3-28 はじめてのリベンジマッチ
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◆エル
色々と好き勝手に騒いでいたおじさんの顎を垂直に蹴り上げる。
偉そうな恰好だったからステータスも高いのかと思っていたら全然そんなことはなく、重すぎる身体に乗っかっていただけの頭部は簡単に切り離されてくるくると宙を舞う。
「ッ! 何故生きてやがる!?」
「死んでるぜ? 今の俺は、お前の言う通りゴーレムだからな!」
脚についていた拘束はヴァルデスにとってなんの障害にもならず、両腕の拘束具も少し力を入れるだけで弾け飛んだ。
蹴り上げた勢いのまま前に踏み込み、拘束を解いた腕を横薙ぎに振るう。
「チッ!」
「イギャッ!?」
トラマルは思ったとおりバックステップで回避するが、隣りにいた制服の男はヴァルデスの鋭い爪の餌食になってだるま落としのように輪切りになった。
「リベンジマッチの時間だ! 装備のない状態で勝てるか!?」
「死体とは言えお前を閉じ込めておいたんだ。対策がなにもないと思うなよ!」
「!!」
トラマルが叫ぶと同時に部屋の中に盛大に煙が吹き出し、視界を埋め尽くす。
鼻につくピリピリとした薬物反応。これは獣人用の毒薬バルバスか。
だけど今のボクにこんなものは効かない。煙幕のつもりか知らないけど、煙の中でもトラマルの姿はハッキリと捉えられていた。獣人の嗅覚もまだまだ健在だ。
「はっ! 再生怪人に同じ技が通じると思うなよ!」
「なに!? ……くっ!」
トラマルに向かって飛び蹴りを放つと、彼にも室内の様子は見えているようで回避された。
だけどそこには焦りが見える。やはり準備不足の状態ではあるようだ。
「言っただろ。俺は死んでいるゴーレムだ。死体に毒が効くわけ、ねえだろうが!」
飛び蹴りを回避されたとは言え、トラマルとの距離は確実に縮んでいる。ボクはヴァルデスの身体に染み付いた動きを模倣し、様々な拳術によって彼を追い詰める。
「オラオラどうした!? スキルがなければ何もできないヘタレ野郎が! お得意のコンボを見せてくれよ?」
「うぜえな脳筋バカが! 生き返るなんて聞いてねえんだよチート野郎!」
「チートはお互いまさだろ!」
ヴァルデスの拳術は嵐のような猛攻と言っていい。この世界の並の人間なら、とっくの昔にミンチどころかペーストになっている。
だがトラマルは同じ転生者で、しかも出会った中では一番強い。単純なステータスだけなら勇者ツルギよりも上だろう。
だからこそこちらの攻撃を防ぎ、防ぎきれなくても大ダメージにはなっていない。
しかしそれも長くは続かない。
「ぐっ、がふっ! はぁ、はぁ……!」
今のトラマルは武器を持たない生身。しかもガスマスクをしているせいで視界が悪く、呼吸もし辛い。とても反撃できる状態ではなく、ただ耐え続けるだけの状況だ。
だけどボクの方は違う。2度目の死を迎えたヴァルデスは本当にゴーレム化してあるので、呼吸を必要としない。猛毒ガスが効かないのもこのせいだし、仮に毒が体内に取り込まれても魔力パスによる疑似神経で動かしているため、たとえ身体が欠損しても戦闘を続けられる。
今のヴァルデスはたった1つの目標のために動くゾンビだ。武器も準備もないトラマルに負ける理由はどこにもなかった。
「これで、トドメだ! メテオスマッシュ!!」
「くっ!!」
トラマルに負ける理由はない。だけど、それ以外の要因があったのなら話は別だ。
「!? チッ!」
トドメの一撃に魔力を込めた拳を振り上げた一瞬の隙。そこを例の爆発する銃弾で何者かに狙撃された。
音よりも速い弾丸に気がつけたのは、奇しくも充満する毒ガスの煙の揺らぎによるものだった。
ボクは命中する直前には腕を回避させたが、そのせいでスキルは不発。
しかも回避はできたが弾そのものは空中で爆発し、爆風によってトラマルの臭いがかき消されてしまう。
視界が晴れたときには逃げられていた。
「……ふん。これで1対1か。次にあったときは、必ず殺してやる」
正義の味方じゃないやつに負けているのは、悪役として失格だ。必ず仕留めると心に誓い、閉じ込められていた部屋を出る。
するとそこには、バランス・ブレイカーによって拉致されていた人たちがたくさんいた。
「た……助け、て……」
「……」
酷い光景だった。あるものは壁に繋がれて痛めつけられ、あるものは身体にいくつもの器具をねじ込まれていた。やせ細って起き上がれないものもいたし、脚がないものもいた。
獣人がいた。エルフがいた。ドワーフもいたし、もちろん人間もいた。男も女も子供もいた。その全員が、死なないように生かされているだけだった。
バランス・ブレイカーの構成員がいたはずだけど、彼らはトラマルといっしょに逃げ出していた。
そう言えばバランス・ブレイカーは悪の組織だったか。
だとしたら、これはよくない。悪の組織としての美学がない。品がない。節操がない。
ニームにいたときダンから奴隷の話を聞かされた。そしてメルシエやハイモアからも同じ話を聞いた。
結局のところ、バランス・ブレイカーはその程度の組織なのだ。
彼らは商人だ。奴隷を売り、武器を売り、戦争を売る。そしてカネを稼いで、新しい商品を仕入れる。実にくだらない。
悪の組織の目的が世界を制服するわけでもなく、世界を破滅させるわけでもなく、悪の神を復活させるわけでもなく、世界を少し混乱させて、その上でやることが金稼ぎ。
実にくだらない。武器商人というのは悪役として憧れたけど、その終着点は結局カネか。世界の戦いをコントロールするとか、そういう大それた計画はないのか。
決めた。ボクは悪の組織を作ろう。組織としても目標はまだないけど、少なくともここにいる彼らをこのままにしておくバランス・ブレイカーを許せなかった。
人質にするわけでもなく拐ってきてそのまま放置だなんて、もったいない。
「お前らを助けるのは、俺の仕事じゃない」
「……そ、そんな……」
「だが、助けを求めるための力を与えてやろう。命が惜しいなら、誓え。アンネムニカの栄光のために」
「ち、誓います! ア、アンネ、ムニカ? の、栄光のために!」
それでいい。ボクはダークオーダーを発動しようとして、それよりもちょうどいいスキルセットを思い出した。
シャドウキャリアー。君、こういう集団を操るのが得意だったよね。
――気づいていたのですね。私が、まだ残っていることに。
――当然じゃないか。君はボクの魂の一部なんだから。早速だけど、やってほしいことがあるんだ。もう知ってると思うけど、彼らを戦闘員に変えて欲しい。
――また私に死ねと?
脳裏に浮かぶ黒いエルが不満そうに言う。前回はたしかにほとんど無駄死だったから、気持ちはわかるけど、今回はそんなことはない。
――いいや。君の仕事は彼らを戦闘員に変えること。そして彼らを適切な場所に運ぶことだけだ。その後は帰っていい。あとは彼らが勝手に救いを求める。
――わかりました。ところで、彼らの中には不信感を持っているものもいるようですが?
――誓いを立てたやつだけでいいよ。キーワードは、
「ここにいる全員に、もう一度だけ宣言する! このまま死にたくなければ、アンネムニカの栄光のために誓え! そうすれば力をくれてやる! そうでないものは、そのままこの地下で死ね」
「誓います! アンネムニカの栄光のために!」
「お、俺も誓う! アンネムニカのために!」
「私も、私も助けてください! アンネムニカの栄光のために誓います!」
「アンネムニカの、栄光のために!」
「栄光のために!」
捕まっていた人たちは次々に声を上げ、倒れたまま手を挙げるだけのものもいたが、おおよそ半数は力を求めて立ち上がった。あとの半分は、まだ半信半疑と言ったところかな?
まあ見てなって。ボクの最高傑作、シャドウキャリアーの能力をさ。
『いいでしょう。では、力を与えましょうか』
「「「!?」」」
シャドウキャリアーの声が彼らの中に響き渡り、地下室を闇が覆った。
◆トラマル
「大丈夫かトラマル!? 緊急通信が来たときには肝が冷えたぞ!」
「俺は問題ない。だがおっさんが地下で死んだ。しばらくは組織での活動は無理だな」
「そんな事を言っている場合か。腕が折れてるじゃないか」
「あいつの攻撃能力を舐めていた。それよりヘイヘ、武器が必要だ。あの野郎、絶対に生かして返さねえぞ!」
トラマルは狙撃手の男、ヘイヘに肩を借りながら基地内を駆け抜ける。向かう先は自分の研究室だ。
接近戦はそれほど得意ではないが、装備さえあれば力量差は十分に埋まる。トラマルはそう考えていた。
「おー、酷くやられたね。その怪我治してあげようか?」
研究室に入ると、白衣の女がニヤニヤと笑っていた。
「黙れアバズレ王女。即死意外なら俺は死なない。それよりも俺の装備は?」
「そっちにあるよん。メンテは済んでて魔力、弾薬は満タン。追加の弾倉は?」
ふざけた口調はかわらないが、彼女も状況はわかっているようで準備は済んでいた。
トラマルは見た目だけの制服を脱ぎ捨て、用意されていた赤い鎧を装着する。魔力を通せば黒いオーラが周囲にこぼれ、いつでも戦闘を開始できる。
「いつ見ても恐ろしい魔力だ。闇魔法を使って鎧を作るだなんて、普通はしないよ?」
「リスクのある闇魔法の力だけを抽出できたんだ。こんな便利なものはない。ヘイヘ、やつはまだ地下か?」
「ああ。……カメラがやられているから目視はできないが、階段より先に姿は見えないし、魔力反応もない」
「爆発の衝撃でイッたか。まああの状況なら仕方ないな」
「……すまない」
トラマルは自身を救った弾丸の影響でカメラが壊れたと判断したが、ヘイヘは壊れたのではなく、なにか魔力的な妨害を受けているように感じた。
しかしそれは言い表せるような違和感ではなく、映像を確認できないのは事実だったのでヘイヘは飲み込んだ。
ヴァルデスが動かない以上、時間はまだある。装備も整った今、やつに負けることはない。
トラマルは次の一手のために動き出した。
「シェスタ王女。死んだ獣人のゴーレムが暴走して、おっさんが死んだ」
「司令官が死んだのは通信を聞いていたから知ってるよ? それで、私にどうしろと?」
「あんた、軍権を握りたくないか?」
「……え?」
「この基地の司令官が、軍の最高責任者が、第1王女の作戦命令で死んだ。それも非合法な作戦だ。こいつが表沙汰になれば、いや表沙汰にすれば、勢力図は大きく動く」
「それはそうだろうけど。私に力がないのは、散々馬鹿にしてきた貴方たちが一番良く知ってるでしょ? 私がお姉さまを非難したところで、聞く耳を持つものはいないわ」
白衣の女、第3王女シェスタは頭を振るが、トラマルは呆れたようにため息をつく。
「おいおい、あんたの目の前にいるのは、その力じゃねえかよ。俺たちバランス・ブレイカーが、どれだけザンダラ軍に貢献してと思っている? 第1王女が秘密裏に命令してきたのだって、教えてやっただろ? あんたにはすでに十分な力がある。王族どもには政治力はあるだろうが、あんたには暴力がある」
「……なぜ、私にそこまでしてくれるのですか?」
シェスタはトラマルたちをいいように使っていたが、それは堕落した自暴自棄から来る無謀だった。
当時のシェスタは母方の親族の追放により力のない王族として生きるのが怖くなって、刹那的な快楽に逃げていた。
しかし当然そんな生活は長くは続かず、昔の伝手を使って解体されたはずの組織に接触した。彼女はただの武器商人だと思っていたが、そこで出会ったのがトラマルたちだった。
彼らは自らを転生者と名乗り、この世界にはない画期的で圧倒的な武器をいくつも作り出していた。そしてその利益によってシェスタの堕落した生活は守られ、今もここにいる。
だけどそれは不安定な立場だからこそ続けられた無謀だった。
そこに来ていきなり軍権などと、責任のある立場などと、到底支えられない重みでしかない。
それまでは司令官を隠れ蓑にしていたが、目の前の利益が大きくなりすぎて、シェスタは怖くなったのだ。
「俺たちは非合法なことばかりしているが、コソコソするのは面白くない。だからここらで、真っ当に動ける立場が欲しい。どのみち軍の再編は避けられない。その時新しい司令官は、俺たちバランス・ブレイカーをどう見るのか。そこまではわからねえが、俺たちが居なくなって一番困るのはシェスタ王女、あんただ。俺たちが欲しいのは形だけの無能でいい。その点あんたは今までと変わらない。変わらなくていい。……どうする?」
「わ、私は……」
シェスタは迷った。力は欲しい。自分を守れる力がなければ、メルシエのように殺されてしまう。
だけど力を持つということは、他の王族と敵対するということだ。そうなったとき、彼らは本当に信用できるのか。
「トラマル、やつに動きがあった。……地下の連中を連れて、外に出るようだ」
「解放運動のつもりか? だとするといよいよあとには退けねえな! 王女、俺たちが戻るまでによく考えておけ。あんたが断れば、そこに座っているのは別の王女だ」
トラマルは改めて鎧の動作チェックをし、魔剣を掲げた。
「ヘイヘ、着いて来い。リベンジマッチの時間だ!」
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