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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
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3-32 はじめてのどこでもない世界

遅くなりました。色々詰め合わせすぎたせいです。


◆エル



「……んぅ、ここは……?」


 地上とは違う、かと言って空でも地下でもない、ただただ広いだけの隙間。

 浮いているのに、足がつく。

 歩きだすと、上にも下にも足場が発生する。

 試しに跳んでみると、自分が着地したい場所で宙に留まることができた。

 逆立ちをするのも簡単だし、その気になれば転がって移動もできる。加速も減速も自由自在だ。


「はは、なんだこれ。面白いなあ」


 白いのに暗い世界。灰色とも違うし、見上げれば青空がある。でも太陽はないし、影もない。

 他にはなにかないかな。周囲をぐるぐると見回すと、遠くにお城のようなものが見えた。


「行ってみようか」


 他にすることもないし、ここがどこかもわからない。もしかしたらここが天国なのかな。いいや、それはありえない。ボクは間違いなく地獄行きだ。

 でもそれもおかしな話だ。ボクは何度も転生を繰り返す世界の【敵】。トラマルとの戦いで死んだなら、次の転生先にいるはずだ。

 そこで気がついたけど、今のボクは屈強な肉体派の脳筋悪役ヴァルデスではない。背が低くて痩せっぽちの小柄なエルだ。

 魂を別けたシャドウキャリアーの姿を見たから知っていたけど、アレは弱そうだね。


 そんな考え事をしているうちに、城まで辿り着いた。

 思ったよりも小さな城で、先程まで居たザンダラの基地よりはずっと小さい。けれど立派な、古めかしい洋風なお城だ。

 ただ、その入口だけは違和感が酷い。

 せっかくのお城なのに、すごく普通なビルとかに使われている安っぽい扉なのだ。それなのにドアノブは狼が輪を咥えたような厳しいもので、無理やりつけた感がすごい。

 これはたぶんノックするタイプなんだろうけど、どうしたものか。別に無理に入る必要はないし、でも周囲には他になにもない。


 入ってみるか悩んでいると、突然すごい勢いで背後に巨大ななにかが着地した。

 振り返ると、そこに居たのは競技用水着を着た灰色のショートヘアの女性だった。何故か航空帽のようなゴーグルを着用し、ニーソックスを履いているのに靴はサンダルだ。


「……こんにちは」

「ああ? 誰だお前」


 ゴーグルをずらしてこちらを観察するように睨んでくる目は宝石のように美しいが、同時に生物らしさが感じられない。


「お前ここでなにしてたんだ?」

「わかりません。強いて言えば迷子です。気がついたらこの世界に居て、行く宛もなかったので目に止まったここに来ました」

「ふうん。なら入ろうぜ。入口の前にいたら邪魔なんだしよ」


 ボクの返事も聞かず、彼女はボクを抱えて扉を蹴り開けた。外開きだった扉は思ったとおりの安っぽい素材でできており、簡単にひしゃげて吹き飛んでしまった。


「ええぇ……?」

「今までこんなものはなかったのに、俺が来るようになってからラゴランディアのやつは入り口を塞ぎやがったんだ。酷いと思わないか?」

「さっき蹴ったのは扉なんだから、家主が開けるまで待つべきでは?」

「お前……他の連中と同じこと言ってるぜ。お前は知らないだろうが、俺はここに住んでるやつよりも偉くないんだ。格下の俺が、格上のやつに扉を開けさせるなんてできねえ。だろ?」


 言い分は理解できなくもないが、その理屈のせいで扉を壊したら元も子もない。

 競技水着の女はそのままズカズカと中に上がり込み、目的地が定まっているのかどんどん進んでいく。

 扉も違和感があったが、城の中も中でおかしなことになっていた。教科書で見た世界中の絵が飾られているけど、統一感がないし配置もめちゃくちゃ。それどころか高そうなツボに色々な武器が乱雑に入っている。

 おかしいのは床もそうだ。大理石からコンクリート、フローリングに代わり、今進んでいるのは畳の上だ。

 室内なのに背景が目まぐるしく変わっていく。そんな奇妙な体験をしているうちに、彼女は目的の場所についたようだ。


「邪魔するぜ」

「……ファニー。玄関から入ってきたのは褒めるべきなんだろうが、壊すことはないだろう。……おや?」

「あっ」


 まず目に入ったのは畳の床に置かれたガラスのテーブルと、そのどちらにも合わないカラフルでゴツゴツとした椅子。

 くるりと回る椅子が振り返ると、そこに座っていたのは様々な怪物の描かれた派手なスーツの女性。シャツは毒々しいマーブル模様でネクタイ代わりのトラロープで首を飾り、貼り付けられた胡散臭い笑顔と切り揃えられた黒のショートに、燃えるような赤い釣り目。

 何より特徴的なのは、中性的で美しい顔立ちからは想像できないニヒルで渋い男性の声。


「やあ、エルくん。久しぶりだね」

「先生……お久しぶりです!」


 ボクをこの世界に連れてきてくれた張本人。先生との久しぶりの再会だった。



◆アリタカ



「あなたはエルの仲間? それとも被害者?」


 突然声をかけてきた貴族風の女性、ヴィクトリアの口から出てきた名前は、つい先程死んだ友人の名前だった。

 まさかこんなところでエルの名前が出てくるとは思わず、アリタカの心臓は跳ね上がる。できるだけ落ち着いて返事をしようと努めたが、彼には無理だった。


「な、ななな、なんのことやら……」

「あなた、顔に出やすすぎでしょ。変身魔法を使っているのはわかってるわ。それをかけたのがエルってこともね」


 呆れたように言われるが、アリタカにとってはそもそも女性に手を掴まれて喋るというのがはじめての経験だ。普段通りにすればいいというのはわかっているが、どうしても緊張感が出てしまう。

 アリタカは小柄で女性のような顔立ちであったが、男子高校に入るまでは実家の寺での教えと修行を熱心に取り組んでいたため友人が居なかった。

 そのため人付き合いそのものに苦手意識があり、寮での生活から女性への視線に欲望が乗っていることを自覚したため、より一層女性に緊張するようになっていた。


「まず誤解してほしくないんだけど、私はエルの敵じゃない。味方かと言われると怪しいけど、まあ知り合いよ」

「そ、そうなんでござ、いますか」

「私は元々エルと一緒にニームに居たの。だけどそこでエルが死んでね? そこでの生活が面倒なことになったからこうして移動してきたの。そしたらここでもエルに関わっちゃった可哀想な犬が居て、ちょっと前に拾ったのよ。その子がどうしてもエルに会いたいって言うから遥々王都まで戻ってきたのに。さっきの爆発、エルのせいなんでしょ?」

「あ、いやー、そうといえば、そうでござるな」


 正確にはヌークを使用したのはヘイヘでありエルは被害者だが、そもそも彼らが戦う羽目になったのはエルのせいなので、爆発はエルのせいで間違っていない。

 だがアリタカは現場から離れていたため、それを誰が行ったのかを知らない。巻き込まれて死んだのは間違いないが、エルというよりヴァルデスの能力ではなさそうだったので、彼は言葉を濁すしかなかった。


「はっきりしないわね。まあともかく、エルが死んだのはわかってるわけよ。それでこれからどうしようかなんて話をしていたら、偶然にもエルの魔法を纏った人間が目の前を通っていった。それがあなたってわけ。ここまで言えば、知らぬ存ぜぬは無理があるわよね?」

「はあ。……わかったでござるよ。知っている限りのことを話すでござる」


 ヴィクトリアは脅すようにアリタカを威圧したが、そこには魂を分け合ったエルの魔力も滲んでいる。アリタカはそれのお陰で緊張が解けた。


「拙僧は迷寺(マヨイデラ) 有崇(アリタカ)と申す。エル殿と同じく、別の世界から来た異世界人でござる」

「マヨイデラ、アリタカ? それが名前?」

「そうでござるよ。拙僧は転生ではなく転移だったので、元の世界の名前をそのまま名乗っているんでござる」

「ふーん。私はヴィクトリア・グーラ・エギグエレファ。長いからヴィクトリアでいいわ。話の前に、さっき言ったエルと会いたがっている犬がいるから一緒に来てくれない?」


 アリタカはそれを了承し、ヴィクトリアとともにカフェテラスのような野外食堂に向かう。


「紹介するわ。エルに誘拐されてきた料理人のフェルと、犬のユルモよ」

「よろしくお願いします」

「犬? 私の紹介は犬だけですか? 私は、私もひどい目にあってるのに……」

「……アリタカでござる。うう、エル殿、美女にロリにペットプレイだなんて、羨ましすぎるでござるよ……」

「?」


 幸いにもアリタカの呟きの意味は理解されなかったが、美女や美少女に囲まれたエルの生活を想像したアリタカは深く落ち込み、彼の中でのエルの評価は上がって、友人としての好感度は下がった。



◆シェスタ



 空を飛ぶ乗り物というはじめての体験をしているにも関わらず、シェスタ第3王女の心は冷えていくばかりだった。

 頼りにしていたトラマルの死。

 事実上の拠点であった中央基地の消滅。

 これから自分はどうなるのか、この先どうすればいいのか。答えの見つからない問に、頭が揺れ続ける。


「もうすぐ到着です。実験機ですので、着陸の衝撃に備えてください」

「……わかったわ」


 ヘイヘの指示に従いシートベルトなる拘束具のような帯を握りしめ、シェスタはぐっと目を瞑る。

 身体が少し浮いたような感覚と、それに伴う後ろに引っ張られるような違和感。

 飛び立ったときシェスタは頭痛がして気分が悪くなったので、今回もそれがあるのだと覚悟していたが、着陸は思ったよりもスムーズに成功した。

 言われていた衝撃も、馬車が石を踏んで跳ねたときに比べればどうということもない。


「……ふぅ。なんとかなったな。王女、降りるための準備をするので、ベルトを外して待っていてください」

「ええ」


 目を開くと、そこはどこかの山だった。シェスタは植物に詳しくないので今どこにいるのか全く分からなかったが、低木ばかりなので標高が高い場所なのだと思った。

 ヘイヘが扉を開くと澄んだ空気が流れ込んでくる。落ち込んでいた気分も少しだけ良くなった。


「こちらです。足元が悪いので気をつけてください」


 飛行機が到着したのは整備された広場だったが、ザンダラの王城や基地のように魔法による加工はされていないため多少の起伏があった。

 向かう先は石造りの大きな砦のような建物だ。


「ありがとう。……ところで、ここはどこですか?」

「ドワーフの国です。……ザンダラは国と認めていませんでしたね」


 ヘイヘは悪気なく言うが、シェスタは少しだけ心が居たんだ。ザンダラはニームとの戦争終結後、亜人族との同盟を解消した。

 だがそれは亜人族の各盟主たちによる一方的な破棄であり、ザンダラ王家は認めていたかったのだ。継承権を放棄したとは言え王女であるため、シェスタとしては複雑な立場だ。

 更に言うならバランス・ブレイカーはその混乱期に力を取り戻したので、余計に気まずい。


「私はドワーフ領を国だと思っていますよ。そもそも数代前の王が勝手に彼らを戦争に巻き込んだわけですし…… ただ、祖父の仕事は武器商人だと思っていましたから、奴隷商もしていると知ったときには少なからず動揺しましたよ。その稼ぎで暮らしていたとはいえ、実情を知ると気が重いですね」

「王女が気にすることではありません。バランス・ブレイカーはドワーフたちを商売道具にしましたが、同じようにドワーフたちもウチから買ったザンダラ人を鉱山奴隷として使用しています。ある意味で関係は良好ですよ」


 ちなみに現在のバランス・ブレイカーは転生者たちの隠れ蓑として利用されており、トラマルとヘイヘは武器開発が専門。武器や奴隷の販売は別に担当者が居るため、実際にどの程度被害者が居るのかはヘイヘもシェスタも知らなかった。


「あれ? 一平クン戻ったんだ。トラマルちゃんは?」


 砦に入るとそこには侍女服を着た少女が居た。ホウキを持っていることから掃除中だと思われるが、ヘイヘに対する言葉遣いから侍女ではなくたぶん同じ種類の人間なのだろう。


「……その話は後だララコ。こちらはシェスタ王女、しばらく世話をしてやってくれ。それから、本名で呼ぶな」

「えー、井丙一平ってすごくいい名前だと思うけど。何回言ってもウケる。……冗談だって、怒らないでよ。ウチはララコ。ペットの世話は得意だから、ぐうたら王女は寝てるだけでもいいよー」

「王女は一応上客だ。あまりふざけた言葉を使うな」

「へーい。それじゃ、またねー」


 ララコと名乗った少女はシェスタを見ると嘲るように笑い、ホウキに跨って飛んでいってしまった。

 ヘイヘはため息をついてそれを見送り、シェスタに振り返る。


「あいつも転生者です。あいつはここでの生活が長い。俺たちもこの国での活動経験はないので、しばらくは任せる形になります。さあ、行きましょう」

「え、ええ。……行くってどこに?」


 ヘイヘは返事をせずに施設の中を進んでいく。シェスタも黙ってその後を着いていくが、しばらくすると見知った様式の部屋に辿り着く。


「ここは……私の部屋?」

「基地にあったあの実験室という意味では同じです。……こっちです」


 ヘイヘも少しだけ緊張した面持ちで、奥の部屋に向かう。

 そこは、基地ではトラマルの私室だった場所だ。


「よう。遅かったな」

「な!? トラマル!? なぜあなたがここに!?」


 扉を開くと、そこにはラフなガウンを着た黒髪のトラマルが居た。


「保険は用意しておくもんだぜ王女。だが、今回はヤバかったな。ヘイヘ、やつはどうなった?」

「あいつは基地と一緒に消えてなくなった。俺たちの研究成果も、何もかも一緒にな」

「そうか。ああクソ、思い出すと勿体ねえな」


 トラマルは頭を掻き毟り、すぐにニヤリと口を歪める。


「まあいい。やつが消えたんなら、それで全てペイだ。ははは、俺たちの勝ちだ」




ここまでお読みいただきありがとうございます。


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