4-1 シェルーニャ・ジス・ファラルド
新章スタートです。
ですが、TS要素があります。
◆エル
気がつくと水の中にいた。
(はっ?)
肺はすでに水で満たされ、呼吸は意味をなさない。まさか生き返った瞬間溺れているとは思わなかった。
浮び上がろうと藻掻くが、思った以上に自分のいる場所は浅く狭い。少し手足を伸ばしただけで、壁や床に当たって空を掴む。
まあ死んでもなんとかなるか。そう思って一度力を抜くが、すぐにそれはだめだと本能が叫ぶ。
(……いや、ならないよ。この身体にはまだボクのスキルがない)
だが力を抜いたのは正解だった。慌てて身体を起こすと、あっさりと水の中から出ることができた。ボクがいたのは狭い浴槽の中だった。
「ごぼ、ごぼぼぼぼば!」
死にかけたとは思えないほど勢いよく口から水を吹き出す。一頻り吐き出し、呼吸が楽になったことでふとあることに気がついた。
ここはバスルームなので服を着ていないのはいい。裸なのは当然だ。前回も裸だったし。
だが本来はそれほど気にならないものが大きく視界を遮り、いつもならそこにあるはずのものがない。
身体もほっそりとしていて、ヴァルデスと比べるまでもなく華奢だ。
「……あー、あー……声も高い」
『お久しぶりです。復活おめでとうございますエル様。今回は女の子なのですね』
「アールか。やっぱりそう見えるよね」
『ええまあ。見えるというか、女性ですからね』
バスルームの中には大きな姿見鏡があり、そこに映っているのは赤いセミロングの髪が張りついた同じく赤い目の女性。当然スキルブックも映り込んでいて、これが今のボクの姿なのだと、ステータスを開かなくてもわかった。
◆
「シェルーニャ・ジス・ファラルド。またニームの貴族だって。ファラルド領を治める中堅貴族の娘で、両親が事故死。長女しかいなかったから領地を継承したけど、本人もまた入浴中に何者かに襲われて殺害された、と」
『貴族にしては無防備すぎますね。付き人や護衛はいなかったんでしょうか』
「さあ。ただまあステータス画面から見える所持金がマイナスになってるってことは、それほど裕福じゃないのかも知れないね」
『貴族というのも世知辛いものですね』
胸は抱えるほどではないが大きいのに、全体的な線は細い。ヴァルデスのような激しい体術には期待できそうにないし、実際ほとんど無抵抗で死んでいる。
ちなみに彼女は魔法の心得があったようで、高速詠唱というスキルを所持している。でもこれは逆に、詠唱しなければ魔法を使えないということだ。
鏡を見る限り首ではなく足に掴まれた跡があるから、たぶん入浴中に足を引っ張られて溺死させられたんだろう。これでは反撃のチャンスもない。
ちなみに水はすっかり冷たくなっているので死んでから時間が経っていると思われる。それなのに周囲に人がいないということは、余程の人手不足か犯人が付き人なんだろうな。
「それよりボク女の子になっちゃったよ。見て、あそこがない」
『見えていますが、あまり見せびらかすものではありません。服を着たほうがよろしいのでは?』
「んー、少し肌寒いし、せっかくだからもう一度お風呂に入リ直すよ。スキルも取り直さないといけないし、この身体についてもいろいろ試したいしね」
アクアボールとファイアボールで強引にお湯を張り直し、風呂に浸かる。この辺も使いやすくセットし直したいね。身体が暖まってくると、自然と胸が高鳴ってきた。
『スキルはともかく、身体を試すとは?』
「ヴァルデスのときの経験を活かそうと思って」
なくなったもの。新しく得たもの。その差がどれほどのものなのか、ボクは試したかった。特にあのハイモアですら喘いで咽び泣いた下腹部の秘密を知りたかった。
結論から言うと、この身体はヴァルデスよりも遥かにか弱く敏感で、目が覚めるとお湯は再び水に戻っていた。
◆
「あー、気持ちよかった……」
メルシエが意識を失ったのも頷ける。これは危険だ。彼女よりもボクのほうが弱かった。あのときは馬鹿にしていたけど、彼女はあれでも耐えていたほうだったんだな。
それよりも着替えはどこだろう。風呂に入っていたんだから何かしらありそうだけど。バスルームから出ると着替えのためと思われる小部屋になっていたが、ここにはタオルしかない。
身体は魔法で乾かしたからそれはスルー。次の扉の先はベッドルームだ。貴族の屋敷というより、ホテルみたいな構造だと思った。貴族の屋敷を知らないけど。
クローゼットやタンスを物色するとちょうどいいサイズの下着とバスローブが出てきた。まあこれでいいか。
着替えを終えて更に次の部屋へ、と思ったら廊下だ。ちなみに部屋の前を番している兵士や従者はいない。
「……誰かいないの?」
廊下に出ても人の気配はない。適当に進み、順に扉を開けていくがやはり無人だ。少し進むと階段があった。降りていくと、人の話し声が聞こえてくる。
そこは食堂のような場所だった。メイド服を着ているが、やる気は感じられずみんな思い思いに寛いでお茶やお菓子を楽しんでいる。
しばらく様子見をしていると、ふと会話が不穏なものになった。
「そろそろ行かなくていいの? もう朝だけど」
「まだ早いわよ。シェル―ニャさまはお疲れですから、できるだけ休んでいていただかないと」
「ふふ、普段から起こさないと起きないからね。まあ今日は起こしても起きないけど」
「だけどあまり遅いと疑われるんじゃない? うちらはともかく、ファラルド家に仕えている騎士のバウマン家はうるさいわよ?」
「前領主のときも相当に荒れてたわよね。あっちは完全に事故だからハレルソンとも和解したけど、当時は戦争になるかと思ったわ」
「で、誰が行くの? 私はパス。水死体って臭いのよ」
「まだ数時間だし平気じゃない?」
「お湯だから腐るの早いわよ。生煮え状態なわけだし」
「うへー、私そんな死に方したくないわー」
「あの娘も馬鹿よねえ。あんなにわかりやすく脅されてるのに、それを突っぱねるなんて」
「その結果がコレよ。さっさとラコスさまに乗り換えてよかったわ。給料も増えたし、仕事してなくも文句言わないし」
「新しい主人は身体触ってくるけど、口うるさいのよりはマシよね」
「それよりさっさと行く人を決めるわよ。最初はグー……」
なるほど。彼女たちの誰かが、もしくは全員が犯人だったのか。
何度かじゃんけんを繰り返しているが、それには及ばない。
「楽しそうね。私も混ぜてよ」
「楽しくないって。これから死体の発見をしに行かないといけないんだから」
「……ッ!?」
ボクに背を向けている一番近いメイドは振り向きもせずにそう答える。だけど他のメイドは、それこそ幽霊でも見たように顔が青ざめていた。
せっかくだから誰が新しい主になったのか、彼女たちに教えてあげよう。
椅子に座ったままの一番近いメイドの首に右腕を回し、左腕でしっかりとホールド。そのまま上半身を預けて、彼女の頭に覆いかぶさる。
「な、なに! 変な冗談はやめなさいよ!」
「あなたたちに聞くけど、シェル―ニャを沈めたのは誰?」
微笑みながら質問をすると全員が目配せをしてゆっくりとボクを、正確にはその下にいるメイドに指を差した。
「な、おい! 私だけじゃないだろ! 私は腕を抑えて、足を引っ張ったのは……」
「そう、ありがとう」
別にシェル―ニャを殺したのは誰でもよかった。だけど彼女も犯人なら都合がいい。
ボクは腕をかけた彼女の頭を左に少し持ち上げてから、ホールドしたまま思い切り右腕を振り抜く。腕を離すとメイドの首は力なくぶら下がり、そのまま机に突っ伏すように倒れた。
ヴァルデスの持っていた殺人術のうちの1つだ。元のシェル―ニャなら無理だったろうけど、ボクのステータスの補正を乗せれば一般人なんて簡単に破壊できる。
「ヒィッ……!?」
「これで死体を見つける手間が省けたわね? 仕事の時間でしょ? 朝食を準備しなさい」
「は、はい! 只今!!」
首の折れたメイドを残し、他の全員は慌てて部屋を出ていく。
ボクはメイドの死体を押しのけて椅子に座り、それを足蹴にしながら笑った。
「あはは、これが話に聞く悪役令嬢か。よーし、頑張るぞ!」
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