている。
「ごきげんよう」
とりあえず真顔のまま挨拶だけしておく。
「どうしたの?もしかして、白石ちゃんも試験のことで?」
蓮見から距離を取ろうと一歩下がるが、なぜか向こうは一歩詰めてくる。
「何か私にご用でも?」
じりじりと後退しながら、覆い被さるような身長の蓮見を見上げる。以前は自分が高身長だった為、男にここまで威圧的な体勢を取られることはなかった。屈辱的な気がするのは何故だろう。
「ん~。ちょっと気になることがあってね」
「なんですか?」
蓮見のキャラが全く掴めない。
(原作では、天城が出て来た時しか出番なかったしな)
どんな性格で、何を考えているのか、探ろうにも難しい。
思えずふうとため息が出る。
「確かに、天城の言うことも一理あるな」
「壮真」
今度は別の声が聞こえた。蓮見が振り向き、私もその視線の先を辿る。そこには前髪で顔の半分が隠れている男子生徒が静かに立っていた。
(天城の友人その2も登場した)
「行くよ」
「へーい」
蓮見は私からぱっと距離を作ると、人懐っこそうな笑顔を作った。
「またね、白石ちゃん!」
二人の後ろ姿を見送りながら、私は首を傾げた。
(なぜここに来て天城の友人AB・・・?)
二人が白石透に関わるところなど、本編に一切なかったのに、と思いながら職員室のドアへ再度手を伸ばした。
白石透から離れた二人は、天城の待つ今は使われていない生徒会室へと向かった。
「海斗~!」
元気よくドアを開け、蓮見は革張りのソファーに勢いよく座った。
「俺、今回も学年2位」
「良かったな」
読んでいる本から顔を上げずに天城が言った。
「相変わらず興味なし!・・・あ、さっき、職員室の前でお前の婚約者に会ったぞ」
「海斗、婚約者なんていたの?」
五十嵐が長い前髪の奥から天城を見た。
「旭。お前、知らなかったのかよ!」
爆笑しながら蓮見が五十嵐の肩を叩く。
「初等部の頃から有名だったろ!」
「僕、しばらく海外にいたし」
ああ~そうだったと蓮見が頷いた。
「ただの酔った大人の口約束だ。本当の婚約者じゃない」
「白石ちゃんの方は、本気にしてると思うけどね」
蓮見が肩をすくめた。
「さっき壮真が迫ってた子?小さくてよく見えなかった」
「迫ってないわ!」
心外だと言わんばかりに蓮見が唇を尖らせる。
「海斗が、最近白石ちゃんの雰囲気が違うって言うから確認しただけ!」
「・・・雰囲気が違う。そうなの?」
五十嵐にそう問われて、天城は本から顔を上げた。
「少しだけ」
「どんな風に?・・・昔を知らないから、聞いても分からないと思うけど」
蓮見がやれやれと頭を振りながら、五十嵐の肩を組む。
「旭。途中いなかったとは言え、一応初等部から中等部までずっと一緒だったぞ。高校に入ってからはあまり見かけなくなったけど、つい最近まで毎日俺らに付きまとっていた奴いただろ。何回追い払ってもしつこかった子だよ」
「・・・いたっけ?」
「人に興味なさすぎる!」
蓮見は全力で五十嵐に突っ込んでいる。
そんな様子を微塵も気にしていない天城は、一人考え込みながら言った。
「雰囲気だけでいうと、前はもっとスライムだったけど、今はサッカーシューズの裏みたいな」
「スパイクな!ってか例え方が独特!…いや、なんか分かるけども!」
「面白そうな婚約者だね」
眠たそうに五十嵐は言った。
「でも、お前に何か考えがあるんだろ?」
蓮見がちらりと天城を見た。
「婚約解消するとか、なんとか・・・」
無表情からは何も読み取れないが、天城が低い声で呟いた。
「人はすぐには変われないからな」
「・・・元スライムだしね」
「お前は黙っとれ!」
そんな話が繰り広げられているとは微塵も想像していない私は、緊張しながら先生の前に座っていた。
「それで、どうするか決めたか?」
「・・・文系にします」
田中は私のテスト結果を見ながら、頷いた。
「まあ、今回の結果をみた限り、文系でも理系でもどちらでも行けるとは思うが。2年からは、理系の特別コース、文系の特別コース、そして両方を広く浅くやる一般コースに分かれる。文系の特別コースでいいか?」
(私の得意不得意で決めるなら、文系だけども・・・。るーちゃんの将来の夢が分からないから、何とも決められない)
「まだ迷っているのであれば、例えば美術や音楽、裁縫の授業も充実している一般コースにしてみるか?」
「そう、ですね・・・」
煮え切らない態度の私を見て、田中は息を吐いた。
「とりあえず、今回は一般コースで提出しとく。もし夏休みの間に、考えが変ったらまた報告しに来なさい」
「はい」
話が終わったと感じた私は立ち上がった。
「お前の人生なんだ。真剣に考えろよ」
釘を押すように先生は言った。
「失礼します」
頭を下げ、進路指導室を後にする。
(私の人生?それとも、るーちゃんの人生?)
私は重たい頭を抱えたまま帰路についた。




