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フランス人形に転生しました

「白石透。俺は、お前との婚約を解消する」

心臓のざわめきが一層強くなり、私を見つめる人の視線が刺さる。

ごめん、るーちゃん。好きな人との婚約解消は免れないみたい・・・。

私は拳をぎゅっと握りしめた。


始まりは6ヶ月前に遡る―――



目覚めると、見知らぬ部屋に寝ていた。

あまりにフカフカの布団に包まれていたので、一瞬ここが天国なのかと思った。

しかし目を閉じれば鮮明に思い出せる、事故の瞬間。地面が大きく揺れたと思ったら、上から大量の荷物が落ちてきて、その下敷きになった。次々と体にのし掛かる重みを受け、目の前が真っ赤に染まっていくその瞬間に悟った。杉崎凛子の26年の人生の幕が閉じたと。

素晴らしい人生を送っていたとは、お世辞にも言えない。不景気のせいで中々職が見つからずアルバイトを転々とした結果見つけた、倉庫業務。178㎝という身長の高さと、スポーツで鍛えた筋肉が大活躍した。しかし、その倉庫業務中に積み上げられた荷物に押しつぶされて死ぬという呆気ない一生だった。

あまりに全てが一瞬のことだったので、今夢を見ているのか混乱していた。

しかし・・・――

スパンッ!

乾いた音が鳴り響き、頬に鋭い痛みが走った。

頬が熱を持ち、じわじわと痛みが広がるにつれて、これが現実だと悟った。

目の前の女性は、虫でも見るような目つきでベッドに座っている私を見た。

「透。どうして母の言いつけが守れないの?」

あまりに突然のことで、私は息をするのも忘れていた。

「学校へ行く。妹に話しかけない。それだけのことでしょ」

それから、部屋の外に向かって言った。

「原田さん、透の準備を手伝ってちょうだい」

原田と呼ばれた60代くらいの中年女性は、深々とおじぎをして部屋に入ってくると、まっすぐクローゼットに向かい、制服の準備を始めた。

「体調が優れなくても、学校は毎日出席なさい。貴女に出来ることはそれしかないのだから。いいこと?」

未だショックから立ち直れずぼうっとしている私に向かって、母は刺すような言葉で言った。

「返事は?」

「・・・はい」

脳内の処理が追いついていない私は、機械的に返事をした。しかし母はそれを聞くとさっと部屋から出て行った。

「・・・お嬢様」

部屋の扉が閉まるのを確認してから、年配の女性がおずおずと私に近づいた。

「お疲れでしょうが、お支度を・・・」

私は原田に施されるまま、無言でベッドから出ると化粧台へと向かった。

そこで鏡に写った自分を見て、私は息を呑んだ。

派手な金縁の丸鏡に写っていたのは、腰まで広がるふわふわ栗毛の女の子。クルミのような丸い瞳に筋の通った小さな鼻。色白の肌に映える形の整ったピンク色の唇。

(この子は・・・。このお方は、まさか・・・!)

「お嬢様、やはりご気分が・・・」

鏡の前で凍り付いている私を気遣うように女性が背中をさする。

私は、無理やり笑顔を作った。

「大丈夫です」



(なんか、見覚えがあると思った・・・)

外で待機していた運転手が運転する車に揺られながら、私は窓の外を眺めていた。

一人には広すぎる豪華な部屋に、朝からぶち切れの怖い母。そして、フランス人形のように可愛い私。

(完全にこれは・・・、悲劇のフランス人形の世界!)

『悲劇のフランス人形』

通称悲フラは、知る人ぞ知るウェブ漫画だ。

まるでフランス人形のように可愛い主人公は、類い希なる容姿と家柄に恵まれた女の子である。しかし、小さい頃から不自由ない金に囲まれ、甘やかされた環境で育ったせいか、性格は悪く、周りにいる人たちに見下した態度を取る。瞬く間に評判は悪化し、中等部の3年生になる頃には、婚約者や友人に嫌われ、憎まれていた。家族から見放され、姉を好いていた実の妹にも裏切られ、精神状態に追い詰められた主人公は、自分の命を絶ってしまう、という超絶悲しいストーリー展開となっている。

内容もそこまで面白い訳ではなく、暗すぎると批判も多かったウェブ漫画にもかかわらず少数でもファンがいる理由は、イラストがとても綺麗だったからだ。特に主人公である、「白石透」は格別美しく描かれていた。

「私、恐れ多くもるーちゃんに転生・・・した?」

独り言が聞こえたのか運転手がちらりとこちらを見たが、私は軽く微笑み、また窓の外へ視線を移した。

まだ微かに痛みが残っている頬に手を当てる。

「悲フラは、ただのウェブ漫画だけど・・・」

漫画の世界に来てしまったのだろうか。

それとも、とてもリアルな夢を見ているということなのだろうか。

「お嬢様、何か?」

運転手がミラー越しに聞いた。

「何でもないわ」

私はにこりと笑った。

白石透は、どんな時も自分の弱さを見せない子だった。

実の親に理不尽に扱われても、婚約者に冷たくされても、親友だと思っていた子に裏切られた時も、絶対に泣かなかった。いつも笑顔で乗り切っていた。

そして部屋で、一人きりの時に静かに泣くのだ。

偉そうな態度で勘違いされやすいが、実は打たれ弱く脆いのが白石透だった。

友人たちに上から目線で話してしまうのも、人との接し方が分からなかっただけで、迷惑がる婚約者に付きまとってしまうのも、初恋相手という理由もあるが、幼い頃から身近にいた人物だったから。ただ不器用なだけで、本当は寂しかっただけ。

「るーちゃんには絶対、幸せになってもらわないと・・・」

それから、先ほどからミラー越しにこちらを訝しげに見ている運転手に目を向けた。

私は記憶をたぐり寄せる。

(この運転手は、確かるーちゃんが小学生の頃から送り迎えをしていた、平松に違いない)

彼は透が家でどんな扱いを受けているかを知っているからこそ、味方の一人だった。しかし、最終的には母親に寝返った裏切り者でもある。

「平松?」

「はい」

私は心の中でガッツポーズを作った。

(よし、私の記憶は間違っていない)

「今日は何日かしら?」

明らかに平松の顔が曇った。なぜそんなことを聞くのかと表情が物語っている。

私はわざとらしく、頬に手を当てふうとため息を吐いた。

「今日テストがあったのではと、心配で・・・」

それを聞いた運転手は「ああ」と少しほっとした顔で答えた。

「今日は4月14日です」

4月?

いつの4月?高1?高2?高3の春だけはやめて・・・

「入学してまだ日が浅いのに、もうテストがあるなんてさすが真徳高校しんとくですね」

「良かった。まだ高1の春・・・」

私は胸をなで下ろした。

るーちゃんが命を絶ってしまうのが、高校3年生の冬。そこまでに虐げられ精神的に追い詰められていた。その頃には味方になってくれる人など、一人もいなかった。虐め自体も激化していったため、精神状態が急激に悪化するまで時間はかからなかった。

(高校生になったばかりであれば、まだ修正は可能かもしれない…)

外の流れて行く景色を見ながら、私は拳を握りしめていた。

ただ高1の時点で透を敵視していた人たちは既にいたはずだ。まずは、そこを洗い出すところから始めなくては。

「私が必ずるーちゃんを卒業させる」

今度の呟きは小さくて運転手の耳には届いていなかった。



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