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パーティー前日

そしてなんやかんやしている内に、とうとうパーティー前日の金曜が来てしまった。

やっと筋肉痛が取れ、体の調子は絶好調なのに、心は絶不調だ。

毎日平松に「解決されましたか?」と聞かれ、うんざりしていた。

(解決する気がないのは、分かっているくせに・・・)

「もう逃げられないですよ。今夜には、奥様に報告しないといけませんから」

学校へ行く車内で平松が鋭い視線をミラー越しに向けた。

「嘘ついてよ・・・」

「出来ません。藤堂の奥様からも連絡が行きますから」

「なぜこういう時は放っておいてくれないのよ~」

私がぼそりと呟くのを無視して平松は続けた。

「体調不良もパーティーを休む理由には出来ませんから。這ってでも行かせないと言われています」

(確かにあの母親なら言いかねない・・・)

「誕生日会は行くわ。そういう風に報告しておいて」

(謝罪はしないけど)

「天城様は?」

「今日誘ってみるわ」

私が大きなため息を吐くと共に、車が停車した。

「着きました。あ、お嬢様!前の車、天城さまのです。今なら間に合いますよ!」

いつになく興奮状態の平松は、早く追いかけてと私を急かす。

「絶対断れるから無駄なのに・・・」

「それでも誘ったという事実が必要なのです」

はいはい、と私は車から降りた。

「いいですか。今日がラストチャンスってことを忘れずに!」

平松の言葉を背中から浴びながら私は校舎へと歩き出した。

数メートル離れた先には、天城の背中が見える。

(嘘を吐けない私も大概だな)

その時、校舎の入り口近くにいた伊坂が私に気が付いた。

「白石さーん!」

そしてバタバタと駆け足でやってきた。

聞き慣れた名前が聞こえたせいか、天城が振り返って私を見る。

私はふいと目をそらした。

(・・・やっぱり後にしよう)

「ごきげんよう、伊坂さん」

「ごきげんよう」

息を切らしながら伊坂は明るい声で言った。

「今日の小テストは勉強した?」

「しょ、小テスト?」

突然背筋が冷たくなった。

(そんな話聞いていない…)

「あ。そうか。白石さんが保健室にいた時に先生が言ってたんだ」

伝え忘れてごめんね、と伊坂が両手を合わせた。

「テストまでまだ時間があるから、私が付き合ってあげる!」

そう言って、私の手を握った。

「え、ええ。ありがとう」

「覚えることはそんなにないから、大丈夫。解くコツも教えてあげるね」

クラストップ、いやもしかしたら学年トップかもしれない伊坂に直接勉強を教えて貰えるなんて、私ってばラッキーなのかもしれない。

伊坂の教え方も素晴らしいものだった。そこら辺の先生より上手いかもしれない。

理解しやすいようにマーカーを変えながら一生懸命教えてくれる伊坂をじっと見つめた。

「だから、こういう解になるの」

そして顔を上げた時にばっちり視線が交差した。

「どうかした?」

「分かりやすいな~と思って。私の家庭教師になって欲しいくらい」

(一人で勉強するのもやはり限界があるんだよね。授業の進むスピードも速いし)

私の言葉に伊坂は首を傾げた。

「どうして白石さんは家庭教師を付けないの?お金持ち子はそうやって勉強しているものだと思ってた」

「お金持ちの子が必ずしも、親に愛されているとは限らないの。子供の教育費にお金を使いたくない親もいるのよ」

伊坂の顔が硬直するのが分かった。

「ご、ごめんなさい!私、無神経なことを・・・」

「ううん。私は勉強が嫌いだから別に構わないわ」

(きっとるーちゃんも、そう思っていたはず…)

心の中で、勉強嫌いで努力嫌いだった白石透のことを思い浮かべていた。

「わ、私で良ければ、いつでも白石さんの家庭教師になるから!」

泣きそうな表情を浮かべながら、伊坂は前のめりになって私の手を握った。

伊坂の迫力に少し気圧されながらも、私は微笑んだ。

「いつかお願いするわ」


伊坂のおかげで、小テストは0点を免れた。それだけじゃない、半分も正答したのだ。

(伊坂さん、なんて素晴らしい!)

点数を得意げに眺めながら、私は誇らしい気分でいた。

(…それにしても、伊坂さんのキャラって漫画に出て来たっけ?)

私が覚えていないだけかな、と考えていると、伊坂が目の前にやってきた。

「テストどうだった?」

「半分取れたわ」

「やっぱり!白石さんは、要領が良いからすぐ覚えると思った!」

私より嬉しそうな顔をしている伊坂に、心が安らぐ。

「あら、庶民の家庭教師が出来たの?学年最下位にはお似合いね」

郡山が聞こえるような声で言った。

伊坂の顔がかあっと赤くなる。私はすっと立ち上がり、伊坂の隣に並んだ。

「ええ。やはり家庭教師には優秀な方がならないと」

そして郡山の丸の少ない小テストに視線を移し、ふっと笑った。

「あなたには無理でしょうけど」

「なっ・・・!」

今度は郡山が顔を赤くする番だった。

「行きましょう。食堂が混んでしまうわ」

伊坂に向かって私は目配せをした。

「あ、貴女に言われたくないわよ!」

背中越しに郡山の叫ぶ声がした。


「いいの?あんなこと言って」

食堂で向かいあって座りながら、伊坂が心配そうな顔で言った。

私はカレーを口に運ぶ手を休めずに答える。

「問題ないわ。既に嫌われているもの。更に悪化したところで何も変わらないわ」

「なんか、白石さんって、想像していたのと違う」

私は顔を上げた。

伊坂は、慌てたように手を振った。

「ご、ごめんね!悪い意味じゃなくて!」

伊坂は慎重に言葉を選びながら話そうとしている。

「最初はなんかもっと、周りを気にしているイメージだったから。クラスで自己紹介した時は、なんだろう・・・。頑張って明るく努めてるように感じたし」

(人を良く見ている子なのかな。誰も白石透の雰囲気が違うと気づいた人はいないのに)

感心していただけだったが、私が怒ったと思ったのか伊坂は更に体を低くした。

「気のせいだったら、ごめん。でも私は今のクールな白石さんの方が好きだよ。なんか物怖じしなくて、かっこいいというか。あ、見た目は可愛いんだけどね、なんか雰囲気が!」

早口で弁解している様子が小動物のようで、思わず笑みがこぼれる。

「え・・・なんで笑って」

「いえ、正直でいいなと思って」

顔を真っ赤にして照れている伊坂を微笑ましく思ってしまう。

(私も学生時代に伊坂さんのような子に出会いたかったな)

そんな事を考えていると、鈴の音のように明るい声がした。

「あら、白石さん!」

私は心の中で舌打ちをした。

(会いたくないから、毎回時間ずらしてたのに・・・)

さようなら、平和な時間。

あたかも自分の席のように藤堂は堂々と空いている場所に座り、私の方を向いた。

「お誕生日会の件、お母様から何か聞いたかしら?」

「ええ」

取り巻きの女子生徒は、今回も座る席がないため立っている。

「何か私に申すことはないかしら?」

勝ち誇ったような表情をしている藤堂に向かって、私はわざと首をかしげた。

「はて、何でしょう?」

「私も母から聞きましたの。白石さんが、謝罪してまで私のパーティーに来たいと仰っていると」

「何のことだか、分かりませんわ」

肩をすくめる私の態度に、藤堂のこめかみが怒りでピクピクと動いた。

「は、初めまして、藤堂さん!私、1-Cの伊坂と申します!」

藤堂と私のやりとりをハラハラしながら見ていた伊坂が、いきなり口を開いた。

「あなたは?」

初めて伊坂に気づいたと言わんばかりに、藤堂は顔を動かした。見定めるように上から下へと視線を動かしている。

伊坂莉奈(いさかりな)です。白石さんと同じクラスで・・・」

「伊坂?あの伊坂商事の?」

藤堂は、薄茶色の丸い瞳を伊坂の顔に向けた。

「い、いえ。私は普通の家の・・・」

伊坂の顔が恥ずかしさで赤くなった。

「お父さまは何している人?」

「パ…父は、会社員で…」

「会社員?」

藤堂の瞳が細められた。

「藤堂さん。用がお済みなら、そろそろ失礼して頂けます?」

私はそう言ったが、彼女の耳には届いていないようだ。後ろにいた一人が藤堂に何か耳打ちし、藤堂の顔が皮肉にゆがんだ。

「伊坂さん、でしたっけ?貴女、明日お暇?」

「え?はい、予定はありませんが」

突然の質問に驚いたせいか、伊坂は正直に答えている。

「明日、私のお誕生日パーティーがあるの。ぜひ、白石さんといらっしゃって下さいな。手ぶらでも結構よ」

「え、あの・・・?」

「白石さん、伊坂さん。明日楽しみにしているわ」

そう言いながら、どこか満足そうに立ち上がる藤堂。

「ドレスコードだけは守って下さいね」

ちらりと伊坂を一瞥して、取り巻きを連れてその場を立ち去った。

「え、私、行くこと決定しちゃった・・・?」

「そうね」

藤堂の誕生日会。プレゼントだけをさっと出して帰るつもりが、そうも行かなくなった。

「私、ドレスなんて持ってない・・・」

青ざめている伊坂に私は言った。

「伊坂さん。放課後、少しお時間いただける?」


「あの・・・これは?」

高級ドレスが並ぶ店内で、肩身狭そうに伊坂が言った。

「ドレスをいくつか見立てて頂きたいの」

女性の店員にそう声をかけると、すぐさま様々なドレスが揃った。

「ごめんなさいね、伊坂さん。試着をお願い出来るかしら?」

「え、ええ?」

未だに状況が把握できていない、伊坂を試着室へと案内する。

二回、三回と何度か試着を行い、伊坂に似合っているドレスが見つかった。

オフショルダーの濃い青のドレス。ウエストの部分にはアクセントに白いリボンが付いている。

「似合っているわ。どうかしら?」

「うん、凄く素敵・・・」

「では、これを下さい」

私は店員に向かって言った。

驚いて口をパクパクさせている伊坂を背後に感じながらも、言葉を続ける。

「それから、このドレスに合う靴とバッグもお願いします」

「し、白石さん…?」

「かしこまりました」

そして物の見事に、パーティー用の買い物が終了した。

店を後にした時には、伊坂は大量の紙袋を両手に抱えている。

「平松に持ってもらえばよろしいのに」

後ろから静かについて来る平松をちらりと見ながら、私は言った。

「いいえ!」

伊坂は首を振った。大事そうに袋を抱え、申し訳なさそうに言った。

「でも、こんなにいいの?かなり高価なんでしょ?」

「私の方こそ、ごめんなさいね。明日のパーティー、私のせいで参加する羽目になって。だから、これは私の償いの気持ちとして受け取って欲しいの」

伊坂は激しく首を縦に動かした。

「受け取る!ありがとう、白石さん!」

伊坂が住むという近くの駅に伊坂を降ろしてから、私は平松の車で帰路についた。

「お嬢様、変わられましたね」

車内で平松が言った。

「そう?」

「以前のお嬢様でしたら、お友達にお金を渡すか、勝手に買って押しつけるか、でしたのに」

(・・・押しつけるって。多分るーちゃんは親切心でやっていたけど、そういう風に人の目には映っていたのか)

「今回は、ちゃんとお友達の意見も聞いていましたね。やり方は少し強引でしたが」

(やっぱり…)

私は自己嫌悪に陥りながら、窓の外を見た。

藤堂のあの表情から、下手なドレスを着ていったらぜったい標的にされると踏んだ。そのせいで焦ってしまったのだ。

「やりすぎたかな・・・」

しかし、その時スマホがピロンと鳴り、伊坂からメッセージが来た。

【今日はありがとう!試着の時とか緊張してたけど、本当はとっても楽しかったの!ドレスもとっても可愛いし、明日が楽しみ!】

ゆるキャラのスタンプも付いている。

「良かった・・・」

【気に入ってくれて良かった。また明日】と返信し、私はふうと息を吐いた。

あと残る問題は一つ。

「あ、そうだ。急で、申し訳ないんだけど、もう一つだけ頼まれごとをしてくれない?」

「なんでしょう?」

平松がミラー越しに聞いた。


夜9時過ぎ。

私は目の前のスマホと睨めっこしていた。

「いくか・・・。いやー・・・」

ぽすんとベッドに倒れ込む。

もうかれこれ数時間、未だ嫌いな相手に電話をする勇気が出ない。

天城(てんじょう)、苦手なんだよな~」

宙に向かって私は呟いた。

普段は無表情で無口なくせに、白石透のことになると負の感情が溢れ、目だけで人を殺せそうなほどの嫌悪感を露わにする。

「お前は、憎しみが原動力かい!」

一人突っ込んでから、はあとため息を吐いた。

「こんなことしてても、埒があかない」

私がガバッと起き上がった。

「とりあえず電話して、その履歴を平松に送れば、誘った証拠となるでしょう!」

平松に教わった番号をスマホに入力し、電話をかける。

(二回鳴らして切ろう)

プルルル・・・

(出るな、出るな)

プル・・・

『はい』

(げっ、出た!)

『もしもし?』

「・・・あ!もしもし。白石ですが」

『何』

一気に天城の声のトーンが氷点下まで下がった。負けずに明るい声を出すように努める。

「明日、藤堂さんの誕生日会あるの。都合が合えば、一緒に行かないかな~と思って」

電話の向こうで沈黙が流れた。

「あ、あの・・・?」

『くだらない事で電話するな。迷惑』

一方的にぶちっと切られ、私の堪忍袋の緒も切れた。

「あの天城のやろー!こっちが下手に出てやったら調子に乗りやがって!!」

スマホをベッドに投げ捨てる。

「こっちだって、誘いたくて誘ってんじゃないわー!」

「お姉さま…?」

いつの間にか習い事から帰宅していた、妹がドアのところに立っていた。

(あ、あれ、ドアは閉めておいたはず…?)

「まどか。き、今日は、早かったんだね…」

全身の毛穴という毛穴から冷や汗が放出している。

「まどか・・・?」

妹はしばらくその場に立ち尽くしていたが、静かにドアを閉めた。

(や、やらかしたー!)

一番見られたくない、見せてはいけない相手に、見られてしまった。

「私、終わりかも・・・」

詰んだことを悟った。


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