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【第五章開始】悪役転生  作者: まな
第三章
84/173

3-31 決戦のあとに

ブックマークありがとうございます。


◆アリタカ



「しかと、見届けたでござるよ! エル殿」


 アリタカはエルの変身魔法、メタモーフによって兵士に化け、いち早く中央基地を脱出していた。

 足のつくものは一切持たず(もとよりバランス・ブレイカーによる軟禁に近い状況だったため私物は殆どない)、着の身着のままでではあったが、それでも彼は今の状況に安堵していた。


(恐ろしいでござる。あれがトラマルの最終兵器…… まさか基地の周辺がそのまま消えてしまうとは……)


 エルとトラマルによる転生者同士の、命をかけた本気の勝負。死にたがりのエルが本気だったかは少し怪しいが、その結果はザンダラの行く末を変えるほどの被害を齎した。

 まず前提としてザンダラの中央基地は、その名の通りザンダラの首都の中心部にある。そこは王城からも近く、政治的な施設の殆どが揃っているエリアだ。

 その中でも広大な敷地面積を持ち、首都外壁と同じ防御性能を誇る防壁で囲まれた中央基地が、彼らの戦闘によって文字通り消滅した。

 アリタカは観光客向けに開放されている外壁の上から基地方面の様子を見ていたが、直前まで異常は感じられなかった。

 当然外壁から基地の内部を見ることはできない。しかし魔力反応の変化に敏感なアリタカは、距離が離れていても何度かの異常な高魔力反応を感じた。

 その直後に基地から発進する、前世ではゲームでよく見た、この世界では初めて目にするロケットのような飛行機。このときにアリタカはバランス・ブレイカーが負けたのだとわかった。

 そして、破壊が起きた。


「凄い衝撃だったな!」

「おい何が起きたんだ!?」

「あ、あれを見ろ! 城の方から煙が……!」

「城じゃない。城じゃないが、アレは基地か? 基地がなくなってるぞ!?」


 当初アリタカは困惑していた。

 エルは見届けて欲しいと言っていたのに、最初に基地から逃げろと言われたからだ。

 すぐ近くで戦いを見届ける。そしてその結果を報告する。それなのにどうして逃げなければならないのか。

 だが今なら理解できる。

 あれは無理だ。あれを近くで見るなんて不可能だ。


 施設内で発生した高魔力反応は連鎖的に膨れ上がり、快晴の空を照らすほど輝いた。だがそれは魔力の暴走によるものであり、魔力に鈍いものでもそれが弾けたとわかった。

 空間を揺らすほどの衝撃。膨大な魔力は外ではなく発生源に向かって進み、弾けた魔力は元の姿を取り戻すために周囲の存在を分解し飲み込んでいく。

 しかし失敗した魔法に元の姿などあるはずもなく、結果として空間内のすべてを消し去ってしまった。

 エルが逃げろと言わなければ、アリタカは間違いなく巻き込まれて死んでいた。その点には、間違いなく感謝していた。


(だけど、いくらなんでもこれはやりすぎでござるよ……)


 ザンダラ魔力崩壊事故。

 千人以上の行方不明者を出した大事件はその後の調査も進展はなく、同時に発生した暴徒による政府施設への襲撃と関連した敵対勢力による攻撃ではないかと噂されたが、結局秘密兵器の事故として処理されることになった。



◆シャドウキャリアー



『……主は死にましたか』


 基地の地下から現れたバランス・ブレイカーの被害者たち。闇の魔力によって暴走状態になった彼らは戦闘が激化する前には基地を抜けており、今は政府施設に向かって進軍していた。

 その中のひとりに混じっていたシャドウキャリアーはエルの反応の消滅を悟り、振り返ってため息をつく。


(私も主人も、命が軽い。自我を持った魔法である私はともかく、なぜ人間である主人が死ぬことに躊躇いがないのか理解できませんね)


 もちろんシャドウキャリアーはエルの特異性を理解している。死んでも転生ができる異能は、自分が再びエルから魂を別けられ、この世界に存在することで証明されている。

 だが、それでも死ぬのは怖い。死とは無だ。なにもなくなることだ。考えることも感じることもなくなる。

 闇より生まれた魔法であっても、闇に還るのは容認できない。だからこそシャドウキャリアーは与えられた能力のすべてを発揮して生き残ろうと抗った。


 魔法ですら死ぬのは怖いと思っている。他の精霊どもも、きっと同じはずだ。それなのに、あの人間(エル)はすでに何度も死んでいる。

 魂が繋がっているはずなのに、彼の考えは理解できない。


「た、助けてくれー! 俺はこんなところで死にたくな……!」

「助けろだと!? それは俺たちのセリフだ! 俺たちが、いったいどれだけ助けを求めたか!」

「やめ、やめろ! 私は、なにもしていないじゃないか!?」

「そうだ! お前たちはなにもしなかった! それがお前たちの、政府の罪だ!」

「いやだ、助け……がふっ!」


 そうだ。あれが本来の姿だ。みんな命は惜しい。だから助けを求める。

 ただ、助けられなかったものたちが、その手を差し伸べるとは思えないが。


「衛兵は、軍は何をやっている!?」

「そ、それが基地は、中央基地は消滅しました! 外環部隊の到着にはまだ時間がかかります!」

「消滅!? いったいなにを言って……!?」

「進め! こいつらは村の税金を奪うだけ奪ってなにもしなかった強盗だ! 殺せ、皆殺しだ!」

「お前たちのせいで、私の村は、私たちの村は!!」

(それにしても、彼らはよくも飽きませんね。人が死ぬ分には私の栄養になるので構いませんが)


 シャドウキャリアーには配下においた被害者たちの言い分が理解できなかった。

 助けを求めるのは弱者だから仕方がない。これについてはエルよりも柔軟な考えを持っている。弱い存在は逃げるか、より強い存在の庇護下にいるしかない。だから助けを求めるのは当然だ。

 しかし力を持ったからと言って、助けられなかったことに対して逆上するのはよくわからない。

 本来の敵は彼らを襲ったバランス・ブレイカーなる組織ではないのか。

 軍はわかる。彼らは軍の施設の地下にいた。だから関連付けて逆襲するのは間違っていない。

 だが今襲っている政府の組織は? 軍が政府側だから同じだというのだろうか。それはさすがに解釈の範囲が広すぎるだろう。

 なぜ彼らはバランス・ブレイカーとはほとんど関係のない人間を襲っているのか。

 思考を読み取ろうにも、彼らからは理不尽な怒りの感情しか入ってこない。


(……まあ、いいでしょう。私は命令を果たしました)


 ――君の仕事は彼らを戦闘員に変えること。そして彼らを適切な場所に運ぶことだけだ。その後は帰っていい。あとは彼らが勝手に救いを求める。


 エルが言っていた適切な場所というのが、本当にここなのかはわからない。

 だが彼らは、自分たちが襲いかかった相手に救いを求めている。

 なら、それほど間違ってはいないのだろう。


(主も死んだわけですし、私もしばらく自由にしましょうか)


 その前にシャドウキャリアーはひとつ、エルのマネをすることにした。

 彼なら、きっとこう言うだろう。


『進め。お前たちの救いは、お前たちで掴み取るんだ。アンネムニカの栄光のために!』

「! そうだ! 俺たちは、自分たちで助けを掴み取るんだ!」

「そうよ! こいつらは誰も助けてくれなかった! 自分たちの手で救いを求めるのよ!」

「行くぞ! 俺たちの平和のために! アンネムニカの栄光のために!」

「「「アンネムニカの栄光のために!!」」」


(さよなら、哀れな被害者たち。私は、主よりはあなたたちを救いましたよ)


 ザンダラ政府関連施設への連続襲撃事件。

 中央基地での事故と時を同じくして発生したこの事件の犯人たちは、なんの偶然かほとんどが国内外での行方不明者たちだった。

 年齢も性別も出身も違う彼らは意味不明な言動を繰り返していたが、ただ1つだけ一致している目的があった。

 ――アンネムニカの栄光のために。

 アンネムニカがいったいなにを指す単語なのかは不明であり、一種の新興宗教かとも考えられたが、結局彼ら以外にその名を口にするものは居らず、後に犯人の全員が魔力汚染によって死亡したことで事件は幕を閉じた。


 しかし、アンネムニカの名前はすぐに歴史の表舞台に現れることになる。



◆ヴィクトリア



「……あのさあ…………」

「私にもわかりました。……エルさまは、また死んだんですね」


 エルによって召喚された悪魔ヴィクトリアは大きくため息をつき、その専属料理人として拉致された冒険者のフェルも呆れたように天を仰いだ。


「ええ!? エルが死んだって、ヴァルデスが死んだってことですか!?」


 彼女たちは現在ザンダラ首都の外壁沿いにある町にいた。

 ヴィクトリアとしてはすでに通過した場所であったため戻るつもりはなかったのだが、犬に変身させられたユルモがエルにメタモーフの魔法を解除してもらいたいと強く主張。

 数日かけて戻ってきたのだが、そのエルの魂の反応は綺麗サッパリザンダラから消えてしまった。


「ユルモ、犬は喋らないの。ちょっと落ち着きなさい」

「! いやでも、そしたらどうやって私の魔法を解除するんですか……?」


 幸いにも周囲の目は直前にあった大きな衝撃のせいで気を取られていたが、今いるのは町中の野外食堂だ。ヴィクトリアも変身しているとはいえ悪魔なので、悪目立ちは避けたかった。


「んー。自然解除を待つしかないんじゃない?」

「……前にも言われましたけど、すごく時間がかかるんですよね?」

「あいつと私とでは事情が違うけど、エルの魔力の総量は例えようがないバケモノクラス。出力が小さいから威力には反映されないけど、ゴーレムやこういった持続力が重要な魔法はものすごく得意なのよ。本人は気づいていないだろうけどね。で、その犬の身体を触った感覚からなんとなく読み取った魔力から逆算すると……」


 約10年。それがヴィクトリアの出した持続時間だった。


「待てるわけないじゃないですか! 私は10代の乙女ですよ!? やりたいことがいっぱいあるのに、それを犬の姿で10年!? おばさんになっちゃうじゃないですか!!」

「今20代をおばさんって言った? 若いっていいわね―。殺されてえのか?」

「ひぐっ!?」


 ユルモは無意識に自分の元上司を思い浮かべていたが、それがヴィクトリアの逆鱗に触れてしまったらしい。

 見た目は若くかわいらしいが、ヴィクトリアの威圧感はヴァルデスに匹敵していた。


「ヴィクトリアさまは悪魔になってから数年ということですし、私よりもお若いですよ」

「おーよしよし、フェルはいい娘ね。このケーキ一口あげちゃう」

「ありがとうございます。……なんというか、焼きすぎですね」

「それに水分量が少ないわ。パサパサしていて、粉っぽさが出てる。そのせいで安い小麦の混ぜものだと一瞬でバレてるのも問題よね。まあ、値段相応とも言えるけどね」

「2人とも品評家みたい。嫌な客ですね」

「そうね。私たちは犬と同席する嫌な客よ。じゃあ帰りましょうか。犬に人の食事を与えるなんて、ほかの食堂ではしてくれないでしょうけど、まさかその犬から文句を言われるとは思わなかったわ」

「あー、待ってください! この魚、骨が多くて食べにくいんです!」


 ともかくエルは死んだ。そのうち復活するのだろうが、それまでしばらくはまた旅に出ることになるだろう。

 ヴィクトリアがそんな考え事をしていると、偶然ユルモと同じ魔力を纏った存在が目に入る。


「……ちょっと出てくるわ」

「はい。行っていらっしゃいませ」


 ヴィクトリアが追うのは、何の変哲もないザンダラ正規軍の兵士。だがそれは仮初めの姿だと、彼女は一目で看破していた。


「ちょっと兵士さん。1つ訪ねてもいいかしら」

「! な、なんでござ、いましょうか?」

「耳を貸して」


 強引に腕を掴み、その瞬間にヴィクトリアは確信した。彼もエルのメタモーフを使用している。


「い、急いでいるので、短めにお願いしたい、でござ」

「それじゃあ聞くけど……あなたはエルの仲間? それとも被害者?」


 兵士の心臓が跳ねる音が聞こえた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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