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3 ハイモアの愛情

唐突なNTRだった人には申し訳ありません。

配慮が足りていませんでした。



◆ハイモア



 夢を見た。

 それはメルシエがヴァルデスと出会った日の夜のことだ。

 目の前で喘ぎ、悦ぶ、ハイモアの知らなかった、知りたくなかったメルシエの姿。

 それを何をするでもなく、ただただ見せつけられた。

 いつもなら手元に剣があるのに、いつもなら素手でも殺しにいけるのに、見ていることしかできない。

 悔しかった。

 でもそれが怒りや憎しみではなく、浅ましく乱れるメルシエを貪るのが自分ではないことへの羨望だと気がついたとき、目が覚めた。


「…………なぜ、今になってこんな夢を」


 ハイモアはメルシエと2人で旅をするようになってから、すぐに自分の中に湧く肉欲に気がついていた。

 だが追手や周囲の目もあり、何よりメルシエがそれを望まなかったため、ハイモアはずっとその歪んだ欲望を隠していた。

 そのうちにそんな邪な願いは間違いなのだと忘れていたはずなのに、今になって急に夢で見ることになるとは。

 こんな夢を見るくらいなら、悪夢のほうがマシだ。


「あら、もう起きたの?」

「メルシエ様、今日の分の狩りに行ってきます。……すぐに戻るので、そんな顔をしないでください」

「……気をつけて、ね?」


 メルシエは少し戸惑っていたようだが、ハイモアは視線を合わせない。

 今彼女と目が会ってしまうと、自分が抑えられないような気がしたからだ。

 その欲望がいったいなんなのか、ハイモアにはわからない。彼女はそれが恐ろしかった。





 夢は続いた。

 手を出せず、ただただ乱れるメルシエを見つめる夢。

 身動きもできず、ただただ汚れるメルシエを見つめる夢。

 最も許せなかったのは、その相手がヴァルデスだけではなかったことだ。


 殺したはずの兵士。殺したはずの冒険者。殺したはずの制服の女。殺したはずの司令官。

 メルシエが殺したはずの、死んでいったはずの悪夢に汚されていく。

 その相手は日を追うに連れ、殺していない人間に変わっていった。

 家を作るのを手伝ってくれた村の男たち。

 メルシエに料理や小物作りを教えている女たち。

 そして、若い商人。


 メルシエは、自分のものではない。

 それはハイモアが一番理解している。所詮は主従関係。事件に巻き込まれて距離が縮まったからと言って、それを越えることはできない。

 だけどそこには自分を頼るしかない彼女がいた。だからそれで十分だった。


 なら今は?

 メルシエは頼りない少女ではなくなった。

 料理も手仕事もできるようになり、村人からも頼られている。最近では積極的に交友を広げている。

 彼女は自立できるようになった。なってしまった。

 それは本来喜ばしいことだが、ハイモアにとっては複雑だった。

 自分の後ろをついて回るしかない、自分に頼り切りの存在が消えかかっている。


 夢の中で遠ざかっていく、触れることのできないメルシエ。

 あれは夢ではない。そう遠くない現実だ。

 頭では理解しているはずなのに、ハイモアの思考は乱れていく。


 どうすればいいのか。どうしたらいいのか。どうしたいのか。


 何もわからなくなったハイモアが冷静になれるのは、魔物を斬っているときだけだった。





「ハイモアさん! 彼女を、メルシエさんを僕にください!」

「………………」

「私からも、お願いハイモア。私、彼と結婚したいの。彼と一緒に世界を見てみたいの」

「…………………………」


 ある日ハイモアが狩りから戻ると、メルシエと若い商人が2人揃って頭を下げてきた。

 彼女たちがそういう仲だというのは、当然知っていた。今も纏う雰囲気から、行為の後だということがわかる。

 だけど、ハイモアは分からなかった。


「なぜ、私に許可を求めるんですか?」

「え?」

「私はメルシエ様に仕える身。親でも姉でも、ましてや家族ではないのに、なぜ私に……」

「そんな事言わないでハイモア。あなたは私の、たった1人の家族よ。あなたも知っているとおり、私の本当の父も姉も、私を助けるようなことはしなかったわ。あなただけが、いつでも私の味方だったの」

「ハイモアさんのことはいつもメルシエさんから聞いています。姉のようなとても頼りになる存在で、いつも自分のことを気にかけてくれている大切な人なのだと。だから、僕はハイモアさんにこそ伝えるべきだと思い、今ここにいます」


 彼の目は真剣なものだった。そして誠実な力が籠もっている。

 ヴァルデスのような人を人と思わない目ではない。私を嬲った男たちのような嘲る目でもない。以前のメルシエのように、恐れ戸惑う目ではない。ハイモアのように、汚れて濁った目ではない。


「メルシエさんは、必ず幸せにしてみせます!」


 だから、ハイモアは信じて送り出すことにした。


「……口にするのは複雑ですが、あなたのことは取引をしていたことで信用しています。メルシエは、私がいなくても平気なのですね?」

「ずっといっしょでなくなるは寂しいけれど、それでも、私はいつまでも頼り切りではいけないと思ったの。でも、ずっと離れ離れというわけではないわ。彼はハイモアとの取引を止めるつもりはないし……」

「彼女の希望で見聞を広めるために足を伸ばします。それで今までより頻度は下がるかも知れませんが、必ず元気な姿で戻ります」

「いずれこんな日が来ると思っていました。私のことは気にせず、2人で頑張りなさい」


 本当は、ハイモアは嫌だった。

 でもそれはただのわがままだ。ハイモアに欲望があるように、メルシエにも人生がある。

 彼女のことを思うなら、それが正しい選択なのだ。そう言い聞かせて、2人を見送った。


 結婚式はささやかなものだったが、誰もがそれを祝福してくれた。

 2人は村人たちからも愛されている。自分の選択は正しかったのだと、ハイモアは暗い自我に言い聞かせた。


 メルシエの去った家は、なぜだか急に冷たく感じ、突然広くなった気がした。

 毎日そこにあった、彼女の温もりと臭いがない。それだけでこんなにも変わるのかと思った。


 そして、また悪夢を見るようになった。





 人を殺す悪夢。

 魔物を殺す現実。


 ハイモアは1日の殆どを殺すことに費やすようになった。

 本来ならとっくの昔に心が疲弊しているはずなのに、剣を振るえば振るうだけ気力が湧いてきた。

 理由はわかっている。ヴァルデスの、その皮を被った悪魔エルの仕業だ。

 自分は人間ではないのだと改めて思い直し、それでも剣を振るうことは止めなかった。


 剣を振っているときだけは余計なことを、メルシエのことを考えなくて済んだから。魔物を狩った分だけ、メルシエの助けになると信じていたから。


 だからハイモアは剣を振り続けた。



 ――数ヶ月が経った。

 メルシエは未だに戻らず、近くの村には別の行商人が来るようになっていた。

 ハイモアは旅とはそういうものなのだろうと、割り切っていた。


 ――更に日が経ち、一年が過ぎた。

 村人たちもメルシエの戻りを待っているのだと村長から言われた。

 ハイモアはそんなことを言われても困った。自分のことではないのだから。


 ――それから更に月日が経った頃、村に来ていた行商人が手紙を持ってきた。


「私はあなたがたの関係をよく知らない。だから、これを読んでも私には何も聞かないでくれ」


 行商人はそう言ってすぐに去っていった。手紙の字は、あの若い商人のものだった。


「……はっ、はは、は」


 乾いた笑い声が出て、そんな自分にハイモアは驚いた。

 メルシエは死んでいた。それも、随分前に死んでいた。

 流行り病だったそうだ。メルシエは死に、商人も病に臥せっていた。

 手紙には伝えるのが遅くなってすまないと、メルシエを守れなくてすまないと、何度も繰り返し書いてあった。

 だけど不思議と、ハイモアの中に悲しみはなかった。執着心はあるのに、メルシエのことを思うと今でも肉欲が渦巻くのに、悲しみだけがなかった。


 その日、ハイモアは夢を見た。

 それはメルシエがヴァルデスと出会った日の夜の、何度も見た夢だ。

 目の前で喘ぎ、悦ぶ、ハイモアの知らなかった、知りたかったメルシエの本当の姿。

 彼女は自分の腕の中で乱れ、自分の上で快楽を貪っていた。


 メルシエはまだそこにいる。メルシエはまだそこにある。

 ハイモアは自分の本当の気持ちに気がついた。死んだなら、むしろ好都合だ。


 これでメルシエは、私のものだ。


 目が覚めたハイモアはすぐに家を出て、商人の行方を追った。

 彼は怒鳴られるのだと、殺されるのだと思っていたが、ハイモアの言葉は違った。


「メルシエ様は、どこに眠っているのですか?」





 ザンダラの王女殺害事件から2年経った頃、ある噂が流れた。

 第6王女は殺されたが、一緒に行方不明だった騎士はまだ生きている。そんな内容のものだ。

 それだけならただの与太話だが、その話には続きがあった。


「俺はその女騎士に会ったんだ。自ら死んだメルシエの騎士を名乗って、エルを知らないかと訪ねて回っていた。事件に関わる重要人物って話だが、そのエルってのがどんなやつか聞いてもその騎士は知らないんだそうだ。おかしな話だよな? 本当に騎士だったのかって? ちゃんとした王族護衛騎士の恰好だったさ。でもそう言えば、なぜか棺を背負っていたな……」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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