4-4 アンネムニカ
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◆フリス
「それで、あのシェルーニャはなんで逃げないんだ?」
「それがわかれば苦労しませんよ」
「……殺されかけた、いえ、殺したはずなのにあんな振る舞いをするなんて、全く普通ではありません」
「あのシェルーニャさまは、私の名前を覚えていませんでした。それにいつもはうるさい食事のマナーも全く無視していましたし……」
「別の何かが取り憑いている、そう考えて間違いないと思うのですが……」
「問題は、そいつが何を考えているのか、だな」
宿舎に集まったメイドたちは、生き返ったシェルーニャの行動が気になって仕方がなかった。
ラコスが来る以上逃がす訳にはいかないが、かと言ってアンナを殺されているから近寄りたくはない。
幸いというか、現時点ではまだシェルーニャは食堂から移動していない。だがずっと居座るわけではないだろう。
「少なくとも、昼食までには戻らないとフリスは殺される。そうなんだろ?」
「……はい。とても怖い目をしていました……」
「ならあなたは戻るべきね。フリスは一番近くからシェルーニャを監視してちょうだい。なにかあったら定時での業務だと言って抜け出して、情報を共有するの」
「わかりました……けど、みなさんはそのときどちらに?」
「私たちも屋敷に戻るわ。ラコスさまが来たときに、なにも報告ができないなんてことは許されないの。たとえそれが失敗の報告でも、その後のことを詳細に伝えなければ……」
なにものかに取って代わられたシェルーニャは不穏な存在だが、ラコスはもっと直接的な暴力を従えている。どちらがより恐ろしいかは明白だ。
メイドたちは通常の業務に戻りつつ、全員で彼女の監視をすることに決めたのだった。
フリスはシェルーニャの元に戻ることが決まった。
だが同時に、彼女には情報を集めるというシェルーニャからの任務もあった。
戻らなければ殺されるが、情報がなくても殺されるかも知れない。幸いフリスはラコスの次の動きを掴んでいたが、これを話すわけにはいかないことも理解していた。
(うう……私はどうすればいいんでしょうか)
メイドたちにはすぐに戻れと言われているが、あまりに早く戻ったのならシェルーニャは情報を得たのだと思うだろう。
しかしその情報は話せない。じゃあなぜ戻ってきたのかと言う話になってしまう。
メイドたちはラコスの未来に命を賭けたのだという。失敗してしまったから、更にそれを取り戻さないといけないのだと。
しかしフリスにはそこまでの考えはなかった。ただ少しだけ、現状が良くなればいいと思っただけだった。
シェルーニャには裏切り者は誰も必要としないと言われた。それはラコスにとっても同じで、このままラコスが勝ったとしても自分の未来は保証されていない。
ではシェルーニャにつくのかと言えば、それもない。彼女はなんの躊躇いもなくアンナを殺した。アレはラコスよりも恐ろしい存在だ。たとえシェルーニャが勝ったとしても、そこに平穏はない。
どうすればいいのか。どうすればよかったのか。どこで間違えてしまったのか。
フリスはぐるぐると同じことばかりを考え続け、結局なにも思いつかないうちに食堂まで戻っていた。
「あら? ちょうどいいところに戻ったわね」
「! シェルーニャ、さま……」
食事を終えていたシェルーニャは、自分の手で殺したアンナの身体を確かめるように触っていた。
今度はいったいなにをするつもりなのか。
「人手が必要だったのよ。少し手伝ってちょうだい」
「は、はい……! えっと、何をすれば……?」
「この死体を部屋まで運ぶのよ。そっちを持って」
「……え!?」
戻って早々にまた訳の分からない指示を出され、フリスの考え事は消えてしまった。
◆エル
裏切り者がまた裏切りに現れた。彼女に強い意志はなく、その場その場をやり過ごすことしか考えていないのだろう。
これはこれで弱い正義のモデルケースとして新しい知見が得られるかも知れないから、とりあえず今は殺したアンナの方だ。
1人でも問題なく運べるが、せっかくフリスが戻ってきたのだから彼女にも手伝わせる。明らかに嫌そうな表情でアンナの両足を抱えているが、かつての同僚に思うところはないんだろうか。
部屋まで戻りべッドに寝かせたところで、フリスが口を開いた。
「……アンナを、どうするつもりなんですか……?」
「それを教える必要はあるのかしら? そんなことより、戻ってきたということはラコスに関して新しい情報があるのでしょう? まずはそれから話しなさいな」
アンナは首を折った以外に外傷はないので、そのままでも使うことができる。それに彼女の役割はシャドウレギオンの中継基地だ。彼女自信を弄る必要はあまりない。
最低限の防衛能力だけ持たせようと考えつつ、フリスの返事を待つが彼女は一向に返事をしない。
「どうしたの? 情報がないならまた調べに行きなさいな」
もちろんボクはラコスが現れることを知っているが、それをフリスの口から聞かなければ彼女の今後の扱いについて考えなければならない。
「……その、夜にはラコスさまの使いの方が来ます」
「ふうん? それだけ?」
ラコスが来るのだから、使いも一緒に来るだろう。嘘は言っていないが、真実ではないかな。
「シェルーニャさまは……彼らが来たときに、どう対応するつもりなんですか……?」
「それはあなたになにか関係があるの?」
「相手は、この屋敷に残る騎士よりも多くの兵を抱えています。シェルーニャさまが死んでいないとわかったら、あなたが言ったとおりにみんなを殺して計画通りに修正する、かも知れないです。そんな相手を、たった1人でどうするつもりなんですか? シェルーニャさまの味方だった騎士たちは、今その殆どがいないんですよ?」
ラコスの私兵が来るのは想定通りだ。彼らの実力までは考えていないが、前回のように転生者が出てくるなら、こちらも不本意ながらまた全力を出すしかない。
しかしそうはならないだろう。
基本的に転生者のほうがこの世界の人間よりも強い。そんな人間がラコスの下にいるとは思えない。勇者ツルギのように正義側で持て囃されたものなら人の下につくこともあるだろうけど。いや、トラマルのように隠れ蓑にしている場合もあるのか。
……仕方ない。ある程度は自分でも戦えるように準備をしておくか。
「答えてください。シェルーニャさまは……」
「それを答えて、あなたになにか得があるの? 答えたら助けが来るの?」
「それは……でも知りたいんです。シェルーニャさまの考えが分からなければ、私にはどうすればいいのか、わからないんです」
「ああそういう事。あなたは今になってもまだ、私とラコスのどちらにつくか悩んでいるのね?」
「…………」
メイドたちには言い返せなかったのに、なぜボクには強気な態度で来るのか分からなかったが、フリスは自分が危機的な状況なら多少無茶でも行動をするタイプなのだろう。
判断が遅すぎると思うが、惰性で生きるよりはマシか。聞く相手を間違えているとは思うけど。
でもまあ、フリスを経由して相手を混乱させるならそれも面白いか。
「いいでしょう。あなたにだけ特別に教えてあげます。決して他人に言ってはダメよ?」
「……はい」
わかりやすいほど目が泳いでいるが、どうせ裏切り者なので構わない。
「私は今から影の軍団を作り上げ、ラコスを迎え撃ちます。冒険者だろうと騎士だろうと、私の兵士に勝てはしないわ」
「ヒィッ!?」
わかりやすいように指を鳴らし、ボクはシャドウレギオンを生み出す。
フリスは影から突然現れたのっぺりとした人形に驚き、その場に尻餅をついた。
「そこまで怯える必要はないわよ? まだ攻撃目標を設定していないから、この子はとっても安全なの」
「そ、そんな魔物を、いったいいつの間に……」
「ふふ、決まってるじゃない。私は死にかけたのよ? 死後の世界から戻るとき、この世に恨みを持つ人を連れてきてしまったの」
もちろん嘘だ。これは影魔法をコアにしたゴーレムであり、自我はない。
ついでだからアンナにもゴーレム化と、ダークオーダーによる人工精霊化の処置を施す。
するとアールから思いがけない提案があった。
『よろしければ、私がそのメイドの操作を担当しましょうか?』
「え? いいの?」
「……え?」
「……なんでもありませんわ?」
おっと、うっかり声に出してフリスに聞かれてしまった。まあ別にいいや。
『エル様の【敵】としての活動により、スキルブックもだいぶ成長しました。しかしながらエル様は、スキルブックの経験値をほとんど使用していません。そのため私という存在を持て余しているのです。ですので、新しく人工精霊を作り出すのなら代わりに私をお使いください』
言われてみれば、確かにボクは前回ヴァルデスだったときには、最初にスキルセットを呼び出す以外に使用していない。それなのにボクはたくさん人を殺して経験値を稼いでいた。
そう言えばアリタカのスキルブックは本ではなくタブレット型だったような……スキルブックの経験値はそういったカスタマイズに使用するのかな?
それに初めましての人工精霊よりも、付き合いの長いアールのほうが気兼ねなく扱える。
ボクはアールの提案を了承し、影魔法と闇の魔力でそれっぽく演出して見せる。
「いいでしょう。我が最初の従者アール。汝はそのメイドを依代として、再びこの世界に現れ給え……!」
「な、なに……? 何が起きて……!?」
影が渦巻き、周囲に溢れる闇の魔力がアンナの中へと吸い込まれていく。
アンナの身体はやがて闇に覆い尽くされる。黒い繭のように蠢くそれから突然黒い閃光が迸り、部屋を埋め尽くす。
「おお……!」
闇が晴れると、そこにいたはずの金髪碧眼のニーム人メイド、アンナは消えていた。
そしてその代わりに、同じくらいの背格好で濃紺の髪と銀の目を持つ少女がいた。
ボクはその娘の名前を知っている。アールだけど、アールではない。
ボクは何度もその名前を口にしていたけど、その姿を見たのはたった1度だけだった。
「アンネムニカ……!!」
ボクの最も好きな悪の組織の名前であり、その首魁のなにも出来ずに消えていった少女。
最終回にだけ姿を見せ、そしてなにも成せずに消えていった最強のラスボス。
「はじめましてエル様。どうぞ、アールとお呼びください」
設定だけの、真の悪がそこにいた。
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