3-33 先生とファニルロイと、
これにて3章完結です。短い隙間のお話を挟んで、年明けに4章を投稿します。
◆エル
「へえ、コイツがラゴランディアの選んだ転生者か。あれ? そいつ死ななかったか?」
「死んだよ。死んだからエルくんはここにいるんだ。そうだろう?」
「はい。たぶんそうだと思うんですけど。ここはどこですか?」
先生は久しぶりの再開を祝して小さな食事会を催してくれた。
それはボクのいた世界から持ち込まれた料理を自分で作って食べるというもので、タコパというらしい。
自分で作ると言ってもボクはなにもしていない。すべて先生が準備し、ボクの分までたこ焼きを作ってくれている。
「ここは、なんて言ったらいいかな。神の住む領域、というのが正しいのだろうが、特に名前はない。君の今いる世界では天国とか楽園とか神界とか、そんなふうに呼ばれている」
「俺も初めてきたときにはビビったよ。お前も見たとおりここは広い上に何もない。せっかく神になったってのに、神の世界ってのはこんなに退屈なのかと驚いたね」
「ファニーさんは神なんですね。ということは、先生も?」
「うむ。ただまあ、分類上は神だが、今の世界では信仰はされていない忘れられた存在だ。そういう意味ではこっちのファニー、ファニルロイは凄いぞ。神竜として恐れられている現役の災害だ」
先生はたこ焼きを丸める串を止めずにファニルロイを紹介してくれた。
褒められた彼女は誇らしげに胸を張ってにやりと笑う。
「この世界はつまらないからな。ラゴランディアが持ってくる珍しい食いもんくらいしか、ここに新しいものはない。それなら地上の生き物を観察している方がまだマシだ。だから自分の庭でペットを飼ってゆっくり寛いでいるんだが、人間どもはそれを邪魔しやがる。返り討ちにしてたら勝手に災害扱いだ」
「おお! なにもしていないのに敵対視される強者。悪役じゃないのに正義の味方からも悪役からも攻められる、映画のボスみたいですね!」
「なに言ってんだお前。こんなもん面倒なだけだ」
正直な感想を言ったらファニルロイは呆れたような顔をした。
「ははは、エルくんは敵役が好きなんだ。だから今の世界では積極的に悪事をしている。そのせいで死んでしまったようだがね」
「正義の味方に負けるのが理想なんですけど、今回は別の悪に負けたみたいです。でも正義の有り方を考えさせられました。負けたのは悔しいですけど、正義の味方も揺らぐんだと知れたのはよかったです。次はうまくやります」
「お前、ガキなのに難しいことを言うなあ。それにしても正義の味方か。うちにいる転移者が同じようなことを言っていたよ。俺に向かって、力のあるものは正義のために力を振るうべきだとかなんとか。俺はもう聞き飽きたが、そいつとお前は話が合うかもな」
「そうかも知れませんね。でもボクは悪役なので、きっとわかりあえないと思いますよ」
「負けてもただでは起きないのはいいことだ。さ、いい具合に焼けたぞ。焼き立てを食べたまえ。ただし火傷には注意してくれ」
「ありがとうございます。いただきます!」
先生が焼いてくれたたこ焼きは市販の粉を使ったシンプルなものらしいけど、外はカリカリ、中はふわとろでこちらの世界で食べたどんなものよりも美味しい。
美味しいという感覚を教えてくれたダンには改めて感謝しなければ。
「熱っ、ふぅー! 美味えけど、これ熱いな! それとなんか種みたいなのが入ってるな。このグニグニしたのはなんだ? 歯ごたえがあって美味いが……」
「それはタコですね。ボクもはじめて食べますが、おいしいです」
「タコ?」
「ファニーにはクラーケンの幼体みたいなものだと言ったほうがわかりやすいだろう。海の生き物だからファニーの庭では取れないが、暖かい海なら比較的どこでも採れるはずだ」
「クラーケン!? 相変わらず人間は変なもん食ってんだなあ」
ひとしきりたこ焼きを楽しみ、話は転生者たちの話題になっていった。
「じゃあなんだ、そのバランス・ブレイカーって連中は転生者同士で徒党を組んでるのか。くだらねえ事考えるなあ」
「ルールには抵触していないし、勇者パーティなども同じようなものだ。しかしスキルによる魔法のアイテム化だけならともかく、それを現地人に売るとなると問題かも知れないな」
「スキルの濫用か。2、3回前に聖女が復活スキルを使いすぎて、別のとこの神がキレてたよな。あれはウケたぜ。せっかく聖女を当てた転生者をキレた神が殺して、その聖女に賭けてた別の神がその神の子飼いの転生者を殺して、あと一歩踏み込んでたら神同士の戦争だったってのに」
「なにも面白くはない。転生者同士で競わせているのは、神々の戦いをさせないためのシステムだというのに、それのせいでやり合ったら本末転倒だ」
かなり踏み込んだ神々の話を聞いているけど、ボクはここに居ていいのかな?
「先生、なにか色々と裏側みたいなことを聞いている気がするんですけど、ボクはそれを聞いちゃって大丈夫なんですか?」
「あ? お前は死んでるから別にいいだろ。生まれ変わったらすぐに何もかも忘れ……いやそもそもそれなら、なんでお前ここにいるんだ?」
「え? それは死んだからじゃ?」
「いや、普通は死んだ瞬間に魂が洗浄され、次の入れ物に入るんだ。紛れ込んでここにいるならギリ有り得るが、なぜ自我を持ってる?」
ファニルロイの目がすっと細くなるが、威圧されてもボクに聞かれても困る。
返事に困っていると、先生が助け舟を出してくれた。
「それはエルくんが【敵】だからだ」
「ああ、なるほどな……ってオイ、マジかよ。お前が【敵】? お前、エルって言ったか? その職業がどれだけヤベえのか知ってるのか?」
「いえ、職業のページは真っ黒だったので、なんとなくしか」
「じゃあ教えてやるよ。スキルブックってのは使い回してるもんなんだ。転生者が死んだら、次に拾ってきた転生者に与えている便利アイテムだ。だが使い込まれたアイテムはどうしたって中古品。どんなに取り繕っても汚れや穢れが残っている。その黒い部分を一箇所に集めたのがそのページだ。誰も使わない、誰にも使いこなせない、誰にも使ってほしくない呪われた職業。それが【敵】だ。そもそもあのページにはセーフティがあるはずだぞ? どうやって突破したんだ?」
「え? アールに悪役っぽい職業を聞いたら出してくれました。確かになにか壊れた感じがしましたけど」
ファニルロイは捲し立てるように詰めてくるけど、【敵】のページはそこまで厳重に隠されていた覚えはない。
いや、隠されていたけどアールが開放してくれたのか。よくよく思い出すと勧められないとは言ってたような……
「アール? 誰だ? そんな転生者は居なかったと思うが……」
「ファニー。エルくんはスキルブックの契約と同時に人工精霊を得たんだ。アールはその精霊の名前だ」
「はあー? 精霊って、んなもんかなり使い込まないとスキルブックが主と認めないってのに。……まさかラゴランディア、お前がズルをしたのか?」
「そんなことはしない。エルくんはスキルブックを得る前から魔力操作を教わっていた。そして魔力パスを繋ぐために、手のひらとスキルブックを剣で貫いた。私も当時は驚いていたよ」
「マジか。エル、お前気に入ったぜ。かなりイカれてるな」
「えーと、ありがとうございます?」
「だが納得がいった。スキルブックの人工精霊ならセーフティもなにもねえ。やつらは本の全権を握ってるからな。それに【敵】のページに閉ざされてるのは、なにもスキルブックの汚れや傷だけじゃない。今までの転生者とともに過ごした人工精霊の墓場でもある。たぶんそいつらがお前の悪を望む意思を汲み取って、アールの後押しをしたんだろうな」
彼女は事情を把握したようでうんうん頷いているが、それがわかったからと言ってボクが神々の話を聞いてもいい理由はわからない。
しかもスキルブックの真実までべらべら喋ってよかったんだろうか。
ファニルロイでは話にならなそうなので先生をちらりと見ると、先生はニコリと笑う。
「エルくんの心配するようなことはなにもない。【敵】は知ってのとおり、あの世界のあらゆるものの敵だ。今はまだ力が弱いので周知されていないが、いずれその意味が嫌でもわかるだろう」
「えっと、よくわからないんですけどボクってどういう立場なんですか?」
「簡単に言ってしまえば、君は転生者たちを取り巻く世界の一部になった。転生者たちの最終的な目標は神へと至ること。それは知っているね?」
「はい。ボクは神になれないそうですけど」
「それは【敵】の価値が神よりも上だからだ。だから神と同等の知識を持っていていいし、スキルブックの件も同じだ。君はすでに他の転生者よりも進んだ場所にいる」
驚きの事実だった。ボクはすでに先生と同じ、いやそれよりも上にいるらしい。
「しかしそれは神よりも格上ということではない。君は転生者たちが神になるための踏み台に、自ら望んでなった。先程のファニーの話と繋がるが、君たち転生者の活動は神々にとって娯楽でしかない。誰が何を為したか、どこまで成長できたか、そういったものを賭け事の対象にして眺めている。もちろん転生者にはそのことは知らされていない。そんな状況なので、神が直接転生者に介入するのは一番の禁忌だ。先程話していた2人の神は追放され、今はもう魂の痕跡すらない。それは君とて同じだ。自ら辿り着いた【敵】の価値は尊いが、神々の作ったシステムの外にはない」
「わかりました。スキルブックと神々の事情は誰にも喋りません。……でもボクは【敵】だから、うっかり転生者を殺してしまうかも知れませんけど、そのときは……」
「その心配はいらない。君は【敵】だが、転生者でもある。転生者同士の小競り合い、殺し合いはルールで認められている。それに君は転生者が神のスキルを得て神に近づいたからと言って、無闇に殺しにかかるような子ではないだろう? 君は悪役だ。その努めを、立派に果たせばいい」
肩に手を置かれ、先生に頭を撫でられる。
それだけで、全てが許されたような気がした。
しばらく頭を撫でられていると、不意にその感触が薄くなっていく。
「え? あれ? 身体が、透けてる?」
「さて、名残惜しいがそろそろ時間だ。君の次の転生先が決まったようだね」
「せっかく会えたのに、もっとお話をしたかったです」
「ハッ、安心しな。【敵】はすぐに死ぬ。それに転生しても記憶は消えてねえんだろ? ならこの場所もすぐに分かる。俺みたいにいつでも帰ってこれるぜ」
「……ファニー、うちは君の家ではないんだがね。だかエルくん、君ならいつでも歓迎だ。君の世界の品物を揃えて待っているよ」
先生とファニルロイのそんなやり取りを見て、ボクにもこんなふうに帰れる場所が欲しくなってきた。
「さあ、お発ちなさい。君の物語はまだ続くのだから」
「はい。行ってきます」
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