4-8 はじめての交渉
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◆ラコス
「マリーアが拐われただと!? 何を馬鹿な!?」
「本当です! 俺は見たんだ! マリーアさんの足元から突然腕が伸びてきて、影に飲まれちまった!」
「マリーアさんはあのメイドが悪魔じゃないかと疑っていた。リーダーは平気だと言っていたが、やっぱりあいつは……!」
ラコスは狼狽える部下たちに苛立ち、馬車内の簡易テーブルを叩く。
「ええい、お前らの感想などどうでもいい! なぜすぐに追いかけなかったんだ!」
「そんな無茶な、マリーアさんの影から現れて、床に消えていった相手をどうやって追いかけろって言うんですか!?」
「目の前のことに惑わされているからそんなことになるんだ。相手がメイドならその主が居るだろう? シェルーニャだ。あの小娘はどうなっている?」
「マリーアさんが別けた先行部隊で追いかけています。リーダーもそちらにいますが、まだなんとも……」
「拐ったということは何かしら要求があるということだろう。なら殺されはせん。まずはシェルーニャだ。そちらにたどり着ければ、自然とマリーアもいる。話はそれからだ」
命乞いだろうとなんだろうと、要求はすべて飲めばいい。マリーアが帰ってくれば、その後に殺しておしまいだ。
ラコスはそう考えていたが、今しがた報告に来た部下とはまた別に部下の1人が馬車の戸を叩いた。
「た、大変です! あのメイドが、マリーアさんを拐ったメイドが現れました!」
「なんだと? 仕留めたのか?」
「い、いえ! 緊急の報告があって来たんですが、それが、あの……!」
「ならさっさとそれを言わんか! 人質にしたのだから交渉か? 要求はなんだ?」
「そ、それが、これを見せてこいと、その、布に包まれたものを渡されて……!」
「……まさか!」
人拐いから来る贈り物など、まともなものであるはずがない。商人として裏社会とも付き合いのあるラコスは嫌な予感を感じ、馬車を出た。
自身の本気度を見せつけるために、人質の一部を送りつける。よくある手段だ。装飾品や髪ならまだマシだ。爪か、指か。はたまた耳か。
果たしてその嫌な予感はより悪い方向に当たっていた。赤黒く血に染まった、彼女の来ていたはずの布の服。それに包まれていたのは、右腕だった。
「うっ、ぅおぇ……!」
「な、ふ、ふざけるな! ふざけるなよ、無能な小娘風情が!!」
まさかそこまでするのかと、腕を届けた部下も吐きそうになった。
血が抜けて青白くなってしまったマリーアの右腕。それはただ刃物で斬り落とされたのではなく、肘から先をねじ切られていた。
「やつは、シェルーニャのメイドはなんと言っていたんだ!」
「そ、それを、腕を見せてこいと、本当にそれしか言われなくて……!」
「舐めた真似を……! 絶対に殺してやる! 全員武器を持て! 他の連中は後回しだ! 全員でシェルーニャとその部下を殺し尽くせ!!」
「「「うおおおおぉぉー!!」」」
普段のラコスなら戦闘中の現場には立ち入らない。だがマリーアを想像以上に傷つけられたため頭に血が上り、冷静な思考が失われていた。
ラコスの直接の命令により、控えの部隊も宿舎で騎士たちと戦闘をしていた部隊も含め、全員が屋敷に集結することとなった。
◆エル
「あなた愛されてるのね。予想以上の食いつきよ」
「……くっ……ラコス様、申し訳ありません……!」
ボクはアールが破壊したマリーアの右腕をクリエイトゴーレムによって治しながら、彼女の耳元で笑う。
なぜ治しているかと言うと、予想以上の出血で死にそうになったからだ。斬り落とせばいいのに、アールはなにか腹に据えかねたことがあったらしく、必要以上に彼女の腕を破壊した。
なのでラコスに送り付けた腕も、実はそのまま引きちぎった腕ではなく、一度ボクが作り直している。
なおフリスはあまりにも凄惨な場面を目撃したショックで気絶した。
「エル様はお優しいですね。こんな不遜なもの、殺してしまえばいいのに」
「利用価値が証明されたのだから、そんな事は言ってはダメよ?」
そんな事を話している間にも、ラコスはエントランスまで辿り着いている。
ちなみにリーダーと呼ばれていた男や、彼とともに先行して侵入してきた部隊はすでにアールが処理済みだ。限定的とは言え、ヴァルデスの体術を使用できて無尽蔵に蘇るシャドウレギオンを、ふつうの冒険者が倒せるはずないしね。
だから2階より上にはボクたち以外の人間はいないんだけど、ラコスは怒りのままに階段を上がってきた。
「あれに死なれるとマズいのよね。アール、一度展開しているシャドウレギオンを戻して」
「かしこまりました。しかしそうなると、彼はまっすぐこの部屋に来てしまいますよ?」
「それもそうね。それじゃあ、ラコスも攻撃判定から外して頂戴。これなら問題ないわね?」
「はい。良案かと」
シェルーニャの部屋は3階だが、1階から直通ではない。避難するときに道のりが長くて非効率だと思うんだけど、1階と2階、2階と3階で階段の位置が違う。だからラコスが辿り着くのには思ったよりも時間がかかった。
「来たわね」
「……ラコス様、来ないでください……!」
徐々に近づいてくる戦闘音。屋敷中にシャドウレギオンを展開していたお陰で、監視ゴーレムがなくても彼の接近がわかる。
そしてその音が不意になくなったとき、ボクの部屋の扉が大きく開かれた。
「マリーア! マリーアはどこだ!」
「ッ……! ラコス様!!」
おお、感動のご対面だ。悪役令嬢の足元に跪く半裸の女性と、それを助けに来た男。これは燃える展開だ。彼が悪者じゃなければ完璧だった。
ところでラコスは商人と聞いていたけど、顔は厳ついしガタイもいい。商人というより将軍みたいだ。
「お久しぶりですね、というのが本来のところなのでしょうけど。はじめましてラコス叔父様。ようこそいらっしゃいました」
「シェルーニャ、貴様! 貴様……何者だ?」
怒りに燃えるラコスの表情に困惑の色が交じる。やっぱり知り合いにはすぐにバレちゃうな。元を知らないから仕方がないんだけど。
「ふふ。これから長い付き合いになるでしょうから、自己紹介をしましょうか。私はエル。死んだシェルーニャの肉体を間借りしている転生者です」
どこまで言おうか迷ったけど、今回は全部開示してみることにした。もちろん【敵】だとか悪役だとかは言わない。
「転生者……? なっ! まさか、シェルーニャは本当に死んでいたのか!?」
「ええまあ。お陰さまで転生した瞬間に溺れましたよ? メイドたちは生きていると勘違いしたみたいですけど」
というより最初にメイドたちの前でアンナを殺したせいで、近づきたくなかったんだろう。唯一貧乏くじを引いたフリスだけは違和感を感じていたようだけど、彼女にはその詳細までは教えていない。
「すみませんラコス様。私がもっと丁寧に確認をすれば、こんなことには……!」
「マリーア……その判断を下したのは私だ。お前に責任はない。……待て。お前、なぜ腕がある? この、私のもとに送られてきた、この右腕はいったいなんだ!?」
ラコスはマリーアを見つめながら、懐に隠していた千切れたマリーアの右腕を取り出す。だけどボクの足元にいるマリーアには失われたはずの右腕がしっかりくっついていた。
うんうん。たぶんボクでも困惑するよ。
「ああそれ。話すと長いんだけど、アールが千切って、私が治したの」
「何を……? 失った腕を復活させるなど、聖魔法の奥義だぞ? そんな簡単に……」
「あら、本当よ? マリーア、あなたは右腕を失った。これは事実よね?」
ボクがマリーアの右手を踏みつけると、彼女は力なく頷いた。
「……はい。ラコス様。信じられないと思いますが、私の右腕は確かに引き千切られたのです。その証拠に、この部屋には飛び散った私の血の跡があります。……痛みも、まだあるのです……」
それも事実だ。アールが考えなしに腕を壊すから、壁にも天井にも血がついている。今はもう固まっているけど、ちょっとした殺人現場みたいだ。
ラコスも部屋の状況を確認し、苦々しく歯を食いしばる。
「貴様……よくもマリーアを……!」
「まあまあ。私は意味もなく殺されかけたわけだし、そこはお互い様ってことで。それにちゃんと腕を治してあげたでしょう?」
「くっ……!」
「でもこれでわかってくれたかしら? 私には普通にはできないことができる能力がある。それが転生者の力よ」
「……私も噂程度なら聞いたことがある。この世界ではない場所から来た、異常な能力を持つ者たち。伝説の勇者や救国の聖女などがそうだったらしいが……」
先生から聞いた話だが、この世界には定期的に転生者が送られてきている。今も100人はいるらしいし、情報を集めやすい商人なら知っていても不思議ではない。
直近だとバランス・ブレイカーという武器商人の連合が転生者集団の隠れ蓑にされていたから、商人であるラコスはそことの関わりがあるのかも。
ともかく知っているなら話が早い。ボクは悪役令嬢ごっこがしたいんだ。
「私はその異世界から来た能力者の1人なの。でも突然殺されかけたものだから、ついやり返してしまったわ。でもラコス叔父様? お互い悲しいすれ違いがあったことだとは思うのだけれど、ここで終わりにしませんか?」
「……それはできん」
「あら? どうして?」
「お前が、シェルーニャ・ジス・ファラルドだからだ。その中身が何者であろうとも、その身体がシェルーニャである限り、このファラルド領はお前に踏み敷かれたままだ。私は、それを承服できん」
ラコスとシェルーニャの対立は、元を辿れば権力争いだったんだっけ?
ボクは興味ないし、実際実務の経験なんてない。だからラコスに任せるつもりだったんだけど。
「それなんだけど。私は領の経営なんてしたことがないの。元のシェルーニャがどうだったか知らないけれど、中の私にそういった経験はないわ。だから叔父様に一任するつもりだったのだけど…… それでも納得できないの?」
「転生者エル、お前の言い分はわかる。だが、領主とは! この土地の代表者であり、この土地を導く存在なのだ! その身体がシェルーニャである限り、いくら頼りない小娘であったとしても、領民はお前を頼る。お前を担ぎ上げる。領主である以上、その責任から逃れることはできない。お前が居る限り、私ではダメなのだ。お前がその責務を投げ出せるのは、シェルーニャが死ぬときだけだ」
ああ、だんだんわかってきたぞ。
ラコスはただ権力が欲しいだけの、悪徳領主強奪おじさんじゃないんだ。
たぶんシェルーニャという無能に任せていたら領地が滅びるから、俺が奪うしかないって考えてる歪んだ正義おじさんなんだ。だから領主というものにこだわりがあって、譲ると言っても聞かないんだ。
なぜなら、それはニームの法制度に則っていないから。娘を殺して奪うのは、殺人や倫理観は置いとくとして、合法的に領主になれる。だから彼はそれを選んだ。
でも領主の座を明け渡されるのは不本意なのだ。それは法に則っていないから。
あー、意外と面倒なタイプだな。ラコスにはラコスにとって重要視するものがあって、それはたぶんボクの意見と致命的に合わない。
どうしようかと考えていると、アールが声をかけてきた。
「エル様、意見をよろしいですか?」
「なにかしら。正直行き詰まっているから、どんな案でも嬉しいわ」
「ラコス。あなたに確認なのですが、あなたは領主として領地を繁栄に導けるのなら、それがエル様でも構わないのではないですか?」
「……ああ。中身が無能でないのなら、問題ない。だがこやつは、今まさに自分には経験がないと……!」
「ですので、ラコス。あなたがエル様を教え導けばいいではないですか」
……え? それって結局ボクが領主のままじゃない?
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