4-7 マリーアの想定外
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◆エル
エントランスホールから抜け出して2階へと駆け上がる。
逃げると言っても本当に逃げ出すわけではない。入ってきた集団を1人も逃さないための囮役をしているだけだ。
エントランスで戦っている敵の数は22。最初に倒したのと合わせても14人足りず、裏門から庭に入ってきた連中はまだ屋敷まで辿り着いていない。
「ラコスに戦力差を見せつけるためには全員殺すのが一番だと思うのだけれど、全員乗ってくるほど相手も馬鹿ではないわね。どうしようかしら」
「それなのですが、エル様はラコスを殺すことを考えていないですよね」
「ふふ、そうね。ラコスは必要な人材よ。私は悪役令嬢だけれど、悪役領主をしたいわけではないから」
アールは魂が繋がっているため、ボクの考えがある程度読める。だからボクの余計な時間稼ぎにも付き合ってくれている。
目下の問題はラコスがこの場に、庭も含めて屋敷の敷地内に現れていないことだ。
アールに話したとおり、ラコス自体には利用価値がある。だから生かして捕まえて補佐役にしたいんだけど、この場に現れないとそれができない。
フリスから人相は聞いているが、敷地の外に探しに出て、それを逃げたと思われるのは癪だ。
そのためボクは彼が現れるのを待つ必要があった。外に出るのが面倒だからじゃないよ?
「あえて捕まって相手の元まで連れて行かせるのはどうです?」
「それは無理ね。最初から殺すつもりで来ていたし、相手もすでに4人死んでる。捕まえるという選択肢はないでしょう」
「では先に入った連中だけでも皆殺しにしますか? まだ入ってきていない部隊も誘えると思いますが」
「それはありかもだけど、普通ならこちらがそれほどに強いとわかった時点で部隊を下げるんじゃないかしら。この場に現れないということは相手も一応警戒しているのでしょうし」
「そうですね……ヴァルデスのときに使った、ユルモの死体のダミーはどうでしょう。相手は目標を達成したと勘違いし、この場に現れると思われます」
死体によるダミーはいい案だが、同じ方法をすぐに使うというのは悪役としてセンスに欠ける。幹部のよくやる作戦みたいなのは約束事としてありだけど、今のボクはまだそんな立場ではない。
それに問題点もある。死体を用意しないといけないことだ。
今この屋敷にはボクとアール、それからシェルーニャの部屋に隠れているフリスしかいない。なのでダミーにするための素材がないのだ。
メイドたちは宿舎に逃げているし、騎士たちもメイドに唆されてそちらの防衛をしているからだ。
ちなみに執事や文官みたいな人たちはここにはいない。この屋敷は広いがそういった実務は専用の施設が別にある。元々はこの屋敷でいっしょに働いていたみたいだけど、騎士たちが護衛の邪魔だとシェルーニャに進言して追い出したらしい。
「フリスは殺さないと約束しているし、死体を用意しても、ラコスが現れるまで隠れて待っているというのはちょっと違うわね。……ところで少し気になったんだけど、フリスが言っていたラコスの使いというのは彼らなのかしらね」
「どうでしょう。一度フリスに確認してみましょうか」
もしかしたらラコスをおびき寄せるヒントになるかも知れない。ならなくても、フリスの意見も聞いてみよう。そんなことを考えながら一度部屋に戻ることにした。
◆マリーア
作戦は簡単に完了するはずだった。
魔法を使えるとは言え、相手はただの小娘だ。穀潰しの騎士と戦闘能力のないメイドをあわせても40人に満たない素人集団など、ゴブリンの集落よりも簡単に制圧できる。
その考えが変わったのはエントランスに現れたシェルーニャ、の横にいた見覚えのないメイドを見た直後からだった。
マリーアは学院を出た訳ではないが、独学で魔法を学び魔力を見ることができた。そのためひと目見ただけで、濃紺の髪のメイドの底の知れなさに気がついた。
アレはヤバいかも知れない。
そう思った直後に、先行して突入した4人の部下が殺され、闇に飲まれた。
彼らの前に突如として現れた4体の影法師。その魔力の発生源は、間違いなくあのメイドだ。
その時メイドたちの言葉を思い出した。
『シェルーニャは悪魔を連れている』
彼女たちがそう思ったのは連れ歩いている影法師のことだろうとラコスは考えていたし、マリーアもその意見には同意していた。
だが2人ともその影法師の発生源を誤認していた。あれを呼び出し、維持していたのはシェルーニャではなく、メイドの方だったのだ。
おそらく影法師を見せて歩いていたのは彼女たちの策だったのだろう。
見慣れないメイドよりも、黒い影のほうが悪魔のイメージとして強く印象に残る。メイドと影法師が同時に現れたら、誰だって影法師の方を警戒する。そういった印象付けによって、誤情報を撒いていたのだ。
そのせいでシェルーニャだけを警戒していた4人が、なんの成果も上げることなく瞬殺された。策は成功だと言えるだろう。
だが、それならそれで疑問も残る。
その直後に影法師はあっさりと突破されたが、しかしすぐに新しい影法師を何体も呼び出していた。
つまり彼女はその気になれば、あの場にいた全員を同時に攻撃できたはずなのだ。
それなのに彼女はそうしなかった。シェルーニャも必要以上の攻撃させなかった。それではせっかくの撹乱が無駄になり、無闇に情報を撒いただけだ。
いったいなんの意味があったのか。まだなにか作戦があるのだろうか。マリーアはシェルーニャの考えが読めず、次の一手を打てずにいた。
「マリーア様、エントランスホールの影法師は殲滅しました! 部下たちにシェルーニャを追わせていいですね?」
「……罠の可能性はないか? 油断があったにせよ、4人やられているが……」
「その可能性を含めての先行突入班です。失ったのは残念ですがね。それに逃げたということは、こちらの数が想定よりも多かったのだと考えられます。実際残っていた影法師の動きは悪く、簡単に処理できました。予想ですが、操れる影法師の数を増やすと精度が悪くなるのでは? そのため広いエントランスから狭い通路や部屋に逃げ込み、各個撃破に持ち込もうとしていると考えます」
それを罠というのではないかとマリーアは思ったが、報告に来たリーダーはにやりと笑う。
「俺たち冒険者は、狭い通路での戦闘で飯を食ってるようなものです。床や天井が足場だってことを、奴らに教えてやりますよ」
「あのメイドは悪魔の可能性がある。それでも大丈夫なのか?」
「もちろんです。ただ、そのときは追加報酬を求めますがね。デビルスレイヤーの名誉はここにいたんじゃ受け取れねえ」
「……わかった。今侵入している部隊はシェルーニャを追え。控えは半数をそのまま待機。残りは1階の制圧に、別働隊は宿舎の方を先に落とせ」
「了解しました。聞いたかお前ら! あの小娘をぶち殺せ!」
「「「おおおおー!!」」」
マリーアは心のなかでため息をつく。ラコスの側近だと言うだけで彼らを指示する立場にあるが、マリーア自身は冒険者でも軍人でもない。ただの魔導具師だ。自分が色々と考えたところで、答えは見つからない。
ならその判断は現場に任せてしまえばいい。彼らは仮にも戦闘のプロだ。あの影法師にも対処できたのだし、メイドが悪魔だとしても問題なさそうな口ぶりだった。
「ふう。一時はどうなることかと思ったけれど、彼らを信じるとしますか」
彼女の使命はシェルーニャの死体を鑑定し、作戦の成功を判断することにある。そのため控えの部隊とともに制圧が完了したエントランスに侵入し、そこで殺害報告を待つことにした。
周囲には部隊もいるし、護衛も居た。
だから彼女は油断していたわけではない。油断ではなく、そもそもそんなことは想定していなかったのだ。
「マリーア様ですね。主がお呼びですので、連れ去りに参りました」
「え? キャッ……!?」
誰にも想定などできるはずがなかった。
なぜならマリーアは、自分の足元の、自分自身の影に飲み込まれたのだから。
◆エル
「こ、この人です。この人が、ラコスさまの使いの、マリーアさまです」
「ありがとうフリス。手荒い歓迎でごめんなさいね? どうしてもあなたに用があったの」
たぶんシェルーニャは会ったことがあるんだろうけど、ボクは彼女を知らない。侵入してきた部隊に女性はいなかったから問題ないとは思っていたけど、念のためフリスに確認させたが間違いないようだ。
「私に用、ですか? ふん、命乞いなら無駄ですよ? ラコス様の命令は皆殺し。ファラルド領に巣食った病巣をすべて始末する。これは決定事項です」
「! そんな、皆殺しだなんて! ラコスさまに協力したメイドたちも居るんですよ!?」
「だからこそです。金で靡く忠誠心などラコス様には不要。そんな連中を同じ屋敷に住まわせるなんて、あり得るはずないでしょう?」
「あらあら。私の言ったとおりになったわね? こっちについて正解だったでしょう?」
フリスは青ざめているが、マリーアの言葉はボクの予想通りだ。
主殺しを金で実行する従者など怖くて手元に置いておけない。だからといって生きたまま追い出したらどんなことを吹聴されるかわかったのではない。なら殺すのが一番早い。
監視用のゴーレムで宿舎の方を確認すると裏門にいた連中が向かっていたから、あれは時間の問題だろう。
「正解なわけないでしょう。遅かれ早かれ、あなた方は殺されるのです」
「両手両足を拘束されているというのに、随分強気なのね。仮に私たちが下の連中に殺されることがあったとしても、その前に死ぬのはまずあなたよ?」
「……用があるのではないのですか? 殺すつもりなら、無駄なおしゃべりをしているはずがありません」
マリーアは強気なままだが、現在の状況を改めて教えてやると流石に顔色が悪くなった。
ちなみにアールが連行してくる際に、武装解除の意味も含めて彼女の服を剥ぎ取っている。下着姿のまま強がっていたのだから、彼女の自信は相当なのだろう。
「単刀直入に聞くけど、ラコスにとってあなたは人質になり得るのかしら?」
「なんですって?」
「そのままの意味よ。まさか意味もなく連れ去って拘束したと思っているの? 人質になるなら交渉をするし、ないなら殺す。そのくらい考えなかった?」
「ッ……!」
どうやら本当に考えていなかったようだ。マリーアは怒りで顔を赤くするが、段々と冷めていく。この反応はどっちだろうな。価値がないと認めたくない感じだけど。
「私は……私は、ラコス様の、足手纏にはなりたくない……」
「ああそう。アール、殺していいわよ」
「ま、待って! いや、嫌よ! 私はまだ死にたくない!」
「シェルーニャさま! いきなり殺すだなんて、そんなことはしない、ですよね……?」
アールが一歩踏み出すとマリーアは後退りし、なぜかフリスが割って入ってきた。
「フリス、よく考えなさい。相手は私たちを殺しにきているの。何人もの人間が武器を持って屋敷に入り込んで、暴れながら迫ってきている。マリーアはその連中の1人よ? なぜ殺さない理由があるの?」
「わ、私は、聞いたことがあるんです。ラコスさまと使いの人は、いつも一緒にいるから、きっとそういう仲なんじゃないか、って……メイド仲間が……それで、マリーアさんは、見ての通りきれいですし、そうかも、って……」
なんだそれ。噂話に憶測じゃないか。そんなのなんの判断材料にもならないよ。
だけどマリーアの方を見てみると、唇を噛んで俯いているからそれほど間違いじゃないのかも知れない。
まあいいか。ものは試しだ。交渉をしかけてみて、ダメだったら処分すればいい。
「いいでしょう。フリスの意見を汲み取って、人質交渉といきましょうか」
「! シェルーニャさま! ありがとうございます」
なぜフリスが礼を言うんだろうか。マリーアは殺しにきている側で、フリスは殺されるのを待つ側のはずだけど。
だけどまあ、そんなフリスの顔もすぐに真っ青になった。
「というわけでアール。マリーアの、そうね、指ではわからないかも知れないから、腕を斬って。そこの服に包んで届ければ、誰でもわかるでしょ」
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