4-3 ラコスの計画
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◆フリス
(どうしよう。どうしよう、どうしよう、どうしよう……!!)
フリスは焦っていた。目を瞑ると、首が捻れた同僚の顔が浮かぶ。
アレは、あの人は私の知っているシェルーニャさまではない。このまま居たらきっとろくでもないことが起きる。
今すぐ逃げ出したかったが、逃げたら逃げたであの女の言葉が脳裏に響く。
『貴族殺しの罪は自分の命で支払えるほど軽くない』
『その秘密を喋ったあなたを生かしておく人間はいない』
『私は殺さないけど、死にたくなければ情報を集めなさい』
領の財政難のあおりを受けての人員整理。そして給料の引き下げ。
シェルーニャの出した在り来りな再建案は屋敷で働くみんなから反対されたが、それでも賛成派の騎士の後押しを受けて強行された。
フリスは運良く残れたが、残った従者たちのシェルーニャに対する印象は良いものではない。
頑張っているのは知っている。多少財政が増しになったのも知っている。でもそれは自分たちが肩代わりしたからだと、従者たちは信じて疑わなかった。
そんなとき、シェルーニャの叔父のラコスが現れた。彼は前領主の弟であり、商人として国内外を渡り歩いていた銭勘定の得意な男だ。
彼は領内を見て回り、シェルーニャの方針に対して様々な指摘を繰り返した。。
教科書通りの政治だと。このままでは近いうちに領は消滅すると。
そもそも領地衰退の原因は魔物の活性化にあった。国に対してファラルド領は救援を求めたが、ニームからの返答はそのために領主としての身分を与えているのだから、まずは自分たちで解決せよ、というものだった。
これはシェルーニャの父に当たる前領主ローロス時点での回答だったが、前領主夫妻は解決のために冒険者の多く集まるハレルソン領に向かい、そこで事故にあって帰らぬ人となった。
ローロスの案は領内に冒険者を引き入れ、騎士ではなく彼らを使って魔物を討伐するというものだった。これなら多少支出は増えても、原因の根本的な除去が可能に思われていた。更に今回使う予定だった冒険者は領民ではないため、問題が解決した後に過剰な人員を保持しなくて済むという利点もあった。
シェルーニャは当然そのことを知っていたが、自分の両親を守れなかった冒険者を信用出来なくなり、自分の言葉を肯定する騎士たちに頼りきりになっていた。
だが騎士は騎士で問題があり、まず騎士の殆どは領内で仕事にあぶれた者たちだ。少し前まで戦争をしていた人間たちの予備役であり、国の方針によって人員整理の対象にならない。
そして冒険者と違って魔物退治も集団で行うのでリスクが少なく、腕前もそこまで重要視されない。
そういった事情から騎士たちはある意味では無能な穀潰しと呼ばれていたのだが、現在は魔物退治で頻繁に現場仕事をしているため領民から支持を得ていた。
だからその仕事を奪う冒険者を疎み、ローロスの案にも消極的だった。ハレルソンでの事故は騎士たちにも衝撃を与えたが、これ幸いとシェルーニャにあること無いこと吹き込んで、自分たちの立場だけは守り抜いていた。
それらの状況を鑑み、領を立て直すと公言したラコスだが、彼もまた純粋な善人ではない。
ラコスは武器商人だった。彼の案はまず冒険者を雇入れ、彼の武器を売る。そして魔物を駆逐しきったあとの疲弊した領地に、武器産業を作るというものだった。
フリスは別に悪くないんじゃないかと思っていたが、シェルーニャはこれに反対。理由は周囲の領地との関係悪化や、現在の平和な領内を荒らしたくないというものだったが、一番の理由はやはり冒険者に対する嫌悪感からだろう。
そうしてシェルーニャと騎士対ラコスの構図が成り立ち、機を見たラコスは鬱憤の溜まったメイドたちを使って殺害を計画した。
その時は、話を持ちかけられたときは、フリスはそれが正しいと思っていた。
シェルーニャさまはお金を削るばかりで新しいことはなにも起きず、調子に乗った騎士たちはどんどん高圧的になっていた。
それに対してラコスは現れる度にメイドたちにも土産を持ってきたり、道中魔物を狩ってきた報告をしたりと、わかりやすい変化と力強さを示していた。
だからラコスの使いからシェルーニャの殺害計画を聞かされたとき、その使いの女の悲痛そうな顔を見たとき、これは正しいことなのだと思ってしまった。
なんて考えなしだったのか。フリスは自分の選択を後悔するが、残された時間は少ない。
ラコスの使いの女は夜まで来ない。最低でもそこまでは計画の失敗はバレないが、元の計画では朝の時点でシェルーニャの事故死を衛兵や騎士たちに知らせる手はずだった。
それは今どうなっているのか。急いで確認しなければ、今度は自分の首が折られてしまう。
フリスはまず厨房に向かった。シェルーニャのいる食堂に隣接するこの部屋には、朝食を用意したメイドがいるからだ。
「ああっ、無事だったのねフリス!」
「は、はい…… なんとか」
「ちゃんと温かい。よかった。あなたまで殺されてしまったら、私は、どうすればいいか……」
彼女は慌てた様子でフリスに駆け寄り、両手を掴んで涙ぐむ。
「それで、あの、シェルーニャさまはなんて……?」
「……えーと」
フリスはどこまで話せばいいのかを考えた。自分の裏切りは話せないが、かと言ってなにも答えない訳にはいかない。
だがラコスの計画について言及するのは、二つ返事で引き受けた以上今更掘り返すと怪しまれるかも知れないし……
「……あの、シェルーニャさま、なんですけど……」
「うん、ゆっくりでいいのよ。落ち着いて話して?」
「シェルーニャさまは、その、昼には肉が食べたいと……」
「…………え?」
「ですから、お肉を食べたい、らしいです……」
「……はあ……?」
フリスはなにを答えればいいのか分からなくなり、少なくとも絶対に話して問題ないそれだけは答え、メイドは疑問符の混じったため息をつくしかなかった。
◆
「なにかもっと、あるでしょう? なんで生きてるのとか、なんでアンナが殺されたのかとか、そういうのは、なにも聞いていないの?」
「……聞けるわけ、ないんじゃないですか……」
「まあそうだけど、それでも聞いてくるのがメイドでしょ?」
現在フリスは厨房を出て、メイドたちの住まう宿舎へと移動している。
そこでベッドに座らさせられ、周囲をあの場にいたメイドたちに取り囲まれていた。
「シェルーニャさまがなにか喋っていたのはわかっているのよ。内容までは聞こえなかったけど、あなたならそれがわかるでしょう? それを話せばいいだけよ」
「うぅ……はい……」
「はいじゃなくてさ、内容を言えって言ってんの」
「……だから、その、昼は肉が食べたいと……用意できなければ、殺す……と」
「それはもう聞きました。あなたもわかっているでしょう? 私たちが聞きたいのは、そんなことではないの。もっと根本的なことよ」
「例えば、あいつが本当は誰なのか、とかな」
その問でフリスの肩が跳ねるが、そう言われてもそれに関しては本当になにも知らない。
「あのシェルーニャさまは、私たちが殺したはずの本人で間違いありません。彼女が食堂にいる間に部屋を調べましたが、死体はありませんでした」
「あ、そ、それは、本当だと思います。掴まれていた足首の跡を、見せられたので……」
「アンナが殺されたのは、まあ分かる。恨みは当然あるだろうし、あの女は笑って沈めたからな。だが恨みだけならなぜフリスは無事で、私たちもなにもされていないんだ?」
「……私は、私がしてしまったことを話しました…… そうしたら、あのシェルーニャさまは、自分は生きているから許す、と……」
「はあ!? お前、話しただと!?」
「! でも、仕方なかったんです! そうしなければ、私も殺すと!」
フリスはシェルーニャに、共有する秘密の漏洩が最も重要視されていると言われていたのに、あっさりと口を割ってしまった。
その場にいたメイドたちはフリスに掴みかかってベッドに押し倒すが、その中でも一番立場のあるメイド長が止めた。
「やめなさい、見苦しい。共犯であるフリスが話したのは、私たち全員の秘密。だけどその相手がシェルーニャなら問題ないわ。なにがあっても今日中にシェルーニャは始末するのだから」
「え? あ、あの、計画は失敗したんじゃ……」
「失敗してもしなくても、ラコスさまは今日の夜には到着するわ。十分な騎士がいない今日、十分な私兵を抱えたラコスさまが来る。フリス、それがどういう意味かは、わかるでしょう?」
「……ま、まさか、直接手を……」
「今更後には退けないんだよ! 私たちはもうシェルーニャを殺してるんだ! ここにいる全員で殺したんだ! そいつがなにかの間違いで生き返ったなら、もう一度殺すしかないんだよ!」
フリスに伸し掛かっているメイドの1人が泣きそうにな顔で叫んだ。
周囲に居る他のメイドたちも同じように、苦しそうな顔でフリスを見つめている。
「私たちは、アンナが殺されるところを見ていた。お前も見ただろ!? あれはシェルーニャだけど、シェルーニャよりも恐ろしいなにかだ! そんなやつがまだ生きて動いてるのに、仲間が殺されたのに、なぜ私たちがまだここにいると思う?」
「え……そ、それは、全員が、犯人だから……?」
「違うわ。私たちは全員、シェルーニャではなくラコスさまに賭けたからよ。だからシェルーニャを殺したの。ラコスさまの作る未来に、自分たちの命を、すべてを賭けたの。もう後には退けないのよ。ベットしたものがテーブルに乗っているのに、ルーレットはまだ回っているのに、席から立つなんてありえないのよ」
「ッ……!」
フリスは賭け事をしないのでその例えはよく分からなかったが、それでも目の据わった鬼気迫る表情に圧倒されて声が出なかった。
「もう逃げるなんて選択肢はないんだ。ラコスさまは秘密を知るものを絶対に逃さない。それに私たちが失敗したから、直接手を下すことになったラコスさまはお怒りだ。私たちにできることは、跪いて許しを請うことだけなんだよ……」
◆エル
貴族は人を使う。
そうは言ってもやはり裏切り者は信用できない。
だからシャドウボールを使った影ゴーレムをひっそりとフリスに同行させていたけど、案の定彼女はシェルーニャに喋ったことをメイドたちに喋った。
「やはり裏切り者は信用できないわね」
『わかっていたことではありませんか。あんなにペラペラとエル様に喋ったのですから』
「まあ、集合場所にゴーレムを運んだことだけは評価するけどね」
お陰で情報は手に入ったが、あの様子ではたぶん戻ってこないだろう。
しかし思ったよりもラコスの行動がメイドたちに伝わっているのはよかった。これで先手を打つ準備ができる。
「だけど戦力は全然足りていないわよねえ」
『並の冒険者の集団であれば、シャドウレギオンだけで圧倒できそうなものですが……』
「アレはスキルレベルの関係で、シャドウキャリアーがいないと能力を十全に発揮できないの。そのキャリアーは、前回展開したままどこかを歩いているようで私の中にはいないし……」
ザンダラ軍の地下でバランス・ブレイカーの被害者たちを送り出した後、仕事が終わったら帰っていいと言ったのにシャドウキャリアーはまだ戻ってきていない。
新しく作り直してもいいが、能力を考えると使い捨てにはもったいない。
そんな事を考えていると、ふと足元の死体を思い出した。
これなら使い捨てても構わないし、ちょうどいいか。
「あなた、アンナって呼ばれていたかしら? 新しい仕事を与えるから、早く起きなさい?」
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