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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第四章
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4-2 裏切りメイドのフリス

いつもお読みいただきありがとうございます。



◆エル



 死んだメイドの横で何事もなかったように朝食をとる。今朝のメニューは焼き立てのパンとポタージュみたいなスープ、それから温野菜のサラダだ。


「……肉はないの?」

「シ、シェルーニャさまは、お肉は苦手だったはずでは……?」

「あら、次はあなたの番かしら?」

「し、失礼しました!」


 足元にある死体の頭を足で転がすと、食事を持ってきたメイドは跪いて謝った。


「昼食には準備しますので、どうか、どうか命だけは……!」

「わかればいいのよ。お昼には期待しているわ」

「ありがとうございます……!」

「ああ、待ちなさい」


 今部屋には食事を持ってきたこの子しかいない。なので礼を言ってすぐに立ち去ろうとする彼女の腕を掴み、なにがあったのかを聞くことにした。


「痛、な、なんでしょうか……?」

「あなた。名前は?」

「フ、フリスです、けど……?」


 どうやらシェルーニャはメイドの名前を覚えているタイプの貴族だったらしい。フリスの顔には何を今更といった困惑が見える。


「フリス、あなたは私の殺害計画をどのくらい知ってるの?」

「わ、私は何も知りません!」

「そう? でも私を沈めた子を聞いたときに、あなたもこの子に指を差したわよね?」

「あ、あれは、本当のことで……でも、事故だと」

「事故ねえ。こんなにしっかり足を掴んで事故だなんて、都合のいい話もあったものね」


 ボクはバスローブの裾を持ち上げてシェルーニャの足首を見せる。そこにはまだしっかりと握られた跡がついていた。


「あ、そ、それは……私は、助けよう、と……」

「苦しかったわ。肺と胃が水で満たされて、目がチカチカするの。あんなに狭いのに上も下もわからなくなって、バタバタ暴れても何を触っているのかわからない。それを、助けた? 目が覚めたときにはまだ水の中にいたけれど、それを助けたというの?」

「あ、ああ、わ、わた、しは、本当に、助けようと…… う、うあ、うわああああああ!!」


 フリスはその場に泣き崩れてしまった。面倒だと思ったけど、悪事に加担した人間にしては心が弱いので興味が湧いた。

 かと言ってボクが宥める理由もないので放置し、食事を再開する。

 しばらくしてフリスが落ち着いた頃にもう一度話を聞くと、どうやら彼女は本当に助けようと思ったらしい。

 ただそれは、シェルーニャが完全に沈んで動かなくなってからのことだった。


「私は、沈んだシェルーニャさまの手を掴んで、押さえるように言われていました…… その、殺されたアンナと同じ役割です。他にも足を掴み上げたり、頭を抑えたり、水を注ぎ続けたり…… シェルーニャさまがこの部屋に来たときにいた、全員が犯人なんです……」


 なんとなくそうだろうなとは思っていた。全員妙に落ち着いていたし。


「最初は溺れて暴れるシェルーニャさまに殴られて、カッとなっていました。だけどそれが突然動かなくなって、動かないのに押さえている腕が妙に重くなった感じがして、それで、自分のしたことの重大さに気がついたんです。私は、私は人を殺してしまったんだと。だから、その瞬間助けなきゃと思って! でも、今更遅いと、お前も同罪だと、そう言われて…… 朝になってシェルーニャさまが現れたとき、私はホッとしていたんです。殺してなんかなかった。あれは悪い夢だったんだと。でも、アンナが殺されて、やっぱり、あれは事実だったんだと……」

「そうね。私は生きているけど、殺されかけたことを許すほど優しくはないわ。でも正直に話したあなたのことは許してあげましょうか」


 正確には死んでるんだけど、生きて動いているのがシェルーニャなら同じことだ。


「あ、ありがとう……ありがとうございます……!!」

「でも罪は罪よ? なぜ私を殺そうとしたのか、それくらいは答えてもらわないと」

「それは……シェルーニャさまの叔父に当たる、ラコス・ファラルドさまが領地を狙っているのは、ご存知ですよね? 私たちは継続雇用と多額の報酬を条件に、事故に見せかけた殺害を命令されました……」


 なんだつまらない。結局金か。

 しかし叔父のラコスね。両親が死んでシェルーニャが受け継いだ地位を奪おうとか、どうせそんなことだろう。

 ボクは正義について学んだと思っていたけど、そこにはまだ足りない要素があるみたいだ。


 すなわち金と権力。

 人を殺してまで得たい金。そんな人間を使ってまで奪いたい権力。

 ボクはそれらに魅力を感じていなかったけど、悪役にも金を求める輩はいた。それに悪の組織にも権力はある。

 せっかく貴族という権力を持つ立場になったのだから、勉強するにはいい機会だ。


「あなたたちの殺害計画は失敗した。もちろん私も今度は油断しないわ。そうすると事故は難しいと思うのだけれど、次は何が起こるのかしらね」

「わ、私は、私はこれ以上、本当に何も知りません! 私は、報酬をもらったらメイドの仕事を辞めるつもりだったので……むしろ、今すぐにでも辞めてしまいたいくらいです……」

「そうなの。でもあなたは仕事を辞めないほうがいいわよ?」

「な、なんでですか……?」


 フリスは怯えながら聞き返してくるが、それくらいのこともわからないのか。たぶん今まで命令をされて悪事を働いた人間の話というものを、聞いたことがないんだろうな。


「もし成功していれば、事故に見せかけたとは言え殺人よ? しかも単独ではなくメイドたち全員が犯人。あなたたちは殺しという共通の秘密で繋がっているのよ。その中から1人だけ逃げるだなんて、逆の立場ならあなたは許すの?」

「えっ、えっと、それは……」

「よく考えてみて。あの日浴室にいたメイドの1人が消えた。その数日後、あなたは町で突然衛兵に囲まれるの。混乱するあなたに突きつけられたのは、貴族の殺害容疑。でも衛兵は真実のすべてを知っているとは限らない。だからあなたは話すでしょうね。メイド全員が共謀していたこと、その背景には奪った椅子に座るラコスがいること。ここまではわかる?」

「は、はい……たぶん、そうすると思います」


 これは起こり得る未来ではない。もうすでに始まっている事実だ。

 消えたメイドはフリスで、彼女を捕らえたのはボク。それを言い換えているに過ぎない。


「じゃあ次に衛兵が尋ねるのは誰かしら。同僚のメイド? 新しい領主のラコス? どちらでもいいけど、どちらとも同じことを考えるはずよ。自分たちの秘密がバレる前に、秘密を漏らしそうなやつを消そうって。ねえ、今仕事を辞めたら、全員があなたを追うと思うけど、どう? あなたは秘密を全部私に話しちゃったけど、彼女たちはどう思う?」

「そ、そんな……! それは、シェルーニャさまが聞いてきたから……!!」

「秘密を共有する人間からすれば、漏らした事実が一番重要なの。そもそも私を殺す計画なのだから、私にバレても問題ないわ。でも、秘密をバラすなんて裏切り行為をしたあなたを、誰が許すのかしらね?」

「あ、ああ、でも、そんな、私は、裏切ってなんか……」

「苦しかったなあ。沈んだ水は冷たかったなあ。腕、掴んでいてくれたんですって? 引き上げてほしかったなあ。……最初に私を裏切ったのは、みんな一緒だったはずなのに、それでも裏切っていないなんて、都合が良すぎるとは思わない?」


 そもそもの話として、彼女は従者が主人を殺すのは重大な裏切りだときちんと理解していない。

 彼女たちは主人を裏切って新しい人間に付き従い、殺人に手を染めた。つまり新しい主人からすればメイドたちを最初から裏切り者として扱うのだと、わかっていない。

 裏切り者は何度でも裏切る。特に金で転ぶやつなど余計に信用ならない。そのための継続雇用という形で金を撒き、手元においておく。

 だがこれは忠誠度を試すための金だ。そのうちに新しい命令を出して、金で動くならより強固に逃げ場をなくす。そうでないなら処刑リスト入り。ボクならそうする。

 だから最初から雇用は報酬ではない。ただの首輪だ。

 その辺をわかっていないから、今もこうしてボクに騙され、新しい雇用主を裏切っていることにも気がつかない。


「ねえ、裏切り者のフリス。もう全部喋っちゃったあなたは、今更メイドを辞めてどこに行くつもりだったの?」

「うっ、くぅ……実家の、村に…… そこで両親と一緒に……」

「それってファラルド領内にあるのよね? ああ、言わなくてもいいわ。雇用契約書があるのだから、私もラコスもすぐに確認できるし。ああでも、大変。裏切り者はこの秘密を罪の意識に耐えられなくなって、家族に話してしまうかも。そうしたら……殺す人間が増えるわね?」

「!? な、そんな、家族は関係ないです!」

「貴族を殺すというのは、その秘密を知るというのは、そういうことなのよ? あなたと私の命では価値が違うの。それは家族と、友人と、いいえ、村1つ合わせても等価ではない。あなたがしたのは、あなたが知っているのは、そういう秘密なの。そんなことも考えないで、私を殺そうとしたの?」

「でも、だって、そうすれば、事故なら誰にもバレないって!」

「そうね。貴方たち以外にはバレないでしょうね。でも残念。私にはバレちゃった。ねえ、最初の質問に戻るけど、これから私たちは何が起きてどうなると思う?」

「え……? どうなるなんて、そんな」


 彼女はただ一時の気の迷いで悪に落ちた、迷える正義だ。正直大多数の有象無象を正義だと思いたくないけど、正義の味方が彼らを助けるから、こんなやつでも正義としてみないといけない。

 彼女は、いや他のメイドたちも、そこまで深く考えていないのだろう。だから死亡確認もしないし、失敗したときの案もない。

 だけどこの計画をラコスから受けた主導者には策があるはずだ。そうでなくても、ラコス自身にはなにか用意がある。ないはずがない。


「ラコスの計画は私が死ななければ動かない。狙いは領地ですものね。私の死は絶対で、ここの失敗は許されない。なら、失敗したときの計画があるに決まっているでしょう?」

「それは、でも、そんなの聞かされていないです……!」


 言わないということは言えないような策か、或いは失敗した時点でメイドたちが動けないことを前提にしているのか。

 であればボクなら強硬策を使うかな。


「ならあなたは捨て駒ね。他のメイドたちがどうしているか知らないけど、失敗した時点で用済みと見做されているわ。ああそうだ、ここの防衛戦力ってどの程度なの?」

「え……? 今はちょうど魔物の被害が出た村に、騎士たちが遠征中で……常駐しているのは非番も含めて20人くらい、かと……」


 少なすぎない?

 やる気がないのか財力がないのか。どのみちこの領地は早々に終わっていたかもね。


「……そうね。ラコスはこっちよりもお金を持っているようだし、私なら強盗や盗賊に見せかけて襲撃して、全員殺してしまうわ。目撃者は消して、秘密を知る厄介なメイドも消して、騎士が戻る前に自分たちが駆けつけ盗賊を蹴散らしたのだと喧伝するわ。これで領地も名誉も一石二鳥ね」

「そんな……! 私、私まだ死にたくないです!」

「役に立たない裏切り者を、生かしておく必要なんて無いでしょう? 私がラコスなら真っ先にあなたを殺すわね」

「ッ……!」

「でも安心してフリス。私にとっては、あなたは役に立つ裏切り者だから」


 偉そうに言ったけど、ラコスの次の行動についてはボクの妄想でしかない。

 だからそれを調べる必要があるんだけど、ボクが動くのは不審すぎる。

 じゃあどうやって調べるか。以前のボクならアクアボールゴーレムを使っただろうけど、今回のボクは貴族だ。

 貴族は人を使う。自分では行動せず、部下にやらせればいい。これは悪の幹部に通ずるものもあるので、悪役として実に正しい行動だ。


「フリス。死にたくなければ情報を集めなさい。時間は残されていないから、そうね、昼食までに集めてもらおうかしら。なにも分からなければ2人とも死ぬ。だけど……もちろんお昼に肉料理がなくてもあなたを殺すわ」



ここまでお読みいただきありがとうございます。


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